ANNIHILATOR - 流水篇
EPISODE27 抵抗

 クセロシキが研究所に向かうと、アリアが待っていた。

「何の用だネ」

「今回、Eアームズを最終的に装着させられなかったのはわたくしの落ち度です」

「だから? 彼は望んで武器を持たなかったんダ。ワタシ達が負うべきものじゃないヨ」

 しかしEアームズなしでは相手のシステムの半分も理解出来なかっただろうというのはクセロシキからしてみても残念でならない。

 サワムラーほどの実力ならばEアームズを装備していれば勝てたものを。

「仰ぐんですね。プロフェッサーシトロンの指示を」

 アリアは分かっていて待っていたらしい。クセロシキは鼻を鳴らす。

「あのお方が、この程度で興味を示すとも思えんがね」

 観測されたのは水のユニゾンであった。予測されて然るべきものであったが、水の前にサワムラーは敗北し、その事後処理をアリアが引き受けた。

「彼は本当に、フレア団の名前以外は言っていないのだろうネ?」

「そうだと信じたいですわね。そうでなければわたくしの始末が意味がなかったという事になりますし」

 アリアは最後を預かった事を後悔しているのだろうか。そのようなナーバスな少女とも思えないが。

 研究棟の奥に進むと、シトロンが何やらキーを打っていた。傍らには黒い少女――ルイが浮かび上がっている。

『来たのか』

 反応したルイにシトロンが振り返る。

「やぁ。見ていたよ」

 やはりルイの眼を通して見られていたか。クセロシキは判断を迫る。

「どうするので? Eスーツの性能は、ご覧の通りだったと思いますが」

「うん、面白いね。あのEスーツの使い手もそうだが、メンテナンスがされていたのを確認した。つまり、ぼくと同等の頭脳が関わっているという事」

 やはりシトロンが示した興味はそこか。自分と同じような頭脳との勝負を、この天才は心待ちにしている。

「……当てはあるので?」

「一人だけ思い当たるが……、まぁ実際にぼくも動く。いずれ合間見えるだろう」

 その発言にアリアが意外そうな声を出した。

「出てこないのかと、思っていました」

「ぼくはそこまで薄情かい? まぁ、今回、Eアームズを使用しなかったのはデータが取れなかった点で痛いけれど、これからやっていけばいい。今までのEアームズは凡才の造ったテストタイプとプロトタイプ。ぼくの造ったのは違う。本当の、アナイアレイターに相応しいEアームズを提供しよう」

「では、兵器開発部門に戻ってくださるので?」

「興味が出たんだ。少しだけ力を貸そう。青のエスプリ、であったか。水のユニゾンを破るだけで、君達じゃ何週間もかかってしまう。ルイ、最新データを」

『別にいいんだけれどさ。お前、本当に勝てるって思ってる?』

 ルイの辛辣な言葉を受けてシトロンは微笑む。

「勝つさ。ぼくの造ったEアームズならば勝てる。部隊の再編成を行う。カウンターイクスパンションスーツを狩るための部隊だ。Eアームズの使用者をリストアップ。適性を見て、ぼく自ら造り上げる。探偵戦士と言ったか。その能力の限界点を知る事となるだろう」

 自信満々のシトロンにクセロシキはただ乞うしか出来ない。シトロンが動けばメガシンカ部門からEアームズ部門へと予算も流れる。全ては自分の計算の内だ。

「是非とも、その頭脳を」

「なかなかにわざとらしい言葉だが、いいだろう。ぼくの頭脳、君らが好きに使え」

 肩を竦めたシトロンが研究棟より出てくる。実に数ヶ月振りに、天才が野に放たれた。

 クセロシキはただただEスーツを倒すためにシトロンを利用する。そうしなければフラダリの理解を得られずに、Eアームズ部門は潰えるからだ。

 アリアは何を秘めているのか分からないが、彼女も降りる気はないらしい。地獄への道連れに、彼女は従う。

「まずは王に謁見願おう。フラダリは顔を見せるのかな」

「……王の名前を」

 みだりに口にするな、といさめるとシトロンは両手を掲げる。

「おいおい、フラダリの思想に賛同したから、ぼくはここにいる。そりゃ、本人の前じゃ幾分か弁えるけれど、目も耳もないところでまで恐れたって仕方あるまい」

 シトロンはフレア団の初期メンバーだ。だからフラダリと対等な関係にあると言ってもいい。

「……王はお忙しい。また別件でスケジュールを作ります」

「頼むよ。あの頑固者の王を納得させてからじゃないと、勝手にEアームズは造れないからね」

 シトロンのまるで権威など関係がない物言いに戦々恐々しつつ、クセロシキは胸に誓った。

 ――もう二度と、Eスーツに遅れは取るまい。

 勝利のために、この天才が必要なのだ。

 それがどれだけの犠牲の上に成り立っているのかも理解しない天才であったとしても。悪魔であったとしても。

「さぁ、行こうか。外の世界へ」

 悪魔はそう言って笑みを浮かべた。

















 ユリーカが腕を組んで憮然としている。

 ヨハネは平謝りしていた。今回、水のユニゾンが勝てたのは結果論だ。だから自分の勝手を許してくれたユリーカに一度は謝らなければならない。

「失敗する可能性があった」

「……すいません」

「謝っていい話じゃない。水のユニゾンが少しでも同調率が低ければ、もうエスプリは使い物にならないんだ。慎重に、だよ。キミはその辺分かっていない」

 もっともだと感じつつ、ヨハネはユリーカに返していた。

「……正直、辛勝でしたね」

「連中同士の食い合いなんて関係がない。勝てばいいとは思っている。過度にセンチメンタルになる必要性はないし、探偵業に同乗を持ち込む必要もない」

 それでも、イイヅカは拭えない傷を抱いたままだろう。彼はこれからどうするのか、ヨハネは尋ねていた。

「イイヅカさんは……」

「もう自由だが、フレア団、だったな。連中に追われ続けるのは変わらないだろう。このまま死を恐れて逃げ回るか。あるいはカロスを出る、か」

 一番に安全なのはカロスから撤退する事だろう。ユリーカは、既に手は回してある、と続けた。

「無事にカロスを出る事くらいは保証する、と言った。……だが、あの男も偏屈でね。話は、直接聞けばいい」

 今はハンサムハウスの屋上にいるらしい。今すぐ聞きに行くべきか迷ったが、ヨハネはその前にマチエールの事を切り出した。

「彼女は、今回の白星をただの白星だとは思っていません」

「マチエールか。放っておけばいいものを」

「放っておけませんよ……! だって、一番に傷ついているかもしれないのに」

「この街の守り手を自称するんだ。それなりにタフでないと困る」

 ユリーカは精神的に図太いかもしれない。しかしマチエールまでそうとは限らないのだ。

「僕、マチエールさんのところへ」

「好きにしろ。私はEスーツを次の戦闘までに使えるようにしておかなければ」

 ルイがEスーツに干渉の手を伸ばして修復している。ヨハネはそれを目に留めてから、階下に降りた。

 コーヒーの入ったマグカップを手に、項垂れているマチエールがいた。〈もこお〉が足元に擦り寄っている。

「マチエール、さん」

 どう声をかければいいのか、分からなかった。勝ったには勝った。しかし、こんな勝利を望んではいないだろう。

「……街が泣くんだ」

 不意に放たれた言葉にヨハネは目を丸くする。マチエールはぽつりぽつりと語った。

「街が、不運にこぼれ落ちていく命の分だけ泣いているんだ。あたしにはその声が聞こえる」

 街を泣かせる者を、マチエールは許さないのだろう。彼女には聞こえるのだろうか。街の泣く声が。このミアレが、どれだけ傷ついているのかが。

 自分には分からない。所詮、助手の身だ。

「マチエールさん、その……」

「ヨハネ君。あたしは迷わないよ。街を泣かせるヤツは許さないし、泣かせっ放しなんてさせるもんか。フレア団、って言ったね。そいつらを徹底的に追い詰める。ミアレを泣かせた事、後悔させてやる」

 彼女の眼に宿ったのは戦意だ。フレア団に向けての戦闘意欲がめらめらと燃える。

 彼女は自分よりも命のやり取りの最前線にいる。

 だから、自分が出来るのは彼女が立ち止まった時、一緒に悩んでやれる事だ。一緒の視点には立てなくとも、同じ場所にいる事が出来る。

 エスプリは迷わない。きっと、戦い続けるだろう。

 今さらの事であった。ヨハネは身を翻す。

「イイヅカさんに、話を聞いてくる」

「オジサンは、あたし達の道を選ばないかもね。きっちり話を聞いてあげて欲しい」

 マチエールの声を背中に受け、ヨハネは屋上を目指す。屋根の上でイイヅカは空を仰いでいた。

 朝焼けの光が照らし出している。ミアレという街が目を覚まそうとしていた。

「美しいな、ミアレは」

「ええ、僕もそう思います」

 どう決断するのか。自分には大した事は言えない。ただ、彼女らの傍にいなければ、と感じたからそう行動しているだけだ。イイヅカにはそこまでやる義理はない。

「イイヅカさん、僕は――」

「言いたい事は分かる。俺に、降りてもいいと、ユリーカ嬢は言ってくれた」

 ユリーカはもうイイヅカに話を通したらしい。自分は遅過ぎるほどだ。

「そう、ですか。多分、誰も責めません」

「いや、俺は俺自身を許せない。だから、君らと関わらせてもらう事にする。幸いにして、ミアレギャングに空きの席があるという。今ならば情報屋として迎え入れてくれると」

 ユリーカの便宜だろう。ヨハネはそこまで考えていなかった。

「でも、イイヅカさん、あなたはまだ」

「ああ、まだ割り切れているわけじゃない。でも、進まなきゃいけないのは、君らを見ていればすぐ分かる。子供達が進んでいるのに、大人が躊躇っているんじゃ、仕方がないだろう」

 イイヅカは大人としての責務を果たそうとしているのだ。

 それだけでも充分に、前進した考えである。

「……駄目だな。僕は。慰めに行った人から、勇気をもらいっ放しだ」

 マチエールも、イイヅカも、既に進むべき道を決めている。自分だけ、考えるだけ考えて、決めあぐねている。

 その立場を慮ってか、イイヅカは口にしていた。

「俺は、ヨハネ・シュラウド君、君は迷っていい立場なんだと思っている」

「迷っていい、立場?」

「マチエール嬢やユリーカ嬢は、良くも悪くも迷いがなさ過ぎる。君がストッパーになってくれ。彼女らが踏み込み過ぎた時、その背中を呼び止められるのは、君だけだ」

 自分にそのような大層な立場は務まらない。そう言おうとしたが、ここで一つ決めるのも男の役目だろう。

「……自信はないですけれど、やってみます」

「ああ、それくらいがいいんだ。きっと、君のような人間は、彼女らには必要だから。俺は、いつか返り咲く。いつか、一面記事を書けるくらいには戻ってみせる。その時まで、カロスの平和は預けた」

 彼もまた、カロスの、フレア団の被害者。

 ヨハネはイイヅカの目を見て首肯する。男同士の堅い誓いであった。

「約束、します」

 今は自信がなくとも、必ず。

 イイヅカは微笑みつつも、悲しみを背負っていた。その背中が喪失の重みに耐えられていないのは見るも明らかだ。

 だが、自分に気の利いた事なんて言えない。自分の事だけでも精一杯な人間の吐く慰めなんて所詮はその程度。

 ただ、ここでイイヅカの言葉を裏切ってはならないと感じていた。虚勢でも、無理でも、自分は頷かなければならない。頷いて、前に進む姿勢を見せなければ、自分は何のために助手として彼女らを支えるのか。

 確定した未来などない中で、ヨハネは空を仰いだ。

「夜が明ける……」

「いつだって、何だってそうだ。いつかは夜明けが来る」

 カロスを覆う闇にも夜明けが来るのだろうか。夜明け前は、不安と焦燥で胸が締め付けられる。

 きっと今は夜明け前なのだと、そう信じて進む事しか、出来なかった。












「ルイ、ユニゾンの適合率も出しておいてくれ。それと、修復機能のバックアップを。次からEスーツのウォーターユニゾンのデータを基にして戦術を立てる」

 ユリーカはルイに命令する。ルイは、というと不安げな眼差しを振り向けていた。何か言いたげなのでこちらから振ってやる。

「何だ?」

『……マスター。ヨハネさんに、厳し過ぎるんじゃないですか? 彼はまだ、何も知らないんですよ。マスターの事もそうですし、マチエールさんの事も。何を背負っているのかも知らないのに、彼に冷たく当たるのは』

「ならば、温かく接すればいいのか? 無知な彼に、無知のままでいてもいいと? 私は間違いだと思っている。無知はある時を超えると罪になる。彼は知ろうとしているんだ。だったら、その時の痛みが出来るだけ少ないように、私達は非情の道を歩いているんだと分からせてやったほうがいい」

『Eアームズとの戦いでも、彼自身、因縁があります。せめて重石を楽にしてあげられないんでしょうか?』

「ヨハネ君は望んで助手になった。探偵の助手は、いつだって探偵自身の闇をも覗き込む合わせ鏡だ。彼はいずれ知る。このカロスを覆う真の闇の姿を。私は、出来るだけ、彼には傍観者を気取って欲しくない。もうマチエールも含め、一蓮托生なんだ」

『しかしそれは……マスター達の因縁を同じように抱けという意味じゃないでしょう?』

 システムの小言にユリーカは振り返る。ルイはいつになく真剣な面持ちだった。

「……話せば分かる、という話じゃないんだ。いずれ分かった時、彼は選択を迫られる。その時だけ非情になったのでは彼に失礼だ。覚悟を常に抱いておかせるのは悪い事じゃない」

『でも、マスター達の、本当の目的を知ったら、ヨハネさんは……』

 濁したルイの言葉尻に、ユリーカは手を払う。

「その時に失望されても構わない。だから、私はヨハネ君に優しくしないよ。優しさは、過度になれば毒だ。優しい事が全てを救うわけじゃない」

 ルイはその言葉を潮にして作業に戻った。ユリーカはウォーターユニゾンのシステムデータを眺めつつ呟く。

「いつだって、真実を突きつけられた時、人は惑うんだ。だったら、いつそれが突きつけられても、戦える覚悟をしている奴だけが、前に進める」

 ヨハネはそれを知っておくべきなのだ。ルイやマチエールのように自分はならなくともいい。自分は嫌われ者でもよかった。

 審判の時、ヨハネが何を選ぶのかは、彼に委ねるべきだ。だから、自分はこのポジションでいい。

『そういえば、マスター。よく分からないログがあるんですけれど、閲覧しますか?』

「よく分からない? 何だそれは。違法キャッシュじゃないだろうな?」

『ボクでも判別つかないんですよ。あの場に残されていたホロキャスターのメモリは全部消去されていましたけれど、その残滓って言うか、何かがあったっていうのは分かったんで』

 サカグチの手にしていたホロキャスターから検出されたデータは存在しなかった。綺麗さっぱり組織に関する情報は消されていた。

 その有り様が逆に怪しいほどに。

「サカグチの、フレア団のログか。ウイルス検出後、閲覧する。メインコンソールに回せ」

 ルイがウイルスを検出してから安全になった事を確認し、メインモニターに出す。

 一行だけのシステムエラーであった。だが、ユリーカにはそれが何を意味するのか分かった。わざと残された痕跡である。

「……やっぱり、見ていたんだね、お兄ちゃん」

『何でボクでも見られないんでしょう? このデータ、ただのシステムレジストリなんじゃないんですか?』

 ルイの眼には映らないようになっているのだ。それは即ち、同等のシステムが使用された事を意味する。

「――ルイ・オルタナティブ。完成させたのか?」














 ミアレギャングの一人であるサンタはイイヅカを快く迎え入れた。

 ヨハネの役割は彼を面通しさせる事であったが、滞りなく行われたらしい。

「じゃあ、サンタちゃん、後は頼むね」

 マチエールが手を振るとサンタも振り返す。イイヅカは、というとヨハネに一瞥をやった。

「お互いに、健闘を祈ろう」

 情報屋となる。その意味は危険な領域にもこれまで以上に踏み込む事だ。明日の命さえもないかもしれない。

 ヨハネはイイヅカの拳に自分の拳を当てる。コツンと、小さく音がした。

「何だかなぁ。オジサン、結局、夢を諦め切れなかったんだろうね」

 帰り際にマチエールのこぼした言葉に、ヨハネは首を傾げる。

「どうかな。イイヅカさんは、立ち向かう事を選択したんだと思う。逃げる事も出来たのに」

「でもそれって、夢だよ。夢想なんだ。誰もが皆、戦えたらあたしだって要らないし。あたしは、ただ牙のない人達を守りたい」

「牙のない人達?」

 立ち止まってマチエールが手を翳す。太陽へと振り上げられた掌は小さい。少女のものだ。しかしその手で何もかもを救おうとしている。

「抗う力のない、牙なき人達のためにあたしは戦っているんだ。それが何と言われようとも。間違いだって思われても構わない。あたしは、あたしらしく、変わりたい。そうする事だけが、牙のない人達へと向けられるあたしの役目なんだと思う」

「……すごいな、マチエールさんは。僕はそこまで考えられない」

 自分ならその役目に押し潰されてしまうだろう。しかし、マチエールはヨハネを軽蔑する事はなかった。

「あたし、ヨハネ君も相当変わり者だと思うよ。探偵の助手なんてやりたがるし。ヘンタイ君なのは明らかだね」

 変態呼ばわりされたのは眉をひそめるしかないが、ヨハネは自分の掌に視線を落とした。

 何かが出来るのか。何かを成せるのか。

 今はまだ、答えが出せない。何も分からないままであった。

 ――ただ、とヨハネはスキップするマチエールを眺める。

 彼女らの戦いを、最後まで見据えておこう。決して、目を逸らさないように。

 それだけは、力のない自分でも出来る、唯一の抵抗であった。






第三章了


オンドゥル大使 ( 2016/11/04(金) 18:04 )