EPISODE23 仮初
仮面をつけているも同義だ。
赤いスーツにサングラス、赤いウィッグをつけた集団はともすれば目立ち過ぎの側面もあるが、同じ格好の人間ばかりだと埋没してしまう。それほど「個」は薄く、全体統率される集団としての格が強かった。
だからか、サワムラーの功績が認められて個室に入ったのは薄気味が悪かったし、彼からしてみれば余計な心配であった。
薄っすらとした明かりの中で、赤スーツの研究員を連れた少女が歩み出てくる。
アリア、と名乗っていたか。自分と大差ない身分のはずだがどうしてだか、その後ろに続いたのは滅多に見ない大幹部であった。
研究副主任、クセロシキ。真っ白な仮面に赤いゴーグルという井出達は嫌でも目を引く。
肥満体の副主任は自分の下へと歩み寄るだけで、その呼吸音が漏れ聞こえてきた。
「よくやったナ。名は?」
「こちらでは、サワと名乗らせてもらっています」
フレア団の内部では主力ポケモンの名前からコードネームを拝借するのが一般構成員の由来となる。自分の場合はサワムラーだから「サワ」だ。
「ミスターサワ。お前は、どう思った? あのEスーツを」
「恐れるに足らず。言ってしまえば、拍子抜けです」
「そう、カ。だが、油断するなヨ。カウンターEスーツの名前は、伊達ではないのだから」
大幹部にしては随分と及び腰の言葉であった。労いでも来るのかと思っていたがどうやら今回は違うらしい。
「近々、大規模な組織編制があります」
そう口にしたのはアリアである。どうやら彼女はクセロシキの右腕のような立ち位置らしい。
「組織編制……。どのような」
「対エスプリ特化型の、新たな組織の見直し。それに伴い、あなたを推薦してもいいと、副主任は仰られています」
対エスプリ。あのEスーツの使い手相手にそれほど脅威が必要だろうか。サワは尋ね返す。
「お言葉ですが……、自分のサワムラーでも勝てた」
「一回の勝利に酔わない事だ。Eスーツは次の手を打ってくる。そう、彼女が告げている」
アリアだろうか、と窺っているとクセロシキは否定した。
「言い方が悪かったな。彼女、と言っても人間ではない。こいつだ」
クセロシキの手の中にあったのはホロキャスターだ。そこから浮かび上がったのは黒髪の乙女の立体映像である。
全身が黒で統一された少女のホログラムが、実物のように薄く瞼を上げる。
『ふみゃあ……。起こすなって言っているだろうに。オレは、やる気のない時にはやりたくないんだ』
「このシステムは……」
思わず言葉を詰まらせる。これほど高精度のAIは出回っていないはずだ。
「主任研究者、プロフェッサーCから預かってきたものでネ。名前を」
『ルイ、でいい。様とか、そういうのは付けたかったら付ければいいけれど、システムに様を付けるって随分と馬鹿馬鹿しいな』
人間じみたシステムである。サワは改まって声にする。
「では、ルイ。あなたが進言したと?」
『組織編制の事か。オレは見極めを頼まれただけだ。お前らの言う主任とやらにな』
「ルイは眼だ。主任、プロフェッサーCの。彼女が今次の戦い振りで組織編制が必要かどうかを判断する。戦闘データを」
サワはホロキャスターからメモリーカードを抜いて手渡す。構成員同士のホロキャスター内には同一規格のシステム領域があり、その部分は常に監視の眼を光らせているのだ。
取られた戦闘データをルイは吟味するように瞼を降ろした。まさしく人間のそれであった。
『……思っていたよりも弱いな。白では話にならん』
「赤にはならなかったのか?」
『なったが、使い切れていない。この局面で赤はただ単に体力を使い潰すだけだ。分かっていないのか。それとも、分かっていて、我々の動きを警戒して、赤を使ったのか』
色だけで言われてもサワにはピンと来ないが、あの炎を操った形態の事を言っているのか。
「白が、ノーマルタイプであるのは既に聞きました。実際、戦ってみても効果は抜群だった」
「赤のEスーツ……ファイアユニゾンであったカ。その姿の戦闘能力をまだはかれていなかったからナ」
『赤のEスーツ……。データを見るに、サワムラーで勝てない相手ではなかったようだ。まぁ、相手の熟練度不足もあるが』
「当然でしょう。現に勝利いたしました」
自分のサワムラーならば負ける気がしない。その自負にアリアが忠告する。
「相手のユニゾンは一片通りではない。毎回勝てるとは思わない事ね」
何を言っているのだ。自分とて負けたからここにいるのだろう。負け惜しみにしか聞こえなかった。
「サワムラーに提案していた、Eアームズのプラン。呑む気にはなったかネ?」
やはりクセロシキほどの人間が出てくるとなればその話か。サワは頭を振った。
「必要ないでしょう。今の状態でも自分のサワムラーは強い」
「アリアも言ったはずダ。ユニゾンは一片通りではない。まだ隠し持っている能力がある。そのためにもEアームズ、揃えておいて惜しい戦力ではないと思うがネ」
しかしこちらの答えは決まり切っている。
「再三の申し立て、誠に恐縮ではございますが、否、と言わせていただきます」
「分不相応な力への執着は身を滅ぼすわよ」
アリアの忠言にサワは余裕を持って返してやる。
「それを言うのでしたら、余計にEアームズ導入は慎重になるべきでしょうね」
言い返されてアリアは気分がよくないのか、目に見えて嫌悪を示した。
「ミスターサワ。Eアームズへの不信感、分からなくもない。だが、もしもの時、備えておくに越した事はないゾ」
「残念ながら、自分はこのキックの鬼を極限まで扱いたいのです。Eアームズ、確かに形容し難いほどの魅力は感じますが、やはり抵抗がありまして」
「強くなるゾ?」
クセロシキの言葉にもサワは心を乱されない。
「残念ですが……」
「そう、カ。まぁ、いい。結果さえ残せるのならナ。ただし、ここでEアームズの所有を頑として拒んだ事、組織としては面白くない、という事ダ」
承知している。組織は一つでも多くのモデルケースが欲しいはずだ。
「Eアームズなしでも勝てます。その模範になればいいんでしょう」
「間違ってはいない。だが、いいんだナ? 本当に、Eアームズを所有しないと?」
くどいほどだったが、大幹部となればそれ相応に見たい結果があるのだろう。サワは首を縦に振らなかった。
「今のままでも、相手はサワムラーと自分に、追いつけやしませんよ」
「そうだな。健闘を期待しているゾ。お前のメモリーに、ルイの一部をインストールしておいた。次からは自動的にメモリが更新される」
「ありがとうございます」
メモリーカードを受け取ってサワはホロキャスターに装着する。立体映像の少女は頬杖をついてサワを眺めている。
『お前、本当にいいのか? Eアームズを付けるのに、別段、デメリットはないんだぞ?』
AIまで喧しい事だ。サワは言い返す。
「自分の流儀に反しますので」
「流儀?」
「言っていませんでしたが、自分は蹴り技の極みを行ったサワムラーを心から信頼しています。ポケモンと人間とは、信じるところより生じる力があるもの」
その信頼関係に水を差されるのが嫌で、Eアームズを拒んでいる節もある。クセロシキはその言葉で納得したようだ。
「信頼、カ。分からなくもない感情ダナ。いいだろう。好きなようにやるといい」
アリアはクセロシキの背中に続いていく。すれ違い様に耳打ちされた。
「あなた、もうEアームズのおこぼれには預かれないわよ。それでもいいって言うの?」
「恐れながら、外的要因に勝敗を求める事こそ、敗色を濃厚にしているものかと」
アリアは恥辱の上塗りをされたような気分に陥ったのだろう。かあっと赤く染まった顔を背けた。
「勝手になさい」
「ええ、こっちは勝手にやらせてもらいますよ」
せいぜい勝手に。サワはベルトに留めた相棒の状態を見やる。
サワムラーはまだまだ使える。出していない奥の手もある。エスプリ相手に負ける要因がなかった。
「サワムラーの上を行く事など出来まい。さて、問題は」
イイヅカ、トップ屋の男だ。
あの男をどう扱うのか、まるで読めないが自分はあの男を目印にして現れるしかない。
「どうとでも来い。キックの鬼が待っている」