EPISODE44 自信
どのチャンネルに替えても同じ事ばかり言っている。
嫌になってマチエールは不貞寝した。天井を仰ぐと換気扇がゆっくりと回っている。
「……あのクリムガン、強かったな」
何故、あの強さを周囲に敵意としてばかり振り撒いていたのか。マチエールにはその疑問がついて回った。
フレア団にそそのかされた? それにしては、クリムガンは何の命令も受けていないように見えた。それこそ自分の意思で。
マチエールは枕に顔を埋める。
「何だって、あんなに他人を遠ざけて……。クリムガンに、何があったんだろう?」
対してEアームズを取り付けられていた新たなポケモン、オクタン。あちらも気になった。とはいっても完全に敵意のそれだ。
「オクタン、か。倒すのは難しくないけれど、あのクリムガンが割って入るとなると」
クリムガンは何故、オクタンと自分を相手取ったのか。あのポケモンの心のうちを知る必要があった。何故、敵意ばかりがあんなに増長して……。
「あれ、マチエールさん。テレビ観ていないんですか?」
二階から降りてきたヨハネにマチエールは目線を振り向ける。
「……だってさ、あたしを悪く言うヤツしかいないし」
「そりゃ、仕方ないのかな。だって僕ら、宣戦布告したわけでもないし」
大っぴらに宣戦布告すれば、まだマシなのだろうか。いや、先走り気味の自分でも分かっている。
そんな事をしたところでフレア団に情報を弄ばれて終わり。
嫌になるほど経験してきたではないか。このカロスで勝つのには条件が悪過ぎる。
――それでも。
マチエールは骨が浮くほど拳を握り締めた。
戦って勝たなければならない。たとえ孤独でも、フレア団と徹底抗戦に打って出なければ。
ヨハネへと顔を振り向けると、彼は弱々しく首を振った。
「……マチエールさんが、エスプリがどれだけ強くても、やっぱり世間は反論するんだよね。何で、助けられた側の報道までこっちを否定するんだろう」
純粋な疑問であったのだろう。しかしマチエールには直感的に分かっていた。
あの時、助けた時に感じた視線。畏怖そのものであった。
こちらの持つ力に慄き、恐怖し、遠ざけようとするだけの眼差し。あんなものを浴び続けるのは真っ平御免だ。
「……エスプリは目立たないほうがよかったのかもね」
だから、そんな弱気な言葉がついて出た。ヨハネは、えっ、と聞き返す。
「だってマチエールさん、今まではガンガン戦って行こうってスタンスだったんじゃ」
「でもさ、誰にも褒められないんだよ?」
分かっていたが、ここまでとは。誰かを助けても恐怖しか生まないのでは意味がないのではないか。
マチエールの胸中に浮かんだ疑問は墨のように広がっていく。黒々とした恐怖。それが心を占めていくかに思われたその時、ヨハネが呟いた。
「でも、エスプリはそれでも負けない。そうじゃないの?」
ハッとして面を上げる。ヨハネは何でもない事のように口にしていた。
「だって、僕を助けてくれたエスプリは、最高にカッコよかった。きっと、ああいうのを貫き通すのがエスプリの役目なんだと思う。そりゃ、世間からすれば正体不明の仮面の怪人かもしれないけれどさ。僕は知っている。仮面の下にあるのは優しい笑顔だって。だから、僕はこんな酔狂な、探偵業なんて手伝っている」
振り向けたヨハネの顔を、どうしてだかこの時、直視出来なかった。
思わず視線を逸らしてしまう。どうして、と感じる前にヨハネにはそう映っていたのだ、と思い知った。
自分は全てを超越するヒーローであると。
確かにそうあろうと努力はした。そうあるべきだとも思っている。だが、何かの拍子に揺らいでしまいそうで怖くなる時もある。こんな、仮初めの正義感など意味がないと、何か特別な事でもなく否定されてしまえば、自分の立つ場所は簡単に瓦解してしまいそうだった。
それをヨハネは何でもない、「カッコいい」と評してくれた。それだけで勇気が出てくる。萎えかけた神経に檄を飛ばすように頬を張った。
「ま、マチエールさん?」
「……ゴメン、ヨハネ君。弱気出ていた、あたし」
立ち上がったマチエールはコートを羽織り、〈もこお〉を連れ立った。その背中にヨハネが追いすがる。
「どこへ行くのさ」
「情報集めだよ。クリムガンが何であんなに……怖がっていたのかを知らなくっちゃ」
「ユリーカさんの情報待ちは?」
その言葉にマチエールは直感的に首を横に振る。ここでまだユリーカに頼っていれば対等の相棒では決してない。
「あたしの力だけでも、クリムガンの恐怖心を知らなくっちゃ。そうでないなら、何で探偵業なんて名乗っているのさ」
その言葉にヨハネはどこかしら安心したようだった。
「……よかった」
「よかった?」
「ああ、いや……。何だかマチエールさん、最近心配性みたいだったから」
そう映ったのだろうか。マチエールは肩を竦める。
「あいつに馬鹿馬鹿って言われているんだよ? そりゃ相当に馬鹿に見えるんだろうさ」
無鉄砲でもいい。自分にはそれのほうが性に合っている。〈もこお〉がアタッシュケースを持ち上げる。マチエールはそれを手にハンサムハウスから駆け出した。まずは知る事だ。
クリムガンの事。そして、フレア団の事も。