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鎧龍篇
EPISODE42 暴走

 クリムガンが一層固い隔壁へと辿り着いた。

 爪を振るい上げ、その壁を破ろうとする。一撃目で亀裂が走った。次の一撃で壁がひしゃげる。何というパワーなのだろう。

 半年間、追跡調査をしてきたフレア団員達はうろたえなかったが、新しく配備されたフレア団の人々はその膂力に呆然としていた。

「嘘だろ……ミアレの市街地はポケモンが入らないように、規格化された地下水脈を持っているんだ。何で、その壁を、あのポケモンは容易く破ろうとする?」

「言ったでしょうに。報告書でも纏めました。あいつは、そういうポケモンなんですよ」

 新規団員のうろたえに比して、この中で落ち着いた物腰で事態を俯瞰している者達がいた。ゴーグルをかけた謎の集団だ。赤スーツに特殊部隊経験の証である腕章があった。

 ――こいつらにだけは、任せたくなかったのに。

 追跡調査団員達が苦々しく表情を翳らせる。新規の部隊員達が腰を浮かせた。

「ここから先は、プロフェッショナルに任せてもらうとしようか」

 驚きを他所に、ゴーグルをかけた団員達は特殊車両に乗り込んだ。その中には最近開発されたというEアームズとやらの中継機器が埋め込まれている。

 座席についてEアームズの使い手がゴーグルにケーブルを繋げた。

「ハーモニクス正常値。Eアームズ、出します」

「オクタンアームズ、コネクト」

 飛び出したのは赤い表皮を持つポケモンであった。

 小型で風船のような楕円のポケモンである。黄色く濁った瞳孔に、すぼめた口がついていた。口はまるで銃口のように固めてあり、呼吸のために動作する事はない。

 オクタン。水タイプのポケモンであり、この砲撃部隊――通称、オクタン砲部隊の主力であった。

 オクタンの頭蓋にはアンテナのような機械がつけられており、片方の目には緑色のバイザーがあった。照準をより正確にするための武装、つまりあれがEアームズだ。半年間、穴倉に潜っていた自分達には無縁だと思っていたフレア団の発明が今まさに、目の前にある。

 感動を禁じえない団員もいた。

 オクタンはそのままするりと団員達の足元を抜けて行き、クリムガンの背後を取った。

 当然、その気配に気づかないクリムガンではない。見開かれた瞳孔には敵意が宿っていた。

 半年間の追跡調査で分かったのは、クリムガンは敵意や殺意に敏感である事だ。爪や牙を主力にする割に、感知範囲は極めて広く、それがダグトリオを含め優位であるはずの地面タイプをことごとく下した要因でもあった。

 相手がどこから来るのか、どう攻撃するのかをまるで分かっているかのような攻防を繰り広げるのだ。

 言葉で言うのは易い。団員達も忠告はした。しかしオクタン部隊の人間が聞き入れたかと言えばそうではなく……。

「所詮は野性だろう? オクタンの精密射撃を前に、逃げられるはずがない」

 その答えはある程度読めていたが、嘗め切っている、と追跡団員は感じていた。クリムガンは何もただちょっと強いだけの野生ではないのだ。

 オクタンがクリムガンへと照準する。

『隙だらけだな! 食らえ、オクタン砲――』

 オクタンが突き出した口腔から凝縮した墨を吐き出そうとした、その時である。

 クリムガンは天上に爪を突き立てた。そのまま地面を蹴りつけ、オクタンへと一気に肉迫したのである。

 地面を掘削する爪は伊達ではない。その威力はオクタンを操る砲撃部隊の予想を遥かに超えていた。

 一瞬にして肉迫したクリムガンが足を振るい上げる。まさかの蹴りが迫り、オクタンが砲撃を中止して滑るように回避する。

 当然、その一撃だけで終わりだと感じるだろう。野性ならば一つの攻撃の後には必ずと言っていいほど隙が生じる。

 だが、クリムガンには適応されない。

 着地したクリムガンはそのまま重機のように地面を削りながら爪を下段に構えた。

 オクタンを確実に潰すつもりだ。

『この!』

 舌打ちと共に放たれたのは水の砲弾である。Eアームズにより威力が底上げされた「ハイドロポンプ」を真正面から受け止めたクリムガンであったが、その勢いはいささかも衰えない。

『何故だ! 食らったはずだ!』

「そんなので止まるのなら、こっちは追跡調査を半年もしませんでしたよ」

 今まで幾度となくその戦闘を目にしてきた。明らかに相手とのレベル差がある戦いもあった。しかし、クリムガンは臆する事はない。必ず勝利をもぎ取るために、相手へと積極的に攻撃し、その勢いを削ごうとする。

 爪が空間を走り、オクタンを切りつけた。オクタンが仰け反った瞬間、地面をクリムガンは踏み締める。 

 爪による一撃からの「じしん」。その威力は推し量るべきだ。追撃に、オクタンの照準がぶれ始めた。

 明後日の方向を撃ち抜いた「ハイドロポンプ」を物ともせず、クリムガンは接近戦を行う。爪が輝き、クリムガンの攻撃がオクタンの攻勢を鈍らせた。

『どこまで……こちらを馬鹿にする! オクタン、もういい、やっちまえ! 破壊――』

 オクタンが内奥にエネルギーを凝縮させていく。フレア団員達が退避を始めた。この穴倉で高威力の技が放たれれば落盤もあり得る。

「退避ー! 退避ー!」

 総員が逃げ切る前に、オクタンがオレンジ色のエネルギーを砲口に吸い上げてクリムガンを睥睨した。

 その瞬間、クリムガンが目を見開く。

『光線!』

 一条の光線が常闇の穴倉を貫いた。

 破壊光線を間近に受けたクリムガンが光の向こうへと掻き消されていく。しかし、真の恐れるべきはクリムガンが掘り進めていた隔壁へと、その一撃が致命的になった事だ。

 破壊光線の余波は留まる事を知らず、ミアレシティへと繋がる壁を貫通した。











「地震か?」

 ミアレの都市部において地震などほとんど起こりえない。何故ならば優秀な技師がミアレシティを建築する際、地盤の安定を図るために何重にもスプリングを設置したからである。だから、地震が起こってもミアレ高層建築には全く影響がないのだが、この時ばかりは高層建築も大きく横揺れした。

「どういう事だ!」

 張り上げられた声に、窓際に寄り集まった人々が目にしたのは、ミアレの下水道に繋がる区画から上がった噴煙であった。

 何が、と全員が感じている間に、余剰エネルギー波が噴き出す。オレンジ色のエネルギーの残滓が粒子となって噴煙に混じって降り注ぐ。

 破壊の雨に、全員が凍りついた。

「何だ? 何が起こった!」

 下水道を覗き込んだ野次馬がその視界に入れたのは、赤と青に彩られた龍の姿であった。そのポケモンは全身を煤に包まれつつも健在である。恐ろしく強固な表皮を振るい、その強靭な爪が下水道の壁を削った。

 怒りに燃えた瞳が下水道を覗き込む野次馬と交錯する。

「暴走ポケモンだ!」

 その一声にミアレ市街がパニックの渦中に落とされた。ミアレの市街地にポケモンが紛れ込むのはまずあり得ないのだが、人々はそのような冷静な頭を持ち合わせていない。

 恐慌状態の人々は下水道から離れ、ターミナルへと駆け出した。一刻も早くミアレから出なければ、と全員が感じていたのである。

 ヘリの羽音がその喧騒に重なり合い、俯瞰する報道カメラが暴走ポケモンを捉えた。

「ご覧ください! ミアレ市街の中心地が、爆炎に包まれております! これも全て、あのポケモンの仕業なのでしょうか?」

 報道班はデータが集まってくるのを待っていたが、その間にも状況は転がっていく。

 下水道から出てきたのは赤い小型ポケモンであった。データ解析班がそのポケモンの情報を照合する。

「オクタンだ! カメラ、映して!」

 カメラが移動し、出現したオクタンを捉える。オクタンは暴走するポケモンを照準するなり水の砲弾を一射した。それだけで下水道が捲れ上がり、水が舞い上がった。

「何ていう、威力。何という威力なのでしょう!」

 オクタンは何なのだ、とテレビ局に問い合わせが殺到しているらしい。それをヘリの報道班が伝えた。

「現在……、オクタンとそれと交戦するポケモン……照合中ですが、そのポケモンとの激戦が市街地で繰り広げられております。一体、どれほどの被害が出るのでしょうか。全く予想出来ません。あっ、今! 今、暴走ポケモンが跳躍しました!」

 暴走する龍のポケモンが下水道から離れ、市街地に着地する。それだけでミアレの敷き詰められた道路が捲れ上がった。

 追撃のオクタンが今度は墨を発射する。連射出来るようで、墨の攻撃が暴走ポケモンを狙い澄ました。

 暴走ポケモンは鈍い動きでありながら、自分にかかろうとする一撃は爪で払っている。

 暴走ポケモンが吼えた。オクタンへと跳躍し、爪による強大な一撃が放たれる。オクタンは咄嗟に飛び退った。

 先ほどまでオクタンのいた空間を引き裂いた爪が、水柱を生じさせる。

 その威力にテレビクルーが息を呑んだ。

「ぼ、暴走ポケモンは誰の命令も受けていないようです。あれは自律型なのでしょうか? あまりに強力で……、我々には理解し難いほどです。それと交戦するオクタンは、恐らくトレーナーの指示を受けているのでしょう。しかし、その攻勢に迷いのないところを見ると、警察勢力とも思えません。一体、この戦いはどちらが制するのでしょうか? 見る見る間に、被害は広がっていきます!」

 暴走ポケモンがオクタンに尻尾を払う。鋭い突きの一撃にオクタンが吹き飛ばされたかに見えたが、それと同時に幾つかの弾丸が放たれた。

 墨の砲弾に混じって放たれたのは爆雷である。着弾した際に、大きく水柱が迸った。

 その攻撃に暴走ポケモンの勢いが削がれる。オクタンが追撃するために照準を補正しようとした。

 隙を暴走ポケモンは見逃さず、猪突する。まさかの前進にオクタンの攻撃網が一瞬遅れた。

 その遅れを無駄にする暴走ポケモンではないようで、爪による下段からの一撃がオクタンを見舞う。

 勝負は決したかに思われたが、何かがオクタンを保護した。報道班には緑色の磁場に見えたそれが、オクタンを守ったのである。

 薄い皮膜を生じさせたオクタンはそれを手がかりにエネルギーを充填し始めた。オレンジ色の光が幾つも重なってオクタンの砲口に吸い込まれていく。

「破壊光線だ! 退避、退避ぃ!」

 報道班の声が届く前に、破壊光線の光の瀑布がカメラを激震した。ヘリが暴走ポケモンとオクタンの攻勢を追うためにあまりに低い位置を飛び過ぎたのだ。そのせいで風圧に煽られ、一気に制御不能に陥る。

「ヘリが、墜落します!」

「何とかならないのか?」

「嫌! 死にたくない!」

 取り乱したテレビクルーは死を覚悟した。ヘリが制御を失って回転する。最早、救いなどあり得ないと思われた瞬間、ヘリの落下が止まった。

 否、地面すれすれで受け止められたのである。

 カメラがそれを映す。

 黒い鎧に身を包んだ疾駆が、報道ヘリを片手で保持していた。装甲に走った白いラインが眩しい。あまりに洗練されたその姿に全員が言葉を失った。

「ヘリなんて飛ばすもんじゃないよ」

 その言葉と共に報道ヘリが静かに下ろされる。テレビクルーは言葉を失っていた。死に際になって作り出された幻か、と思われたが、直後にその仮面の人物は下水道付近で繰り広げられるポケモン同士の戦闘に割って入った。

「まさか、ここ最近、巷を騒がせている……仮面の怪人……。正義の、味方?」

 カメラが再びそれを捉えようとする。その瞬間、生じた激震がテレビクルーを及び腰にさせた。

「何が……何が起こっているんだ……」



オンドゥル大使 ( 2016/11/24(木) 20:48 )