EPISODE22 対話
「ああ、もう! ルイ! コーヒー入れろ、コーヒー!」
マチエールからの通信を受け取ったユリーカはコンソールを無茶苦茶に叩き、荒れていた。ルイが漂ってこちらの被害から逃れようとする。
『む、無茶言わないでください、マスター。ボク、実体ないんですよ?』
「コーヒーマシンを起動させて、セットされたカップにお湯と粉末を適量注げって言っているんだよ! それくらい出来るだろ? 私の自慢のシステムなら!」
『で、出来ますけれどぉ……。マスターも落ち着いてくださいよ。今は勝てる手段を講じる時でしょう?』
人工知能にいさめられたのでは世話はない。ユリーカは憮然と椅子に座り、先ほどの戦闘をモニターした。
相手はファイアユニゾンの能力を看破し、その上で一撃離脱戦法を取ってきた。何より、会話のログから割れる事実は一つ。
「白の……ノーマルユニゾンが格闘に弱いってばれている」
『と、いう事は、相手もデータベースを漁っていると考えるべきでしょうか?』
「いや、分からない。こいつだけかもしれない。でも、このサワムラーにいっぱい食わされたのは事実。ムカつく!」
またしてもやたらとコンソールを殴りつける。ルイはため息を漏らして主人の癇癪を宥める。
『落ち着いてくださいよ……。幸いにしてダメージも許容範囲ですし、よくやったのでは? マチエールさんは』
「何が、よくやった、だ。こちとら勝利以外望んでいない」
『高望みし過ぎですよぉ。毎回勝てる保証なんてどこにもないって、ホラ! よく言うじゃないですか、いつでもいつもうまく行くなんて、って』
「うるさいぞ。お前の歌なんて聴きたくない」
腕を組んでユリーカはルイに背を向ける。ルイは、というとシステムチェックに余念がなかった。
『こっちを辿ってくる人物はいません。チャットも空席状態です』
「アイズ、と名乗った奴は現れてくれないか」
『そもそも、個体識別番号を振ってあるホロキャスターでの書き込みじゃなく、パソコンからですし。IPアドレスを辿るにも、同一サーバーを経由していません』
「アイズに警告はした。うまく餌として機能すると思っていたんだがな」
ネット上の警告などほとんど無意味かもしれない。しかしユリーカは一つでも多くの策を練っておくのに間違いはないと感じていた。
『仮面の怪人……って呼ばれているんですよね。怪人っていう見た目じゃないと思うんですけれど』
「理解の及ばない範囲なら、そいつは怪人だ。エスプリとして動いたここ数日に、特に目撃情報が多い。……アイツ個人で動かしたのはまずかったな」
『マスターが変に意固地になるからですよ』
「意固地になっていない。ただ、マチエールだけでどれだけ出来るのかって、少しだけ興味もあった。データもある」
単独行動時、ユニゾンシステムの補助なしでのEスーツの稼動能力をはかったデータであった。ルイでさえも呆れ返る。
『いつの間に……』
「紛れ込ませておくものだ、こういうのは。Eスーツが毎回起動すれば私の端末に情報が行くように設計しておいた」
『何だかんだで、マスターも過保護ですねぇ』
「守りたいのはマチエールじゃないぞ、間違えるな。私が守りたいのはEスーツだ。それ以外の何者でもない」
しかし、ルイはどこか小ばかにしたようにつんと視線を逸らすばかりだ。
『そうですよねー。マスターは自分のためにしか動きませんしー』
「……電源を切るぞ」
『あわわっ、待ってくださいよ! 電源をいきなり切るとどうなるかなんて一番よく分かっているでしょう?』
慌てふためくルイにユリーカは両手を上げる。
「冗談だ、ジョーダン」
『もうっ! 心臓に悪い』
システムに心臓があるはずがないのだが、と言い返しかけて事務所の入り口に立った影をカメラが感知した。
「帰って来たか。バカとバカの連れ添い」
「……帰るなりその言い草って」
ヨハネが閉口する。マチエールは慣れているのか、ルイと同じようにつんと視線を背けた。
「悪かったわね、馬鹿のお帰りで」
「見ていたぞ。ファイアユニゾンを使ったのに惨敗だったな」
「悪シュミ」
マチエールがソファにでんと座り込む。すると、連れて来られた第三者が戸惑う視線を向けた。ユリーカは事務所の所長としての顔を振り向ける。
「ああ、申し遅れました。私、ここハンサムハウスの所長、ユリーカです。どうぞおかけください」
椅子を差し出す。苦言は後にして、ユリーカは聞く事があった。
おずおずと男は座り込む。中年男性で、強いひげ面だった。しかし身なりからそれ相応のポストの人間であるのが窺える。
「あの……俺は……」
言葉を出そうとして何度も躊躇われた。無理もないだろう。仮面の怪人に連れ去られたようなものだ。
「落ち着いてください。僕も最初は驚きましたが、ゆっくりと、自分の身に起こった事を話してくれればいいんです」
ここでヨハネが思わぬ緩衝材になってくれた。ヨハネのスタンスは自分達とは違う。だからこそ出る温和な声音に、男はようやく警戒を少しばかり解いたようだ。
「俺は、何でか襲われたんだ」
「心当たりは?」
「それが……あり過ぎて困っていてね。なにぶん、職業が職業なもので」
「何をなさっているんです。所長に改めて説明してください」
男本人の口から言わせるように仕向けたヨハネは、短時間ながら助手としてしっかり育っていると感じる。本人の口から割らせれば、後々禍根を残した時、本人の責任で済む。
「俺は、新聞記者……いわゆるトップ屋だ」
だから、その職業が口にされた時、ユリーカは目を瞠った。
「トップ屋? つまり、新聞記事の売り込みをする奴らって事か?」
その事実と脳内である事実が結びつく。
「……もしかして、アイズ?」
その名前に相手は反応した。
「ハンドルネームを知っていて……」
「ああ、いや確証があったわけじゃないんだが……。となると、あんた、妖精の領域に踏み込んだんだね」
その段になってようやく、男はこちらの正体に気づいたらしい。
「エウレカ、なのか?」
「こっちではユリーカで通っている」
「何それ?」
怪訝そうなマチエールにユリーカは手を払った。どうせ伝わるまい。
「こっちの話だ、こっちの」
「きな臭い」
そう言ってマチエールは渋い顔をする。
しかしアイズとなれば、とユリーカは情報を手繰った。
「あんた、言っただろう? 妖精を追うなって」
「ああ、しかし、俺は追わざるを得なかった。追う側の人間だった……」
その悔恨をヨハネは理解出来ないのだろう。ユリーカと男を交互に見やっている。
「ではこちらから質問だ。奴らに追われている理由は? 改めて問うと分かるだろう?」
「そうだな……、踏み込み過ぎた、代償って奴か」
存外に話が分かる様子だ。ユリーカは取り出したキャンディを口に含んで相手を指差した。
「あんたさぁ、分かっていてこっちに来たんだ。だったら、それ相応のものが待っている覚悟はあるんだよね?」
「……分かっているとも。俺が見知った事、全てを話すべきなんだろう」
「理解が早い奴は嫌いじゃない。ヨハネ君、お茶を差し上げてくれ。長い話になるだろう」
ヨハネが目礼して下がっていく。男は怯えた小動物のように震えていた。
イイヅカから話された事柄はヨハネを驚愕させるのには充分であった。
エスプリの存在が既にまことしやかに語られており、情報通の間では禁忌に抵触する事。そして、イイヅカはその禁忌を犯してでもエスプリの真実とEアームズに到達しようとして、連中に勘付かれた。
話し終えたイイヅカは憔悴し切っていたが、話を聴いたユリーカの眼は好奇心に輝いていた。
「なるほどねぇ、仮面の怪人。こっちの記事は通らないのに機械のポケモンは通る、と。理由は、今さら話さなくっても分かるか」
「餌、だったんだな。この情報を追えば奴らが来るっていう」
ユリーカは口角を吊り上げる。いつもの事ながらユリーカは何手先まで読んでいるのか分からない。
「でも、今回の奴、別格みたいでしたよ。僕が追い着いた時には勝敗が決していましたけれど」
その言葉にしまったと感じる前にマチエールが歯軋りを漏らしていた。一番に悔しいのはエスプリであるマチエールだろう。
「……何で勝てなかった」
その自問にユリーカが手を払う。
「ファイアユニゾンに過信があった。ノーマルじゃ、格闘タイプの技は効果抜群だから切り替えたのは間違いじゃない。でも、ファイアの限界点が、こうも早く訪れるとはね」
「その……僕にはファイアユニゾンってすごく強そうに見えるんですけれど、何か欠陥があるんですか?」
その質問にユリーカが眉をひそめる。
「ヨハネ君、それはアホの質問だよ」
「……薄々分かっていましたけれど、そう来ますか」
「欠陥がなかったら、常時ファイアユニゾンで戦わせるさ。そうでない理由を推理したまえ。助手だろう?」
「そう言われましても……。あっ、時間制限?」
「三分の一。これじゃ解答としては三角だ」
にべもない。考え直しているとイイヅカが口を挟んだ。
「その、属性を纏うんだよな、あの赤い姿……。だったら、炎の技でカバー出来る範囲を超えていた。炎だけじゃ、サワムラーには届かないんだ」
その答えにユリーカが指し示す。
「そう、まぁ正解かな。ファイアユニゾンに限らず、ユニゾンシステムに共通する命題でね。安定率の高いファイアユニゾンは闘争本能を高め、戦闘能力も白の姿に比べれば上昇する。しかし、それは中核とするポケモンの性能に依拠するんだ。ヒトカゲはそれほど強いかい?」
そう言われてある種、納得した。ユニゾンシステムはポケモンの能力を借り受ける、と説明した意味も分かる。
「ヒトカゲの性能じゃ、サワムラーには追いつけない」
「ようやくピンポンだよ、我らが助手は。しかも今回、サワムラーはEアームズをつけていなかった。生身のポケモンに敗北した」
その言葉にヨハネは唾を飲み下す。言葉以上の重みがあった。今までEアームズを付けたポケモンを想定した戦いであったのに通常のポケモンに負けるなど考えてもいなかったのだ。
「……他のユニゾンなら、勝てたんですか?」
マチエールはまだ二体のポケモンを有しているはずだ。ニョロゾとアギルダー。そちらのユニゾン性能に頼れないのだろうか。視線を振り向けるとユリーカが手を振った。
「他のユニゾン? ああ、駄目だ。そう都合よくはいかない」
「何でです? ニョロゾやアギルダーだって、使えるんじゃないんですか?」
その疑問に答えたのはマチエールであった。ソファの上で腕を組む。
「残念だけれど、ニョロゾを使ったユニゾンは成功した事がないんだ。水属性のユニゾンが使えるはずなんだけれど、ね。アギルダーは何だっけ、技術的な問題点以上に、何かがあるって言っていなかったっけ?」
「お前の五感がアギルダーのユニゾンに耐えられないよ。アギルダーの場合、虫属性のユニゾンだけれど、今の、ファイアユニゾンだって随分と体力を消耗する。アギルダーとのユニゾンなんて考えるな。まかり間違えれば死ぬぞ」
重々しい響きにヨハネのほうが絶句する。しかしマチエールは涼しげな様子だった。
「あたしが死んだっていいと思っているくせに」
「よくはないさ。こうして餌にすることも出来ないんじゃ、部下としては失策だ」
エスプリの姿が情報を持っている人間を炙り出すために使われている。ある種、覚悟はしていたが自分達の戦いが穢されているようでヨハネには無視出来ない。
「ユリーカさん。マチエールさんの事、そういう風に言うのやめてください。彼女は命をかけているんだ」
必死の抗弁だったがユリーカにはまるで届かない。
「命をかければ高尚だっていう考えこそ、私は好きじゃないな。命を簡単に賭けられるのは、バカの所業だ。命の選択は常に慎重に。そうする事の出来ない駒は詰みを迎える」
取り付く島もないユリーカの声音だったが、マチエールはさして反抗するわけでもない。自分のスタンスのほうが間違っているのだろうか、とヨハネは不安になる。
「いや……命をかけなければ、あなた達に会う事も出来なかった。賭けるべき時に賭けた命には敬意を払うべきだろう」
イイヅカの助け舟が意外だった。彼は一番に困惑しているはずなのに、大人であるせいか、冷静を保っている。
「まぁ、どっちにせよ、さ。このままじゃあのサワムラー、倒せないよ。どうする?」
ユリーカの視線にマチエールが立ち上がった。
「勝てばいいんでしょう? 勝つよ」
「口ではどうとでも言える。でも、実際問題、ノーマルユニゾンで戦えばジリ貧、ファイアでも届かない。さて、どう手を練るべきか、って話だ」
「あたしにはまだ、二体のポケモンがいる。ノーマルでも、三体同時に使えれば勝機があるかも知れないし」
「三体同時? バカだな、何を考えている。単体戦力上、サワムラーの攻撃力に勝るポケモンは三体併せたっていないんだ。戦うのには無論の事、お前のトレーナー技量じゃ知れている」
マチエールはユリーカの頭部へと蹴りを見舞おうとする。それをユリーカはかわしてから笑みを浮かべた。
「ほら、今の騙し討ちだって、私にさえ届かない。蹴り技を鍛えるのもいいが、本題を忘れるなよ。今直面すべきなのは、エスプリとして、お前の能力ではただのポケモン以下だという事だ」
マチエールが身を翻す。その背中を呼び止めようとしたヨハネを、ユリーカが制した。
「放っておけよ、ヨハネ君。一人でせいぜい勝つ手段を考えさせろ。アイツは頭で考えて戦わない。本能タイプだ。だから、一度頭を冷やさせたほうがいい」
「何で……、相棒なんじゃ」
「アイツにとっての相棒は〈もこお〉で、私はルイ。一度だってそんな事を言ったかな?」
ヨハネは歯噛みしつつも、ここでの議論は平行線であるのを感じ取った。
「……どうするんですか」
イイヅカの処遇を暗ににおわせる。イイヅカは既に覚悟しているのか、頭を振った。
「相手は俺を狙っている。俺の身柄の確保が目的だろう」
「餌としては上々だ。我々はイイヅカ氏を保護し、連中との戦いに打って出る」
「戦うのは、エスプリ……マチエールさんですよ!」
ここで指示を出すだけのユリーカにその権限はない。そう言いたかったが彼女は渋い顔をする。
「可笑しな事を言うな、ヨハネ君は。そんな分かり切った事をいちいち蒸し返すなよ、女々しい」
「僕は、マチエールさんをもっと大事にしたほうがいいって、そう言っているんですよ」
「じゃあキミが大事にしろよ」
その返答にヨハネは声を詰まらせた。ユリーカの眼差しはあくまでもヨハネを見据えている。
「どういう……」
「馴れ合いとか、アイツは苦手そうだけれど、キミになら警戒を解くだろう。せいぜい、あのバカを宥めさせる事だ。私にはその役目はない」
拳を握り締める。どうして、ユリーカはそこまで他人行儀を決め込めるのだ。
「知りませんよ。どうなったって」
「どうなったって知らないのは既知だろうに。今さらの言葉を蒸し返すなって。大体、キミら私が与り知らぬところで動いていたんだろ? そのせいで、イイヅカ氏のような人間に勘付かれた。その事に対する釈明はないのか?」
言い返せなかった。確かに、マチエールと自分が下手に動き過ぎたせいで目撃者をいたずらに増やしてしまった。それまでユリーカと組んでいたマチエールはほぼ目撃などさせなかったというのに。
「……僕のせいだって言いたいんですか」
「そうは言わないよ。それはだって、女々しい」
マチエールが怒りたくなるのも分かる。ユリーカの言葉繰りにヨハネも限界だった。
今にも怒声を上げそうになったのを制したのは、イイヅカであった。二人の間に入り、手を掲げる。
「まぁまぉ、落ち着いて。今は喧嘩している場合じゃない」
「私は喧嘩とも思っていないが?」
「エウレカ嬢、いやユリーカ嬢とお呼びするべきか。あなたがどれほどに苦心してエスプリという存在を作り出したのかは想像に難くない。かなりの無茶があったんだと思う。それを加味した上で、俺は話をしたい。あなた方のこれからと、そしてこれまでの事を。サワムラー使いは俺狙いだ。だから、いざとなれば俺の身柄を引き渡すなり何なり出来る。それをしないで、こうして保護してもらっているだけありがたい」
「よく分かっているじゃないか」
ユリーカの高圧的な態度にもイイヅカは平静を保ったまま、笑みさえも浮かべる。
「……人が悪いな、あなたも。素直じゃない」
「素直ってものにはてんで縁がなくってね」
「ヨハネ君、だったかな。いや、先輩だからヨハネさん、と呼ぶべきか」
振り向けられた声にヨハネは面食らってしまう。目上の仰々しい態度に何を言うべきか分からなくなってしまった。
「いや、その……」
「ここで俺の進言したいのは一つだ。俺を利用して、サワムラー使いを引き寄せる。ただ、そのタイミングはユリーカ嬢任せでいい。全権をあなたに預ける」
正気なのか、と疑ってしまう。今の対応でユリーカはイイヅカを軽く扱うのは目に見えている。
「ちょ、ちょっと! イイヅカさん、そんなの、駄目ですって! だってユリーカさんは、あなたを保護するって言ったって建前で……」
「分かっている。だからこそ、俺は慎重に慎重を期すべきだと考えている。今、サワムラー使いはこの根城を暴くに至っていない。それは今も浮遊している、優秀なシステムが証明しているだろう」
褒められて悪い気がしないのか、ルイは、えへへと笑った。
「ルイを褒めるのは、出来た奴だ」
「だから! 慎重にいくって言うんなら、あなたの身柄だって、絶対に奴らに渡すわけには」
「だから、そのための話し合いを、しっかりと、慎重にやっていこうって言っているんだ。ユリーカ嬢は分かっている。マチエール嬢には、ああ言うしかないんだ。ああ言うしか、彼女は強くなれないタイプだろう。逆にあなたのような、冷静に物事を俯瞰出来るタイプは決して逆上しない。相手の燻りを待つ」
ユリーカはフッと口元を綻ばせて手元にキーボードを引き寄せる。呼び出したのは個人認証画面であった。
イイヅカの顔写真とデータがディスプレイに表示される。
「物分りがよ過ぎるな。ああ、だから干されたのか」
「そのようでね。ミアレ出版はもう俺の記事を買うつもりはないだろうし、元々、罠を張られていたんだ。どうしようもない」
ユリーカは一考した後、何度か頷いた。
「決めた。ただの駒として扱うには惜しい。私の考えの纏め役になれ。辞めたければいつでも辞めてもいい。そういう権限の、助手だ」
イイヅカは反抗するでもない。ただ傅くようにその役目を受け入れた。
「それでいいのならば」
「ユリーカさん、正気なんですか! サワムラー使いだっていつ襲ってくるか分からない。そんな時にマチエールさんと喧嘩して、その上助手を新たにつけたって」
「何だ、ヨハネ君。男の嫉妬は見苦しいぞ。自分の助手の席が取られるとでも? 安心したまえ。キミの席はきっちりある。マチエールのメンテナンスだ。彼女をほどよく使えるようにしておけ」
相棒をメンテナンスと呼ぶユリーカの考えは分からなかった。だが、ただ怒りをぶつければいいだけではないのは、今のイイヅカの立ち回りからして明らかだ。
「……言っておきますけれど、マチエールさんが強くなったってEスーツが駄目じゃ」
「分かっている。ルイ、修復作業、現在は?」
『四割、ってところでしょうか。ダメージを深刻に受けた箇所は限られていますので、部分修復で何とかなりそうです』
「だ、そうだ。ヨハネ君はさっさとアイツのご機嫌取りに窺うといい。どうせ不貞腐れているんだろう。どこに行ったのかは見当がつく。憂さ晴らしにその辺りの人間をボコりに行っているのかもしれない」
ハッとしてヨハネは階段を駆け降りた。
「言っておきますけれど、絶対、ユリーカさんの意見、撤回させますから!」
マチエールが必要だと言わせてみせる。ヨハネの主張にユリーカは鼻を鳴らした。
「せいぜい、その時を待っているんだな」