EPISODE132 強襲
「あんたさ、結局のところどうしたいの?」
コルニにそう聞かれてマチエールは言葉を彷徨わせた。
「どう、って?」
「フレア団を壊滅したいのか、それとも、って話。別に便利屋稼業をやっていても、成り立つとは思うんだよね」
「……何が言いたい? あたしが戦ってきたのが、無駄だって?」
「そんな事は言ってないけれどさ。ヨハネにも無理を強いてきている。休む事もまた、戦略だと言っているんだよ」
馬鹿馬鹿しい、と一蹴しようにも、今までルイとヨハネを頼って自分は戦い抜いてきた。彼らがいなければ自分はもう折れていただろう。
エスプリもやめていたに違いない。
フラダリが自分の父親であったから――否。それ以上に、苛烈を極める戦いの連鎖に、どこかで挫折していてもおかしくはない。
「休もうにも、敵はやってくる」
「アタシもようやく手伝えるし、そろそろ休んでもいいんじゃない、って話」
「……お前、もう復讐はいいの?」
「いいわけないじゃん。アタシはまだパキラを追っているけれど、向こうは前みたいに簡単に居場所を明かせなくなった。アタシの存在そのものが充分な牽制に成っている。だから、今は休めるって話」
「勝手な……」
「勝手でも、さ。休む時に休んでおかないと、後悔する選択肢しか残らないよ?」
休める時に休んでおけ、か。しかしマチエールは納得出来ない。
「……あたしは、戦う事でしか、もう自分の存在価値を証明出来ないと思っている。どうしたって、戦いしかないんだ」
「相棒が戻ってきても嬉しくないのはそれ、かな?」
嬉しくないはずがない。ユリーカが帰ってきていくつも言いたい事があった。だがどれも、言おうとすれば陳腐に喉を通り過ぎていくばかりの言葉。
どれが自分達に相応しいのか、マチエールには分からなくなっていた。
溝を埋めようにも、恐らくはその言葉が余計に溝を感じさせるであろう。
手っ取り早く自分達の関係を集約出来る言葉など、この世には存在しないのだろうか。
「……あたし、ずっとユリーカの影を追ってきた。戻ってきても誇れるように、って思ってきたけれど、いざ目の前にすると何も言えない」
「別に想い人ってわけでもあるまいし。もっと気安くでいいんじゃない?」
「気安くユリーカに話しかけられたら、苦労なんてしない」
黙っていても相手の気持ちが分かるつもりであった。それくらいの相棒であったはずなのに。
今は、何を言えばいいのかも分からない。
「……アタシが命削ってユリーカを奪還してきたって言うのに、あんた、全然嬉しそうじゃないからさ」
「感謝はしている。でも、分からないんだ。何も、見えないんだよ」
眼前が曇っている。何を言えばいいのか、まるで分からない手探り。
コルニは嘆息をついて金髪をかき上げた。
「あの、さ。アタシだって慈善事業じゃないし、まだ因縁は残っている。でも、あんたらをどうにかしないと、安心だって出来ない」
しかし、だからと言ってどうしろというのだ。ユリーカに何を言えば、自分の気持ちが一番に通じるのかが見えない。
「マチエールさん、ユリーカさんから言付かってきた。とりあえず、ヘリから落ちたであろう荷物の回収だってさ」
ヨハネが歩み寄ってくる。マチエールはその言葉を繰り返した。
「荷物の回収……、厳密には?」
「最悪のケースの場合、新型Eスーツ。でも、装着主が出る前に無効化出来れば」
「そうすれば、相手に優位を取られないってわけか。いいね、アタシも協力するよ」
コルニが同調する中、ヨハネは戸惑っていた。
「でも、コルニにはそっちの事情が……」
「今は、手伝わせて頂戴って事」
何やらコルニとヨハネは目配せしている。二人で何を共謀しているのだろう。マチエールは探れなかったが、ヨハネと共に荷物を探せばいいことだけは分かった。
「で? 落下地点の絞り込みは?」
『オレがやってる。その位置に行ってくれればオーケーだ』
端末から漏れ聞こえるルイの声にマチエールは頷いていた。
「よし、行こう」
ミアレの高層建築にめり込んでいるアタッシュケースを目にして、ヨハネは息をつく。
「危ないな……こんなのがもし、人に当たってでもすれば……」
「即死だろうね」
簡単に言ってのけるマチエールはどこか他人行儀である。ユリーカと何かあったのだろうか。問い詰めようとしたが、やはり彼女達の問題だ。
自分が口を挟むべきではないだろう。
「これ、どうにか出来ないかな?」
「まぁ、任せなって。ニョロトノ!」
繰り出したニョロトノが念力を使い、めり込んだアタッシュケースを浮遊させた。ヨハネはすぐさまアタッシュケースの中身を検める。
「……何だ、これ?」
そこにあったのは確かにEスーツの部品なのだが、どこか既存のものとは違う。
ヘルメットを手に取るとエスプリのものとは大きく異なっている事に気づいた。
「左右非対称だね。どういう造りなんだろう?」
ヨハネはアタッシュケースに刻み込まれた文字を読み取っていた。
「ロスト、イクスパンションスーツ……。新型、って読みは当たったわけか」
中心軸となるバックルを手に取った時、ヨハネは呼びかけられた。
「そこの」
相手はバイクに跨った女性であった。
長い黒髪をなびかせて細身の女性がつかつかと歩み寄る。
「何なんです?」
警戒するヨハネへと女性が見舞ったのは蹴りであった。
完全に不意をついた攻撃にヨハネがバックルを取り落とす。
マチエールが戦闘形態に入り、すぐさま女性と打ち合った。
「何をする……お前」
マチエールの格闘術が女性に叩き込まれるが女性は難なくその攻撃をいなす。
――ただ者ではない。
その確信にヨハネは目の前の戦闘に介入した。
「クロバット!」
ボールから飛び出すや否や、翻ったクロバットの翼が風の刃を顕現させる。
女性を捉えたかに思われたその刃を、難なくかわし、飛び退って距離を取った。
「何なんだ、お前は」
「ロストイクスパンションスーツ。探していたんだ。だって、わたしにはこれが必要だったからさ」
女性はバックルを腰に装着する。ベルトが伸長し、ユーザー認証が確認された。
「させない」
マチエールが跳ね上がり、拳を見舞おうとする。その瞬間、アタッシュケースから鎧の旋風が女性を覆った。
距離を取る形となったマチエールが舌打ちする。
黒い鎧が吸着し、女性の姿を変貌させた。ヘルメットが被らされると、片側だけに存在する楕円の複眼が白く輝いた。
『コンプリート。ロストイクスパンションスーツ』
「Eフレーム、コネクトって言うべきかな?」
完全にその姿はEスーツの操り手である。マチエールはバックルを懐から出して挑発した。
「それを纏うって事は、後悔する覚悟があるって事だよね?」
「後悔? 分からない感情だな」
「Eフレーム、コネクト!」
マチエールの周囲に暴風域が発生し、黒い鎧がその姿を瞬時に変えていた。
マスクとデュアルアイセンサーが輝き、バイザーが下りる。
「探偵戦士、エスプリ! ここに見参!」
その様子を相手は乾いた拍手で眺めていた。
「話に聞くエスプリ、か。ちょっとばかし試してみるか?」
「ニョロトノ! サポート頼む!」
ニョロトノが口腔内に水の砲弾を溜め込む。今の相手ならばユニゾンするまでもなく無効化出来ると判じたのだろう。
撃ち出された「ハイドロポンプ」の威力に相手がたたらを踏んだ瞬間、エスプリが切り込んでいた。
「随分とまぁ、隙が多い事で!」
エスプリの容赦のない攻撃網が相手へと叩き込まれるが、向こうも負けていない。格闘術を極めたはずのエスプリの打撃一つ一つを、まるで見極めたかのようにさばいていく。
「コルニの時と同じだ……。動きが見えているのか?」
単純にポケモンを出してのサポートだけでは切り崩すのが難しいと判断したのか、エスプリは飛び退って、ニョロトノをモンスターボールに戻す。
『コンプリート。ウォーターユニゾン』の音声と共に胸部に「W」の文字が浮かび上がり、バイザーが水色に染まる。
相手が駆けてきて放った蹴りが肩口を捉えたが、変幻自在の水が弾き飛ばす。
「そっちがどれだけ長けようが、あたしにはポケモン達がいる!」
返す刀で放った拳が水流を発生させ、水の削岩機のような拳が相手を叩きのめした。
しかし、変身が解ける様子はない。一撃では足りないようだ。
「さすがはロストイクスパンションスーツ。それなりに耐久力はある」
「……何なんだ、それ。お前達は何を知っている?」
「何を、ねぇ。それ、言っても得はないでしょう?」
「少なくとも、命が長引きはする」
「……吼えるね、虫けら」
お互いに距離を詰めて相手へと攻撃を見舞った。しかしユニゾンを使うこちらのほうが圧倒的だ。
水の盾を顕現させて防御し、もう片方の手で相手を掴み上げる。
身をひねって蹴りを加えてくる相手だが水の防御網を破る事は出来ないようだ。
「もらった!」
「もらった? 違うね、今、あんたはわたしの射程に入ったんだ」
その意味を解する前に、相手が放ったのは手刀による叩き割りであった。
頭頂部を割った唐竹割り。
その威力は水のユニゾンが一瞬、霧散するほどであった。
通常のユニゾンを使っていたのならば確実にヘルメットを叩き割られていただろう。
その恐怖に覚えず、と言った様子でエスプリが下がる。
相手はそれだけでも満足したらしい。
「どうした? 打って来いよ。それとも気づいたか? わたしに、近接は危ないって事が」
水でなければやられていた。その恐怖はやはり場数を凌いできたエスプリには痛いほど理解出来たらしい。
攻撃を渋った瞬間、横合いから飛んできたのはナイフであった。
エスプリがそれに反応して掴み上げた瞬間、街の高層建築を背にして数人のEスーツ保持者が現れる。
「……エクステンドスーツ。って事は、フレア団か」
「違うな。フレア団を滅ぼすために、狩って回っているんだよ。こいつらは!」
エクステンドスーツ達が掲げたのは旗であった。青と白の五角形が刻まれた旗である。
「我らはディルファンス! この街の支配に異を唱える者なり!」
その言葉にヨハネは呆気に取られていた。
――ディルファンスが何故、エクステンドスーツを持っている?
その導き出される帰結に真っ先に気づいたのはエスプリであった。
「……驚いたな。ディルファンスの連中の手助けをしている、ってワケ」
「つまり、ロストイクスパンションスーツの持ち主は、ディルファンスのために、わざわざ?」
ヨハネの問いかけにエスプリは首肯する。
「わざわざ、Eスーツを狩っている。何のつもりだ?」
「何のつもりも何も、見えているでしょう? フレア団の支配をよしとしない」
「それだけで巨大組織に喧嘩を売る?」
その言葉に相手はふんと鼻を鳴らした。
「あんたが言う? それ」
Eスーツ部隊が陣形を組み、エスプリを攻撃網に捉える。ヨハネは必死に訴えていた。
「何で! エスプリはこの街の守り手だ!」
「そんなもの、信用出来るか! 街は自分達で護り抜く!」
Eスーツの一人がスナッチフィールドを顕現させる。ナイフを構えたEスーツ二人が駆け抜けた。
エスプリは咄嗟にユニゾンを切り替える。
『コンプリート。ファイアユニゾン』の音声と共に両手首と足首から炎が迸った。
それを目にしてロストイクスパンションスーツの主が感嘆の息を漏らす。
「いいね、それ。わたしがもらうのはそれにしようかな」
「減らず口を! どれだけ奪おうと、それはEスーツだ! 持っていい力と、そうではない力がある!」
エクステンドスーツのナイフの攻撃を戦闘本能が研ぎ澄まされたエスプリの格闘術が凌駕する。
瞬間的に発生した炎のフィールドと目にも留まらぬ攻撃にエクステンドスーツ両名が無様に転がった。
「見ていられないな。やっぱり、素人じゃその程度か」
「来いよ。何の考えでフレア団からEスーツを奪っているのか知らないけれど、後悔する」
挑発に乗って相手が肉迫する。
お互いに拳が交錯しようとした、その時であった。
突然に銃撃がエスプリを襲う。ヨハネはアサルトライフルを構えた相手の姿を目にしていた。
顔に一筋の傷がある男だ。その男と共に行動するのは眼光が炯々と輝く細身の男であった。
「アラ? これが噂のエスプリ? 随分と華奢ねぇ」
「……任務遂行」
男のアサルトライフルが火を噴き、エスプリを後退させる。
「頼んでないよ」
ロストイクスパンションスーツの主が首を傾ける。
「仲間、だってのか……」
「まぁまぁ。ワタシ達も、実は拾っちゃったのよねぇ」
その手にあるのは同型のアタッシュケースであった。
まさか、とヨハネは身構える。
「こいつら、まさか……」
「行くわよ! Eフレーム、コネクト!」
「……コネクト」
二人の男へと黒い鎧が吸着する。変貌したその姿は先の女性と同じであった。
「Eスーツ使いが、三人も……?」
ヨハネだけではない。エスプリも息を呑んでいる。
「お前ら……何なんだ?」
「教えてやってもいいけれど、どうせ後悔するの、そっちだよ」
「行くわよ! そこのカワイイ男の子も、一緒に始末しちゃう!」
ロストイクスパンションスーツを纏う三人が同時に展開しようとする。それと同期するかのようにナイフを掲げたエクステンドスーツが迫ってきた。
「我々の目的はあくまでもこれだ」
全員がエスプリを囲うように展開し、肩口の装甲を開く。
スナッチフィールドが全面に開かれ、ヨハネは反射的にクロバットを戻した。
だが、スナッチフィールドは出現していたポケモンを強奪するためにあったのではない。
――いつの間に接近していたのか。
光学迷彩に身を包んでいたもう一体のエクステンドスーツが背後からエスプリを切りつけた。
よろめいたエスプリに追撃するでもなく、連中がまず引き抜いたのはホルスターのボールであった。
アギルダーのボールとニョロトノのボールが奪い取られる。
「何を!」
叫ぶエスプリに光学迷彩のエクステンドスーツがそのボールを放り投げた。
「これが、約束のものだ」
どういう事なのか。問い質す前に二人のロストイクスパンションスーツ使いがボールをバックルへと埋め込んだ。
「本番ね!」
「……ゲームスタート」
「まさか……」
『コンプリート。バグユニゾン』の音声と『コンプリート。ウォーターユニゾン』の音声が相乗する。
次の瞬間、ロストイクスパンションスーツに色が宿っていた。
複眼が水色と緑に染まる。
全身に走っていた装甲の継ぎ目からそれぞれの属性を模した色が流れ出した。
青のユニゾンと緑のユニゾンを、相手は完全に我が物としていた。
「エスプリのユニゾンを……奪っただって?」
「なかなかに身に馴染むわぁ! 虫のユニゾン!」
「……こちらは水、か。悪くない」
相手が手を払うと片腕が武器を備えたものへと変貌する。水の発射口を構えて瞬時に弾丸が掃射された。
赤のエスプリが仰け反る間にも、緑のユニゾンを得た相手が両腕を交差させる。
全身から虫の節足が伸びてエスプリの動きを阻害した。ヨハネはその攻撃網の中で荒く息をつく。
「こんな事って……、エスプリの武器を、敵が奪う?」
「何もおかしな話じゃない。ロストイクスパンションスーツはカウンターEスーツと同性能。ユニゾンシステムさえ組み込まれていればそれは可能となる」
「ワタシ! このユニゾン気に入ったわ! 存分に食らいなさい!」
虫のユニゾンを得た相手が滑走し、エスプリへと攻撃を見舞う。その背筋へと踊り上がった水のユニゾンの相手が弾丸を一射した。
このままでは消耗戦だ。
ヨハネはホルスターからボールを引き抜く。
「エスプリ! ドラゴンを!」
クリムガンのボールはしかし、割って入った男によって遮られた。
筋骨隆々の男がクリムガンのボールを手にして嘗めるように眺める。
「これが、おれの力か!」
腰に装着されたバックルへとクリムガンのボールが埋め込まれる。
紫色に発光する躯体を得た相手が両腕から茨の鞭を出現させ、エスプリの動きを阻害した。
「どうした! その程度かよ!」
飛び退ったエスプリが片腕を払う。
この状態では多勢に無勢。勝てる見込みも薄い。
「一度、撤退するべきじゃ……」
「いや、ヨハネ君。こいつらを放っておいたらとんでもない事になる」
Eスーツを得た敵。しかもエスプリのユニゾンを奪った相手となれば相当な勢力であろう。
エスプリは覚悟を決めたようであった。
『デルタユニゾン、レディ』の音声が鳴り響き、黄金の縁取りが全身に走っていく。
それを目にしたドラゴンユニゾンの男が、うん、と怪訝そうにした。
「赤の金のユニゾン、か。話にあった、大爆発を起こしたって言う」
「それだけじゃ……ない!」
エスプリの姿が光速の中に掻き消える。その速度を辛うじて追ったのはバグユニゾンの相手だけであった。
虫のユニゾンの第六感がそれを感知して防御するも、攻撃力を前に弾き落とされる。
Eスーツを纏った女と、ウォーターとドラゴンのユニゾンの男達は無様にその場で膝を折った。
「エスプリ……ファイアブーストユニゾン」
ユリーカの名付けたその形態をヨハネは口にしていた。
ファイアブーストに入ったエスプリを捉える術を相手は持っていない。
だが連携されれば厄介だ。その前に、相手を潰す。
エスプリが跳ね上がり、せめて一体を道連れに倒そうとする。
だが、その目論見は淡く砕けた。
バグユニゾンの男が割って入り、全員の盾となったのだ。
自らのユニゾンの特性をこの短時間で看破した。そうとしか思えない動きにヨハネはうろたえる。
「まさか……こんな短い時間で」
「ワタシ達を誰だと思っているの! 進化した存在なのよ!」
「……そう、我らこそが支配者に相応しい」
「アドバンスド、こそが、ね」
――アドバンスド?
その名前にヨハネが困惑する間にエスプリの身体から黄金の瘴気が漏れ出ていた。
光速戦闘の限界が訪れたのだ。
ファイアブーストは相当な体力を使うらしい。それを四人相手に放つなどやはり無茶が過ぎる。
「このままじゃ……」
「……撃ち抜かれろ」
ウォーターの相手が片腕の小銃を掲げる。
その時、咲いた火線があった。
拳銃を手にした女性が歩み出てEスーツ部隊を圧倒する。その手には手榴弾があり、迷いなく相手へと投擲された。
爆発にうろたえる相手の隙をついて女性がこちらへと歩み寄ってくる。
ヨハネはその姿形に目を瞠っていた。
「すぐに撤退を」
その声音にも聞き覚えがある。
否、忘れるはずがない。
ヨハネは覚えず口にしていた。
「……姉さん?」
そんなはずがないのに。
その容貌はヨハネの記憶の中にある姉の生き写しであった。
「ヨハネ君……、逃げるしかないみたいだ」
エスプリの声音にようやく我に帰る。
ヨハネはクロバットに掴まってミアレの高層建築を抜けて行った。
飛翔するその視界の中にエスプリと女性の姿が入る。
「どうして、カレン姉さんが……だってあの人は」
そこまで言いかけて、ヨハネは口をつぐんだ。