ANNIHILATOR













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烈火篇
EPISODE13 凶兆

 コロモリの機動が明らかに変わった。

 そう感じた時にはゴルバットは退けられていた。今のままではゴルバットは不利だ。

「このままじゃ……」

「あたしが引き受ける!」

 変身したエスプリがヒトカゲを前に出し、コロモリと打ち合う。だが、相手は飛べるのだ。それだけで向こう側に優位であった。

 ヒトカゲでは分が悪い。しかし、相手との位置関係や攻撃力などを鑑みるに、ニョロゾやアギルダーでは射程不足やタイプ相性が悪いという難点がある。

「ゴルバット! せめて引き付けて!」

 ゴルバットがコロモリへと噛み付こうとする。それをするりと避けてコロモリはゴルバットへと思念をぶつけた。よろめいたゴルバットへと豚鼻に刻み込まれたハートを誇示しつつの体当たりがされる。「ハートスタンプ」という技であった。

「このままじゃ、消耗戦だ……」

『――お困りのようだね』

 エスプリの焦燥が滲んだ声に不意に差し込まれた言葉があった。その声の方向へと二人とも振り返る。〈もこお〉が驚いて周囲を見渡していた。

「〈もこお〉が……?」

『〈もこお〉が喋っているんじゃないよ。〈もこお〉のサイコパワーを介して私が喋っている』

 ユリーカだ。しかしこの状況でどうすると言うのだろう。声の発生源である〈もこお〉はびくびくと耳を押さえて蹲っている。

「どうするって……」

『おいおい、お忘れか、エスプリ。カウンターEスーツの真価を』

 その言葉にエスプリが戸惑う。

「でも、あれを使ったところで追いつけるか」

『追いつける、追いつけないではなく、ここで出し惜しみをしても仕方がないだろう。前回はそうではなかったが今回はシステムバックアップがある。使うといい。ユニゾンを』

 その単語にヨハネが疑問を発しているとエスプリはヒトカゲをボールに戻した。

「使うっきゃない、か……」

 エスプリがバックルの側面にあるハンドルを引く。するとシャッター型の中央部が開いた。半球型の窪みに、エスプリはヒトカゲのモンスターボールをセットする。

 その瞬間、電子音声が響き渡った。

『ユニゾンシステム、レディ』

 エスプリが身体を開く。両手両足が赤く輝いたかと思うと、炎が発生した。白く走っていたラインが消失し、手首と足首に「F」の文字を象った赤いラインが出現する。バイザーが赤く輝き、Fの文字が刻み込まれた。バックルのくわえ込んだボールが回転し、赤い磁場を生じさせる。

『――コンプリート。ファイアユニゾン』

「変わった……」

 ヨハネは思わず呟いていた。白い姿から赤い姿へと、エスプリの容貌が変化していた。発生した炎が空間を歪ませる。拳と両足より、火の粉が散っている。

『カウンターEスーツのシステムだ。一時的だが、ポケモンから属性の力を借り受け、使用する事が出来る。ヒトカゲは単一炎タイプ。炎の力を譲り受けし、その姿が』

「探偵戦士、エスプリ。ファイアユニゾン! 見参!」

 高らかに声を張り上げたエスプリが姿勢を沈めた。足首から炎が迸り、脚力を向上させる。

 跳躍したエスプリは一足でコロモリの高度へと踊り上がった。コロモリへと拳が見舞われる。

 その拳にも炎の属性がついていた。叩き込まれた拳にEアームズが付与された翼が軋みを上げる。

「Eアームズを、圧倒している?」

『そりゃ、そうさ。カウンターEスーツはEアームズを破壊するために製造されたんだからね。もっとも、その能力の数十分の一に過ぎない。ファイアユニゾンは持続性が高いが、その分攻撃力自体は低い。炎の属性を本当に借り受けているだけだ。通常状態のエスプリと大差ない』

 しかしヨハネの目には違って見えた。炎を纏うエスプリはコロモリを叩きのめす。勝利が近いかに思われた。

 だが、次の瞬間、コロモリが身を翻して放った風の刃に切り返される。炎の皮膜を発生させて防御したものの、コロモリは引き剥がされた。

『借りているだけだからね。ポケモンの能力には及ばない。ましてや、一応はEアームズはポケモンの能力の向上、拡大を目的とした武装だ。当然、引き出されるのはそのポケモンの最大のパフォーマンスである』

 翼を拘束していたEアームズの締め付けが強くなり、コロモリが甲高く鳴いた瞬間、その姿が光に包まれていた。

 一回り大きくなった翼に、発達した耳が立っている。身体と頭部が分離し、その形状を変化させていた。

「ココロモリ……。進化した……」

 その姿にヨハネは瞠目する。一瞬の進化であった。エスプリは舌打ちした。

「進化されちゃ……」

 ココロモリはEアームズによって拡張された風の皮膜を煽った。瞬時に暴風が発生し、炎を吹き飛ばしていく。

 ミアレの道路が捲れ上がり、配水管が切り離されて水が噴き出す。

「こんな一撃……」

 無茶苦茶であった。しかし、〈もこお〉を介するユリーカは落ち着き払っている。

『ココロモリに進化されたら逃げられれば追う手立ては少ない。ここで決着をつけるしかないんだ』

「言われなくっても!」

 エスプリが跳躍してココロモリに蹴りを見舞おうとするが、ココロモリは素早く回避して回り込んだ。

 後方からココロモリの攻撃を受けてエスプリがよろめく。

 追い討ちの「ハートスタンプ」がエスプリの鎧を打ち据えた。

「エスプリじゃ、敵わないってのか……」

『難しいかもしれない。Eアームズで強化されたポケモン相手にカウンターEスーツだけじゃ、ね』

「やっぱり、僕が」

 ゴルバットで支援するしかない。そう考えたヨハネへとエスプリは手で制した。

「まだ、手はある」

 彼女が手にしたのはモンスターボールである。繰り出したのはニョロゾであった。

『そう。カウンターEスーツの強みは、それにこそある。ユニゾンで強化を受けつつ、全く別のポケモンを使う事が出来る。いわば、場に二体のポケモンがいるのと同義』

 ニョロゾの水の砲弾がココロモリを翻弄する。その隙を突いてエスプリが躍り上がって拳を打ち込んだ。一発ごとは大した威力ではないのかもしれない。だがニョロゾと連携する事によって、多面的に攻める事が可能になっている。

 エスプリの攻撃を退けようとすればニョロゾからの支援射撃が飛ぶ。ココロモリがやりにくそうに翼を羽ばたかせた。吹き飛ばして逃げるつもりだろう。

「逃がさ、ない!」

 炎の手で掴み上げたエスプリがココロモリへと膝蹴りを見舞った。よろめいたココロモリへとニョロゾの「バブル光線」が命中する。

 ココロモリの纏っているEアームズの節々が点滅し始めた。強化の限界点が来ているのだ。

「行ける……」

 降り立ったエスプリが大きく足を引く。片手を掲げ、中空のココロモリを見据えた。

『ヨハネ君、よく見ているといい。これが、エレメントトラッシュだ』

 ユリーカの声にエスプリがバックルのハンドルを引いた。

『エレメントトラッシュ』の音声が鳴り響き、炎の属性が右足一点に注がれていく。赤く輝いた右足を維持し、エスプリが宙返りを決めた。

 ココロモリへと狙いをつけた飛び蹴りは流星の如く命中し、炎の属性がEアームズを焼き切った。

 解除されたEアームズの残骸が落ちてくる。ヨハネはゴルバットを使役した。

「拾うんだ!」

 ゴルバットが素早くEアームズを拾い集める。ココロモリは思念で吹き飛ばそうとしたが先ほどまでよりも明らかに精度が落ちていた。

 Eアームズの加護を失ったのが大きいのか、それとも限界が訪れたのか、ココロモリの空中機動はどこか危うい。

 エスプリの体表から赤いラインが消えてゆき、ヒトカゲのボールが排出された。

 白の姿へと再び戻ったエスプリがココロモリを睨みつける。ココロモリはエスプリへと特攻を仕掛けた。

 当然、ニョロゾの砲撃がその姿を打ち据えるはずであった。エスプリとて真正面から攻撃してくる相手を制する事の出来ないほど弱くはない。

 相手の詰みは確定していたが、その瞬間、出現した影があった。

 突如として現れた蜘蛛の糸がココロモリへと纏いつき、その体躯を回収する。現れた影にヨハネは呆然と声にしていた。

「アリアドス……。先輩なのか……」

 それに応じる前にアリアドスはココロモリを回収し、下水道に消えていく。追おうとしたヨハネをエスプリが制した。

「今は、もう無理だ」

 荒い呼吸をついたエスプリは目に見えて疲弊している。彼女をこのまま放っておくわけにもいかなかった。

「そんなに無茶を……」

「いや、久しぶりだからさ。余計に体力使っちゃっただけだろうし」

『本来、ユニゾンシステムは私のサポートなしじゃ使えないんだ。それを今回、使ったわけだけれどスーツそのものに難があったらしい。やれやれ、気を張るのも勝手だが、不完全な状態でのユニゾンは危険だと、言わなかったかな?』

 不完全。その言葉にヨハネは前回の戦闘でのダメージを思い返した。

「まだ、スーツが直っていない」

『私に預ければ、スーツを完全改修してあげよう。ただ、キミが意地を張り続けるのならばそれも叶わない』

 エスプリがユリーカの言葉を介する〈もこお〉を睨んだ。ヨハネはしかし、この状態では不可能だと感じていた。

 赤スーツの集団を追う事も、ましてやEアームズを持っている相手と渡り合う事も。

「……エスプリ。僕は君が一度、ユリーカさんと話し合うべきだと感じている」

「ヨハネ君まで、何を……!」

「だってこのままじゃ、何も守れやしない」

 拳を握り締めたヨハネはエスプリと同じ心境であった。自分を削ってまで戦っていても、伴わないのでは話にならない。

 それを察したのだろう。エスプリは言葉少なにヨハネから離れる。

「分かったよ。一度戻ろう」

 バイザーを上げたエスプリ――マチエールの顔には汗が滲んでいた。ユニゾンシステムはどれほどのものかは分からないが相当な集中力を必要とするに違いない。

『功績はあったみたいだし、歓迎はするよ。ヨハネ君に、分からず屋の相棒』

 ヨハネは拾い上げたEアームズを目にする。ココロモリに拘束具のような形で装着されていた黒い鎧。揚力の補助の役割を得ていたのか、翼の形状をしている。まだまだ、知る必要があった。 

 Eアームズに関しても。さらに言えば、彼女達に関しても。


オンドゥル大使 ( 2016/10/15(土) 22:14 )