ANNIHILATOR - 烈火篇
EPISODE14 暗黒

 ココロモリとのハーモニクスが切れたセキグチが目にしたのは、自分を取り囲む白衣の研究者達であった。

 明かしたはずはないのに、ミアレシティの一角にあるセーフハウスは赤スーツの人々に囲まれており、逃げ出すのは不可能であった。

「セキグチ君、いや、ミスターS。君の処遇は追って伝えよう。今はEアームズを奪われた事のほうが大きい」

 ハーモニクス中には意識はポケモンの側に行っており、こちら側での判断は出来ない。その弱点を突かれた結果になった。

 セキグチは諦めてセーフハウスから外に出る。赤スーツの人々は万全を期して装甲車を乗り上げていた。

「おれは、フレア団に糾弾されるのか?」

 その質問に一人の研究者が答える。ゴーグルで顔を隠していたが、その人物が自分の担当教員であるのは容易に窺えた。

「それは上層部の決める事。ミスターS、来たまえ」

 装甲車の後部座席に押し込まれる。Eアームズの発信源を特定する特殊仕様車であった。

「Eアームズは使用時に特定周波数を発生させる。ほとんどがラジオ電波の阻害程度しかない微弱なものだが、それを追えば所持者が割れる」

 赤スーツの集団の中に混じっていたのは研究者とは一線を画した太っちょの人物であった。白い仮面を被っており、赤い眼窩には狂気の色が浮かんでいる。

「そんな事も理解せずにEアームズを使っていた事、ワタシとしては考えられないレベルだヨ。三級フレア団員はそのレベルにまで堕ちているのかネ?」

 この男を知っている。フレア団の上級幹部であり、何よりもEアームズの開発に尽力した研究者。コードネームをクセロシキという。

「クセロシキ様。しかし、試さなければ分からない事もあります」

 そう口を挟んだのは女性の研究部門の幹部であった。モミジ、と言ったか。

「ワタシとしては大変に遺憾だヨ。このイクスパンションアームズの真価も理解しないまま、闇雲に使われていたなど」

「実戦データは取れています。それも、あなたの望んだ通り、対Eスーツ戦です」

 モミジの指示するモニターに視線を投じているクセロシキはふと、呟いた。

「……まさかここまでやるとは。ユニゾンシステムはまだ本調子ではないのに、よくやるヨ。ワタシなら、もっと強いユニゾンシステムの使い方を知っているが、所詮はプロトタイプ。実戦用に造られたEアームズとの差は歴然か。Eスーツは、我が前任者の道楽のようなものだったからネ」

 あの強力なスーツを前にして道楽など。セキグチは開いた口が塞がらなかったが、クセロシキは目線を振り向けた。

「君のやってのけた戦い、まずまずだった、と言っておこう。Eアームズを用いて同調と進化、まぁ第一フェイズの戦闘としてはそれなりダ。ただし、もっと強い使い方はあるのだがネ」

「強い使い方……。しかしおれには、後がない」

「後がない? 本当に後のない人間には、助力さえも与えないものだヨ。アリア嬢を使って君のポケモンを回収した。その意味。分かるだろう?」

 つまり自分にはまだ利用価値があるというのか。だが、フレア団の保持戦力であるEアームズを勝手に使っての狼藉。ただでは済まないはずだ。

「何をすればいいのです……?」

「まぁ、Eアームズを使った実戦データを取ってくれればいい。ココロモリに進化したのならば、やりようはあるはずダ。以前のコロモリでは、君は泳がせておく程度の戦力であった。正直、どこかで切ってもいいと思えていたんだが、ココロモリに進化を果たした君の手持ちならば、可能なやり口がいくつかある」

 これにすがるしかあるまい。セキグチは懇願していた。

「どうか、今一度、チャンスを! 必ずや雪辱を晴らしてみせます!」

 頭を垂れたセキグチにクセロシキは鼻を鳴らす。

「どうせ、望もうと望むまいと、君の身の振り方はワタシの権限一つ。どうとでもなる。放った爆弾は、手元に帰ってくるべきじゃない。だろ?」

 放たれた言葉の意味にセキグチは震撼する。つまり、自分の役割は――。

「喜べ、ミスターS。お前にはまだ利用価値があるのだとクセロシキ様は仰られている」

 モミジの高圧的な言葉にそれ以上の返事を飲み込んだ。もう自分には残された道はないのだ。

「……是非とも」

 最早、選択肢はなかった。苦渋の入り混じった声にクセロシキが手を叩く。

「よく出来ました。君は分が分かっている。分の分かっている相手と話すのは、嫌いじゃない。準備を始めたまえ。ココロモリアームズ、B装備だ」

 既に新型Eアームズが発案されていたらしい。ココロモリに装着するEアームズの翼には黒々とした円筒型の爆弾が備え付けられていた。

「それを付けて、如何にせよと……」

「簡単な事だヨ。引き絞られた弓矢は放たれる。至極当然な帰結ダ。君は、エスプリを相手に、爆弾を演じてくれればいい。シンプルでなおかつ、効果的な戦術だヨ。ワタシの言う通りにしておけば、ここでの処分は免れる」

 しかしそれは緩やかな死を意味していた。ここで断れば、フレア団を放逐されるだろう。そうなってしまえば、戸籍も何もかもを奪い去られる。フレア団に一度在籍した以上、罪を消し去る事は出来ないのだ。

 爆撃に参加するか、それともここで何かもを失うか。

 二つに一つ。セキグチは震える唇で言葉を紡いでいた。

「……クセロシキ様の、仰せのままに」













 持ち帰られたEアームズの解析にはルイが回されていた。ルイの指が触れるとその部位の情報がコンソールに表示される。ヨハネにはちんぷんかんぷんだったがユリーカは情報を見事にさばき、合理化していた。

「さて、分からず屋とヨハネ君に聞いてみよう。このEアームズ、どのような性能であったと思うか」

 ユリーカからの難題にヨハネは思案を巡らせた。マチエールはシンプルに答える。

「コロモリの飛翔能力の向上、及び素早さ、攻撃力の補填」

 ふむ、とユリーカがその言葉を受け止める。

「しかし進化は予想外であった。違うかな?」

 ヨハネは首肯する。マチエールは苦々しく顔をしかめた。

「逃がしさえしなければ……」

「いいや、どっちにせよ、Eスーツにも随分と無茶をさせている。あそこで我慢比べをして、いくらキミのような超人でも耐え切れなかっただろう。スーツを解析した結果、オーバーヒートを起こしていた。蒸し地獄で死ぬなど笑えない」

 そのような危うい状況下に追い込まれていたのか。ヨハネには全く気づけなかった。

「……場合さえ違えば勝っていた」

「ココロモリに進化しなければ? あるいは、アリアドスが邪魔しなければ、か。あのアリアドス、前回破壊した奴で間違いないんだね?」

「ええ、あれのはずです。そうでなければ……」

 まだ、終わっていない。その確信にヨハネは拳を握り締める。

 ヒガサはまだあの赤スーツの集団に関わっているのか。戦い続けていればいずれ彼女と合間見える事になるのだろう。

 それはヨハネにとって何よりも苦々しい。

「結論から言おう。このEアームズは戦闘経験値を積ませる事に特化した、いうなれば前哨戦用だ」

 ヨハネは唖然とする。戦闘能力の強化に充てられた機体ではなかったのか。

「でも、強かったですし……」

「そりゃ申し訳程度に強化は行われていたが、それがメインじゃない。こいつはね、次の戦闘のために準備された試作品みたいなものだ。これ自体には飛翔の保持と技の強化レベルしかない。次が来る」

 確信めいた声音にヨハネは身震いした。まだ次が来るというのか。

「ルイ……さん。スーツの状態は」

『ルイでいいですよー、ヨハネさん。相当やられていますね。これじゃ、本来の能力の三分の一も出ません』

 ルイの解析結果にマチエールが立ち上がる。

「それでも……、やるしかないじゃないか」

 しかしマチエールも怪我を負っていた。包帯に滲んだ血の赤が痛々しい。

 どれほど自分を追い込んででも、マチエールは戦うつもりなのだ。その覚悟にヨハネは眩しささえ感じた。どうして前回と言い、ここまで無理が出来るのだ。

「相棒として言おう。無理だ。今は休んでおくといい」

「そんな暇はない……」

 アタッシュケースを取ろうとしたマチエールをヨハネは思わず遮っていた。自分でも意図した行動ではない。ただ、マチエールにこれ以上戦わせてはならないのだと第六感が告げていた。

「……退きなよ、ヨハネ君」

「退けないよ。だってそんなに怪我をして、もしもの事があったら……」

「この街はもうのっぴきならないところまで来ている。次が来るってユリーカが言うのなら、次が来るんだろう。その時、街の守り手であるエスプリが動けない? 冗談じゃない。そんなの、カッコ悪いじゃないか」

 進もうとするマチエールの覇気に呑み込まれそうであった。どうして自分を削り取ってまで街のために尽くせるのか。

「マチエールさん。僕は、君のためを思って」

「だったら、退きなよ。戦う事があたしの本懐だ」

 押し問答である。譲るべきか、とヨハネが逡巡したその時、ユリーカが冷徹に告げた。

「ルイ、ちょっと痺れさせろ」

『ごめん、なさいっ!』

 ルイがマチエールの首根っこに掴みかかる。その瞬間、接続されていた機器が青く輝き、高圧電流をマチエールに流し込んだ。

 昏倒する彼女にヨハネはうろたえる。

「マチエールさん? まさか」

「死んじゃいないよ。高圧電流を流した。軽いショック状態だ」

 それでもヨハネの目には相当なものに見えた。ユリーカのほうを窺うと手を振られる。

「殺すはずないでしょ。Eスーツを装着出来る唯一の人材を」

「……ユリーカさん。どうして、マチエールさんはここまでやるんです? だって、ミアレシティのためとは言え、自分の事なんて度外視してる。こんなの、正しくないですよ」

「正しくない、ね。マチエールが聞くと怒るな」

「それでも! 僕にはマチエールさんに傷ついて欲しくない」

 ユリーカは興味がないのか、ふぅんと呟く。

「よほど大切なんだね、マチエールが」

「ユリーカさんだって、マチエールさんの事……!」

「大切だよ? 私が間違った事を言ったかな?」

 不意打ち気味に発せられた言葉にヨハネは呆気に取られる。ユリーカは頭部にしがみつくデデンネを撫でた。

「そいつがどれだけの危険と、どれだけの覚悟で戦い抜いてきたのか、一番に知っているのは私だ。悪魔にすがってまで、この街を守ろうとしている。ある人の思いを受け継いで、ね」

 ユリーカを彼女は悪魔と形容した。その意味がヨハネには未だに分からない。

「その、マチエールさんは、どうして……」

「元々、ストリートチルドレンだった、らしい」

 発せられた言葉の意味が分からず、ヨハネは飲み込みまでに時間がかかる。

「ストリートチルドレンって」

「鈍いな、キミは。いつ野垂れ死んでもおかしくない身分だったって事だよ」

 その言葉にマチエールの言動が思い起こされる。裏通りに妙に精通し、表の常識が通用しない。それらは全て裏に生きてきた事で培われてきたのだとすれば。

「でも、そんなの。だったら余計に、この街を救うなんて事は」

「思い浮かばないはずなんだが、ある人物との出会いがこいつを変えた。私はそれ以降しか知らないから、以前は何とも。ただ、その人物の事をマチエールはおやっさんと呼んでいるのは分かっている。どれだけ慕っていたのかも、全て彼女の内だ」

 どれだけの地獄を味わってきたのか。自分には推し量る事も出来まい。ただ、歳相応に生きてきたわけではない事だけは理解出来た。

「そのおやっさんっていう人、この街が好きだったんでしょうか」

「さぁね。私には何とも、って言ったじゃん。マチエールの人格形成に、影響を与えたのは間違いないだろうけれど」

 街の暗部に一人で立ち向かうほどの勇気。自分には持てないものだ。たった一人で、相棒の助力も期待せずに、戦い抜くなど。

「……僕は弱いから、彼女の強さが眩しく映る」

「そりゃ間違いだ、ヨハネ君。こいつはバカだ。バカだから、どこまでもバカになれる。キミとは違う。そういう事にしておくといい。キミは決して臆病者という事じゃないよ」

 ユリーカの言葉は自分を保っておけ、という事なのだろう。彼女の苛烈な生き方に中てられて自分を見失わないようにするための言葉だった。

「僕には僕の出来る事で、本当にいいんでしょうか」

「いいに決まっているだろう。人は自分の思っている以上の事なんて出来やしないんだ。自分を過小評価するのもバカだが、過大評価するのはもっとバカだ。自分に何が出来て、何が出来ないのか。分かっている人間が一番に賢い」

 ルイがスーツの入ったアタッシュケースに触れる。スーツの自己修復力を上げているらしい。

 自分には見守る事くらいしか出来ない。

「僕は、こんなでも、彼女に傷ついて欲しくない。出来れば、戦いなんてして欲しくないんですけれど」

「そうさね、キミはそういう奴だし、そういうスタンスでいいと思うよ。踏み込み過ぎるな、ヨハネ君。他人の道にアクセルを踏み込むと、キミ本来の速度を見失う。自分の周囲だけにブレーキとアクセルの配分に気を遣え。人間、他人の速度までは背負えないよ」

 ユリーカがキャンディを差し出す。ヨハネはそれを受け取って口に含んだ。

「……甘いですね」

「人間ってその時に必要なものは甘いのさ。今は、甘い部分だけ感じておくんだ。苦いのはその後でも充分だよ」

「一つ、聞いていいですか」

「ヨハネ君、キミは質問が多いな」

「ユニゾンシステム、何で、マチエールさんは使おうとしないんです? あれを使えば少なくとも前回の戦闘はもっとうまくやれた」

 見る限りユリーカ側に依存しているシステムという感じはしない。ヨハネの純粋な疑問にユリーカはキーを打ちつつ応じる。

「システム面でのバックアップ、及びモニターをしてやらないと、ポケモンの力ってのは強過ぎてね。あちら側に意識と身体を持っていかれる事もある。何より、ユニゾンシステム自体が調整中のシステムなんだ。安定して使えるのはヒトカゲを基盤にしたファイアユニゾンだけ。そのファイアユニゾンだって、使い過ぎれば今回のようになる」

 炎で自分さえも焼きかねない。

 そのような危ういシステムに頼らなければEアームズと拮抗する力は保てないというのか。

「でも、マチエールさんの性格なら、前回だって使いかねなかった」

「喧嘩別れしたとは言え、私もその辺は心配だった。だが、キミのような理解者が現れてくれたお陰か、それとも私の根回しのお陰か、使わずに済んだのは僥倖だ。ユニゾンシステムには多数の穴があってね。それもこれも、対Eアームズ兵器であるこのスーツの強みと弱点が同居しているというべきか」

 ユリーカが腕を組んで一休みする。口中に含んだキャンディを取り出し、その先端で教鞭を振るうように口にする。

「そもそも、カウンターEスーツを使うという点で言えば、私達は不利なんだ。相手は組織立ってEアームズを開発している。こっちは素人とまでは言わなくとも、単独作業だ。勝てる見込みは薄い」

「それでも、戦うんでしょう?」

 勝てる可能性が低くともマチエールとユリーカは身を投じるのだろう。それが予測出来た。同時に考える。

 ――何故、そこまでやれる?

「まぁね。マチエールがバカなのもあるけれど、私個人でも因縁はある。相手に一泡吹かせないと気が済まなくってね。ヨハネ君は不幸にもその戦いに巻き込まれてしまった、とうわけだ」

「いえ、巻き込まれただとか、そういう風には考えていません。ただ……僕だって、無関係じゃなかった」

 ヒガサの事もある。このミアレシティだけでどれだけの人間がEアームズの魅力に取り憑かれているのか分からない。

「誰だって無関係決め込めないほど、世の中複雑になったって事かな。マチエールが起きるまでにせいぜいスーツは直しておく。心配はしないでいい」

 そうなればまたマチエールは戦うのだろうか。この街で救いを求めている誰かのために。自分を削ってまで。

「……嫌な奴だな、僕は。スーツが直らないほうがいいと思っている」

「暗部に一度踏み込めば抜け出すのは難しい。キミはいい奴だよ、ヨハネ君。マチエールや私のようなならず者に、感情移入している」

 ヨハネは返す言葉もなく、階下に降りた。出来る事は少ない。それでも、何か出来ないだろうか。

 ゴルバットの入ったボールを手にヨハネは呟く。

「僕にも、出来る事が何か……」

 その時、視界に入ったのは〈もこお〉であった。耳を塞いだままヨハネに擦り寄ってくる。相変わらずの能面だが、何かを訴えかけているような瞳であった。

「何を……」

 その瞬間、ヨハネの脳裏に電撃的なイメージが浮かび上がってきた。

 両翼を備えた攻撃的な鎧。それを纏い、空中から俯瞰する何か。迫り来る脅威の鼓動がヨハネの脈動と同期して心臓に過負荷を与える。思わず呼吸困難に陥っていた。

 幾度か深呼吸して〈もこお〉の顔を見返す。

「今のは……」

〈もこお〉の、パワーだろうか。

〈もこお〉は意味のない事はしない。今のイメージはもしかすると迫ってくる危機を伝えたのかもしれない。だとすれば、動けるのは自分だけだ。

 ヨハネは立ち上がっていた。〈もこお〉が足元に歩み寄る。

「行こう。僕にだって、出来る事があるはずだ」

 それが一つでもマチエールを救う事になるのならば。

 踏み出すのに何の躊躇いもなかった。


オンドゥル大使 ( 2016/10/15(土) 22:14 )