EPISODE123 傲慢
生命維持装置は全開にしてあった。
それでも修復が難しい、とルイが口火を切る。
ヨハネは覚悟していただけに、その言葉を重く受け止めていた。
イイヅカも攫われてしまった。オーキドも帰ってこない。このままでは、もう限界であった。
自分だけで何が出来る? このままEスーツとフレア団の支配に甘んじる事しか出来ないのではないか。
拳をぎゅっと握り締める。
あの日、バグユニゾンを強制解除させた掌がひりついたように痛んだ。
『ヨハネ……、お前のせいじゃない』
「でも……僕が迂闊に、赤の金を使う指示さえしなければ」
『あのEスーツ……フレアエルダースーツって言ったか。あんなもん、規格外だ。ハードポイントが三つもある。こっちのユニゾンの三倍の出力は下らないだろう。そんなもん相手に勝てるなんて思っちゃいねぇ』
「でも! 勝たなくっちゃ! 勝たなければ、だってエスプリは……」
今までだって勝ってきた。そう言葉にしかけてヨハネは呻いた。
自分はやはり、何も出来ない。
こんな時に、ルイに当たるなんて、最低だ。
『マチエールの容態そのものは安定傾向にある。問題なのは、それよりもEスーツだな』
赤の金でも倒せなかったフレアエルダースーツ。それが再び現れた場合を想定せねばならない。
この街の守り手として。
何よりも正義の使徒として。
だが、とヨハネには迷いの胸中があった。
「四天王の一角が敵に回っているなんて……。僕らのやっている事って、その、正しいのかな」
覚えず問いかけていた。ルイは首を横に振る。
『そのジャッジは、今すべきじゃないと思うぜ。どっちにせよ、答えなんて後付なんだからよ』
後付け。善悪の結果も、勝者と敗者も、全ては後付けの結果論でしかない。
結果論に自分達は振り回され、運命を共にしてきた。
その結果を得るためだけに、戦い、傷つき、何度も血が滲んだ。
全ては結果のためだ。
結果のためならば何よりも優先されるのは、人の意思である。
結果論に、人間の意思など集約される。歴史のうねりの中にあるしかない、人間の意識。それらは全て、結果によって上塗りされてきた。
勝利か、敗北か。
善か悪か。
それらを示すのは全て、結果だ。
結果のみが、変わらぬ輝きを誇る。
この場合、もしフレア団が勝ったならば、敗者と敵は自分達であり、それも結果論である。
「……でも僕は、エスプリを歴史の敗北者にしたくはない」
よろりと立ち上がり、ヨハネは言い放っていた。
「ルイ、フレアエクスターミネートスーツの、ユーザー変更を頼む」
その決断にルイが目を瞠る。
『おい、ヨハネ。マジにしても性質が悪いぜ。今のお前に、権限を委譲すれば、それこそとんでもないだろう。フラダリとぶつかり合って、自爆でもしかねねぇ。そんな奴に、フレアEスーツなんて任せられるか』
「でも! 今勝たなくっちゃ、エスプリの行動は……。今までやってきた意味は……」
全てが潰える。
その言葉尻にルイは頭を振る。
『……でも駄目だ。やれねぇ。それだけは、やっちゃいけねぇんだとオレも思う』
「何で! 今までマチエールさん一人に任せてきたツケじゃないか! 僕が払う!」
『てめぇ一人がこの世のどん底見たみたいな言い草してんじゃねえよ! いいか? 誰の責任でもねぇ! みんなが決断した結果だ! それを忘れてんじゃねぇぞ!』
「僕の決断だ。僕以外に誰がやる?」
『駄目だ。絶対に、やらせられない。今の言葉を聞いて余計に、だぜ、ヨハネ。てめぇ、結局、この戦いが意味ねぇとか、そんな事ばっかり考えて言ってんだろ?』
「でも、ガンピに勝てなければ……四天王に負ければ僕らなんて、塵と同じだ」
ルイが手を払う。
だが立体映像の彼女の張り手はヨハネの顔をすり抜けて行った。
『……オレに肉体があったら、てめぇをボコボコにしてるところだぜ。ヨハネ、マチエールに、意味がねぇとかほざいてんじゃねぇぞ。あいつの戦いだ。あいつ自身が選び取った戦いだ。それを、てめぇ、結果が全てだからって途中で奪い取っていいはずがねぇだろ! お前のほうが勝手なんだよ!』
「じゃあどうしろって! 僕にどうなれって言うんだ! クロバットと同調出来る、同調が出来れば、ユニゾンだって……」
『簡単に物言ってんじゃねぇぞ、タコが。マチエールがどれほどの痛み背負って、ユニゾンしてんのかも他所から見ているだけの癖に、偉そうに言うんじゃねぇ!』
「だったら、僕にどうしろって言うのさ! 何をすればマチエールさんを救える? 教えてくれよ、ルイ……」
すがるような眼差しにルイは鼻を鳴らした。
『知るか。てめぇ一人の虚栄心を満足させたいのなら、他を当たりな。オレはEスーツの修復をする。いいか? てめぇにだけは、絶対にEスーツを着せられないんだと分かったぜ。ユーザー登録の抹消なんて元より無理だけれどよ。そもそもの話だ。てめぇに、マチエールの肩代わりなんて出来るかよ』
ルイが別室に消え行く。
ヨハネは壁を殴りつけた。どうすればいい? このやり場のない感情をどこに向ければいいのだ。
四天王が敵であった。
それだけでも衝撃的なのに、マチエールが負けたなど。
「マチエールさんは、フラダリと血の繋がった親子……。でも、そんな運命、女の子に背負わせられるのかよ……ヨハネ」
顔を歪めてヨハネは自問する。
どうすればいい?
何をすれば、マチエールを助けられる?
その時、こちらに声を投げてきたのは、〈もこお〉であった。
いつものように読めない眼差しを注いでいる。
「……何だよ。僕を笑うのか?」
〈もこお〉に、表情はない。だが、〈もこお〉が何かを言いたげなのは伝わった。
「いつもみたいに、ビジョンで見せればいいじゃないか。何でそうしない?」
〈もこお〉が身を翻す。その背中を、ヨハネは自然と追っていた。
回復に充てられているポケモン達がめいめいにモンスターボールから出て忙しなく、歩き回っていた。ヨハネは呆然とする。モンスターボールのロックは? と感じると、〈もこお〉が全て解除したのだとすぐに判じられた。
「でも何で? 今までももしかして、そうだったのか?」
主人が臥せるたびに、ポケモン達は己に出来る事はないかとこうして歩き回っていたのか? 幾度となく敗北を喫し、その度に危篤になる主人のために、次に出来る事はないかと、ポケモン達は思案していたのだ。
彼らとて、怖かったに違いない。
主人が二度と目覚めないのではないか、と。自分達の不手際で、主人をここまで追い詰めたのは他ならぬ自分達ではないのか、と。
ポケモンとて、責任感がある。
彼らは一回一回の戦闘で主人の命を握っているに等しいのだ。
その主人の命の変動を、彼らは毎回、見守ってきた。
そこに介在するのは、不安よりもなお濃い、恐怖である。
二度とマチエールが目覚めないのではないか。自分達は必要とされないのではないか。
ヨハネの味わった葛藤を、彼らは幾度となく経験してきた。
その重みに、ヨハネは弱音を吐いてしまった。
だが、ポケモン達は弱音など吐かない。
絶対に次に勝つ手のために全力を賭す。
それが主人に仕える彼らの矜持でもあった。
「……僕は、お前達みたいに強くはなれないのか」
ニョロトノが丸い瞳でヨハネを覗き込む。ヒトカゲは忙しなく行き交っていた。
アギルダーは瞑目して待っているが、それでも落ち着きがないのが分かる。
クリムガンは、とヨハネは自分の所持するモンスターボールを透かした。
やはりクリムガンもマチエールの安否を気遣っているようだ。
「最低だな、僕は」
一時の感情に身を任せ、マチエールの戦いを意味がないと、一瞬でも思ってしまった事が恥ずかしい。
結果だけが全てではないのだ。
この世に残るのは、ただの無情な結果だけではない。
彼らの思いは、結果だけで決められるものではないのだから。
「マチエールさんを一緒に待とう」
それしか自分に出来る事がないのならば。
今はポケモン達と共に待つしかない。