ANNIHILATOR - 烈火篇
EPISODE12 未熟

「ああ、この子? そういえば最近、登校していないね」

 ヨハネの特待生という身分が決め手となったのか、担当教員は容易く情報を開示した。

 名前はセキグチ。まだトレーナーとしての熟練度も浅く、成績も悪くはないのだがよくもない、いわゆる普通の少年であったという。

「彼の手持ちは、コロモリでしたか?」

「よく知っているね。コロモリだったが、あまりバトル向けじゃない。戦歴も敗北のほうが多く、勝てるポケモンじゃなかった」

「そのセキグチとかいうヤツ、電話とか出来る?」

 尋ねたマチエールに担当教員は気圧されながらも応じる。

「あ、ああ、出来なくはないが、どうして?」

「彼に貸している物があって」

 適当な理由付けであったが特待生の身分が役立ち、教員は勘繰りもしない。

「そうか。かけてみよう」

 しばらくコール音が続いたが結局、出なかった。

「家にいるはずなんだけれど」

「彼個人の電話番号は?」

「そっちにも繋がらないね。電源を切っているみたいだし」

 これで確信した。セキグチこそがこの一件の犯人。しかし、何故、無秩序に人を襲う必要性があったのか。それだけが解せない。

 礼を言って帰ろうとすると自分の教員に呼び止められた。

「ああ、シュラウド君。最近、登校率が悪いが、何か具合でも?」

「ええ、ちょっと風邪を引いたみたいで」

 教員は疑いもせず声を投げた。

「早く治しなよ」

 トレーナーズスクールの門扉を出たところでマチエールが声にした。

「便利だね。特待生って身分は」

「まぁ、こういう時くらいしか役立たないけれどね」

 笑い返すと教員が追いついてきた。

「そういえば、ヒガサ君から言伝があって」

 ヒガサ。その名前にヨハネは硬直する。

「何か……?」

「いや、何というか、要領を得ないのだが、まだ負けていない、とか何とか」

 困惑する担当教員だったがヨハネとマチエールには意味が通じた。

 ヒガサはまだ諦めていないのか。前回の無差別テロが思い起こされる。

 あのような事態を二度と招いてはならない。

「……分かりました。受け取ったと言っておいてください」

 歩み出すヨハネにマチエールが声を潜める。

「……諦めていない、か。あの金持ちも相当だね」

「そのほうがいい。先輩とは、決着をつけないと」

 そうでなければ彼女のエゴで死んでいったかもしれない人々が報われない。

 次に会う時は徹底抗戦の構えだった。

「この、セキグチってヤツの居所、分からないけれど家に一応行ってみよう」

 マチエールの声に従い、トレーナーズスクールからほど近い、彼の自宅へと赴いた。

 何度かインターフォンを押したが応答がなく困惑しているとマチエールがドアノブを引いた。鍵が開いている。

「おーい、いる? いるんなら返事をしなよ」

 勝手に入り込んだ事に一抹の不安を抱きながらヨハネは周囲を見渡した。犯罪をにおわせるようなものは置かれていない。至って健全な部屋であった。

「何ていうか、イメージと違う……」

「そりゃ、犯罪を起こす人間が全部それっぽい部屋かと言うとそうじゃないでしょ」

 部屋の全長に比して妙に背の高い本棚があった。ヨハネは並んでいる著書を見渡す。

「どうしてだか、ポケモンに関する本はないね」

「勉強がニガテってのも、この辺にあるのかもしれないねー」

 さもありなん、とヨハネは著書の一つに手を触れた。その瞬間、本が押し込まれる。本棚が横に動き、隠された扉が視界に入った。

「これは……」

「隠し部屋だ。ヨハネ君、ナイス」

 マチエールが前に出て踏み込む。

 複数のモニターがあり、青く照り輝く部屋には写真が壁一面に貼り付けられている。

 そこには押しピンを幾つも刺された顔写真があった。

「被害者の……」

「ビンゴだ。しかし、一転して犯罪者らしい部屋だなぁ」

 マチエールが物色すると出てきたのはホロキャスターであった。起動し、それがセキグチ本人のものであると確認する。

「ホロキャスターを置いて、どこかに出かけたって事なんだろうけれど、どこに……」

「これ」

 マチエールが指差したのは端末に内蔵されている地図であった。そこには赤い矢印が刻み込まれている。

「事件のあった場所と符合する、ってわけか。でも、こんなに分かりやすい道標を?」

「どうやら頭がよくなかったのはマジみたいだね。物覚えも悪いから、こうやってメモしていた。そして、まだ実行されていない矢印を辿れば」

 次の標的が分かる。

 ミアレ北部の一軒家が矢印で示されていた。マチエールがそれを特定した瞬間、ホロキャスターにカウンターが表記された。

 カウントダウンが始まりマチエールはホロキャスターを手離す。

「なんか、ヤバそうだ」

 慌ててヨハネとマチエールが部屋を飛び出す。本棚を戻した瞬間、隠し部屋の中が炎に包まれた。黒煙が発生し火災となったのが分かる。

 ヨハネとマチエールは自分達の証拠を消してから部屋を出て行った。

 火災は消防署に電話すればすぐにでも消されるであろう。問題なのはこれから起こる犯罪であった。

「マチエールさん、位置は」

「覚えている。でも、いつ、なのかまでは分からない」

 実行される時間が不明なのだ。ヨハネは提言する。

「その前にセキグチを押さえるのは?」

「やってみるしかないね。ヨハネ君、ここから先は戦闘になる可能性が高い」

「分かっている。僕も覚悟しよう」













 標的の家をコロモリが狙い澄ました。

 コロモリの視界は今、彼と同期されている。

 最初の頃こそEアームズに関しては懐疑的であったが、これほどまでの力だとは思いもしなかった。

 スクールでは弱小であった自分が他人を圧倒出来る。それだけで力に酔いしれた。

 目に入った人間は全て殺せる。その全能感にセキグチは指を鳴らす。

「出て来いよ。その瞬間、首を落としてやる」

 コロモリの翼が空気の刃を帯びる。

 待つまでもない。このまま飛び込んで殺してやる。

 そう考えてコロモリを先行させた瞬間だった。
ゴルバットが不意に飛び込んできてコロモリに衝突する。空中でもつれ合った二体の飛行タイプはコロモリが「サイコキネシス」を放った事で拮抗が破られた。
距離を取った相手にセキグチが苦々しく口走る。

「またあのゴルバットか!」

 何度も邪魔をしてきた相手である。コロモリが攻撃姿勢に入る。射程に入れればこちらのほうが優位であった。

 空気の刃がゴルバットに叩き込まれようとする。それを阻んだのは不意に発生した火炎である。

 炎熱を察知しコロモリが上昇した。

「誰だ……」

 その視界に黒い鎧を纏った人物が大写しになる。またしても邪魔立てをしてくるのか、とセキグチは怨嗟の眼差しを向けた。

「何者だろうと関係がない。邪魔する奴は全員敵だ!」

 コロモリが跳ね上がり、黒い鎧の人物へと特攻する。思念の渦が叩き込まれるかに思われたが、寸前で回避された。

「ちょこざいな……!」

 コロモリはさほど素早さが高いわけでもない。そのせいか、背後をゴルバットに取られる。

 ゴルバットの放った毒の牙がコロモリにかかった。しかし、コロモリには特別なEアームズがある。

「コロモリアームズ! コネクト! ハーモニクス!」

 同調状態に至ったコロモリと感覚器が共有され、セキグチはゴルバットの機動を上回るコロモリの視界に耐えた。

「後ろを取った!」

 コロモリの放つ攻撃にゴルバットが怯む。その隙を突いて連続攻撃しようとするとヒトカゲが跳躍し、尻尾で薙ぎ払った。

 攻撃を受けたが羽根にまで至ったEアームズの加護でダメージは最小限である。

「負ける気がしない……。ここで倒れろ!」

 セキグチの意識がコロモリへと引っ張り込まれ、丸いその姿が跳ね上がった。













 監視者、と呼ばれる領域が存在する。

 それを知ったのは前回の自分の不手際を断じられる事になってからだ。

 ヒガサ――アリアはまだフレア団に所属する事を許されていた。そもそもEアームズの所有と使用をあれほどまでに過激にやってのけた人間を警察勢力に渡すのは惜しい、という判断であった。

 監視者達はモニターに映し出されたエスプリを凝視している、ようであった。それはというのも、監視者達に顔はないのだ。全員が目元を黒で覆い隠されたアバターを使用しており、誰が誰なのだか分からない匿名性があった。

「あれが、Eスーツの所有者か」

 一人の監視者の声にアリアは返す。

「ええ、あれこそが……」

 苦々しい思いが蘇った。煮え湯を飲まされた相手だ。

「しかしEスーツの運用に対してこれほどまでに秘匿しない辺りが分かっていない。Eスーツにはスニーキング機能がついているはずであろう?」

「使用者が分かっていないか。あるいはわざと使っていないのか」

 スニーキング機能とはカクレオンやメタモンの体組織を模倣して造られた光学迷彩である。それを一切使用していないのは、あえてEスーツの存在を公にしているようなものだ。

「秘密は守られない、と分かっての配慮か。どちらにせよ、楽しみだ。あれがどこまでやるのか、はね」

 監視者に歪んでいる、という評価は順当ではないが、彼らは皆、一様に楽しんでいた。

 Eアームズとそれに対するEスーツの使用者――エスプリとの戦いを。

 彼らの掌の上で自分も踊らされていたに過ぎないのだ。

 そう考えると怖気が這い登ってくる。フレア団において、監視者達の眼をすり抜ける事はほぼ不可能であった。

 アリアドスアームズの破壊とその責任を取らされるに当たって、監視者の監視、というポジションに充てたのはどういう配慮があっての事だろう。

 自分の上を行く何者かが監視者に対して何か決定的な事を行おうとしての前準備のようだったがアリアにはそれを問い質す権限がない。

 監視者の眼が注がれる中、一人の監視者が呟いた。

「何だ、……まだ白か」



オンドゥル大使 ( 2016/10/10(月) 20:39 )