ANNIHILATOR - 運命篇
EPISODE136 静観

 街をエクステンドスーツの人々が行進するのはなかなかに性質の悪い悪夢のようであった。

 ディルファンスの旗を掲げた者達が鋼鉄のスーツに身を纏い、凱歌のような声を上げている。

 広域通信でそれを眺めていたシトロンは、ふぅんと得心する。

「なるほど。エスプリを倒し、イグニスも下したか。これはなかなかに放っておけないね」

「何を悠長な事を……。シトロン主任! この状況に至っては最早、フレア団の造り出したEスーツも……!」

「そのようだ。王のスーツでさえも機能不全を起こしている。フレアエターナルスーツ。サルベージしたデータだけでも驚異的だ。自分の許可した以外のEスーツの権限を全面凍結する。なるほど、クセロシキなりに考えたな。ぼくのEスーツを破壊出来ないのならば、一時的にせよ無効化する、と」

 自嘲気味に語るシトロンに部下は息を荒らげる。

「笑い事ではありません! このままフレア団に攻め込まれれば、全滅の恐れも――」

「ないよ。それはない」

 断言したシトロンに部下は怪訝そうにする。

「……何故です? 王も、ナンバーツーも、あなたもそうだ。何故、そこまで傍観を決め込めるのですか」

 部下からしてみればいつ焼き討ちされてもおかしくはないのだろう。対岸の火事に思っているのは自分と王、それにパキラだけだ。

「理由は簡単だよ。ぼくらの側についてくれた情報屋が意外に使えてね」

「イイヅカ、でしたか……。トップ屋下がりの男など」

「ところが……存外に使えるものだよ。彼は独自のパイプを持っており、アドバンスドの情報に関しても彼が一番速かった。案外、切り札は多く持っておくものだ。イイヅカは物事を合理的、不合理的に割り切れる人間であったらしい」

「……ですが、いつ裏切るかも」

「しれない、かい? そうだね。裏切られてもぼくはいいと思っている」

「主任……!」

「冗談には性質が悪いかな? だが、これは本音だ。裏切られたとしても、全てが手遅れだと言っている。だから、イイヅカは従っているんだ。少しでもミュウツーの情報を得て、エスプリ側に優位になるように、とでも謀っているのだろう」

「分かっているのならば……」

「だが、彼の目論見は外れる。いや、最初から外れている、と言えばいいか。彼はミュウツーを制御可能なポケモンの一種としてみているようだが、調べるにつれて分かってきたらしい。ミュウツーはそんな領域では断じてない。あれは、そういう代物ではないんだ」

 シトロンの口調に部下は言葉をなくす。

「……ですが、探られれば痛い腹には違いありません」

「確かに。ぼくは別にいいとしてもフラダリの最終目的は違うからね。そっちが封じられれば、フレア団は動きにくくなる」

 部下のホロキャスターが鳴る。失礼、と彼は通話を取った。

「何だと……? プリズムタワーが、占拠された?」

 その報告にシトロンはフッと笑みを浮かべた。

「やるじゃないか。アドバンスド。先手を打ったね」

 通話を切った部下が震える声で報告する。

「プリズムタワーを占拠し、アドバンスドは何をやるつもりなのでしょう?」

「ミアレの支配。あるいは、カロスの実権を得る」

「四天王相当が動きます」

「その四天王、倒されたのは忘れたのかな?」

 ハッとして部下が口を噤む。ガンピもズミもエスプリ一派に倒された。今の状況では政府関係者では誰もアドバンスドを止める手段を持たない。

「……まさか、この期をわざと待っていた?」

「あり得ない話じゃないが、そうだとすれば随分と我慢強い連中だ。それに情報集積能力もある。中に強力な情報屋がいるとしか思えない」

「どうなさるのですか……。王は戦えない、その上、我が方のEスーツは全滅ですよ」

「十三時間」

 シトロンの提示した時間に部下は唖然とする。

「何です?」

「十三時間くれ。そうすれば凍結措置をどうにか出来る」

「……本当に」

「嘘を言うもんか。ただ、その時はフレア団が全力でアドバンスドを潰す時だ。その前に……」

 その時、秘匿回線が開かれた。ルイを顎でしゃくる。

「取ってくれ」

 ルイが秘匿回線を繋ぐと、漏れ聞こえたのは男の声であった。

『久しいかな。フレア団の諸君』

「アドバンスドの頭目、アマクサ・テトラだったか」

 突然にリーダー格が連絡を取ってきたのに部下が緊張を走らせるが、シトロンはのらりくらりとしていた。

『驚かないのだな』

「そろそろだと思っていたからね。さて、用件はやはり」

『そちら側からの干渉にかかる時間を概算した結果、十三時間と出た。天才、シトロンの頭脳ならば、ね』

 こちらの意図を悟った上で通話を行うのならば、理由はただ一つ。

「待て、と?」

『悪くない条件を提示する。ミアレ市民は武装したディルファンスに恐れを成し、支配を着実に受け入れるだろう。そのためには、フレア団の動きの牽制が必要になる。つまるところ、待って欲しい。十三時間だけ、な』

 何を言っているのだ、という顔を部下もしている。シトロンは声を吹き込んだ。

「だがそうなってくると、ミアレががら空きになる。キミ達の支配を受け入れている間に、では首が挿げ替わった、では話にならない」

 テトラは笑ってから、やはり、と口にした。

『食えないとは噂されていたが、その通りだな。天才シトロン。安心しろ。フレア団の目的の邪魔はしない。だが、今の状況を見ろ。Eスーツは俺が承認した一部のみを除いて機能不全。この期を逃せば、貴様らのEスーツが大挙として押し寄せるのは明白。それを分かっていての条件だ』

「十三時間の静観。その上で何を望むのか、だね」

『どうせ貴様の言う十三時間もブラフの可能性がある。その上で、交渉したい』

「交渉、だと……」

 部下が絶句する。シトロンはしかし、落ち着き払っていた。

「よろしい。言いたまえ」

『どうせフレア団の用意周到な事だ。ミアレに替わる街は用意しているのだろう? あるいは、最初からミアレはただの実験都市か。ミアレの全権を明け渡せ。それがこちらの交渉材料だ』

「あり得ん。話にならん」

 首を横に振る部下に対して、シトロンは思案していた。

「ミアレを明け渡して、ではぼくらに何の得がある?」

「主任!」

『俺達はアドバンスドが生き残るには金が要ってね。細胞抑制剤を打ちながらでないと二日程度しか持たない。ミアレという街一つで、あらゆる国との交渉材料になる。ミアレが我らアドバンスドの前線基地となり、我々が永久に生き続ける拠点となり得るのだ』

「アドバンスドの横暴など、無視すれば」

「いや、それはないな。このままぼくらが十三時間、何もしないと相手も思い込んでいるわけでもあるまい。手は打ってくる。その場合、手薄なフレア団は一網打尽だ。だが、この話通りならば、ミアレと十三時間を交渉材料にして、フレア団の存続は出来る。別の場所で、Eスーツの研究なり何なり、自由にしろ、というわけだ」

『話が早くて助かるよ、シトロン』

「ぼくらは何もしない。キミらも何もしない。その時間だ。今必要なのは、お互いにそれだろう。十三時間だけ、ミアレをくれてやれば、後は何をしようと自由だ、という事をキミらは言いたい。どうせアドバンスドの身体を維持するのにも金が要る。つまるところ、どちらにせよ、最大に必要なのは、交渉に足る時間と、その実績。ミアレを十三時間だけでも麻痺させた、となれば国際社会から恐れられる。それ以上に、キミらを買う人間も現れる、という寸法だ」

 テトラは最初から、完全にミアレを手中に置く気などない。十三時間だけでも支配出来れば、それはアドバンスドの実績となる。それを踏み台にしてさらなる高みへと目指そうというのだ。

 野心の塊だな、とシトロンは胸中に独りごちる。

『理解されているのならば、交渉に応じてもらえるかな?』

「そうだな……。十三時間だけ、ぼくは何もしない。それでいいんだろう?」

『口約束だけならばどうとでもなる』

「分かっている。ルイ、十三時間限定のシステムフリーズ」

 その言葉にルイは目を慄かせる。

『でも、ボクが何もしないと……』

「やるんだ。これはキミの主人の命もかかっている」

 そう言うと、ルイは大人しく命令に従った。オルタナティブと違うのは反抗してこない事だ。

『……分かりました。十三時間、フレア団の全権限を停止します』

 ルイの言葉が聞こえたのだろう。テトラは高笑いを上げる。

『勝った! 俺はフレア団に!』

「そうだね。今の勝者はキミだ」

 含んだ言い回しに、テトラが言い返す。

『まるで最終的な勝者が入れ替わるかのような言い草だ』

「何も確証はないよ。ただ、今まで手を焼かせてきたエスプリとイグニス、それにヨハネ・シュラウドが黙っているかな、という話だ」

 その言葉にテトラが含み笑いを漏らす。

『残念だな。その一角であるヨハネは、俺達の仲間となった』

 ほう、とシトロンは感心した。

「そこを押さえたか。さすがだね」

『お褒めに預かり、光栄だよ。さて、これでも俺達をどうにかする連中がいると?』

「勝負は、最後の最後まで分からないものだ」

 テトラは鼻を鳴らして通信を切った。

『吼えていろ。弱者』

 その捨て台詞に部下が憤慨する。

「……化け物共め」

「まぁ、アドバンスドそのものの研究に関しても興味深いが、驚嘆すべきはアマクサ・テトラのカリスマかな? アドバンスド全員を纏め上げ、ロストイクスパンションスーツを手に入れ、ディルファンスを焚きつけて反フレア団の風潮をミアレの街に生じさせる。ぼくと直接交渉して十三時間の猶予を得る。ほとんど隙のない、完璧なリーダーだ」

 それに、とシトロンは付け加えた。

「ヨハネ・シュラウド。彼が本当に悪に転がるとはね。ぼくがやってみたかった役割をやってのけた辺り、抜け目もない。人を見る目はある」

「敵を褒めている場合ですか」

 部下の叱責にシトロンは口元を綻ばせた。

「そうだね。なら、今回、アドバンスドの失態を述べよう」

「何だと言うのです? 今しがた、隙のない、完璧なリーダーだと」

「ハッキリ言う。隙のない完璧なリーダーは存在しない。あるとしても、それは一時的であったり、問題を抱えているのに気づいていないタイプだ。その問題を限りなくゼロにしようと必死だが、フラダリの思想に全て賛同する人間がいないのと同じだ。どこの組織も同じ。瓦解してくるとすれば、末端か、あるいは中央から。アマクサ・テトラは完全なるリーダーになろうとしているが、ディルファンスでさえも御せないであろう。力を手に入れた民草が次にやるのは、弱者の蹂躙。まぁ、それがお望みならば、その通りなのだが、待っているのは遠くない地獄絵図。地獄、というものが間断なく、ずっと続くかと言えばそうではない。兵は飽きる。殺され、踏み躙られる側も然り。つまり、どこかで隙が生じる。この点に関しても、完璧さなどほど遠いと言わざる得ない」

「……ディルファンスを味方に引き入れたのは間違い、という事ですか」

「そうとも言い切れないんだがね。どうにも民度の低い組織を下部に入れたな、というだけさ。即席の支配にはなるだろう。プリズムタワー占拠、ぼくへの通信、どれを取ってもスマートだ。ただ一つ、エスプリとイグニスを殺さずして、勝ったつもりになっている事以外は」

「それが綻びになる、と?」

「分からないよ。だってぼくも神様じゃないからね。ただ……」

 シトロンの視線は培養液の中に浮かぶミュウツーに注がれていた。ルイが機能停止した以上、ミュウツーも休眠モードに入っている。

「確率論でどうにかなるだけの世の中なら、支配しようとも思わない。それだけさ」



オンドゥル大使 ( 2017/04/29(土) 22:10 )