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運命篇
EPISODE144 宿縁

「おいおい、あれ、どうなってるんだよ……」

 街の人々がざわめく。

 ユリーカはその中で歩み出ていた。

 プリズムタワーが崩落し、緑色の光が渦を成している。

 このままではミアレは崩壊するだろう。

 ユリーカは身も世もなく叫んでいた。

「負けるな! エスプリ!」

 その声を聞き取った何人かがうろたえる。

 子供が叫んだ。

「負けるなーっ!」

 その声を嚆矢としてうねりのように人々が応援の声を張り上げる。

「頑張れーっ!」

「勝つんだ!」













 エスプリの耳朶を打つのは、劈く風の音。

 墜ちていく景色の中、エスプリは全身が虚脱するのを感じていた。

 視界の中には埋め尽くさんばかりの「さばきのつぶて」の光弾。

 まるで星空のようだ、と似合わない感傷を持ち出す。

「あたしは、いつも星空を見ていた……」

 ホロンでユリーカに出会った夜も、ヨハネと最初に出会った夜もそうだ。

 いつも、視界の中には星空があった。

 エスプリは一度目をきつく閉じてから、自らの内奥に存在する意思を感じ取る。

 この身体は自分だけのものではない。

 そう感じた途端、声が弾けた。

 一つ一つは微々たるもの。

 だがそれは大きなうねりとなって、エスプリのEスーツに作用する。

 光だ。

 流星がいくつも弾けて一点へと意識が集約される。

 その終着点を、エスプリは見据えた。

 瞼を開く。

 目の前の敵はひとりだ。

 たったひとりなのだ。

 ――ならば、何を恐れる事がある。

「そうだ。あたしは、この街の守り手……エスプリなんだっ!」

 最後にヨハネの声が弾けた。

 ――勝ってくれ、エスプリ。

「勝つよ。あたしは!」

 ハンドルを両側同時に引く。

 瞬間、背筋から光が放出された。

 黄金の輝きが翅を形成し、エスプリは天を衝く形で翻る。

 降り注ぐ「さばきのつぶて」をエスプリは己の内から発する光で薙ぎ払った。

 黄金の輝きが自分と他者の境界線を曖昧にする。

 払った手は、己のものであって己だけのものではない。

 この街に住む、ポケモンも、人間も、何もかもをひっくるめた全てが、自分に力を貸してくれる。

『ファイアグリッターユニゾン』の音声が相乗し、エスプリは両手首と足首から黄金の炎を迸らせた。

 纏いついた金色の粒子が「さばきのつぶて」を押し返していく。

 エスプリはハンドルを引く。

 眼前にはエクリプスの姿がある。

 全てを超越した男へと、エスプリは翻り、両足蹴りを叩き込んだ。

『エレメントトラッシュ』の音声が二人同時に弾ける。

「裁きの……つぶてェッ!」

「負けるかァッ!」

 迸った叫びが黄金の輝きとなってエクリプスの腹腔を衝く。

 両足蹴りのエネルギーを前にして「さばきのつぶて」が遥か彼方の地面を抉り飛ばした。

「これが、死か……」

「そうだ、アマクサ・テトラ。これが、死だ」

 黄金の光に浸食されたフレアエターナルスーツに亀裂が走る。

「久しぶりだな。――死ぬのは」

 エクリプス――アマクサ・テトラの狂気の笑い声が響く。

 その直後、噴き上げる炎がエクリプスの姿を掻き消していた。

 遥か天空の雲を引き裂き、テトラの魂を浄化する。

 プリズムタワーに舞い散った輝きが雪のように降り注いだ。

 エスプリが静かに降り立つ。

 砕かれたプリズムタワーが屹立する中、エスプリの黄金の輝きが消え失せた。

 集団の中から、ユリーカが歩み出る。

 その唇がようやく、言葉を紡ぎ出した。

「おかえり。マチエール」

 ああ、ようやくだ。

 自分達は馬鹿みたいに、遠回りを繰り返してきた。

 だがようやく言える。

「ただいま」













「はい。ご予約のケーキですね」

 それをヨハネは店頭で受け取った。

 予約通り、豪華なホールケーキだ。

「食べ切れるかな?」

 コルニに尋ねると、彼女は傷だらけの自分を指差してこう言った。

「ヨハネ、あんたのほうが心配」

「そう? もうあんまり痛くはないけれどね」

 それでも全身が軋むのは事実だ。

 コルニは踊るように前を行って口にする。

「でも、一生残るんでしょ? 掌のは」

 掌の麻痺は一生残るらしい。だが、そんな事は気にしていなかった。

 むしろ、勲章だと思えるほどだ。

「いいんだ。これがある限り……僕は誇らしい道を選べたんだと思う」

 拳をぎゅっと握り締めると、コルニは微笑んだ。

「そういうの、アタシ、ヨハネのいいところだと思う」

「……でも、マチエールさんもユリーカさんも酷いや。僕が全部持っている」

 祝いのための荷物はほとんど全部ヨハネが買い付けていた。

「まぁまぁ。ハンサムハウスに戻ろうじゃない」

 どうしてだか、コルニは持ってくれない。

 力持ちなのにな、と胸中にこぼす。

 ハンサムハウスの前に来ると、コルニが率先して扉を開けた。

 瞬間、クラッカーの音が連鎖する。

 ヨハネは唖然としていた。

 マチエールとユリーカが並び立ち、ヨハネにクラッカーを放っていたのだ。

「えっ、何……」

「ヨハネ君、今日は記念すべき日だ」

 ユリーカが前に出るのに、ヨハネは怪訝そうに首を傾げた。

「えっと……確かに二人の復活祝いに――」

「違うよ。ヨハネ君。今日はキミの誕生日だ。まさか、自分の誕生日を忘れていたのかい?」

 ユリーカに指差され、ヨハネはようやく思い出す。

 そういえば、自分の誕生日など頭になかった。

 それが今日だなんて。

「えっ、でも僕、何も……」

「ケーキもある。飾りつけもある。充分じゃないか」

「でもこのケーキは、二人のために」

「どうせ分けるんだから、このハンサムハウス全員のためでいいだろう? 祝杯を挙げよう。ヨハネ君、十七歳の誕生日、おめでとう」

 ユリーカがシャンパンを開ける。

 マチエールが穏やかな表情でヨハネの荷物を手に取った。

「今日くらいは、何もかもを忘れよう」

 ルイは誕生日仕様なのか、似合わないサンタのコスプレ姿であった。

『おい、ユリーカ……。この格好、やめようぜ?』

「何を言っている。お前はどうせ何も出来ないんだからそれくらいはしてもらわないと」

『いや、でもオレ……』

 ヨハネは目が合ったので言ってやった。

「似合っている」

『く、クソッ食らえだぜ! てめぇ!』

 顔を上気させてルイが喚き散らす。

 ホールケーキは全員のためにあった。

 そっと包丁を入れる。

 今日だけは、何もかもを忘れて、生きている事に感謝出来そうだった。









「オーキド博士。どうです? 進捗は」

 シトロンの振り向けた声に、オーキドはコンソールに手をつく。

「一線を退いた老人に、その言葉はないじゃろうて」

「ですがあなたが関わってからミュウツーは、さらなる完成を見た」

 自分でも分かる。ミュウツーに自分が手を加える事によってさらなる特別へと進化しつつあるのを。

 世界に背いた行為だ。

 オーキドは目を伏せるが、シトロンは素晴らしいと白衣を翻した。

「博士。やはりあなたは逸材だ。ミュウツーは最強になるでしょう。その最強の名を手にするのは、あなたですよ」

 言い残して去っていったシトロンに、オーキドは独りごちる。

「……ワシの最後の抵抗じゃ。これしか、出来なかった。すまんな、ミュウツー。お前はもっと、この世界で自由に生きられたのに」

 プログラムコンソールに表示されたのはミュウツーに装着される予定のEアームズであった。

「カウンターEスーツ」の名前の下に搭載される予定のOSが書き込まれている。

「搭載制御用OS、ルイ・アストラル」とその欄にあった。













「我は、血の決着を欲している」

 王の間に呼び出されたパキラは突然に切り出されて困惑した。

「何を言い出すかと思えば。貴方の決着は、自分でつけるんじゃないの?」

「この世界は浄化されるべきだ。汚らわしき世界は、一度美しく統合されるべきである。パキラ、最終兵器の首尾は?」

「上々よ。正直、シトロンが乗り気でない事以外は、ね。それ以外のパーツは揃った。権限は、全てあなたに、でいいのよね? フラダリ」

 フラダリは片腕を掲げる。機械と一体化した腕には最終兵器の発射システムが刻み込まれていた。

 この腕が、最終兵器発射の最後のキーである。

 力の象徴そのものの腕を、フラダリは掲げてみせた。

「今こそ、フレア団の真の時代を、切り拓く!」

 熱を持ったフラダリの言葉に比してパキラの胸中は冷め切っていた。

 ――そろそろ切り時か。

 コルニに自分の正体が露見したのもある。

 フラダリをスケープゴートにして、自分も逃げ出す算段をつけなければ。

 使える手札は全て切るつもりであった。

「悪く思わないでね、フラダリ。あなたの理想は素晴らしいけれど、理想だけじゃ、生きていけないのよ」

 怜悧な女の瞳が、暗い未来を見据えていた。




第十二章 了



オンドゥル大使 ( 2017/05/09(火) 21:19 )