EPISODE142 見参
「ふざけるなよ……俺が、俺が支配者のはずだ。だというのに、このザマは……」
肩で息をするエクリプスは再びエレメントトラッシュを遂行しようとしたが、エスプリの拳が貫いたのはその正確な動作を約束する部品だったらしい。
何度やってもエレメントトラッシュは実行されなかった。
「クソがっ……。何故、俺が、こんな連中に」
「そこまでだ」
降り立ったのはロストEスーツを身に纏ったエスプリとヨハネであった。
エスプリが変身を解き、エクリプスを見下ろす。
「ヨハネ君。言ってやってくれ」
マチエールがヨハネに場を譲る。こちらもエクリプスの変身を解いて、テトラは口角を吊り上げた。
「何だ? ヨハネ。弱った俺を見て悦に浸っているのか?」
「違う。今一度、聞く。お前は、ミアレをどうするつもりだ」
答えなど分かり切っている。テトラは鼻を鳴らした。
「地獄に染め上げる。俺が味わった屈辱と敗北感を、この街の市民に味わわせるんだよ。最高だろ? ヨハネ・シュラウド」
その言葉にヨハネはゆっくりと頭を振った。
「やっぱり僕は、お前達の仲間にはなれない」
「そう、か。それをわざわざ言うために?」
律儀な事だ、とテトラが笑みを浮かべていると、不意に声が放たれた。
「テトラちゃん! レイが……」
オガタが連れて来たのは満身創痍のレイであった。マチエールが身構える。
「こいつ、まだ……」
テトラを認めるなり、レイがおぼつかない足取りで歩み寄ってくる。
「テトラ……おかしいんだ。身体が維持出来ない。細胞が壊れて、今にも……死んでしまいそうなんだ」
縋りついてきたレイを、テトラは足で払った。
「そりゃそうだろうな。アドバンスドとは言え、エレメントトラッシュをもろに受ければ塵に還る。だが、何も恐れる事はない、レイ。……もう何度も思い知ってきただろう? 死の恐怖なんて」
克服したはずだ。そう言いやると、レイは頭を振った。
「嫌だ! 死ぬのは嫌だよ、助けて! テトラなら……!」
「悪いが俺でもエレメントトラッシュを受けた仲間のアフターケアまでは見れない。残念だったな、レイ。お前は、ここまでの人間だったという事だ」
そんな、とレイは目を戦慄かせる。
マチエールが降り立ち、レイの肩を揺すった。
「おい! 死ぬのか……」
「……エスプリ。わたしを、嗤いに来たのか?」
「違う! あたしは、そんなつもりでやったんじゃ……」
「つもりはなくっても、お前らの行動はそういう事だ。綺麗事では済まされない。お前は人殺しをしに来たんだ。わざわざご大層な御託を並べてな」
「そんな……あたし」
「惑わされるな、マチエールさん」
ヨハネの声が凛として響く。テトラが睨み上げた。
「人殺しでも、咎を受けるべきでも、僕らは正しい事をしに来た。戦うために」
「驚いたな、ヨハネ。殺しを容認するのか」
「ヨハネ君……、でもあたし」
「アマクサ・テトラ。僕は、もう迷わない。迷わない事に決めた。僕のやっている事がたとえ悪でも! その行動に誇りが持てればいい! いつかは懺悔する時が来ても、誇りさえ失わなければ何度でも立ち上がれる! 何度だってやり直せる!」
レイが空気中に霧散していく。マチエールの抱える腕の中で、レイは跡形もなく消えた。
テトラは哄笑を上げる。
「これでもまだ、綺麗事を貫くか!」
「マチエールさん。後悔するべきは君じゃない。ここで後悔するべきは! 仲間の死を利用しようとしているお前だ! アマクサ・テトラ!」
「利用、ねぇ。どうせ、俺達アドバンスドは戦場で出会っただけの関係性。仲間意識など、もとより持っていない。使えるか、使えないか。それに集約される」
マチエールが涙を拭い、こちらを見据える。
ヨハネの言葉のせいか、その瞳に宿るのは戦意であった。
「……ありがとう、ヨハネ君」
「僕だってマチエールさんに希望をもらってきた。これから先は、一緒に」
「そうだね。君はあたしの、たった一人の助手だ」
マチエールが懐からバックルを取り出す。ロストEスーツのものではない。
『フレアエクスターミネートスーツ。レディ』の待機音声が響く中、マチエールは気高く叫んだ。
「あたしは、前に進む! Eフレーム、コネクト!」
黒い鎧が辺りを押し包み、暴風域を作り出した。その中で、鎧を装着されていく姿が変化していく。
デュアルアイセンサーを内蔵したマスクの上をバイザーが覆った。
『コンプリート。ノーマルユニゾン』の音声で白いラインが全身に走る。
「探偵戦士、エスプリ! ここに見参!」
今再び舞い戻ってきたエスプリの高らかな宣言に、テトラは歯噛みする。
「再び俺の前に立つか……。いいだろう。今度こそ徹底的に叩き潰す。Eフレーム、コネクト」
装着されていく白い鎧がテトラの姿を変貌させていた。
エクリプスへと変身を遂げた姿とほとんど映し鏡のようなエスプリが対峙する。
「超越者、エクリプス! ここに誕生!」
エスプリがヒトカゲのモンスターボールを埋め込み、ファイアユニゾンへと化す。
エクリプスがそれに対応するようにエレメントカードを挿入しようとして、その手を遮った影があった。
クセロシキのフーディンだ。
「まだ生きて……」
「そこだ!」
エスプリの炎の拳が叩き込まれ、エクリプスが後ずさる。追撃の蹴りを腕でいなし、エクリプスはエレメントカードを挿入した。
『エレメントプレート。ダーク』の音声と共に悪の属性に染まったエクリプスの腕からつぶてが浮かび上がる。
エスプリに、ではない。
背後のフーディンにであったが、フーディンは赤い光となってモンスターボールに吸収される。
「ヨハネ……! 貴様、ここまで俺を愚弄するか!」
ヨハネがモンスターボールを繰り出し、クロバットをこちらに向けて投擲する。
クロバットが編み出した空気の刃の包囲網を潜り抜けようと跳躍したところで、エスプリの攻撃によって阻害された。
そのまま叩き落されるかに思われたが、虫の節足がエクリプスを補助する。
「テトラちゃん! ワタシに任せて!」
虫の節足を持つオガタがエスプリを引きつける。
「この! 離せ!」
「アンタの相手はこのワタシ!」
突き上げられた攻撃でエスプリが別棟へと追い込まれる。
今こそ、好機であった。
計画を遂行するのだ。
「……任せた」