ANNIHILATOR













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最終篇
EPISODE153 空虚

「ルイ・オルタナティブ、インストール完了。……ようやく一息つけるな」

 フレアEスーツに完全にシステムの中枢が移動し、ユリーカは伸びをした。

 もうミュウツーとの決着以外にルイと話せないのはいささか感傷が胸を掠める。

「どちらのルイも、私からしてみれば最大のパートナーだった。だからこんな形で別れるのは心苦しい」

 しかし、これしかない。システムの試算上は、エスプリマグナへの変身が可能なはずであった。

 ルイ・オルタナティブがリアルタイムでシステムを統合し、ミュウツーのカウンターEスーツに入力されたルイ・アストラルを補完、無効化する事によってスーツの機能を破壊する。

 その期を逃さず、エスプリマグナによるミュウツーの物理破壊。

 出来るか出来ないか、の領域ではない。

 やらなければ、カロスが終焉を迎える。

 こんな時に限って、誰もコーヒーを淹れてくれなかった。

 仕方なくユリーカは立ち上がり、コーヒーメーカーへと近づく。

 戸棚にあるのは、自分とマチエール、それにヨハネのマグカップだ。

 ずっと、一緒なのだと思っていた。

 だが考えればそれはおかしな話である。

 元々、出会うはずのない出会いであった。

 ハンサムという人間を中心にしなければ、自分はまだ、Eアームズを絶海の孤島で造り続けていたかもしれない。

「分からないものだな。人生というのは」

 抽出しながらユリーカは呟く。

 激動のような数ヶ月であった。ヨハネが助手に入ってからもそうだ。

 自分達は戦い抜いてきた。

 これからもきっとそうだろうと考えていたのだが、どうしてだか――マグカップを掴む手に雫が伝い落ちる。

 堰を切ったように感情が止め処なかった。

「何でだ……、おかしいな、私。もう、会えないって決まったわけでもないのに」

 だが、それでも分かる。もう、このような日々は終わるのだ。

 永遠なんてない。

 この世界に、永続的に続くものがないように、どのような出会いであれ、戦いであれ、最後に辿り着くのはたった一つの終わりだ。

 終わりのために、自分達は歩む。

 歩み続けるのが、人間の仕事だ。

「私達は、これからも歩き続けるしかない。……どれだけ発達しようとも、あるいはどれだけ衰退しようとも変わらないのは、歩く事だけだ。人生という旅路を行く事だけが、誰にでも平等に与えられた道なんだ。その道を歩く事を、躊躇う事もあるだろう。迷う事もあるだろう。でも、前を見続けるしかない。後ろに道はないのだから」

 抽出機が停止する。

 最後のドリップコーヒーを啜ると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

「……でも、言っておけばよかったな。本当は私は、もう少し甘くないと、飲めないんだ」

 その小さな後悔だけが、胸を締め付けた。














 ミュウツーへの攻撃網は留まる事を知らない。

 当然だ。一国の国防がかかっている。それを易々と明け渡すようならば、このカロスに元から未来などなかったのだ。

 ナパーム弾だけでは飽き足らず、質量破壊兵器が用いられるようになった。

 降り注ぐ爆撃にミュウツーが己の内奥に留めた自動迎撃装置を起動させる。

 カウンターEスーツが薄紫に輝き、背筋から背びれのような迎撃システムを弾き出した。

 背びれの一本一本から細やかなレーザーが放射され、滞空するポケモンと兵器を次々と撃墜していく。

 エイセツの雪原に黒々とした兵器の残骸が降り立った。

 飛び散る人の脂、ポケモンの死骸の臭い。

 最早、純白であったはずのエイセツの雪景色はどこか汚れて、砂煙めいた色になっている。

 血を吸った土地はすぐにその影響を醸し出す。

 エイセツシティは向こう十年ほど人の住めぬ大地となるだろう。黒煙を棚引かせる汚染兵器を眺めながら、ミュウツーはその時を待ち続けていた。

 三日後、約束の時を。

 それまで一切、カロス政府本体への攻撃を禁じる。

 それこそがシトロンのオーダーであった。

 目と鼻の先にあるカロス政府に何の攻撃行為も出来ないのはもどかしかったが、たった三日の辛抱だ。

 その代わり、相手の矢も鉄砲も受け続けなければならない。ほぼ永続的な能力を得たミュウツーにとっては苦でも何でもなかったが、一つだけ退屈であった。

(シトロン。先ほどから何故、返信を寄越さない)

 テレパシーで通信機を震わせても返事はない。刻限は、とミュウツーは時計を呼び出す。

 あと三十秒であった。

 その時、雪風を引き裂き、現れた巨大な質量弾頭がこちらに真っ直ぐ突っ込んできた。

 尾羽を展開し、僅かに滑空した質量弾頭はエイセツシティとほぼ同じだけの大きさがある。

 単純に計算してみても、街一つを捨てる算段に違いなかった。

 ミュウツーはただ、腕を突き出す。

 それだけで質量弾頭が静止した。

 思念で捩じ上げると弾頭の中腹部分から火の手が上がり、直後に破砕される。

 降り注ぐ細やかな部品が煩わしいだけで、弾頭自体の威力は一切存在しない。

 爆風も、爆発も、全て、ミュウツーは最小限に抑え、空気中に固定して見せた。

(これが貴様らの叡智か? 私相手に何一つ出来やしない)

 両腕を開き、引き起こされた爆風を反射させる。

 直後、爆風が噴火のように一挙に空中へと舞い上がった。

 空域を見張っているステルス機やポケモンが被害を受け、あるものは破壊され、あるものは撤退したのが気配で伝わる。

 ミュウツーは何もしていないに等しい。

 エイセツに来てから一歩も動いていない。

(三十秒経過……シトロン、定期通信の刻限を破ったという事は死んだ、か)

 悲しみも何もない。

 生みの親への憎悪もなければ、この世界への思慕もない。

 自分は何もない、空っぽだ。

 戦うためだけに造り出された、そういう存在なのだ。

 シトロンが死んだという事は、リミットが早まった事を示す。

 カロス地方政府中枢へと、半日後には攻撃を仕掛ける。

 そのために全兵装を解除する必要性があった。

 ミュウツーはカウンターEスーツの能力を開放する。

 全身、これ武器とでも言うように、カウンターEスーツのリミッターが次々と解除され、刺々しい攻撃形態が露になった。

(せめて安息の内に終われ。カロスの人々よ)

 攻撃しようとしたその時、感じ取ったのは気配であった。

 エイセツシティに辿り着いた存在がいる。

 だがたった一人だ。

 気配の主はたった一人。

(私を止めるというのか。人間のエゴが造り出した私を、同じくエゴの象徴が)



オンドゥル大使 ( 2017/05/24(水) 22:06 )