EPISODE139 抵抗
「サイコユニゾン……、エスプリ、だって……?」
目の前の事象が信じられないのだろう。
自分とてそうだ。この呼び声が、届くとは思っていなかった。
しかし、この手に感じ取る。
――ヨハネの意思なのだと。
彼の託してくれた可能性の結晶が、今、力となって身体を突き抜ける。
「〈もこお〉。ちょっと狭いけれど、我慢してね。すぐに終わらせる」
バックルに収まったモンスターボールにそう言いやって、エスプリは敵を見る眼をファイアのEスーツに据えた。
「何をするっていうんだ。私に勝てるとでも……不可能だ! 砕け、散れぇっ!」
瞬間的に回り込んだレイが踵を上げてそのまま頭部を砕こうとする。
その攻撃は確かに実行されたが、衝撃波がまるで存在しなかった。
レイが驚愕する前に、エスプリが理解する。
「そうか。サイコユニゾンの真骨頂は超能力。〈もこお〉のサイコパワーを最大に引き出して、お前達と戦える!」
片手を払うといとも簡単に近距離パワーを誇るレイが吹き飛ばされた。
炎が舞う中、エスプリは手で中空に描き出す。
まず指先でなぞったのは炎の稜線であった。なだらかな線を描き出す炎が収束し、渦を成してエスプリの眼前に立ち現れる。
直後には炎は巨大な火炎弾と化していた。
周囲の炎を掻き集め、その一撃を遂行したのだ。
「食らえ!」
薙ぎ払って発射した火炎弾をファイアユニゾンのレイは受け止めようとするが、上乗せされたエスパーの能力に圧倒される。
Eスーツ部隊がお互いに視線を交わし合い、どうするべきか決めあぐねていた。
「ど、どうすれば……」
「知らないよ! お前ら、自分で考える事も出来ないのか!」
「所詮は即席の部隊。お前らとあたしの、決定的な違いは覚悟だ。己の行動、精神に覚悟を持っていない。だからいざという時にばらけるのさ」
「知った風な口を!」
立ち上がり様に蹴り上げられた攻撃をエスプリは片手で防御していた。
そのまま斥力に任せて片手で弾き、レイと近接戦闘を繰り返す。
戦闘本能の上がっているはずのファイアの拳に対してほぼ同速の連続攻撃を見舞った。
「何でだ……、ファイアのほうが上のはずなのに……」
「もう一つ、あったね。それは場数だ」
掌底の一つがレイの腹腔に見舞われる。Eスーツを貫通した衝撃波にレイがよろめいた瞬間、エスプリは回し蹴りを放っていた。
超能力で威力を増大した攻撃にハンサムハウスから相手が転がり落ちる。
裏路地で行動を決めあぐねたEスーツ部隊達が見守る中、レイがやおら立ち上がった。
「殺す……殺す!」
『ファイアユニゾン。エレメントトラッシュ』の音声が鳴り響き、レイが雄叫びを上げて突進してくる。
その拳には炎が纏いつき、膨大な熱量を窺わせた。
エスプリもバックルのハンドルを引く。
『サイコユニゾン。エレメントトラッシュ』の音声と共にエスプリは片足に集中した。
右足に全てのサイコエネルギーが集約され、エスプリの体躯が瞬間的に浮かび上がる。
背筋から薄紫色のエネルギー波を発生させながら、超低空の飛び蹴りが放たれた。
当然、レイはそれを予見して回避する事も出来ない。
直撃したエスプリのキックに、レイが吹き飛んだ。
直後、爆発が巻き起こり、Eスーツのバックルからモンスターボールが転がり落ちる。
エスプリはそれを回収した。
「ヒトカゲ。遅れてゴメン」
周囲を見渡す。Eスーツを纏ったディルファンスの人々は恐れを成して逃げ出した。
これで相手側にもこちらの戦力が割れてしまうだろう。
だが、それでも構わない。
「もう、戦うと決めた」
燃え盛るハンサムハウスに手を払うと、炎が掻き消された。
すっかり全焼した様子だがまだ再建出来る。
まだ、やり直せる。
バックルのモンスターボールから〈もこお〉が飛び出し、手を引いた。
「行こう。ヨハネ君を助けに」
「――たった一人で行くつもりかい?」
その声音にエスプリは視線を振り向ける。
ミアレの高層建築の上で、コルニが見下ろしていた。
「どこかに行ったんじゃ……」
「それも自由なら、こうするのも自由じゃん」
降り立ったコルニの武装はしかし、ローラーブレードと双刃のみ。Eスーツが使える状態ではないのは依然変わらない。
「危ないよ」
「そんなの言い出したら今までやって来られなかったって話。ね? ユリーカ」
その言葉に路地裏からユリーカが歩み出ていた。
今の戦いを見ていたのか。
その双眸には力がある。
「マチエール。もう、逃げないんだな?」
最後の質問にエスプリはヘルメットを脱いでマチエールとして応じる。
「うん。逃げてる場合じゃないって分かったから」
「そう、か……。マチエール、私を一発、殴れ」
その言葉に虚を突かれているとユリーカは頬を差し出した。
「早く。殴るならすぐにやれ」
「何で? あたしがユリーカを殴る事なんて」
「鈍いなぁ、お二人とも。あんた達がずっとお互いに避け合っていたの、周りから見るとバレバレ。ヨハネとどうにかしようって計画していたのに、当の発案者が捕まったんじゃ、世話はないよ」
ヨハネがそんな事を考えていたのか。
呆然とするマチエールにユリーカがその手を引いた。
「いいから、殴れよっ」
少しばかり上気した頬には照れもあるのだろう。どうやら自分達は他人に迷惑をかけながらしか成長出来ないらしい。
「分かった。殴る」
殴りつけた一発は無論、随分と力をセーブしたものであったが、それだけでもユリーカからしてみれば充分だったようだ。よろめいたユリーカは歯を食いしばり、涙を溜めて言い放つ。
「これで! 私達のつまらない諍いは終わりだ! ルイ!」
『あいよ。ったく、相変わらずシステム遣いが荒いっての。どうやらマチエールのEスーツが使えるのは承認されたEスーツだかららしい。ロストイクスパンションスーツのシステムは依然として謎だが、今言える最大の事は、だ。マチエール、お前はもう一度、エスプリとして戦える。残念ながら、イグニスのシステム復旧手段はまだだが……』
濁したルイにコルニは拳を握り締めた。
「いいよ。アタシ、これでも格闘タイプのジムリーダーだし。それなりに戦えるはず」
「あたしはプリズムタワーに乗り込んで、ヨハネ君を助ける」
「私はシステムバックアップになるが……、それでいいか?」
「各々の最善なら、いいんじゃないの?」
『お前ら見てると、根拠のない自信ってあるんだなって思えるぜ』
黒髪を掻いたルイの声にマチエールは言いやる。
「コルニ。Eスーツなしじゃ、ちょっと厳しい。ヒトカゲを――」
「いいよ。要らない。アタシのパートナーはここにいるし」
ルチャブルの〈チャコ〉が力強く鳴いた。
それに、とコルニは付け加える。
「言ってなかったっけ。――アタシは死なない。最強の戦士だ」
その言葉に笑みを浮かべて、マチエールはプリズムタワーを――敵の牙城を睨み上げる。
「行くぞ」
「もう! みんながみんな慌てて来るもんだから、混雑しちゃってるじゃない! ああ、そこそこ! 列を守って!」
そう声を上げるのはテトラと長年の付き合いであるオガタであった。彼とは対照的に、ほとんど声を出さないスカーは列を正すEスーツ部隊の指揮をしている。
「ちょっと! スカーちゃん。もっと声を張ってよ」
「……テトラの頼まれたのは、戦う事だけだ。整列まで頼まれた覚えはない」
「もう! これだから傭兵ってのは融通が利かないんだから。……アラ?」
オガタの視線の先に、こちらへと歩み寄ってくる二人の人影があった。
一人はトリプルテールの金髪を風になびかせてルチャブルを連れ歩いている。
もう一人は、ニャスパー一体を連れ添い、猛々しい相貌をこちらに向けていた。
獣、とすぐに判じたオガタの行動は速い。
すぐさま前に歩み出てその二人を牽制する。
「なに? 軍門に下る気になったの? マチエールとコルニのお二人」
その言葉にマチエールとコルニは各々答える。
「いや、そのつもりはない」
「ヨハネ君を返してもらう」
「アラ? それは変なんじゃない? だって、彼は、自分からワタシ達、アドバンスドに志願したのよ?」
「そうじゃないのは、これが証明している。コルニ、気をつけて」
「言ってるそばからやられないでよ」
マチエールの取り出したのはバックルである。それがロストイクスパンションスーツのものであると、オガタはすぐさま理解した。
「何で……、もうロストEスーツは存在しないはずなのに……」
「お前達の企みを砕きに来た。Eフレーム、コネクト」
黒い鎧が射出され、暴風域を作り出す。
眼前に佇んでいるのは見間違えようもない。
「……エスプリ。復活したって言うの?」
「〈もこお〉。少しの我慢だ」
そう言ってエスプリがニャスパーをモンスターボールに入れる。バックル部に埋め込まれたモンスターボールが回転し、全身にエネルギーを行き渡らせた。
『コンプリート。サイコユニゾン』
「サイコ……、エスパーのユニゾンなんて」
「聞いてない? でも、それなら好都合っ!」
飛び込んできたエスプリの攻撃を弾いたのは、同じく黒い鎧であった。スカーが鼻を鳴らして声にする。
「……気をつけろ。こいつら、やる気だ」
「分かっているわよ! Eフレーム、コネクト!」
オガタの身体に装着されたのは同じく黒い鎧。しかし直後に埋め込まれたアギルダーのモンスターボールから引き出されたユニゾンの力が即座に身を染めていく。
緑色に光った複眼がエスプリを睨んだ。
「バグユニゾン。虫タイプの技ってエスパーに効くはずよねぇ!」
樹木のようにオガタの背筋から引き出されたのは虫の節足であった。それが巨大な前足となってエスプリへと襲い掛かる。
エスプリは咄嗟に回避して超能力で相乗した拳を叩き込んだ。
だが、虫の節足には何の影響もない。
ヘルメットの下でオガタがほくそ笑む。
「やっぱり。虫の前じゃ、エスパーも形無しね」
「じゃあ、これでどうだ」
『エレメントチェンジ』の音声と共にエスプリの体色が変化する。全身に走るエネルギーラインが赤く染まった。
両手首と足首から炎が点火する。
まさか、と息を呑んだ。
「レイちゃんのファイア……。どうして、アナタが!」
「勝ったからに、決まっているだろ」
突き上げた炎の拳が虫の節足を焼き切る。炎の前に虫では不都合だ。
「あ、熱い! この、踏み潰されろ!」
節足が幾重にも繋がり、エスプリを踏み潰した。だが、その下からエスプリが凄まじい膂力を発揮する。
点火した全身の炎が滾り、オガタを突き飛ばした。
「何て、力なの……」
「これで、終わりだ!」
瞬く間に肉迫され、その拳が本体に叩き込まれるかに思われた。
それを阻んだのは水のベールである。
ハッとしたオガタはスカーがウォーターユニゾンで守っているのを窺い知った。
「す、スカーちゃん」
「……勘違いをするな。火には水、基本だろう?」
挑発するスカーへと斬りかかった影があった。
コルニが双刃を翻らせてスカーへと肉迫する。
スカーが水の刃で鍔迫り合いを繰り広げた。
「……驚いたな。水のユニゾンを前にただの剣で戦おうなど」
「正気の沙汰じゃない? 残念、アタシ、そんなのはもうはみ出しているもんでね!」
双刃が閃き、スカーを押し返す。
スカーが片腕を水の銃身に替えた。
「スカーちゃん! ワタシも!」
横合いから援護しようとすると、割って入った影に後ずさった。
ルチャブルが空中からの攻撃を見舞い、牽制の刃を打ち込んでくる。
「エスプリ! ここはアタシ達が引き受けた! あんたは上を目指せ!」
エスプリは一つ頷き、プリズムタワーを駆け上っていく。
スカーが顎でしゃくってEスーツ部隊を指揮した。
「……逃がすな。必ず始末しろ」
Eスーツ部隊がナイフを掲げてエスプリの後を追う。
三々五々に逃げ出した市民の中、コルニとルチャブルだけが、自分達を鋭く見据えていた。
「いいの? せっかくの優位だったのに。だってアナタ、Eスーツ作動出来ないんでしょう?」
その言葉にコルニは双刃を高く掲げて応じる。
「それがどうした? アタシはシャラシティのコルニ! 格闘タイプのジムリーダーだ! その程度の逆境、切り返せなくってどうする!」
「……嫌いじゃないわ。そーいうの。でも、勝てるか勝てないかは別よねぇ!」
オガタとスカーが一斉に襲い掛かる。コルニとルチャブルは雄叫びを上げて突っ込んできた。