EPISODE128 蠢動
戦慄するヨハネに比して、ユリーカの声は穏やかであった。
「よく、ここまで強くなった」
その言葉にいささかのてらいもない。
真にその強さのみを称える声音がある。
エスプリの鎧が解除され、変身が解かれた。
マチエールは呆然としていたが、やがてユリーカへと縋りつく。
咽び泣く声にユリーカが笑みを浮かべた。
「子供か。お前は」
「だって……だってもう会えないと思っていたから」
ようやくであった。
ようやくあるべき形に戻れたのだ。
それを祝う前にイグニスが変身を解除し、ヨハネの肩に触れる。
「コルニ……さん」
「ヨハネ。まだ戦いは終わりじゃない。言っておくべき事があるんだ。アタシ達が直面するであろう、本当に敵に関して」
これ以上の地獄があるというのか。
その無言の眼差しにユリーカは首肯する。
「人造ポケモン、ミュウツー。そいつを倒すのが、私達の最後の戦いだ」
クセロシキは新造されたEスーツをアタッシュケースに仕舞い込み、その日のうちに発つ事を決めていた。
火柱が上がったのを確認してから、拳を握り締める。
「勝ったのだナ、エスプリ」
そうなれば自分が利用されるのは必定。否、天才シトロンの前では利用さえもされないかもしれない。だが、ケジメというものがある。
エクステンドスーツ全てのシステム経路の掌握。
フレア団から兵力を奪うために、クセロシキは自分の管轄したEスーツを国外に持ち出す事を考えていた。
今、この状況に至って、Eスーツは無用な争いを生み出す。
組織のナンバーツー、パキラとフラダリ、それにシトロン。この三者でさえ腹に抱えた一物は全く違うのだ。
パキラは恐らくフラダリを凌駕する闇を抱えている。
比して選民思想の最たるものであるフラダリはフレアエンペラースーツの真の力を用いてカロスを浄化する事であろう。
シトロンの真意は読めないが、その二つよりもなお恐ろしいのは疑いようのない事実。
「ワタシがいれば、余計な戦禍を招く事になる。それからでは遅いのだ」
自分の手持ちの部隊だけでもせめてこのカロスに留まらせない事。それが自分なりの贖罪であった。
絶対にカロスに平和をもたらしたいのならば自分のような人間はいてはならないのだ。
ヘリに乗り込んだクセロシキは最新鋭のEスーツをケースに握り締めていた。
新造されし六つのEスーツ。
これだけはフラダリにも、ましてやシトロンにも任せられない。
パキラが手にすればさらなる災厄が予感されるであろう。
異国の地で、自分の命諸共終わらせる。
それが最も相応しい形だ。
「出してくれ」
ヘリがゆっくりと地上を離れる。
逃げるような姑息な真似に思えるかもしれない。
だが、科学者とは持ってしまったその因果を回収する事まで含めて責任があるのだ。
その責任を果たそうとすれば、自分はここにいないほうがいい。
「さらばダ。エスプリ、イグニス。それにユリーカ。ワタシは……」
「なるほど。逃げる、というわけか」
そう口にしたのはミアレの高層建築に降り立った人影である。
黒いマントを棚引かせており、焼け付いた風を感じ取ったのか、火柱の上がった工場区画を見据えた。
「この街、俺の事、気に食わんと、申しておるわ」
その視線の先には飛翔を始めたヘリが一機。
男は片手を払った。
その背後には五人の人影がある。
全員、その眼差しには異様な執念を滾らせていた。
「行くぞ。俺達がこの街に、地獄を見せてやる」
煤けた風が、新たなる戦端を予感させた。
第十一章 了