EPISODE38 行方
「勝った……」
ヨハネは落下してきたレパルダスにそれをようやく確かめる。
バグユニゾンの弾丸が効き、Eアームズを無力化したのだ。先んじて作戦は聞いていたものの成功する確率が低いと目されていただけに意外な結末となった。
ゴルバットに掴まってヨハネはミアレの建築物の屋根へと飛び上がる。エスプリが肩で息をしていた。彼女も相当無理をしたに違いない。
「エスプリ! やったんだ、僕ら、勝ったんだ!」
それを口にするとエスプリの顔を覆っているバイザーが上がった。汗を滲ませたマチエールが呆然と呟く。
「勝った……」
「そうだ、勝ったんだよ!」
神経が弛緩したのか、マチエールはそのままヨハネの胸に沈んだ。狼狽していると寝息が聞こえてくる。
集中力を要するユニゾンだと聞いていた。それを使い切ったのだろう。
今は寝かせてやろうとヨハネは感じて、その肩を抱いた時、突然に羽音が迸った。
巨大な勇猛果敢の鳥ポケモンが高空を飛ぶヘリから降ろされ、数体が自分とエスプリを取り囲む。
ウォーグルの群れにヨハネは戸惑った。これは何だ? 一体、何が起こっている?
困惑を他所にウォーグル達は攻撃してこようとしない。しかし、その実いつでも自分を仕留められるのは首裏に注がれる殺気で理解出来た。
一体のウォーグルがレパルダスを回収する。そのためのウォーグル部隊だと言うのか。
「見ていたよ」
振りかけられた声にヨハネが仰ぎ見る。
羽音を散らせるヘリから一人の青年が顔を出していた。
金髪に白衣。眼鏡の奥の瞳が怜悧な光を灯している。研究者か、とヨハネが勘繰っていると、青年はフッと口元に笑みを浮かべた。
「バグユニゾン、か。こちらでもデータにないユニゾンであった。実に見事。レパルダスアームズの速度を過信した我々の敗北だ」
フレア団、とヨハネは身構える。しかし青年にも、ウォーグルにも構えた様子はない。それどころか、この状況はヨハネと青年が喋るための舞台装置であるかのように、他者の介入を許していなかった。
今、こちら側で話せるのは自分だけ。力のない、自分だけだ。
比して相手は一戦力レベルのウォーグルを数体。ヘリにも人員があるのが窺える。圧倒的不利の局面の中、青年が声に余裕を滲ませた。
「キミは、完全にイレギュラーだ。こちらのデータにはない。カウンターイクスパンションスーツを操るエスプリでも、ましてやそのバックアップでもない。一般人のようだ。どうしてくれようか? ルイ」
放たれたその名前にヨハネは戦慄する。ルイ、と言ったのか、この男は。
それを確かめる前に少女の電子音声が返答した。
『それを決めるのはオレじゃない』
間違いなくルイの声であった。しかし、語り口調がいつものルイではない。
「そうだね、ぼくも興味深いんだ。バグユニゾンはこちらでもモニターしていなかった事象だし、それを一時的とはいえ制御下に置いた。そちらのエンジニアは優秀であると見える。それに、キミも」
「僕、が……?」
「恐れを知らない、この不利な戦場でも、キミはどこか達観している。逃げるよりも戦う事を選んでいる、勇気もある。しかし、それが無謀と称される勇気ではなく、計算ずくの勇気であるのだと、ぼくには分かるんだ。同じ種類の人間だからかな?」
「……僕は、フレア団と同じ種類のつもりはない。ポケモンを道具としか思っていないお前らなんかと……!」
「おや、それは変な話じゃないか。ユニゾンだって、ポケモンの能力を一方的に借りる。メガシンカとはまた違う次元で、ポケモンの能力を引き上げようとしている。これを道具と呼ばずして何と呼ぶんだ?」
言い返せない。それは自分の中にそのような淀みがあるからか。どこかで、ユニゾンでさえもポケモンを道具としか見ていないのだと感じていたからか。
「それは……」
「まぁ、いいさ。キミと言い合いをしに来たんじゃない。賞賛を送りに来た。カウンターイクスパンションスーツ。いい仕上がりだ。最大の賞賛を送ろう」
青年が拍手する中、ヘリから顔を出したフレア団員がレパルダスをボールに戻した。
「プロフェッサー。もう時間です」
「ああ、早いね。楽しい時間は早い。キミとまた会う事になるだろうね。その時、敵になるか、それとも味方になるのか」
ヨハネは羽音に負けないように言い返していた。
「僕は! 僕はエスプリを信じている! この街の正義を! だからフレア団には下らない!」
その言葉に青年は笑みを刻む。
「……この街の正義、か。しかし正義が、いつも正しい側にあるとは限らない。それをわかっている人間の眼だと思ったんだけれど、まだ、かな。いずれ合間見える。その時、色よい返事が聞けるのを期待しているよ」
何故だ、とヨハネは感じる。今のエスプリは格好の獲物だ。自分も、殺してしまえばいい。だというのに、何故、この青年は何もしない。自分と、本当に話をしに来ただけだというのか。馬鹿な。
「……何者なんだ」
自然とその言葉が口をついて出ていた。青年はヨハネへと声を投げる。
「プロフェッサーCの名で通っている。いつか、キミと一緒に仕事が出来る事を心待ちにしているよ」
プロフェッサーCと名乗った青年はヘリの扉を閉め、ウォーグルと共に高空へと上がっていった。追いすがる手段を、こちらは持っていない。
「プロフェッサーC……、それに、ルイって言っていた。まさか、ルイが……?」
――ルイが、敵?
考えたくはなかったが、その可能性も考慮に入れる必要があった。相手はこちらのユニゾンを知り尽くしている。
勝利したとは言え、その余韻に浸る間もない、夜であった。
マチエールの体温だけが寄る辺になった。ヨハネの信じる正義の寄る辺に。
しかし、もし、あの青年の言っている事が本当ならば。
「正義は、どこにあるんだ……」
問わずにはいられなかった。