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運命篇
EPISODE131 罪悪

 何を話せばいいのか分からない。

 マチエールは幾度となく感じてきた思考を、どう解消すべきか分からずベッドの上で寝返りを打つ。

 ユリーカが帰ってきた。それだけを喜べばいいのだろうか。

 しかし、自分は、それまでに重ねてきたものが重い。重過ぎるほどだ。

 ユリーカに何て言えばいい?

 フレアEスーツとデルタユニゾンは黙っていても勝手にルイが喋るだろう。

 ユリーカの事だ。情報源に対して余計な感情は持ち込まない。

 だが、自分は。

 マチエールという相棒は、どう接すればいい?

 どうすれば、ユリーカと以前のような関係に戻れる?

 何度も疑問にぶち当たる。

 そもそも自分は前の関係がよかったのか。

「……こんな時、分かりやすく導いてくれる人がいればな」

 浮かぶのはハンサムの後姿だ。

 いつだって自分を正解の方向に導いてくれた。

 しかし今、その背中にだぶるもう一つの影があった。

 彼を信頼しているのか? と自問する。

「信頼は、しているよ。だって助手だもん」

 でも、彼がハンサムほど頼れるかどうかと言えば疑問であった。

「ヨハネ君は、おやっさんにはなれないし……」

 当たり前の論法である。しかしどこかで自分はハンサムの代わりを求めていたのかもしれない。

 嘆息をついて何度目か分からない、ユリーカの部屋に続く廊下へと歩みを進める。

 ノックすればいい。その扉は目の前なのに、どうしてだか足が竦む。

 たった二人きりだ。ルイがいると言っても、ルイはいつだって気配を消せる。

 ユリーカと二人きり。

 それがどうしてだか我慢出来ない。

 少し前までは当たり前だったのに、何故だか余所余所しい。

「何やってんだろ、あたし……」

 踵を返したその時であった。

 ハンサムハウスの扉が開き、飛び込んできたのはヨハネとコルニである。

「ヨハネ君、非番だからってそいつとデートなんて……」

 皮肉を言おうとしたその口は、抱えているポケモンを目にして止まっていた。

 フーディンである。

 しかし、本能的勘というべきか、あるいは運命の巡り会わせというべきか。

 マチエールにはそのフーディンがそこいらのポケモンでない事が一発で分かってしまった。

「それ……フレア団のフーディンなんじゃ……」

 その言葉が自分の口から出たのがあまりに意外だった。

 フレア団の、という括りを使ったのは初めてであったが、確信があった。

 このフーディンは自分達を幾度となく苦しめてきたそのポケモンだ。だが、ヨハネの口から出たのはあまりに意外な言葉である。

「マチエールさん! フーディンの回復を! このポケモンを、救わなきゃいけないんだ!」

 その提言にマチエールは硬直する。

 救う? 回復? 何を言っているのだ。そのポケモンの主は――。

「何だ、騒がしい」

 ユリーカが後頭部を掻いて部屋から歩み出てきた。

 自分と目が合うなり、ユリーカは視線をヨハネへと向ける。

「ヨハネ君、厄介事ならば他所で頼む」

「頼られているんですよ! 僕ら探偵が!」

 その意味が分からないのか、ユリーカは眉根を寄せた。

「すまないが、今は休業だと言ってくれ。私だって年がら年中慈善事業は出来ないのでね」

 それだけで用は済んだとでも言うようにユリーカは片手を振る。

 その背中にヨハネと同時に呼びかけていた。

「ユリーカ、その……」

「ユリーカさん! ハンサムさんに、関係があるんだ!」

 その名前に二人して固まった。

 今、ヨハネは何と言ったのか。

 ユリーカがゆらりと振り返り、階段のスロープに頬杖をつく。

「その名前を軽々しく言えない事くらいは……ヨハネ君ならば承知だろうね」

 ヨハネは首肯して続ける。

「助けて欲しいんだ」

「……よかろう。フーディンを上げて来い。回復にかけてから話をじっくりと聞く」

「あ、ありがとうございます! とりあえず緊急用のボールに」

 ヨハネが事を進めている間にコルニが階段を上がってきていた。

 こちらを見やるなり状況を理解したらしい。

「まだ二人、いがみ合っているの?」

 その言葉にマチエールが殺意を向ける。ユリーカはしかし涼しげな様子だ。

「いがみ合ってなどいない」

「嘘。だってさ、こっちの話聞くまでたった二人で何してたの?」

「うるさいな。放っておけよ」

 マチエールの突き放した声にコルニは笑みを浮かべる。

「そういう事。でも、今はヨハネに感謝だね。彼がいなくっちゃ、あんたら、話も出来ないだろうに」

 ユリーカが目配せして部屋へと入るように告げた。

「回復させてから話を聞く」

 ユリーカの部屋は以前と全く変わりない。

 違うのはルイが黒くなった事だけだ。

 ルイ・オルタナティブ。

 彼女は思いのほかユリーカに対してオープンであった。

『よっ、ヨハネ。また厄介事かぁ?』

「笑い事じゃないんだよ。もしかしたら……僕の手に負えない事かもしれない」

『お前の手に負えた事があるかよ。ヨハネ、よかったなぁ。ユリーカが戻ってきたお陰でオレと喧嘩せずに済む』

「お前が勝手に突っかかってきただけだろ」

「言い争いは……後にしてもらえるか、ヨハネ君」

 ユリーカの一声で二人とも心得たように押し黙った。

 自分には出来なかった事だ、とマチエールは感じ取る。

 やはりユリーカにしか出来ない事が存在する。

 自分はその間、何をしていたのだ、と拳を握り締めた。

「とかく、話を聞いてからだな。まずは。ルイ、解析作業と並行してEスーツ修復。頼んだぞ」

『へいへい。毎度の事ながらシステム遣いの荒いこって』













 ヨハネは話せる限りの事を話したが、結局のところ疑問符が増えただけであった。

「……ヨハネ君。もう一度確認するが、ヘリが墜ちる前にフーディンが落ちてきたんだな?」

 それは重要なのだろうか、とヨハネは訝しげだったが、確認のために首肯する。

「ええ、そうでした」

「となると……奇妙な符号だな」

「奇妙?」

 何が奇妙なのか分からないでいるとユリーカは渋面を作った。

「ヘリから落下してきたらしいフーディンのほうが速く落下するという事は、フーディンが何か技を使った可能性がある」

 あっ、と今さらにその可能性に思い至る。

 それと同時に、ならばフーディンは、とヨハネは口にしていた。

「空で、戦闘していた?」

「フーディンは空域戦闘用のポケモンではないが、ヘリから操っていたのならば得心が行く。トレーナーは、クセロシキ、だな」

 確信めいた声音にやはり、とヨハネは察した。

 ユリーカとマチエールには自分達以上にこのフーディンには大きな借りがあるに違いない。

「しかし、分からんな……。どうしてフーディンを出すなんて愚行を?」

「エスパータイプなんだし、いざとなれば自分ごと脱出する事も出来た」

 マチエールの補足でようやく、と言った様子の自分が嫌になる。これで助手なのだから笑えない。

「でも、それをしなかったのは……」

「ヘリに何かあった。だから、フーディンを手離しての行動が出来なかった。つまり、問題なのは墜落したヘリだ」

「そういえば、Eスーツが取り付いて……。あれは意図して起こったものだった?」

「そうでなければ説明がつかないな。フレア団か、あるいは別の勢力か」

「あり得ないですよ。だってエクステンドスーツは」

「――クセロシキの開発部門であった。そのクセロシキが、殺されたんだろう?」

 言葉尻を引き継いだユリーカの声音にヨハネは何も言えなくなる。フーディンのビジョン通りにクセロシキが死んだのならば、これら一連の動きはフレア団内部の軋轢か。

「となると、真っ先に疑うのはシトロン、だが、奴がこんな無謀な策に出るとは思えない。やるのならばクセロシキを生かす。これは奴じゃない」

 ユリーカの言葉にヨハネは言い返していた。

「じゃあ誰が? クセロシキを殺して誰が得をするって?」

「ヨハネ君、フーディンのビジョンは全部見たのか?」

 聞かれてヨハネは頷けなかった。

 全部、ではないのだとすれば……。

「その先がある、とでも?」

「何を見た? 君はもっと精密に、物事を捉えられるはずだ。今、隠し立てをしているな?」

 やはりユリーカだ。久しぶりでも鈍っていない。

「……その、白いエスプリを、見ました」

「白いエスプリ? それってノーマルユニゾンの?」

 コルニの返答にヨハネはまごつく。

「いや、そっちじゃないだ。装甲のほうが白で、何ていうか、エスプリを反転させたみたいな色だった」

「反転色のエスプリ……まさか、新開発のEスーツか?」

 ユリーカの懸念に、まさかとヨハネは立ち上がっていた。

「だってエスプリレベルをそう容易く造るなんて」

「出来ない事はない。君らは前回、何と戦った? 思い出せるだろう?」

 それは、と口ごもる。

 フレアエルダースーツ。ハードポイントが三つも存在した、規格外のスーツであった。

 だがあれはガンピという規格外が揃ったからこそ可能であった夢のスーツだ。

 四天王が最初から使用を前提としているなど、あり得てはならない。

「でもあれは……、こちらとしても不可能だった事で……」

「四天王を組み込む事を前提としたスーツ、か。ユリーカ、それ、さ。フレア団の内部レベルで話が通っていたとして、じゃあ可能な事?」

 コルニの疑問にユリーカは虚しく首を横に振る。

「いや……悔しいがシトロンという天才を抱いてようやく、という代物だろう。カウンターEスーツの技術は元々、フレア団のものだ。それを解析する事もまた高次の存在にのみ許される」

「クセロシキでも容易にはコピー出来ない、か」

 結んだコルニにユリーカは言いやった。

「間違っても、もう一人で行動なんてするなよ。後が面倒なんだ」

 呆れ顔のユリーカにコルニは笑いかける。

「しないって。無茶してももう仕方ない。時が来るのを待つ」

 では時が来れば。ヨハネは考えてしまう。

 時が来れば、コルニはどこかへ行ってしまうのだろうか。自分達の届かないどこかへと。

 そんな益体のない考えに身を浸していると、先ほどからマチエールが無言なのも気になった。

 遠慮しているのか、と思ったが違う。

 エスプリの反転色など、以前までならば食い掛かっていてもおかしくない案件である。

 それを全くの無言。異常だとも思える。

「マチエールさん? 僕らが話を進めてもいい事なのか、判断して欲しい」

 ヨハネが不意に話しかけるとマチエールは困惑したようだった。

「うえっ? あたし、何か変な事してた?」

「いや、変って言うか……何も言わないから思うところでもあるのかなって」

「いや、ないよ、ないない。フレアエルダースーツみたいなのが、まぁたくさん出ると困るってのは分かる」

 それだけではないはずだ。

 前回、エスプリはイレギュラーを経験した。

 ヨハネは思い返す。

 ユニゾンのラインが全て黄金に染まり、規格外の性能を発揮した事を。あれに対してルイに問い詰めようとしてもその主導権は既にユリーカが握っていた。

「Eスーツの量産計画……、あり得ないと断じる事も出来ん」

 その論拠はエクステンドスーツで既に証明済みだ。度の過ぎたEスーツ量産計画ならば内々の反発が出てもおかしくはない。

「その反対勢力が、クセロシキ殺害を指揮した?」

「あり得ん話ではない。一度データベースを照合しよう。ヨハネ君、残ってくれ。コルニとマチエールは外に出て欲しい」

「何で?」

 コルニの疑問にマチエールは素直に退散する。

「あれ? あんたは出て行くんだ?」

「ユリーカが言うんだよ。出て行ったほうがいいんでしょ」

「そりゃそうだけれど……」

 その違和感を目線で交し合う。ヨハネは目で応答した。

 ――とりあえず今は置いておこう。

 了承を取ってヨハネは残る事にした。

 コルニは、へいへい、と手を振って部屋から出て行く。

 完全に離れたのを確認してから、ユリーカが声にする。

「すまないな、ヨハネ君。余計な気を回してもらっている」

「いえ、全然いいんですけれど……。あれから話は?」

 再会してから話はないのか、との切り口だったがユリーカは自嘲する。

「あれほどフレア団を抜け出すために策を弄したのに……今やこのザマだ。結局、再会して一言もまともに口を利いてくれない」

「ユリーカさんに、一言も、ですか……」

 それはマチエールの本意ではなかった、という事なのだろうか。ヨハネの勘繰りにユリーカは息をつく。

「ヨハネ君が気を遣ってくれているのはよく分かる。いい助手になってくれていたんだろう。私がいない間、大変だったな」

 労いの言葉など、ユリーカらしくもない。

 ヨハネがそのような表情をしていたからだろう。ユリーカは端末を指差して笑う。

「私はデスクワークばかりしている門外漢、だったかな?」

「いえ、そこまでは……。ただ、相棒だったはずでしょう? 何も言わないのは、どちらにとっても酷なはずです」

「酷、か。だが私はもう闇を育んでしまった。フレア団という揺り籠に抱かれているが、もうすぐだ。それが直感以上に、分かるんだよ。自分の過ちに」

「……ユリーカさん。まずは何か、話してみたらどうですか? マチエールさんも困惑しているだけかも」

「困惑、っていうタマかね、あれが。だがまぁ、フレアエクスターミネートスーツ。こいつに聞いて如何にヤバイ代物なのかはよぉく分かった」

 ユリーカが顎でしゃくったのはルイである。ルイは黒髪をなびかせて反論する。

『オレが悪いみたいな言い草だな。悪いのは主だろ』

「シトロンを悪く言えるのか? よく出来たシステムだな」

『オレは自由であるつもりだ。大体、こんだけオレの事を放っておいて、今さらってほど湿っぽい主だとも思っていない』

「賢明だな。その主とやらに爪の垢を煎じて飲ませたいほどだ」

『残念ながら肉体がない』

 肩を竦めるルイとの会話は円滑に進んでいるようである。ならばこそ、マチエールと会話しない理由が分からない。

「ユリーカさん。マチエールさんは、きっと一言を待っているんだと思います」

「一言、か……だがな、ヨハネ君、その空白を埋める一言がどうしても分からない。たった数週間だ。今生の別れであったつもりもないし、それほど離れていなかったつもりだ。フレア団に幽閉されていたとは言え、私の教えた以外の外法には手を出していないようだし、あのマチエールなりに気を張ったのも理解出来る。……しかしね、ヨハネ君。だからこそなんだよ」

 理解出来ない。ヨハネが首を傾げているとユリーカは嘆息を漏らした。椅子に座り込んで繰り返す。

「だからこそ、なんだ。私は、だからあいつにかけるべき言葉が分からない。あの時は、勢いだった。でも今は、もうその勢いもない。倒すべき敵が誰なのか、それさえもあいつは見据えているのに、私には何も言えない。あいつの抱えている闇に、何も気づいてやれなかった」

 ユリーカはマチエールの血縁の事も知っているのだろうか。出来れば自分から明かす事だけはやめておこうと判じた、忌むべきあの血筋も。

「ユリーカさん。でも、それは、悲しいですよ」

 再会すべき二人が結局何の言葉も交わせないのは傍から見ても悲しい。何か背中を押せればと思ってしまう。 

 それそのものが余計なお世話なのに。

「悲しい、か。ヨハネ君がそういう人でよかったよ。私とマチエールに関してとやかく言ってくる奴じゃなく、その距離間を理解してくれる人間で」

 マチエールとてユリーカをサポートしたいはずなのだ。だがそれは、自分にとってしてみればとてつもなく難しい事であった。

 彼女らには彼女らの関係性がある。

 余人が口を挟めるかと言えばそうではない。

 相棒として、今まで培ってきたもの。

 それを勝手に推し量れるくらいならばこの二人は今まですれ違ってこなかっただろう。

 フレア団に軟禁されていた間、ユリーカに何が起こったのか。

 それすらも彼女は窺わせない。

 自分が生み出したという悪夢に関しても、何も言い出さない。

 それそのものが罪悪とでも言うように。

「ユリーカさん、でも僕は、今のままじゃよくないと思います」

 何か手を打たなければ畢竟、好転などするはずがない。

 それはユリーカだって分かっているはず。

「……頭では分かっていても、気持ち、という奴だよ」

 ユリーカはそう言いやって、ルイに目線を振り向ける。

『フーディンの状態、結構やばかったが回復は可能だ。それと、こいつが見せたいビジョンがあるんだと』

「見せたいビジョン?」

 直後、フーディンの視線が切り込むようにヨハネとユリーカに語りかける。

 そのビジョンは炎の中の鮮烈な像であった。

 浮遊するスプーンを槍のように投擲し、一人の男を抹殺した、その記憶。

 ヨハネは瞠目する。

 そのビジョンの中に映し出されたのはハンサムがユリーカとマチエールを庇うその姿であった。

 まさか、とヨハネはフーディンを見据える。

「お前なのか?」

 フーディンは肯定の代わりにそのビジョンを仕舞い込んだ。

「お前……だったのか。やはり、あの時、ハンサムを殺したのは」

 クセロシキの手持ちの時点で怪しいとは踏んでいた。だがまさか、仇を連れてきてしまうなんて。

 自らの迂闊さを呪った時にはもう遅い。

 ユリーカはすっと片手を掲げていた。

 いけない、と割って入りかけて、ユリーカの口調に攻撃的なものが宿っていない事に気づく。

「お前、だったんだな。よく言ってくれた」

 ユリーカは咎めるわけでもない。フーディンの頭部をそっと撫でた。

 困惑するヨハネにユリーカは振り向く。

「私が、憎しみに囚われてフーディンをどうにかすると、思ったかな、ヨハネ君」

「……ええ、少し」

 ユリーカはフッと自嘲する。

「過去の事だ。それに、フーディンとてその過去を見せた、という事は不都合だと分かっていても、それを理解した上で協力を仰いでいるのだろう。そこまで気を回してくれている相手に憎しみで応じるのは不義理だ」

 思いのほか冷静なユリーカにヨハネは覚えず問いを重ねていた。

「憎んで、いないんですか……?」

 全ての始まり。

 悪魔を名乗らざる得なかった夜の発端だ。

 その根源を前にして無感情を貫けるのか、と。

 ユリーカは首を横に振った。

「全く、憎しみがないわけではないよ。ただ、ここで私が感情的になれば、この戦端をきっかけに何が起こるのかも分からない。矢面に立った、その覚悟があるのならば最後まで聞くべきだ」

 そのためにマチエールとコルニを外に出したのか。

 改めて、ユリーカの慧眼には恐れ入る。

「ただ、マチエールには教えるな、フーディン。アイツは、そこまで器用じゃない」

 それも、理解しての言葉なのだろう。ヨハネはひとまず安堵の息をついた。

「と、いう事は、クセロシキは本当に死んだって言うのか? 今のビジョンに、もう意味がないって事は」

 導き出した答えにフーディンが小さく首肯する。

 主の死。それはポケモンにとって絶対的な絶望に他ならない。

 クセロシキは極悪人だ。一面では、ポケモンを何とも思っていなかったに違いない。

 だが手持ちへの愛はあったのだろう。フーディンが己の命を賭してでも主を殺した相手を倒したいのはその理屈だ。

 フーディンが続け様にビジョンを見せる。

 それはヘリに取り付いた男であった。

 精悍な顔つきの男がクセロシキを挑発する。

 その男の心臓に向けて発砲されるも、男は健在であった。

「これ、は……」

「異常だな。心臓を撃ち抜かれても、生きているなんて」

 ユリーカはすぐさまルイにデータ照合をかける。

「ルイ、心臓を撃ち抜かれても生きている人間が存在するか?」

『あん? んなもん、いるわけないだろうが』

 システムであるルイには思念のビジョンは通用しない。だから直接この顔を記録させる手段がない。

「ならば、だ。フレア団がそういう開発をしていたとでも?」

『不死の兵隊か? デボンのデータベースに似たようなのがあったが、あれはメモリークローンって言う特殊な例だ。当たり前ながら一代で不死を司る人間なんて存在しねぇ』

「ならば、既に死んでいる、と見るべきか?」

 ルイは考える仕草を見せたが結論は出ないようであった。

『何とも言えねぇな。どうにかしてフレア団のデータベースに繋いだところで情報が少な過ぎる。もう少し、絞り込めれば……』

「そう、か。フーディン、そのビジョンは人にとやかく見せるものじゃない。私か、ヨハネ君にのみ、閲覧させろ」

 ユリーカの声音にフーディンは了承したようであった。ここで一番に避けなければならないのは、マチエールの暴走である。

 彼女を復讐に駆り立てるのだけはあってはならない。

「それにしたところで、この男……どうします? 人相書きもなくって、これじゃ」

「なに、情報が全くないわけではない。ルイ、クセロシキの研究のデータベースに潜入。その開発履歴を当たれ。新型のEスーツ。特に爆発前に、クセロシキが手を打ったのであろう、荷台がある。どこに落ちたのかを算出」

『おいおい、ヘリから落下したものをオレに探れって?』

「出来ないのか?」

 ユリーカの挑発的な態度にルイは舌打ちする。

『馬鹿にすんな。出来るっての』

 やはりユリーカは情報を巧みに導き出す術を心得ている。自分はそれに比して、今までルイと口争いをしていたばかりだ。

 その差に歯噛みする。

「ユリーカさん。僕はどうすれば?」

「そうだな。マチエールと共にリアルタイムで場所を送ろう。その場に急行。連中より先に荷物を回収する」

「Eスーツ、なんですかね……」

「出来れば、そうでない事を祈るばかりだが、この場合、クセロシキは組織に対して裏切り行為を行った、という事になる。フレア団にダメージを与えたくば新型Eスーツの奪取が最も手早い。最悪のケースを心がけ、慎重に動いて欲しい」

 やたらに刺激する真似はするな、という事か。ヨハネは了承して立ち上がった。

「でも、ユリーカさん。敵がもし、既にEスーツに辿り着いていた場合……」

 濁した語尾にユリーカは断ずる。

「迷うな。破壊せよ」

 やはりユリーカだ。その判断に逡巡などない。

「分かりました」

 ヨハネは部屋を後にした。



オンドゥル大使 ( 2017/04/14(金) 22:39 )