ANNIHILATOR - 災禍篇
EPISODE121 決意

 誰かの声を聞いた気がしてハッと眼を覚ます。

 視界に入ったのはまず白い天井であった。

「ここは……」

「眼が覚めたかネ?」

 その声音にコルニはベッドから転がり落ちて戦闘姿勢に入る。

 だが、身体に力が入らなかった。戦闘の姿勢は間もなく虚脱する。

「これ、は……」

「あれだけの事をやってのけたのだからネ。負荷は相当だろう」

 眼前の男――クセロシキは冷静にアタッシュケースに入ったEスーツを精査していた。

 コルニが反抗の攻勢に入る前に、クセロシキは呟く。

「……惜しい部下を失ってしまってネ。今、ワタシにはこの程度しか出来ない」

 だからか、彼の背中には寂しさが宿っていた。この世で無二のものを失った時のような感傷である。

「……お前らだってたくさん奪ってきたくせに」

「言える義理ではないのは分かっているさ。だがネ、いざ失ってみると辛い。ワタシは案外、門外漢を決め込めるようで、そうではなかったという事のようダ。シトロンのように自分の感情と結果を切り離せるほど強くはない」

「シトロン……、ここはフレア団か」

 最後の光景が思い出される。

 自分はイグニスの最終形態を引き出し、その結果として昏睡した。

 Eスーツ部隊に取り押さえられてその後は……。記憶を手繰ったコルニに、クセロシキが言いやる。

「フレア団だが、もう王への忠誠などほとんどないに等しいヨ」

「フラダリ、か。だがどうして……、何故アタシを生かす?」

「まだ至っていないのだろう? 組織のナンバーツー。炎の女に」

 もう少しであった。もう少しだけでも自分の身体が動けば、肉迫出来たのに。

 悔恨にコルニは壁を殴りつける。粉砕された壁が拳の形を刻んだ。

「物に当たるのは止めたまえ。そちらの強さに耐えられるほど、ここのものは雑多に出来ていない」

「アタシは! じゃあどうすればよかった! ファウストを追い詰めるしか、アタシにはないんだ!」

 クセロシキは落ち着き払って椅子に腰かける。ルチャブルは、といえば回復にかけられていた。

「落ち着け、と言っても無駄か。プロトEスーツ、イグニスの奪取は全て、この時のためだったのかもしれない。王の権力が失墜し、内部分裂間際になっている。ワタシのような研究者でさえ、王の立場を疑う。一般団員となればもっとだろう。その結果に拍車をかけたのが、我が部下なのだから頭も痛い」

「……アリア、とか言ったか」

「彼女は、何を思い、何のために最後の最後にアリアドスアームズを使ったのか、ワタシには皆目。だがネ、彼女は成し遂げたのだと思う。だが、ワタシはどうだ? 権力に振り回され、結果として、何一つ果たせぬまま終わろうとしている。フレア団内で今の今までEアームズと、Eスーツの責任を取ってきた人間の言葉とは思えないだろうが、ワタシは若干、後悔さえしている」

「後悔?」

 血も涙もないフレア団が後悔など。そう言おうとして、クセロシキの顔が苦渋に歪んでいることに気づいた。

「ワタシは、もっと早くに気づくべきだったのかもしれない。ワタシがしたい事は何だ? 何のために、ワタシはこの地位に甘んじている? ワタシがしたかったのは、研究を突き詰めるだけではない。その結果として、幸福になれる人間がいると信じていたからダ! だが、実際には! 幸福どころか、街には涙が溢れ、このままでは世界さえも! 終わりに近づこうとしている……」

「だから何? アタシの同情引こうとしたって無駄……」

「コルニ、頼みはそれだ。お前なら出来るはず。フレア団を壊滅させろ」

 クセロシキの口から出たとは思えない言葉であった。今の今まで敵対していたのに何故……。

 困惑するコルニにクセロシキは続ける。

「ワタシが、後悔を後悔だと気づける間に、介錯して欲しい。フレア団には秘めた何かがある。それをシトロンと王は求め、しかし微妙にずれている。同じビジョンを見ているわけではないのダ。フラダリの求めている理想と、シトロンの追い求めている現実は違う。その結果として多くの血が流れるのならば、ワタシはここで歩みを止めよう。全てをなかった事には出来ないのかもしれない。だが罪の清算をするのに、遅過ぎる事はない。そう考えている」

「……だとすれば、何、アタシを生かして帰す事、それそのものがあんたの罪の清算ってわけ?」

「イグニスのEスーツのセットアップは完了しておいた。コア形態、その上位形態であるコアハートも使用可能になっている。腕のブレードパーツだけは修復不可能であったが、このような形にしておいた」

 クセロシキが持ち出したのは、連結された剣であった。ブレードがイグニスコアハートの発した炎熱で融解し、結果として繋がったのである。

 ブレードの鍔にはユニゾンチップを挿入するスロットが設けられており、新たな力である事が分かった。

「これをもって、アタシにどうしろって? フレア団を敵に回して、アタシに得はない。アタシはただ、ファウストを殺したいだけだ。その目的さえ完遂出来れば、フレア団が何をしようと関知しない」

「フレア団ナンバーツーは今、オーキド博士と共にいる。この事実が示すのはただ一つ。シトロンもそこにいる、という事だ」

 コルニは眼を戦慄かせた。フレア団のキーとなる人物達が一同に会する。

 結果としてフレア団瓦解に力を貸す、というわけか。

 このクセロシキという男、正気を失っているようでやはり計算高い。

 自分の目的のためにあくまでもコルニを利用する心積もりだ。

「……あんたの思い通りにはならないかもよ?」

「それでも、最悪はオーキド博士の奪還に繋がるだろう。それで、シトロンの目的が先延ばしになるのならば」

 シトロンの目的。

 コルニはユリーカの事を思い出していた。

 ユリーカは何のためにフレア団に幽閉されている? 

 それはシトロンの目的に直結しているのではないだろうか。

「……どっちにせよ、アタシはやるしかないわけか」

「ルチャブルは回復しておいた。イグニスコアは三十秒まで引き伸ばしておいたゾ。コアハートはしかし、長時間使うのはおススメしない。あれはどう足掻いたところで命を縮める代物ダ。やはり使用は控えたほうがいい」

「忠告どうも。でもさ、アタシも走り出してるんだ。何回も死んで立ち止まっている暇もないんでね」

 アタッシュケースを受け取り、コルニは天井を仰ぐ。クセロシキが耳元を指差した。

 耳にピアスが付けられており、そこから逆探知の通信が漏れ聞こえてくる。

『……それで、イグニスは死んだのかい?』

 聞き覚えがないがこの声の主こそシトロンであろう。返されたのは、何度も聞いた因縁の声であった。

『ええ、そのはずよ。Eスーツ部隊が後始末を務めたみたいだけれど』

「……ファウスト」

 忌々しげに口にする。それだけで憎悪に思考が染まっていきそうであった。

『信用ならないなぁ。でもま、これで分かりやすく結果がついて来たわけだ。ユリーカに連絡しよう。キミのお陰でミュウツーは完成間近だ。もう支援は要らない、かな』

『酷い人ね。身内ですら切るの?』

 ファウストの声にシトロンは心外だとばかりに言い返す。

『逆だよ。身内だから、自分の手で介錯してやるんだ。ぼくは平和主義者だからね。ミュウツー完成さえ見込めれば、最早フラダリに力をやる意味もない。フレアエンペラースーツのスイッチはこちらにある。このまま永遠にご退場を願おう』

『私も、このお爺さんにちょっとばかし、苦労させられたわ』

 その声と共に突き出された物音がした。反抗の意志の篭った声が跳ね返る。

『お主ら……最終的に何をしたい?』

『全てを。オーキド博士、あなたのカードがあれば、ユリーカを飼い殺しにしておく必要性もない。このままミュウツーを育成してもらう』

『拒否権は……』

『あるわけないでしょう? 何のために私がここまで表立って苦労した事か。四天王の一角であるズミが潰れ、最新鋭のEスーツも一個おじゃんよ』

『だが……お主らは何のために、ミュウツーを世に放とうとしている? あれは禁忌の代物じゃぞ。あれを使っても訪れるのは破滅だけじゃよ』

『それは、あなたが使った場合の話でしょう? 使うのはあなたじゃない。今の技術ならばミュウツー本人の意思で使わせられる事が出来る。そのためにぼくは準備した。カウンターEスーツ、エスプリに今まで華を持たせたのは何のためか。カウンターEスーツそのものに経験値を注ぎ、さらにミュウツーがそれを操る事によって完璧なオペレーションが可能となる。分かりますか? 博士。トレーナーの介在しない、完璧な存在ですよ。ミュウツー単騎で、我々は国防と対峙出来る』

『それが、王ではなくお主の大義か』

『大義、ですか。少し違いますね。ぼくは見たいだけなんですよ。人ならざるものが支配する新たなる世界を』

『狂っておる……』

 話はここまでか、と判じようとしたコルニに新たな声が弾ける。

『そんな事のために、私は利用されていたわけなんだな』

 ユリーカだ。その場にいるのか。

 振り仰いだコルニに声が続ける。

『ミュウツーが完成すればその栄誉をキミにもあげてもよかった。でも、要らないみたいだね』

『お断りだ。化け物を育てたなど、栄誉どころか、この世界を破滅に導く原因となる』

『どこまでも……度し難いよ、ユリーカ』

 聞いていられなかった。このままではユリーカが排除され、オーキドはミュウツーのために利用される。

 バックルを取り出し、コルニは叫ぶ。

「Eフレーム、イグニッション!」

 アタッシュケースから黒い鎧が暴風を作り出し、コルニの身体に装着された。

 ――イグニス。以前よりも磨きがかかっており、変身の時間も短縮されている。

 すぐさま腕時計型の端末のボタンを押し、コアモードへと移行した。

『コアモード、レディ』の音声と共に青い炎が装甲に宿り、血潮が銀色に染め上げられていく。

 胸部装甲が展開し、中央の核が煌いた。

「三十秒、って言ったね。三十秒で、目的の場所までは?」

「造作もない」

 その言葉を聞き届けた瞬間、加速に身を置いたイグニスコアは駆け出していた。遮る障壁を全て破壊し、隔壁を突破し、幾つものセキュリティを潜り抜けて、イグニスコアの残像を引くその身体が辿り着いたのは最下層であった。その場に佇んでいた人々は突然に出現したイグニスに目を瞠る。

「まさか、イグニス……?」

「どうしてここが……」

 驚愕の眼差しを向けるユリーカとシトロンを他所に、一人だけ落ち着き払っている人間がいた。

 イグニスはそちらへと向き直る。

 今まで自分を欺き、戦いのるつぼへと落としてきた張本人。

 フレア団ナンバーツーがじっとこちらを見据えている。

 過去の悔恨など全くない。その瞳には愉悦さえ浮かんでいる。

「来たのね。コルニ」

「ファウスト、あんたを殺す」

 最早迷いなど微塵にもない。


オンドゥル大使 ( 2017/03/30(木) 21:51 )