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災禍篇
EPISODE120 鋼鬼

 ヨハネはなかなか口を開けなかったが、マチエールは思っていたよりもずっと落ち着いていた。

 自分達の置かれている境遇、現状を纏め、オーキドの助けもあった事を告げられる。

「まさか博士が……そこまでしてくれるなんて」

「でも、その博士が今度は行方不明。何度かけても出ない」

 ルイへと視線を流すと肩を竦められた。

『オレだって言うほど万能じゃないんでね。オーキドの居場所って言われてもアバウトにしか』

「アバウトでもいい。どこにいる?」

『テレビ局から出て、その後は不明だ。どうにもテレビ局までは安全だったようだが、それ以降が不明となると……消された可能性がある』

 それは真っ先に浮かべるべきものであったが、ヨハネは否と頭を振る。

「フレア団は、あれほどオーキド博士を擁立していた。簡単に殺すとは思えない」

『じゃあ何だ? 何に利用するって言うんだ?』

「それは……」

 すぐに答えは出ない。しかしマチエールは強く言い放つ。

「どちらにせよ、あたし達は戦い続けるしかない。敵が、EアームズからEスーツに挿げ変わった。それだけの単純な話ならいいんだけれど」

『Eスーツの実用化。それは思ったよりも重い事かもしれないぜ? 今までこっちが一方的に使えた能力を相手も使ってくるって事だからな』

「でも、Eアームズみたいに簡単に使い捨ては出来ないだろう。だって、本当に、人的被害が出る。だから相手は慎重になると思う」

「あるいは……これまでのような前哨戦は捨てて、勝ちに来るか」

 勝ちに来る、という言葉の意味をヨハネははかり損ねていたが、次の瞬間、ルイの発した声音でその考えは打ち消された。

『……おい、ハンサムハウスの前に人影だ。イイヅカ、じゃねぇな』

「イイヅカさん、フレア団に拉致されたって……」

「あたしが出る」

 マチエールと〈もこお〉が表に出ようとする。ヨハネはその背中に続いた。

「待って! 今は離れ離れになっちゃ……」

 扉を開け放ち、目にしたのは雨に煙る景色の中、立ちはだかる銀色の鎧武者であった。

 強い戦意の双眸を携え、鎧に身を包んだ男が剣を手に佇んでいる。

 どこか時代錯誤なその姿にヨハネは暫時、声を失った。

「何者だ」

 マチエールの言葉に相手は剣を打ち立てる。

「然り! 我が名はガンピ。カロス四天王が一角、ガンピである」

 その名前にヨハネは電撃に打たれたように硬直した。カロスに住む人間、ひいてはトレーナーならば誰もが知っている。

 カロス四天王、鋼のガンピ。

 それその人が目の前にいるというのか。

「まさか……カロス四天王……。何で」

「何で四天王レベルの人間がいるのとか、そういうのナシにして、さ。あたし、ここに来て挨拶だけしてくるヤツが現れるとは思っていない」

 バックルを掲げたマチエールにガンピは微笑む。

「言われていた通り、研ぎ澄まされた刃のような娘よ」

「フレア団だな?」

 問い質した声にヨハネは、まさかと息を呑んだ。

 カロス四天王がフレア団? 

 馬鹿げた話にもほどがあると感じていたが、ガンピは否定もしない。

 それどころか、その鎧にはEスーツと同じ、バックルが備え付けられている。

「まさか……そんな」

「事実は小説より奇なり、ってね。ここでやる?」

「いいや。貴君にも守りたいものがあるだろう。場所を改めようではないか」

 ガンピが姿勢を沈めると、その重量級の姿に似合わぬ跳躍力を見せた。

 ミアレの高層建築を跳び越え、遥か上へと着地する。

「こっちに合わせてくれるらしい。ヨハネ君、工場区画に誘導する」

 マチエールの判断は正しい。だがこの場合、ヨハネは混乱のほうが勝っていた。

「待って! ガンピ……さん、ほどの実力者が、何の理由もなくフレア団なんて信じられない!」

「じゃあ理由があるんでしょ。どっちにせよ、相手はやる気だ。だったら、ケリをつけるのみ」

 バックルを腰に装着し、ベルトが伸長する。

 ヨハネは言いたい事の一切合財を飲み込んで、頭上のガンピを睨んだ。

「……本気なんですか」

 その言葉に全てを集約させていた。

 相手は迷いも何もなく応じる。

「無論」

 ならば、話すだけ無駄だ。

 ヨハネはクロバットを繰り出し、誘導を手伝う決断をする。

「連戦だ。出来るだけ消耗を少なくするように」

「分かっているよ。Eフレーム、コネクト!」

 アタッシュケースが開け放たれ、黒い鎧がマチエールへと装着される。バイザーが降りて身体に白く輝くラインが構築された。

「探偵戦士! エスプリ! ここに見参!」

 ガンピは変身したエスプリに対して、ほうと感嘆の息を漏らす。

「改めて目にすると違うな。戦士として、熟成しているようである」

「行くぞ」

 エスプリが跳躍し、一足飛びにガンピへと追いついた。

 ミアレの高層建築の上で、ガンピとエスプリが睨み合う。

 ガンピの鎧には幾つかのハードポイントが設けられていた。両肩に一つずつ。胸部に一つ。

 計三つのハードポイントに、その手にした剣にはエスプリや他のEスーツと同じく、変身の基盤となる部位が備え付けられている。

 しかし、ガンピはEスーツを纏わず、そのままエスプリへと直進した。

「まずは、一手!」

 だがその動きの、何と機敏な事か。

 Eスーツを既に纏っているのか、ガンピの動きにはその重さなどまるで感じさせない俊敏さがある。

 剣を高く掲げたガンピがエスプリへと叩き降ろす。

 その一撃をステップで回避したエスプリは横合いから蹴りを叩き込んだ。

 だが、ガンピにはまるで通用しない。

「堅い……」

「如何にも。そう容易く破れるほど、我が鎧は軟弱ではない!」

 振るわれた剣筋を回避し、エスプリは早速ヨハネに手を伸ばした。クロバットに掴まったヨハネが空中からボールを放り投げる。

 手にしたエスプリがバックルへと埋め込んだ。

『コンプリート、ドラゴンユニゾン』の音声と共に茨の鞭が手首から生成される。

「紫のエスプリ、か。どこまでやれるか、勝負!」

 ガンピが跳ね上がり、エスプリの鞭と打ち合った。しかし圧倒的にガンピのパワーが上である。

 後ずさったエスプリがすぐさまハンドルを引いてデルタユニゾンを顕現させた。

 氷の属性を付与した茨の鞭がガンピへと伸びる。しかし、ガンピの装甲を凍てつかせる事も出来ない。

「その程度の氷結で、我が鎧に傷など付かぬ!」

 返された剣による衝撃波で鞭が跳ね返される。エスプリはハンドルを引き、両手を払った。

 全身に黄金のラインが走り茨の鞭が固定化され剣となる。

 双剣を携えたエスプリがゆっくりとガンピへと歩み寄っていく。

 ガンピがその重量級の剣を掲げ、応と吼えた。

 突き上げられた剣筋をエスプリの剣が阻み、その身体に突きを見舞おうとする。

 だがそれを予見したようにガンピの剣が防御の陣を敷いた。阻まれた形のエスプリが後退し、即座に茨の鞭へと変化させる。

 鞭を上段に掲げた剣で受け止めたガンピへとエスプリが肉迫した。

 その身体へとゼロ距離での剣を打ち込もうとする。

 しかし、突き上げた剣の切っ先は鎧を打ち砕くどころか、逆に剣先が折れるという醜態を晒した。

「何て、堅さ……」

 呟いたヨハネにガンピもエスプリも一顧だにしない。

 お互いを削り取るように剣戟を見舞い、戦いを繰り広げる。

 ガンピが飛び退り、次の建物へと跳躍した。ガンピの重量だけでその建物の瓦屋根が砕け散る。

 エスプリがそれを追って雨の空を駆け抜ける。

 紫の剣がガンピの剣と鍔迫り合いを繰り広げた。

 エスプリは蹴り上げてガンピの背後へと回り込む。

 完全に死角からの攻撃。横薙ぎの剣筋はしかし、ガンピには読まれていた。

 それだけで取り回しに苦労するであろう剣を、ガンピは我が手のように容易く扱う。

 瞬時に巻き起こった暴風はガンピの剣が巻き起こしたものだ。

 横薙ぎに振るわれただけでも相当な威力を誇る。

 たたらを踏んだ形のエスプリへとガンピが追撃を見舞った。その剣がエスプリの身体を両断する。

 しかし、その手応えにガンピが怪訝そうにした。

「斬れて、いない?」

 青のユニゾンに変身したエスプリが両手に水の砲弾を溜め込む。ほぼ至近の距離で放たれたその砲撃にガンピが僅かに後ずさった。

 攻撃が効かないわけではない。

 そう判じたエスプリが跳ね上がり、水の削岩機に達した足でガンピの装甲を削り取ろうとする。

 ガンピは剣で受け止めつつ、反撃の機会を窺おうとしていたようだが、水の変幻自在さにうろたえているようであった。

 現に打ち下ろされた剣筋が何もない空を切る。

 それを自覚した時には、背後からの激しい水圧の連打が待っていた。

 拳、足、さらに削岩機のように発達した腕、水の砲弾――。

 あらゆる攻撃が打ち込まれたが、どれも依然として、ガンピの堅牢な鎧を打ち砕くには至らない。

「なるほど、出来るな」

 納得した声音でガンピが剣を振るう。

 水では埒が明かないと判じたのか、今度のエスプリの姿は赤であった。

 炎が両手首と足首から噴き出し、戦闘本能を高める。

「なかなかにやる。我も少しばかり、本気になろうか」

 ガンピは剣を携えてその鍔に刻まれた意匠に手をやった。

 Eスーツのバックルと同じ意匠の部位が輝き、ガンピの身体に纏われていくのは新たなる鎧であった。

 銀色の鎧の上に拡張されていく黒い鎧と、オレンジ色の鉱石が輝く。

 まるでそれそのものが移動要塞のように、ガンピの姿が変貌していた。

 両肩が鋭く発達し、頭部には闘牛のようなマスクが装着されている。悪魔を想起させる一対の角に血潮が宿った。

 オレンジ色のデュアルアイセンサーがエスプリを睨み据える。

 ヨハネは硬直していた。

 その圧倒的な戦闘単位としての姿に、というよりも、ガンピの身に纏ったそれはまさしく――鬼であったからだ。

「鬼の、Eスーツ……?」

「然り。我がEスーツの名はフレアエルダースーツ。Eスーツの中で最も洗練されたものであると言われている」

 ガンピがホルスターからモンスターボールを一つ、右肩のハードポイントに留めた。その瞬間、右肩口からオレンジ色の血流が至り、右腕に注がれる。

『ロックユニゾン』の音声にエスプリとヨハネは同時に息を詰めた。

「行くぞ、エスプリよ。我が力、存分に知るがいい」

 ガンピが剣を手にした手を引く。次の瞬間、重機のように地形を踏み砕きながらガンピが突進してきた。

 あまりの迫力に空中で見守っているヨハネでさえも総毛立ったほどだ。あれほどの気迫、まるで地すべりのようである。鋼そのものが質量を持って襲って来たに等しいガンピに、エスプリは格闘戦術で応じていた。

 拳から炎が迸り、ガンピの装甲と打ち合う。

 ガンピの振るい上げた剣閃をするりとかわして、エスプリは背後へと回っていた。

 推進剤のように炎を焚いて肘打ち。それが急所である横腹に命中するかに思われたが、ガンピの動きに隙はない。

 脇を固め、ガンピはエスプリの肘を拘束した。

「捉えたぞ」

「捉えたのは、こちらだ」

 足の力で浮かび上がったエスプリが空中で翻り、回し蹴りをガンピの頭部に叩き込んだ。

 鬼か悪魔の威容を伴わせるヘルメットを打ち据えたその一撃であったが、ガンピのヘルメットから煉獄の炎のような光が放射される。

「やるな。だが」

 デュアルアイセンサーが煌き、剣が振るわれた。その一閃にエスプリは炎の壁を構築して退ける。

 やはりどこまでもやりにくい。

 その印象があった。

 炎のユニゾンは闘争本能を高めているはずだ。だというのに、エスプリはガンピに対して、どこか守りに徹している。

 それは相手の桁外れな攻撃力に由来しているのだとヨハネは感じていたが、それにしたところで慎重が過ぎる。

 まさか、とヨハネはガンピへと攻撃を見舞った。

「エアスラッシュ!」

 風の刃をガンピは振り返り様に手を払っただけで霧散させる。

 この程度ならばまだ、化け物とは呼ばない。

 問題なのはこの後である。

 ガンピの右肩からオレンジ色の血潮が至り、その掌に集中する。

 直後、空間を引き裂いたのはオレンジ色の光条であった。ヨハネは慌ててクロバットに回避させる。

 闇夜を裂いた今の一撃は紛れもない。

「破壊光線、だって……」

 ただのEスーツの装着者が使える領分を遥かに超えている。Eスーツの中で最も洗練されたという謳い文句は伊達ではないらしい。

 ヨハネはそのまま中距離を維持したが、エスプリはそうはいかない。

 破壊光線を放てるほどの相手でも近距離戦闘に持ち込むしかないのだ。

 どれほどの恐怖と戦慄が身体を包み込んでいる事だろう。

 予測するだに恐ろしかったが、エスプリはそれでも怯んだ様子もなく、ガンピへと果敢に攻撃を仕掛ける。

 拳による一撃。それでもガンピの堅牢な装甲は貫けない。

 ならば、と蹴りが咲き、次いで全身から炎を発しての突撃が打ち込まれた。続け様の攻撃網にさしものガンピも怯むかに思われたが、悪魔の相貌を持つヘルメットからは変わらぬ気迫が放たれている。

「その程度か」

 その言葉にエスプリが反応した。

「そっちだって。さっきからあたしの攻撃を受けてばっかり。取り得がないみたいだけれど」

「申し訳ないが、我も慣れていなくてね。今から本調子を出そうと思っていたところだ。ユニゾンシステム、まずは右側から行こう。ギガイアス、ロックユニゾン」

 ガンピが剣に設けられた装置のハンドルを引くと、右肩からオレンジ色の血流が流れ込んでいく。

 そのまま指先まで神経が走ったかと思うと、ガンピは今まで両腕で持っていた剣を右手だけで保持した。

 その怪力にまずは目を瞠るべきであったが、重要なのはそれではない。

 強大な膂力で振るい上げられた大剣にオレンジ色の血脈が至っていたのだ。

 ヨハネは息を詰めて叫んだ。

「エスプリ、避けて!」

 剣閃が放たれる。

 大剣そのものの質量はもとより、それ以上に拡大化したエネルギーの瀑布が破壊光線よりもなお性質の悪い衝撃波としてミアレの高層建築を嬲り壊した。

 円形に走った衝撃の波に、ヨハネは暫時、呼吸すら忘れていた。

 エスプリの、赤の金に匹敵する力。否、片手で振るわれたそれは赤の金すら、児戯だと嘲るかのような威力である。

 その爆心地でエスプリは、と言えば、水のユニゾンに瞬間的に移行していた。

 水ならばいなせる、という考えだったのであろうがそれが甘かったのは結果が証明している。

 エスプリの装甲のほとんどが蒸発していた。

 飛び散った水が次々と気化していく。ほぼ半身を失ったエスプリからしてみれば死活問題である。

 ヨハネは声を投げかけていた。

「このままじゃ……!」

「分かって、いる。デルタユニゾン、始動」

 ハンドルを引き、水のユニゾンの別の側面が引き出された。エスパーのユニゾンが瞬時に水の装甲を再生していく。自己再生の能力が働いているのだ。

 水の装甲を取り戻したエスプリであったが、その姿勢に余裕はない。

 一撃で体表を奪い去られるほどの熱量が相手に可能な事が分かってしまった。

 この場合、水で受ける事さえも迂闊である。

「なるほど、我が剣に、岩の属性が宿り、その強靭な生命の力が、張りぼてのユニゾンを叩き飛ばす……。それで、この場合、貴君らはどうするのか」

 その問いにヨハネは言葉もなかった。

 水で受ければ蒸発させられる。何度も再生可能とも思えない。

 だが、紫では不可能だ。岩のユニゾンを打ち破るには至らない。

 赤でも難しい。

 闘争本能を高めたところで、相手はその上を行く。

 この場合、最も拮抗出来るのは……。

「ヨハネ君。ここじゃ駄目だ」

 エスプリも同じ結論に至ったらしい。

 ヨハネはクロバットの翼を翻させた。

「ガンピ! こっちだ!」

 エアスラッシュで視線を逸らしつつ、ヨハネは誘導しようとする。

 だが相手にとって空気圧の刃などほとんど意味を成さない。手を払っただけで相殺され、ガンピへの誘導さえも意味を成さないかに思われたが、驚くべき事に彼は従った。

「エスプリを、完膚なきまでに叩き潰せ、との事だ。そのためには貴君らの全力が知りたい。全力を知るためならば、この場ではやり辛いのだろう」

 ガンピの巨躯が跳ねてミアレの高層建築を跳び回る。エスプリもその行く手を先んじて前を行った。

 打ち合わせ通りに、工場区画へと。

 ガンピが先に舞い降り、周囲を見渡す。

「ここならば、という事か」

「そうだ」

 降り立ったエスプリが赤に変化し、ハンドルを引いた。

『デルタユニゾン、レディ』の音声と共に電撃の輝きが迸り、エスプリの右足に拡張器具を装備させる。

 黄金のラインが走り、迸る炎に金粉が混じった。

「ほう。それが、貴君の全力か」

 感嘆した様子のガンピへとエスプリが右足をひねりこむ。

 距離も充分。雨が降っていて天候は悪いが、それでも攻撃を放つのに射程も、場所も、エスプリ自身の覚悟も完了していた。
ハンドルが引かれ『エレメントトラッシュ』の音声が木霊する。

 駆け出すなり、炎が連鎖した。

 一足ごとに駆け抜ける黄金の炎にヨハネは勝利を確信する。

 この攻撃を受ければどれほど堅牢さがウリのガンピのEスーツとて撤退を余儀なくされるはずである。

 エスプリが跳躍し、空中で一回転した。

 さらにひねりこんだ空中蹴り。

 確実にガンピへと命中する。

 ヨハネがクロバットに射程から逃れるように命令した直後、爆発の光が拡散し、炎が舞い上がった。

 少しでも命令が遅れていれば自分も火の海の中だ。

 爆心地に沈む業火の中、エスプリが跳ね上がり、元の位置に戻った。

 この炎とエネルギーの瀑布である。

 どう考えても耐え切れまい。

 そう判じた二人の視線に入ってきたのは、信じられない光景であった。

 炎を纏いつかせて一歩、黒い鎧が踏み出す。

 まさか、と息を呑んだ。

 生きているはずがない。否、仮に生きていたとしてもフラダリのように戦闘不能に追い込まれるはずだ。

 だというのに――。

「これが、本気、か?」

 ガンピのEスーツには傷一つない。

 損傷もまるで受けていないようであった。

 右肩のオレンジ色の血潮が半身に宿り、完全に赤の金の蹴りを受け止めたのである。

 驚愕よりも、自分の眼が信じられない。本当に敵に傷一つないというのか。幻術でも何でもなく、敵は攻撃を真正面から受け切り、その結果、今佇んでいると言うのか。

 にわかには信じられず、ヨハネは声にしていた。

「嘘だ……、そんなはず……」

「どうやら、全力であったようだな。しかしこの程度とは。片腹痛い」

 燻る炎をガンピは拳を握って振るい落とす。それだけでガンピに纏い付いていた炎が鎮火した。

 その防御力は最早、正常な域を超えている。

 エスプリが再攻撃に移ろうとしたが、今の攻撃は全力のエレメントトラッシュ。当然の事ながらヒトカゲのボールは排出されている。

 再度のユニゾンに入るのには、エスプリの時間が足りていない。

 白の状態に戻ったエスプリにガンピが剣を掲げた。

「もう一つ、と行こうか」

 取り出されたのはモンスターボールだ。ガンピはそれを左肩のハードポイントに装着する。

『スティールユニゾン』の音声と共に灰色の血潮が流れ込んできた。オレンジと灰色。二つの血流が中央で混じり合い、新たに化合された色を生み出す。

 ガンピのデュアルアイセンサーが赤く輝いた。

 背筋から幾つものエネルギーラインが走り、一つ、二つと制御弁が開け放たれていく。

 蒸気が迸り、ガンピは獣のように吼える。

 手にしたのは大剣である。

 大剣そのものにもハードポイントが一つ設けられていた。

 さらにモンスターボールが取り出され、ガンピが大剣の鍔の部位に装着する。

『グラウンドユニゾン』の音声が響き、茶色の血流が大剣を埋め尽くしていく。

 今、ガンピの体内では三つの属性が渦巻いていた。

 岩、鋼、地面。

 この三つを手に入れたガンピが大剣を地面に突き刺す。

 地脈が呼応し、ガンピの周囲に惑星型の立体映像が投射された。

 ガンピはその投射映像を吸収し、すっと両腕を下段に構える。

 何をするかと思えば、ガンピは駆け出していた。

 その進路には大剣がある。

 その巨躯からは想像も出来ないほどに軽やかに跳躍したガンピの足が大剣を足がかりにした。

 地面のエネルギーが流し込まれ、ガンピが空中で取った姿勢にヨハネは瞠目する。

「両足蹴り……」

 ガンピの両足蹴りの姿勢にエスプリは防御を組む暇もない。

 そのまま打ち込まれるかに思われた刹那、ヨハネはクロバットに声を弾けさせた。

「クロバット! エアスラッシュを作れるだけ作って連鎖! エアバックにしてエスプリを!」

 守ってくれ。

 その言葉に応じるようにクロバットが空気圧の刃で威力を減殺しようとする。

 エスプリの眼前に空気の膜が張られたがそれでも両足蹴りの威力はエスプリへとまともに突き刺さった。

 吹き飛んだエスプリが仰向けに昏倒する。

 ヨハネは嫌な予感が這い登ったのを感じた。背筋を汗が伝い落ちる。

「まさか! エスプリが……」

「我の、勝ちのようだな」

 闘牛の姿勢のまま、ガンピが身を翻す。エスプリは起き上がらない。

 ヨハネは構わず降下し、エスプリの肩を揺すった。

 それでも反応がない。

「ルイ! エスプリの生命維持装置を全開にしてくれ!」

『もうやってんよ! でも、今までとはまるで違う……。こんなの、想定出来るかよ……』

 ルイでもどうしようもない状態だというのか。

 ヨハネは呼びかけを続けた。

「エスプリ! 今、倒れたらこの街は! マチエールさん!」

 エスプリの意識が戻る様子はない。

 ヨハネの焦燥とは裏腹に、ガンピは大剣を担いで呟いた。

「つまらないな、エスプリ。その程度であったとは。潰せ、と言われてきたが、それならば直に自壊する。フレアエクスターミネートスーツ。その名に等しい強さではなかったか」

 立ち去っていくガンピの背中へとヨハネはエアスラッシュを放たせた。

 ガンピが僅かに立ち止まり、声にする。

「足掻き、という奴か? 貴君では勝負にならない」

「待てよ。勝負になるとか、ならないとかじゃない。僕が、納得出来ない!」

 立ち上がったヨハネにガンピは鼻を鳴らした。

「その身にEスーツを纏う覚悟すらない者に、この戦いへの介入は無粋、というものだ」

「僕は……、僕は……っ!」

 どれだけ言葉を弄しようともそれが真理。

 自分にはエスプリになるだけの覚悟がない。

 彼女の戦いを肩代わりする事は出来ないのだ。

 ガンピは眼前の自分にまるで興味さえもないようであった。

「この街はすぐに死に絶える。それまでの前哨戦を彩って来たにしては、その力、あまりに未熟」

「僕は……エスプリを侮辱する奴を、許さない!」

 クロバットが跳ね上がり、エアスラッシュを見舞うもガンピは片手を払って受け止めた。

「やめておけ。後悔せずに済む」

 ガンピの鉄槌のような言葉に、ヨハネは立ち竦むしかなかった。

 この場で発言権があるのは、戦う事を選んだ強者のみ。

 弱者には口を開く事すら許されない。

 雨が降りしきる中、ヨハネは慟哭した。



オンドゥル大使 ( 2017/03/30(木) 21:50 )