EPISODE150 二人
「何? ここまで来たら、もうやるっきゃない。あたしに、何をさせようって言うの?」
先ほどから先導するコルニに声を投げても返事はない。自分を呼び出しておいて、コルニは何か言わんとして躊躇っているようであった。
自分にはそんな無駄な時間もない。
ミュウツーを倒し、この街に平和を――。
そう感じた瞬間に、顔面へと拳が飛んできた。
「何を……する」
受け止めたマチエールの声音には既に戦闘神経が研ぎ澄まされている。
コルニは瞬時に足払いを遂行しようとする。
それを跳躍し、マチエールの蹴りがコルニの頭部を叩きのめそうとした。
肘で受けられ、コルニが一気に肉迫する。マチエールも拳を振り翳していた。
お互いの拳が交差し、クロスカウンターが弾け飛ぶ。
「どういう……つもりだ。シャラシティのコルニ!」
「戦いの前に、いくらか覚悟を問い質したくってね。そんなんで、アタシも倒せずに!」
放たれた回し蹴りをいなして、マチエールはコルニへとローキックを放つ。
浮かび上がったコルニが踵落としを決めようとした。それを頭上で受け切って、マチエールは反撃に転じる。
独楽のように回転し、すぐさまナイフのように鋭い拳の応酬が放たれた。
コルニはそれらを紙一重で回避し、縫うようにアッパーを放つ。
汗が弾け、瞬間的に避け切った神経が昂る。
「何のつもりだ」
「だから、覚悟さ。覚悟のために、アタシ達は戦っている!」
「もう、戦う必要なんてないはずだ!」
「あるんだよ、それが。アタシの戦いは終わった。もう、復讐の矛先もない。でも、あんたはさ、この街を守るなんてお題目を掲げたスーパーヒーローのつもりなんでしょ? だったら、勝ってみなよ!」
コルニの攻撃は本気だ。
本気で自分を潰しにきている。このような相手に中途半端な手加減は無意味。
懐へと潜り込んで、マチエールは殴りかかろうとした。
その軌跡を読み切ったコルニは攻撃の射線を潜り抜けて、逆にマチエールの堅牢な守りを解除しようとする。
お互いに拳が跳ね上がり、汗が跳ねた。
戦闘神経が研ぎ澄まされていく。
その必要はないのに、相手を殺す事に全神経を傾けざるを得ない。
そうしなければ、こちらがやられるからだ。
コルニの拳を受け止める。こちらの拳も、コルニが受け止めた。
お互いに譲らぬ姿勢の中、コルニが出し抜けに声にしていた。
「アタシには分かる。ミュウツーと、相打ちになってもいいって、あんた思ってる」
心の中を不意に読まれてマチエールの力が緩んだ。その際に接近と共に掌底が叩き込まれる。
肺の中の空気が全て吐き出された。
無酸素状態に陥った視界がブラックアウトするのと、コルニの蹴りが顔面をたたき上げるのはほぼ同時。
直感的に、マチエールは腕を交差させて防御していた。
後退した形のマチエールへと、コルニは言葉を投げる。
「あのさ、それって本当に、この街のため? それが本当に、この先の、未来のためなんだって思ってる?」
ようやく戻ってきた意識点がその言葉を知覚し、息も絶え絶えにマチエールは応じていた。
「……そうに、決まっている。そうじゃなかったら……あたしは」
「そうだね。あんた、犬死にだね」
ハッとした瞬間、コルニが再び接近していた。マチエールは舌打ち混じりに飛び退る。
コルニの稲妻のような蹴りが路面を打ち砕いていた。
通常ならば即死のレベルだ。
「何で、お前、あたしに付き纏う……。もう復讐は終わったんだろ!」
だというのに自分の道を阻む理由が分からない。
コルニは少し考える仕草をして中空を見やった。
「そうだよねぇ。アタシ、もうこの街にいる意味もないわけなんだけれどさ。ヨハネの事が好きになっちゃったんだ。だから、アタシはここにいる。だって好きな奴のためにやれる事をやるのは当然だから」
「好きな、ヤツ……」
「あんたいないの? 好きな人」
マチエールは歯噛みする。いるに決まっているではないか。
「あたしは、この街の人々が好き。どれだけ汚れたって、おやっさんの愛したこの街の、ミアレの人達を裏切れない。だって、未来が、輝いているんだから……」
「それが見えているのに、何であんた、まだ迷っているの?」
――迷う?
呆然としたその瞬間、コルニが踵を上げて肉迫していた。
あまりの速度に反応出来ない。
マチエールは肩口からコルニの踵落としをまともに食らってしまった。
着弾点から焼けるような痛みが走る。それでも、マチエールは最後の一線を踏ん張った。
「……へぇ、受け止められるんだ?」
咄嗟の反応か、習い性の身体か。
マチエールは踵落としの足を両腕で縛り上げていた。
お互いの間接が軋む。
「誰が大事だとか、誰が好きだとか、正直あたしには分からない。漠然と、この街の人を愛するんじゃ、駄目なの? あたしは、間違っているの?」
「誰に聞いているんだか」
コルニが掴み取られた足を軸にして跳躍する。
もう片方の足による蹴りで終わりにするつもりであった。
マチエールはそれこそ、判断でも何でもない。
これは本能が巻き起こした奇跡であった。
マチエールはそのまま、足を掴んだまま姿勢を崩す。
蹴りを撃とうとしたコルニが身体の軸をずらした。
「攻撃点を、ぶれさせて……」
マチエールが吼える。
もつれるようにコルニと共に倒れ込み、その身体へととどめの一撃を見舞おうとする。
振り上げた拳に力を注ぎ込んで、マチエールは拳を打ち込んだ。
路面が吹き飛び、粉塵が舞い上がる。
放った拳はコルニの顔のすぐ脇を捉えていた。
「あたしは……戦う」
それが答えであった。コルニはフッと笑みを浮かべる。
「答え、自分で出せるじゃん」
立ち上がったマチエールは覚えずよろめいた。それをコルニが補助する。
「一人で立っていようだとか、一人だけで最後の頂にいようだとか、そういう事考えるなって事。どうせ、一蓮托生なんだ。もっと他人を信用しなよ」
その一言が胸に沁みる。
自分は今まで、他人を信じているようで、誰も信じていなかった。
だが、今は違う。
支えてくれる人がいる。
ユリーカに、コルニ。〈もこお〉、オーキド、それに――ヨハネ。
彼らを裏切る事など出来るものか。
「あたし、やるよ。最後の最後だ。踏ん切りがついた。すまない、コルニ」
「いいよ。アタシも何度か挫けそうになったけれど、その度に救われてきたクチだ」
気安い笑みに、もう敵ではないのだとマチエールは拳を突き出した。
コツン、と拳同士が触れ合った。