ANNIHILATOR - 最終篇
EPISODE146 親子

「Eアームズ! アーボック!」

 アーボックが蛇行しながら迫ってくる。その身体には突撃用のチョッキが装着されていた。

 エスプリはその猪突を回避してアーボックの腹腔に蹴りを叩き込む。

 よろめいたアーボックへととどめの一撃をくわえた。

 Eアームズを破壊し、アーボックが沈黙する。

 今のでもう七体目。

 旧式のEアームズとは言え、連戦続きでは疲労も溜まりやすい。加えて手狭な地下通路での戦闘はそれを色濃くする。

 今度は見えない敵が肩口を貫かんと迫ってきた。

 直撃したものの、エスプリは直前に水のユニゾンへと変化している。

 貫いた一撃を掴み上げてエスプリはその相手をひねり潰した。

 Eアームズ、カクレオンである。

 このままではどれだけ倒しても消耗ばかりで本丸には辿り着けない。

「こんなんじゃ……倒し切る前に……」

 眼前に佇むのはエクステンドスーツを纏ったフレア団員達だ。

 全員、この作戦に賭けているのが分かった。

 ナイフを振り翳し、バックルのハンドルを引く。

『エレメントトラッシュ』の音声が相乗する中、エスプリは構えた。

「退けェッ!」

『ファイアブースト。エレメントトラッシュ』の音声と共にエスプリが光速で駆け抜ける。

 Eスーツ部隊を片腕で排除し、薙ぎ払った一閃で核であるバックルを切り裂いていた。

 Eスーツ部隊を突破した。後は……と考えを浮かべようとした矢先、肌を刺すプレッシャーに覚えず後ずさる。

 先ほどまで頭部があった空間を引き裂いたのはEスーツのナイフであった。

 ヘルメットを外した状態のEスーツ使いにエスプリは一瞬だけ気圧されたが、すぐに持ち直し、回転蹴りを叩き込む。

「ここから先には通さない」

 全員が女性であった。

 クセロシキの下で研究を重ねていた女性幹部であろう。

 エスプリは構えを取って、全員の攻撃をさばき切る事に集中する。

「押し通る! 邪魔をするな!」

 ナイフの一閃をエスプリは瞬時に紫のユニゾンへと変化して対応する。茨の鞭が一人を捉え、もう一人の射線に放り込んだ。突然に眼前に来たEスーツに戸惑った相手にエスプリは瞬間的に緑のユニゾンへと変身を遂げている。

『バグユニゾン。エレメントトラッシュ』の音声と共に四つの発射口が開き、榴弾が二人のEスーツ使いに命中する。

 機械部品そのものに干渉する腐食の攻撃にたたらを踏んだ相手へと、エスプリはさらに肉迫していた。

 ナイフがエスプリの首筋を掻っ切ったが、既に青のユニゾンである。

 水の身体が元に戻った瞬間、赤へと変身し、棚引く炎の拳を腹腔に叩き込んだ。

 気づけば四人のEスーツ使いは全員、その場で蹲っていた。

 自分でも驚くほどの手際である。

 フラダリに近づこうとする一心で戦っていたが、その執念が勝ったのか。

 先を急ごうとするエスプリの背中に声がかかる。

「待て! エスプリ! あなたがクセロシキ副主任を! 殺したっていうの?」

「誰からそう聞いた?」

「誰からでもないわ。ただ、あなたくらいしか殺せそうな人がいないから、みんな……」

 全員が沈痛に顔を伏せている。クセロシキは慕われていたのだろう。

「あたしじゃない。って言っても信じてもらえないかもしれないけれど。でも、これだけは」

 モンスターボールから一匹のポケモンを繰り出す。にわかに戦闘の気配を帯びた相手は、その存在にハッとする。

「副主任の、フーディン」

「あたし達が責任を持って預かっている。主を失って不安なのは、ポケモンも人間も同じようなものだから」

 女性研究員はフーディンの眼差しを確かめた。それだけで了承が取れたように、彼女から力が凪いでいく。

 戦いがクセロシキの最後に望んだものではないのだと悟ったのだろう。

 エスプリは駆け出す。後は、地上へと続くエレベーターだけだ。

 大型のエレベーターが下層へと辿り着いた瞬間、開いたドアから火線が瞬く。

 瞬間的な反応が出来たのは赤のユニゾンのお陰か。

 弾丸を弾き、エスプリは後退する。

 エレベーターに陣取っていたのは自動小銃を有するドローンだ。エスプリは歯噛みして、ドローンへと突っ込む。

「そこを、退けェッ!」












「わたしを止めるのは、ともすれば運命という不可抗力なのかもしれない、と思っていた」

 ヘリの中でそうこぼしたフラダリに対して部下は返答する。

「運命、ですか。その運命は、来ると言う確信があったので?」

「分からないものだよ。運命とは、いつの世も必ずついて回る。実効権力者にとっての壁であり、何かを成す人間はその運命を越えていかなければならない」

「へぇ。例えば?」

「例えば、そうだな……。シトロン一派の手先が、このヘリの操縦者だとか、かな?」

 その声が放たれるのと、操縦席から振り返った団員が銃口を向けるのは同時であった。

 フラダリは既にバックルを装着している。

「残念であったね。だが空の旅、大義であった」

「ふ、フレア団に、栄光あれ!」

 自爆スイッチが押され、中空でヘリが爆発四散する。その爆風を背に受けて、フラダリは降り立っていた。

 彼の地。石の町と呼ばれる最終兵器の到達地点へと。

 最終兵器は自然と同居するこの町においても異質であった。鋼鉄の花弁。

 天を衝くように伸びた巨大な鉄塔。

 今に鉄塔からエネルギーが放出され、ミアレを灰塵に帰す事だろう。その時の咎は全て自分が受ける。

 数百万人、あるいはそれ以上を殺すという大虐殺だ。

 大悪人としての運命は既に背負っている。

 背負っていただけに――地下に向かうはずのエレベーターから黒煙が上がっていたのには目を瞠った。

 バイザーを上げてフラダリはフレアエンペラースーツを身体に纏う。

「何が起こったんだ……」

 もしや、という予感はあった。

 だが、それを許すほどフレア団は脆弱ではないという自負もあったのだが。

 黒煙の上がるエレベーターの前で佇んでいるのは、黄金のラインを全身に走らせた黒い鎧。

 フラダリは覚えず口角を吊り上げた。

「やはり運命は……! お前をここに連れて来たか、我が消せない宿命の血筋を」

「そんなものは知らない。あたしは、決着をつけに来ただけだ。何もかもの決着を」

 黒い鎧――エスプリが戦闘姿勢に入る。

 フラダリは愉悦に浸った笑みのまま、バイザーを下ろした。

 獅子の威容を持つエンペラースーツが吼える。

「いいだろう。決着だ。宿命の子よ」

「あたしの名前は、そんなんじゃない!」

 地を蹴って弾かれたように動き出すエスプリにフラダリは特別な動きを必要としなかった。ただ、依然として変わらずにモンスターボールを放る。

「行け、ギャラドス」

 ギャラドスがエスプリの進路を阻んだ。それだけではない。右腕に埋め込まれたキーストーンとギャラドスの持つメガストーンが共鳴する。

「そして行け。――メガギャラドス」

 紫色のエネルギーの甲殻を弾き飛ばし、メガギャラドスが顕現する。メガギャラドスが最初に行ったのは水のフィールドを張る事であった。

 突然に振り出した雨がメガギャラドスの優位な空間を作り出す。

「雨乞い、か。でも、あたしは、負けられない」

 エスプリがモンスターボールを投擲する。出現したのは全身が鎧に包まれたような極彩色のポケモンであった。

「クリムガン、か。ユニゾンせず、単体で向かってくるとはどういう風の吹き回しだ?」

 クリムガンが咆哮し、メガギャラドスを睨み据える。

「あたしだってポケモントレーナーだ。怒りに我を任せちゃいけない。クリムガンは彼のポケモンだ。だから教えてくれる」

「彼、か。信頼しているのだな、ヨハネ・シュラウドを」

 クリムガンがヨハネそのもののように威圧する。なるほど。今のエスプリはたった一人で戦っているわけではないという事か。

「クリムガン、逆鱗!」

 クリムガンの内部骨格が青く輝き、強大な膂力に任せてメガギャラドスに特攻する。

 メガギャラドスのタイプは悪・水。この場合、大して痛くはない攻撃であったが、メガギャラドスを抑えられるという事は、こちらへの直接攻撃を可能にする。

 フラダリは駆け出していた。

 エスプリも駆け出し、炎の拳を突き出す。

 両者、互いに放った拳がぶつかり合った。

 雨で煙る視界の中、エスプリとフラダリは弾かれ合ったように後退する。

 ポケモンを抑えられれば前回のようには行かない。加えてエスプリは冷静であった。

 以前のように揺さぶりは通用しないだろう。

 だが、フラダリはあえて揺さぶった。

「父に対して、どう感じている? マチエール」

 その言葉にエスプリが僅かに硬直する。

 クリムガンがメガギャラドスの攻撃力に押されてたじろいだ。その隙へとすぐさま、ドラゴンテールが突き上げる。

 クリムガンは純粋ドラゴンタイプ。ドラゴンテールの一撃は強力に響いたはずだ。

 突き上げた形のメガギャラドスは獲物をくびり殺すように開いた口腔を尻尾の先にいるクリムガンに向けた。

 オレンジ色のエネルギーの球体が練り上げられていく。

「父親である、というのは、悪いが消せないのだよ、マチエールよ。血の宿命だけは、この世で最も忌むべきものであり、なおかつ最も消せない罪でもあるのだからな」

 エスプリは言葉少なであった。だが、戦意が凪ぐ事はないようだ。

 両手両足から点火した炎と共にエスプリが猛進してくる。だが、先ほどよりかは稚拙であった。

 少しばかりは心理攻撃が効いているらしい。フラダリはフレアエンペラースーツの金の血潮を滾らせ、エスプリの攻撃をいなした。

 背後に回り込んで、その背筋へと肘打ちを仕掛ける。

 トンと押したに過ぎなかったが、その威力はEスーツ全てを凌駕する性能。

 エスプリが吹き飛び、最終兵器近隣の家屋へと突っ込んだ。

 木材がもうもうと燃え上がり、粉塵が舞う。

 その只中で、エスプリが言葉もなく佇んでいる。

 ――やはり怒りは消せないか。

 人の子に生まれた以上、感情に支配され、衝き動かされ、結果破滅を迎える。

 そのようなつまらない光景を自分は何度、目にしてきただろう。その度に人類に絶望し、繰り返し消去を試みようとした。

 今回だけが発端ではない。フラダリは人間の欲望というものに何度も裏切られてきたのだ。

 パキラ、シトロンだけではない。

 彼らだけの問題でもないのだ。

 彼らがいなければ、という短絡的な話ならば、自分はもっとスマートな手を打つであろう。

 結局のところ、数人の悪人を懲らしめたところで世の中は変わらない。何一つ、変わるところなどないのだ。

「お前は、それを分かっていてやっているのか? この世界に、正義なんて本当に、存在すると思っているのか? ハッキリ言ってやろう。この世界は悪意と、欺瞞に満ちている。恐ろしいと誰もが思うそれらは、実のところ、全人類の業なのだ。だから、わたしは滅ぼす側に回る事にした。己の咎がどれだけ深かろうが、滅ぼす、という側に一度回ってしまえば、もう後は容易いのだ。人類を俯瞰出来る。彼らの事象は結局のところ、愚かに集約されるのだから。愚行を繰り返す人類に一石を投じる。そのための最終兵器。何も、これが全て、悪だと断じる事も出来まい。わたしは、正しい事をしているつもりだ。それに対して、逡巡も、何もかも捨て去った。今のわたしには捨てるものなど何もない。目的のためにどこまでも邁進出来る」

 フラダリの宣言にエスプリが迷いの只中にあるのが分かった。彼女は消せていない。何もかも。

 人間らしさも、ましてや正義を行う自動装置としての非情さも。

 こんな人間に全てを任せるくらいならば、ミアレの人々は滅ぶべきだ。

 滅びを許容し、何も考えないでくの坊であるべきなのだ。

 フラダリが片腕を振るい上げる。

 メガギャラドスが破壊光線を一射する。

 まともに受けたクリムガンが全身を焼け焦がし、そのまま吹き飛んだ。

 クリムガンも最早、戦闘不能。エスプリも使い物になるまい。

 これで、とフラダリはメガギャラドスとの同調を高める。

 照準はエスプリへ。メガギャラドスが尻尾を払おうとしたその時、エスプリは声を放っていた。

「それが、お前の正義だって言うのか」

 まだ喋れる余裕があるとは。しかし、最早限界であろう。

「その通りだ。正義は行われるべきであるし、一方的なものを悪だと断じるのならば、わたしのやっている事は恩恵だよ。人々に与えているのだ。もしくは試している、と言ってもいい。この世界で生きるのに値するのか。その宿命があるのか」

「じゃあ、こぼれ落ちた人達はどうなる?」

 エスプリの質問にフラダリは鼻を鳴らした。

「つまらんな、エスプリ。我が宿命の子よ。そんなもの、考えるまでもあるまい」

 全てが些事。そう言い捨てた、フラダリにエスプリは面を上げた。

「そうかよ……!」

 エスプリがこちらへと突っ込んでくる。だが、その攻撃、どこまでも稚拙であった。

 拳で弾き、蹴りをくわえる。よろめいたエスプリへとメガギャラドスが突撃した。

 それだけでも充分な威力のはずだ。

 しかし、エスプリは倒れてもまた立ち上がる。

 人間の集中力の限界など、とうに超えているだろうに。

「分からんな。何のために、わたしに立ち向かう。わたしを倒したところで、もう転がり出した石だ。それを止めるというのは、運命に逆らっているのだと、何故分からん」

「運命なんて、人が変えるためにある!」

 振るった拳をフラダリは受け止めて、バイザーを上げた。

 その双眸がエスプリを睨み据える。

「運命は人が変えるためにある、か。聞き飽きたよ、そのような言葉は。人は運命の前に嵐の中の船のように無力だ。運命が自然現象ならば、人は抗う術を持たない。抗ったところで見えているのは無様な死だけだ。それを分からぬうちでは、人は成長すら出来まい!」

 突き飛ばしたエスプリへとメガギャラドスが照準する。破壊光線のエネルギーが充填され、その口腔が輝いた。

「さらばだ、我が因縁の子よ。ここで沈むがいい!」

 その時、メガギャラドスの下腹部へと潜り込んできた影があった。

 クリムガンだ。

 全身を青く発光させてその鳩尾へと拳を叩き込む。メガギャラドスの集中が僅かに逸れて破壊光線の光芒がエスプリのすぐ脇を通り抜けた。

「どこまでも……往生際の悪い」

 そちらに集中を割いた僅かな時間。エスプリが肉迫していた。

 光の速度に至ったエスプリが拳を振り上げる。フラダリはそれを受け止めたが、すぐに追撃が脇腹に打ち込まれた。

「これが、ファイアブーストという奴か」

 エスプリが雄叫びを上げて拳、蹴りを次々と打ち込んでくる。だが、どれも愚直だ。

 その軌道から読むのはさほど難しくない。二つ、三つと受け止めていくうちにその速度も緩んでいく。

 所詮は付け焼刃か。

 フラダリはメガギャラドスと戦うクリムガンを意識した。

 全身全霊の「げきりん」による攻撃。まったく防御を度外視した戦い方だが、メガギャラドスほどの単体戦力相手ならば間違いではない。

 問題なのは、思っていたよりも頑丈である事だ。

 破壊光線を至近で撃っても死なないとは。

 ならば、とフラダリは手を払う。

 瞬間、突き上げたメガギャラドスの尻尾がクリムガンの腹腔へと打ち込まれた。

「龍の技ならば、どうだ?」

 ドラゴンに対してドラゴンは効果抜群。

 後ずさった形のクリムガンへとメガギャラドスがさらに追撃する。

 破壊光線、それも拡散させて放ち、檻のようにクリムガンの逃げ場を塞いだ。

 隙だらけのその身体へと尻尾による薙ぎ払いを発揮させる。

 よろめいたクリムガンへととどめの一撃が叩き込まれようとしていた。

「ドラゴンテールで!」

 とどめ、と口にしようとした瞬間、クリムガンの眼が赤く輝いた。

 その眼差しに射竦められたかのようにメガギャラドスの挙動が鈍る。

「蛇睨み、か。だが攻撃は実行される!」

 既に遅い。龍の尾がクリムガンを突き破るかに思われたその時、攻撃を遮る何かが視界に入った。

 不可視の岩である。

 それがクリムガンへの致命的な一撃を回避させたのだ。

 その岩はメガギャラドスへと一斉に飛びかかってくる。

「ステルスロック? いつの間に……」

「あたしと戦うのか、それともクリムガンと戦うのか。フレアエンペラースーツの弱点があるとすれば、それはトレーナーの集中力」

 言いやったエスプリにフラダリは目を向けた。

 その瞬間、横っ面に蹴りが叩き込まれる。辛うじて防御したが、その威力は先ほどまでより段違いになっている。

「わざと、手を抜いて戦っていた、というのか……」

「クリムガンとあたし、どっちに集中するのかは賭けだった。メガギャラドスが二つの対象に同時攻撃が可能なら、それも瓦解したけれど、ヨハネ君のクリムガンが思っていたよりも善戦してくれた。これなら、あたしも勝てる」

「勝てる、だと……。わたしがクリムガンに僅かに集中を割いただけだ。そんな付け焼刃で!」

「付け焼刃じゃない! あたしは、今まで何度もクリムガンとユニゾンしてきた! クリムガンの戦いは、あたしの戦いでもある!」

 踊り上がったクリムガンがその拳を突き出した。メガギャラドスの頭部を打ち据え、その巨躯がよろめく。

 脳震とうを起こすほどの一撃。その余波はトレーナーであるフラダリにも伝わっていた。

 同調が仇となった。

 今すぐに同調状態を切らなければ、と判じた刹那、エスプリが飛び込んでくる。

 腹腔に一撃。それだけで意識が飛びそうになったが、さらに追撃が叩き込まれた。

 光の速度で放たれるのは今までの全てを集約したような攻撃の連鎖。

 獅子の威容を持つエンペラースーツに亀裂が走る。

 まさか、とフラダリは動揺した。

「フレアエンペラースーツが、限界を迎えているというのか」

 エスプリの叫びに相乗して攻撃が亀裂へと集中する。

 こちらに意識を割けばその分、メガギャラドスに隙が生じる。

 どうするべきか。

 フラダリの判断は迅速であった。

「メガギャラドス! そいつの相手はもういい! わたしを守れ!」

 メガギャラドスが攻撃の矛先を変えようとするのを、クリムガンが許さない。

 その顔面へと跳躍し、横っ面を叩きのめす。

 ――これではまるで、二対二ではないか。

 そう感じたフラダリは瞬間的に思い返す。

 エスプリに同行していた少年を。

 ヨハネ・シュラウドという彼の事を。

「クリムガンのトレーナーはヨハネ・シュラウド……。まさか、同調しているのか? この距離で?」

 信じ難い事であったが、クリムガンのキレのある動きを実行するのにはそれしかない。

 クリムガンが吼えてメガギャラドスへと特攻する。

 最初から、自分とエスプリとの一騎討ちであった。

 ヨハネとクリムガンはそれを助けるために参戦しているに過ぎない。

「ならば……わたしも全力で潰すまでだ!」

 フレアエンペラースーツは通常のEスーツよりも格闘性能に優れている。

 エスプリの攻撃をいなし、その体躯へと叩き込もうとするが、遥かに素早いエスプリの攻撃に翻弄される。

 ――速い。否、この速さは。

 光だ。

 光が攻撃性能を伴って幾度となく、身体を叩いてくる。

 視界に入るのは光の雨。

 叩きつける攻撃は雨を凌ぐ方法がないように、身体に蓄積される。

 肩口へと突き刺さった手刀がフレアEスーツに大きな亀裂を生じさせた。

 まずい、と判じたその時には、エスプリが距離を取っている。

 バックルのハンドルを両側引き、『エレメントトラッシュ』の音声が響き渡った。

 刹那、エスプリの体表面を覆っていた黄金の輝きが全身に至り、ラインを染め上げた。

 エスプリが駆け出す。一歩、一歩ごとに光を踏み締め、必殺の一撃への布石が打たれていく。

「ふざけるな……ふざけるなよ!」

『エレメントトラッシュ』の音声が響き渡り、右腕に埋め込まれたキーストーンが闇に染まった。

 闇色のキーストーンから放たれたのは黒い雷撃である。

 メガギャラドスがそれを受けてこちらへと矛先を変えた。
 Eスーツの全エネルギーをポケモン側へと集中させる。同調の域をポケモンに引っ張り込ませる捨て身の技。

 それが実行される瞬間、クリムガンが割って入った。

 メガギャラドスへと放たれたその拳に、少年の幻影を見たのは極度に研ぎ澄まされた神経のせいであったか。

 メガギャラドスに一点の集中のブレが生じた。

 破壊光線の光条が放たれるのと、エスプリが両足蹴りを実行したのは同時であった。

 両足蹴りがフラダリへと叩き込まれる。

 破壊光線は、エスプリが既に行き過ぎた空間を奔っただけであった。

 よろめいたフラダリはヘッドアップディスプレイに浮かぶ異常を読み取る。

 エスプリが肩で息をしている。

 これで終わりか、とお互いに判断を下しかねているのだ。

「……まだだ」

 フラダリが声にしてフレアEスーツに爪を立てる。

「まだ、終わるものか……」

 右腕を掲げた。キーストーンはまだ生きている。まだ、メガギャラドスの制御は可能のはずであった。

 だが、次の瞬間、キーストーンに皹が入った。

 闇に染まったキーストーンに一筋の亀裂が走り、直後、砕け散ってしまった。

 メガギャラドスのメガシンカが解かれる。

 それはフラダリの完全敗北を意味していた。

「何故だ……相手は取るに足らない、クリムガンとEスーツだぞ? 帝王のEスーツが、敗北するなど……」

 ギャラドスが力なく横たわる。

 既に体力の限界なのが窺えた。

 フラダリは膝を折る。

 完全敗北。

 それがここまで明確に形となると、最早言葉も出なかった。

 エスプリが歩み寄ってくる。

 とどめを刺そうというのか。そう自嘲しているとエスプリはヘルメットを外した。

 少女の容貌に浮かんでいるのは寂しさであった。

 自分を見据えるのに、怒りでも憎しみでもない。

 ただ、虚無だけが存在するようであった。

 フラダリもヘルメットを外す。

 初めての親子の対面が完全な敗北と勝利に別たれたのは皮肉としか言いようのない。

 だが、その睡蓮の瞳は間違いなかった。

「マチエール。わたしは……」

「あたしは、もう何も要らない。だって、もう満たされている。あたしのために、帰る場所を用意してくれている人達がいるんだ。だから、あたしは戦える。たとえそれが、血の繋がった父親でも」

 ああ、そうか。フラダリは感じ入る。

 ここまで覚悟した戦士を止める術など最初からあるはずもないのだ。

 自分はとんだ勘違いをしていた。王の血筋を残す忌まわしき存在。彼女はこの世の残酷な側面を全て、取り込んだかのごとく暗い心で立ち向かってくるのだと思っていた。

 しかし、違ったのだ。

 エスプリは、そんな無様な戦いはしない。

 いつだって真っ直ぐに、相手との真剣勝負で、戦い、自分の正しさを証明してきた。

 そんな相手に、血筋程度で揺らぎを与えるなどどだい無理な話であったのだ。

 自分は、なんと浅慮で、小さき存在であったか。

「……負けたよ、マチエール。わたしは、もう戦えない」

 フレアEスーツを解除する。解かれた変身をマチエールは見下ろしている。

「最終兵器は……」

「もう発動などするものか。わたしのこの右腕だけが制御キーだ。だから最終兵器はもう、無用の長物……」

 そう言いかけたその時、耳朶を打ったのは明瞭な女の声であった。

『いいえ、フラダリ。あなたの勝手な言葉だけで、フレア団の理念を曲げられては困るのよ』

 ハッとしたフラダリの視界に入ったのは起動状態へと移行する最終兵器であった。

 エネルギーの充填を開始する最終兵器が赤く輝く。

「馬鹿な! わたしの許可もなく、何故!」

『もう、全てが転がり出した石だと言ったのは、あなたでしょう? 今さら正義を感じたところで、全てが無駄。ミアレを消滅させ、このカロスにフレア団という存在を刻むのに、あなたは最良の頭目であった。でも、優れた統治者が同時に、優れたカリスマだとは限らない。あなたのエゴで動いてきたフレア団はここに来て巣立つのよ』

「……パキラ! やめさせろ!」

『冗談。だってもう起動ボタンは押された。賽は投げられたのよ』

「そんな事が……。ではわたしの右腕は……」

『それも起動キーではあったけれど、直前に全権を委譲させるくらい、わけないでしょう?』

「謀ったな! 女狐が……!」

『どうとでも。さて、エスプリ。そこにいるのね。この状態から最終兵器を止めるのはどう考えても不可能。あなたは結局、そこにいる小さな悪人を裁くくらいしか出来ないのよ』

 エスプリが拳をぎゅっと握り締める。

「あたしは、戦う」

 ヘルメットを被り直したエスプリが駆け出そうとするが、既に全能力は使い尽くした後だ。

 残りカスのようなエネルギーではとてもではないが最終兵器を破壊は出来ない。

「せめて……メガシンカが出来れば……」

 メガギャラドスの攻撃力ならば、最終兵器の一部を機能不全に追い込めたのに、こんな時に何も出来ないとは。

 悔恨に歯噛みしていると、通信に混じってパキラの逡巡が聞こえてきた。

『何……、どこから』

『アタシは、全てを決しに来た』

「この声は……」

 フラダリは巻き起こっている現実に眼を戦慄かせた。



オンドゥル大使 ( 2017/05/14(日) 22:16 )