ANNIHILATOR













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最終篇
EPISODE149 人間


「最終兵器の光はポケモンの命の灯火だ。だからこそ、あのミュウツーは限界までポケモンの能力を拡張出来るのだと思われる。わたしに言えるのは、それが確実に、ミュウツーという存在を脅威たらしているという事だ」

 ハンサムハウスで独白するフラダリに全員が沈黙していた。

 ユリーカもヨハネも。フラダリを連れ帰ってきたマチエールも、それ以上の言葉は継げないようであった。

 コルニはイグニスの鎧を完全に捨て去り、今やルチャブルだけの単体戦力である。

 止められるのは、エスプリしかいない。

 だが、そのエスプリも勝てるかどうか今回ばかりは分からないという。

「エスプリ……ファイアブーストでも無理ですか」

 ヨハネの発した言葉にユリーカが頭を振る。

「最終兵器の光を得たミュウツーは最早完全なる生命体だ。単純に相手取るだけでも面倒なのに、奴はEスーツを纏っている」

『解析の結果、あれがかつてエスプリの使っていたカウンターEスーツだってのが分かった。主の奴、やりやがるぜ。最初から、この魂胆でエスプリを復活させたんだな』

 ルイが吐き捨てる。カウンターEスーツを纏った最強のポケモン、ミュウツー。

 それを止める手段は皆無のように思われた。

「少し、別室で考えを纏めておく。マチエールは……」

 ユリーカの言葉にマチエールはアタッシュケースを担いでいた。

 ヨハネが覚えず声を荒らげる。

「マチエールさん! 今は戦ったってどうにも……」

「じゃあ、あたしに、何もしないで待っていろっていうの? そんなの耐えられない。エスプリしか勝てないんでしょ」

「いや、エスプリでも勝てない」

 そう口を挟んだのはコルニである。

 マチエールはコルニへとつかつかと歩み寄り、張り手を見舞おうとした。

 その手はコルニに抑えられる。

「あのさ、鬱憤が溜まっているのは分かるけれど、だれかれ構わず当り散らせばいいってもんじゃないでしょ」

「じゃあ、どうするって言うの? 何もせずに、三日後、ポケモンリーグへの攻撃を待てって?」

「政府だって馬鹿じゃない。何かしら手を打つ。……アタシ達の戦いは、もう終わったんだよ」

 戦いは終わった。

 何よりも復讐に生きてきたコルニの言葉は重い。

 しかし、マチエールは納得出来ていないようであった。

「じゃあ、戦いが終わったからって何もしないって? それこそ間違っている! あたしは、何一つ終わっていないと思う! だってまだ、フレア団は生きている!」

「じゃあ、あんた、一人で行って犬死にすれば? あのミュウツー、どう考えたって勝てる要素なんてない。今までの奴とは格が違う」

「……あんたの口から、諦めなんて出るとは思わなかった」

「そっちこそ。ここまで無鉄砲で命知らずだとは思わなかったよ」

 マチエールが襟首を掴み上げたが、その手から力を抜いて手離す。

「あたしは、行かなきゃいけないんだ」

「それは何でだ、マチエール」

 フラダリの不意に発した声にマチエールは顔を背ける。

「あたしが、……呪われた血だから」

「もうわたしとの決着は済んだ。わたしももう、フレア団を立ち上げるような気力も残っていない。お前は勝ったんだ。だというのに、これ以上何を望む?」

 マチエールがキッと睨み据える。フラダリはそれにも動じなかった。

「勝負はもうついている。シトロンの暴走だ。フレア団の責任でもなければ、誰のせいでもない。あのマッドサイエンティストの起こした最後の抵抗だ。放っておいても政府がどうにかする。何の隠れ蓑もないシトロンはすぐに制圧されるだろう。科学者の暴走なんて、大した事にはならない。今までフレア団を資金面で援助してきた団体も全て敵に回ったと考えていい。もう、フレア団に後ろ盾なんてないんだ。シトロン一人を抹殺すれば事は収束する。何をそんなに待てない?」

 フラダリの問いかけにマチエールは言葉を搾り出す。

「……約束したんだ。絶対に、止めてみせるって。それに、あたしはエスプリ。この街の涙を見過ごせない。誰かが泣いているのなら、それを止めに行くのがあたしの存在理由なんだから」

 ハンサムハウスから飛び出そうとするのを、コルニが手首をひねり上げた。

 そのまま押さえつけ、マチエールを制する。

「何を……!」

「落ち着けって言ってる。今のあんた、らしくないよ」

「あたしらしいって何……! 何も知らないくせに……!」

「何も知りはしない。確かにそうだ。でも、今下手に動いたって意味がない事くらいは分かる」

 今の状態のマチエールは我を忘れている。コルニでなければどうしようもないだろう。

 自分では、何も出来やしない。それが堪らなく悔しいのに、どうしても一線を踏み越えた言葉が出せない。

 ユリーカは、彼女はどう思っているのか。

 マチエールの長年の相棒は、コンソールに頬杖を付いて黙っていた。

「……ユリーカさん。マチエールさんはやるつもりです。ミュウツーに、勝つつもりでいます」

「そうか……ヨハネ君、ミュウツーはね、私が完成までの経験値を稼がせたんだ。私が造り上げたも同然だよ」

「でもそれは……! シトロンに陥れられて」

「不可抗力、かい? でも悪魔に魂を売り渡したのは自分自身だ。それがどれほどに愚かしかったのか、よく分かっている」

「……ユリーカさん。正直に言ってください。マチエールさん、エスプリは勝てますか?」

「まずもって不可能だろう。能力が違い過ぎる」

 そこまで断言されれば嘘も何もないのだろう。ヨハネは目元を覆った。

「どうすればいいんですか……。だって、マチエールさんはやるつもりですよ。勝つつもりでいます」

「そのようだな」

「でも、今までの相手の比じゃない。Eアームズ、Eスーツ、全ての能力を超越した場所にいる相手です。そんなのに、勝てるわけ……!」

 言葉を荒らげたヨハネの足元に擦り寄ってきたのは〈もこお〉だった。

 思えば〈もこお〉もマチエールの長年の相棒だ。

「〈もこお〉……」

「勝てるわけない。マチエールは死にに行こうとしている。だが、私にも止められないんだ。あいつを裏切るような真似をしてしまった。もう私に、どうこう言う資格はない」

「でも、このままじゃどうしようもない……」

 政府が動き出したとしても恐らくは手遅れ。

 三日の間に奇跡でも起こらない限り、ミュウツーは防げないだろう。

 フラダリの言う通り、たった一人の反逆だ。

 シトロンさえ潰せばミュウツーは止められるかもしれない。だが、その三日間でシトロンが見つからなければ? 事態は最悪の方向に転がりつつある。

「どうしたって……、ミュウツーを排除する方法なんて」

『全くないわけじゃねぇ』

 そう声を発したのはルイであった。ヨハネは面を上げる。

「どういう……」

『破壊の遺伝子。マチエールが持ち帰ってきたもんだが、こいつをミュウツー本体に打ち込めれば、細胞を崩壊させてミュウツーを初期状態に戻せるかもしれない』

「ルイ、それは……」

「本当に? 本当に、戻せるのか?」

 ユリーカは舌打ちして頭部を掻く。

「戻せる……、だが何のためのEスーツだと思っている。それをさせないために、シトロンはカウンターEスーツに最終兵器の能力をインストールした。今のミュウツーは全属性とユニゾンしているも同じだ。一つの属性で勝つ事は出来ない。しかも、普通だって手が出せないほど強いポケモンだぞ? どうやって破壊の遺伝子を打ち込む隙なんであると思っている?」

 やはり無理なのか。諦めかけたその時、部屋の扉が開かれた。

「相変わらず……物事を客観的に見る事は得意のようじゃが、やはり最後の最後で詰めが甘いの」

 その姿にヨハネとユリーカは眼を戦慄かせた。

「オーキド、博士……」

「シトロンの庇護下にあるはずじゃ……」

「最早、ワシなど必要ない。ミュウツー完成のみを目的としたあの男の狂気は、ここまでじゃったという事。ワシに、止めさせるために解き放ったのか、あるいはもうミュウツーを止める手段など一つもないのか、それは分からんがの」

「博士。ミュウツーを破壊する術があるんですか?」

 腰を下ろしたオーキドは静かな語り口で切り出す。

「ミュウツーは完全なるポケモンじゃ。しかも特異点であるワシが育成した。特異点の育てたポケモンは遥かに強力に変質する。通常ならば可能な破壊の遺伝子による遺伝子崩壊も通用しない可能性すらある。それほどまでに、あのミュウツーは完璧じゃ。今まで見た、どのポケモンよりも強く、なおかつ完全である」

「では、ミュウツー破壊は不可能だと?」

「事を焦るな、と言っておる。ミュウツーを倒せるかどうかは、お主……ルイ・オルタナティブにかかっていると言っても過言ではない」

 突然に名指しされてルイは困惑した。

『オレ? 何でオレなんだ?』

 オーキドはホロキャスターを取り出す。すかさず解析にかけたユリーカはその中に見知ったシステムを発見した。解凍して導き出されたのはルイ・アストラルの残滓であった。

「ルイ……、博士、これは」

「ルイ・アストラルをカウンターEスーツに仕込んでおいた。最後の賭けというのはこれの事じゃよ。ルイに干渉出来るシステムは根幹を同じくするルイだけ。つまり、ルイ・アストラルのシステムにリアルタイムでルイ・オルタナティブを統合すれば、カウンターEスーツの性能を極限まで落とせる、という事じゃ」

 ユリーカはシステムデータを見つつ、その発言が嘘でない事を確認する。

「しかしどうやって? システムの統合なんてカウンターEスーツに接続でもしない限り不可能じゃ」

「こちらも同じ手段を使う。フレアエクスターミネートスーツに、ルイ・オルタナティブ、お主をインストールする」

 その言葉にヨハネは覚えず反論していた。

「でもそんな! そんな事をしようと思えば、あのミュウツーと直接対決するしかない。それこそ……エスプリが真正面から戦おうとしなければ……」

 ヨハネは言葉をなくした。最初からオーキドはそのつもりなのだ。エスプリとミュウツーをぶつけ合う事でしかこの事態を収束出来ないと考えている。

「……博士、他の方法は?」

「ワシの頭脳ではここまでじゃよ。それとも、ユリーカ、お主には何か他の方法が?」

 問い返されてユリーカは返事に窮したようであった。

 恐らくユリーカも同じ結論に達しているのだろう。

 ――エスプリとミュウツーが戦っている間に、ルイがシステムを統合し、カウンターEスーツを無効化する。

 だがそれは、最終兵器相当の攻撃力を持っているミュウツーとまともに戦わなければ出来ない話だ。

 カウンターEスーツを確実に無効化出来るとも限らない。

 ヨハネは反発しようとした。そんな事、させるわけにはいかない、と。だが、この場にいる全員が、それしか方法がない事もまた、悟っている。

「問題なのは、今のエスプリで拮抗出来るのかどうか……」

「フレアエクスターミネートスーツには先がある。ワシは、ラボでそれを目にした。エスプリ最後の姿、真実の希望。――エスプリマグナを」

「エスプリ……マグナ? 何ですか、それは」

 ヨハネの困惑にオーキドは一同を代表して見渡す。

「フレアエクスターミネートスーツのみが至れる境地、シトロンが最初から仕込んでいたのか、それとも偶発的なものなのかは判然としないが、ワシはそれを発見した。エスプリ、一度、身体から発光現象があったはずじゃ」

 ファイアブーストの事だろうか。だが、ファイアブーストは過度の能力補助を必要とする諸刃の剣。

 ミュウツー相手に仕損じれば、という危惧がついて回る。

「博士、もし、ミュウツー相手にファイアブーストでも勝てなかった場合、我々人類は完全敗北を決定せざる得なくなる。そうなった時、もうこの国の国防でも、ましてや他の国からの介入でも……、ミュウツーは倒せないでしょう」

 ユリーカの慎重な声にオーキドは言いやった。

「いや、ファイアブーストとやらではない。それ以上の領域。ユニゾンを必要とせず、フレアエクスターミネートスーツと、ルイ・オルタナティブの統合によってのみ生じる最終形態。それが、エスプリマグナじゃ」

「ファイアブーストより、先があるって言うの……」

 そちらのほうがマチエールには驚きらしい。ヨハネもあれ以上の能力など存在するのか疑問視であった。

「でも、それを引き出す手段は? 今は一刻を争う」

「破壊の遺伝子、それを擬似的なミュウツー細胞とし、ユニゾンする。そうすれば、発生するのはエスプリ、サイコユニゾンのはず。サイコユニゾンに二重のユニゾン――デュアルユニゾンする事によってその姿は完成を見るじゃろう」

 破壊の遺伝子がここで繋がってくるのか。

 ヨハネはマチエールを窺う。彼女は静かにその手へと視線を落としていた。

「あたしの、最後の力……」

「マチエールさん、それに博士。一晩、待ってもらえますか」

 切り出したヨハネに全員が注目する。その言葉の示すものを、皆がはかりかねていた。

「ヨハネ君? しかし、今は……」

「一晩、待ちましょう。そうしないと、何もかもが、崩れていってしまいそうで……」

 その言葉に感じるものがあったのだろう。ユリーカが決断する。

「分かった。一晩待った後、決定する。異論はないな? マチエール」

 マチエールはヨハネとユリーカの視線を交わしてから、静かに首肯する。

「分かったよ……。ヨハネ君がそう言うなら」

 引き下がったマチエールだが、これからであった。コルニと共に退室したマチエールの背中を見送ってから、ヨハネは声を投げる。

「ルイ。出来るのか?」

『理論上は、確かにオーキドのジジィの言う通り、ルイという根幹のOSさえ一致すれば可能だが……。そうなるとオレが消えるな』

「消えるってのは……」

『文字通り。オレとルイ・アストラルが混ざり合い、対消滅する。つまり、その後にルイは残らない』

 自らの存在をかけた話をしているのにどこか他人事なのはやはりルイがシステムだからか。合理的に判断すれば、己の存在価値など無に等しいと感じているのか。

「ヨハネ君。今回の戦闘の決定権はキミにある」

 ユリーカの言葉にヨハネは自然と強張った。

「ミュウツーを倒す、ですよね……」

「それも、私達は諦めていた。半ば、ね。でもキミにならば。私は託す事の出来ると感じている。一晩、短いようで長いかもしれない。キミにとって悔いのない決断をしてくれ」

「ユリーカさんは……」

 窺った声音にユリーカは頭を振った。

「私の判断は、もう終わっているよ。あの馬鹿に、最後の最後まで付き合う。もう、そう決めたんだ。だから戻ってきた。ヨハネ君、今回ばかりはキミが決めろ。それが多分、私達の最も納得のいく答えだ」

 ユリーカが片手を振る。

 後の判断は自分に任せる。

 それはとてつもない重石のようであって、同時に信頼の証でもあった。

 このまま、ミュウツーと戦うか、それとも戦わずしてカロスを去るか。

 他の道もある。

 だが、マチエールは戦うというに違いない。

 この街の守り手ならば、最後の最後まで。足掻いてでも。

 ヨハネは拳を握り締めて、ルイを見やった。

 視線が重なり、ルイがふとこぼす。

『……思えば、てめぇと一緒に戦った数日間。悪くはなかった、と思うよ。主の下でオレはずっとシステムでもよかったのかもしれない。でも、ヨハネ・シュラウド。てめぇはそうじゃなかった。オレがすぐに取り下げる確率論を捩じ曲げて、お前なりの答えを毎回示して見せた。てめぇらにはその力があるらしい。オレには理解出来ないほどの、力がな』

「理解出来ないわけじゃないだろう?」

 その言葉にルイはそっとその手を翳した。

『……そうだな、今は、全くの理解の範疇の外ってわけでもない。てめぇらが毎回無茶やって、毎回死に物狂いで戦ったの、今なら少し、分かるぜ』

 ルイはやはりただのシステムではないのだ。

 彼女にも心がある。誰にも奪えないそれが、システムである彼女にも宿っている。

 今回の戦闘はその心をかけた戦いだ。

 ルイがもう一人のルイと統合する事によって初めて、今回の戦闘の意味が見出されていく。

 その意味を、誰よりも知っているのはルイ自身のはず。

 自らがこの世から消えてでも、この戦いを完遂するかどうかは彼女にもかかっているのだ。

 しかし、ルイは涼しげに応じるのみであった。

『ヨハネ。てめぇが決めな。オレは、所詮システムだからよ。最後の一線で、人間には勝てねぇ。そういう風に出来てるみたいだ。だから、お前が決めろ。ここまで来たんだろ?』

 そうだ。ここまで来た。フレア団の野望を下し、最後の最後、大詰めだ。

 ミュウツーが自分達の前に屹立する悪魔であるのと同時にこれさえ倒せば、全てが決する。フレア団との因縁も、何もかもを。

 ヨハネは静かに言いやっていた。

「ユリーカさん。破壊の遺伝子の解析と、サイコユニゾンの用意を。フレアエクスターミネートスーツに、ルイをインストールしてください」

「だが、ヨハネ君。もう、ルイとは会えなくなるぞ」

 ヨハネはその言葉に踵を返す。

「いえ、もう充分です。ルイ」

『んだよ、ヨハネ』

「案外人間らしいんだな、お前」

 その言葉にルイはけっと毒づく。

『てめぇらに汚染されちまったんだよ、畜生め。毒されちまったシステムなんて、もう客観性の欠片もねぇ。ユリーカ、介錯は潔く頼むぜ』

 それがお互いの別れの言葉であった。

 しかしそれで充分だ。

 ルイはここまで人間らしくなってくれた。

 ならば、お互いの別れは、ある意味では必定。

 その上で口にする。

 ――また会おう、と。

 この別れが何もかもの終わりじゃない。

 始まるものだってあるはずだから。

「……分かった。エスプリマグナ、引き出すために尽力しよう」

 ユリーカが作業に入る。

 ヨハネはハンサムハウスの中にコルニとマチエールの姿がない事に気がついた。

「彼女らの決着は彼女らの手で、か」

 そうこぼしたヨハネはもう迷いなどなかった。

 自分の決着は同時に自分のものだけでもある。

 ホルスターにつけたモンスターボールを三つ。確かめて、ヨハネはハンサムハウスを飛び出した。


オンドゥル大使 ( 2017/05/19(金) 15:38 )