EPISODE119 超越
ルチャブルのモンスターボールを核に抱いたEスーツに新たな血潮が滾る。
青く染まった装甲に、銀色の血が再び流れ、ヘルメットの形状が変化した。
バイザーが上がり、余剰熱量を排出するために気孔がいくつも空く。
ヘルメットから蒸気が噴出し、目元まで上がったバイザーが止まる。口元だけを露出させた形で、イグニスは最後の姿へと変貌していた。
「爆震超者、イグニスコアハート! 命、爆発!」
鼓動が脈打ち、イグニスの新たなる姿を見せつける。ズミはしかし、ユニゾンブレイドに火を通して鼻を鳴らした。
「イグニスコアハートだと? そんな付け焼刃で! わたしのエリミネータースーツは倒せない!」
ユニゾンブレイドが再生し、イグニスコアハートへと襲い掛かる。イグニスコアの状態から変化したため、全ての武装がオフラインになっていた。
しかし、イグニスコアハートはそれを物ともせず、掌底を突き出す。
ユニゾンブレイドに触れた途端、火花が散り、ユニゾンブレイドのほうが湾曲した。
その熱量にズミがうろたえる。
「まさか……全身から高熱を発しているのか」
「アタシも……こんなに熱いのは初めてだよ……、これが、真のユニゾンか」
息も絶え絶えにイグニスコアハートは解除された武装を掴み取る。ブレード同士を連結させて手の中で握り締めると、その灼熱にブレードの高密度の刀身が焼け爛れた。
次の瞬間、その手にあったのは連結された剣である。
両手で振るうのに適した剣がイグニスコアハートの武器であった。
ユニゾンチップを取り出し、剣に挿入する。
『コンプリート、スティールユニゾン、ファイティングユニゾン』の音声が相乗し、イグニスコアハートが剣を振るい上げた。
ユニゾンブレイドとぶつかり合う剣に、ズミが圧倒されたように声を振り絞る。
「嘗めるな! ユニゾンブレイド、出力最大! エレメントトラッシュだ!」
ユニゾンブレイドの刀身の輝きが増し、こちらを切り裂こうと迫る。
だが、連結された剣は二つの属性を組み合わせ、さらなる高みへと進み上げていた。
双刃が昂ったようにユニゾンブレイドを突き上げたかと思うと、ズミのEスーツに一太刀を浴びせる。
Eスーツへと焼け爛れたように傷が走った。ズミが後ずさる。その隙さえも逃さず、イグニスコアハートは剣で肉迫した。
鍔迫り合いに、ズミがうろたえる。
「わたしが……! わたしが、押し負けているだと……!」
「アタシが、勝つ。ここで、全てを、終わらせてやる!」
バックルにユニゾンチップを埋め込み、ハンドルを二度引いた。体内の血流が一斉に中心核へと集まっていき、核の役割を果たすルチャブルからのエネルギーが全身に行き渡る。
『ファイティング、フライング、デュアルユニゾンバスター』
規格外の音声が鳴り響き、イグニスコアハートが双刃を天高く掲げる。
オレンジのエネルギーと水色のエネルギーが二つの刃の間で行き交い、両腕で握り締めた瞬間、相乗した属性が弾けた。
一閃。刃がユニゾンブレイドの守りを貫通し、ズミのEスーツを切り伏せる。
さらに返す刀で一閃。十字の形で斬りつけられたズミがその手からユニゾンブレイドを離していた。
ユニゾンブレイドが滑り落ちるのと、十字に刻まれた傷痕からエネルギーの瀑布が発生するのは同時であった。
Eスーツを着たまま、ズミがよろめき、その場に膝をつく。
「まさか、ここまでとは……。わたしが負ける、だと」
「命を爆発させる、アタシしか出来ない技だ」
その刃がズミの首へとかかる。彼は自嘲気味に返した。
「いいさ、殺せよ」
「いや、こうしている間にも、奴は逃げおおせる。あれだけ警戒心の強い女だ。あんたを倒した途端、爆破のスイッチでも預けていてもおかしくはない」
その言葉にズミは乾いた笑いを上げた。
「まさかの正解。……どうする? だが今のわたしをどうにかしなければ、追いつく事も出来まい」
「簡単な事だよ」
ブレードによる峰打ちが放たれる。ズミが昏倒したのを確かめて、イグニスコアハートは高級車の後を追おうとした。
「何とかして、追わないと……。でも、もう……」
剣を突き立て、その場で呼吸を整える。
コアハート形態が思っていたよりも体力を消耗する。核に使用していたルチャブルを排出し、基の核を戻してようやくコア形態が解除された。
完全にユリーカの設定した時間を超過した使用方法である。当然の事ながらしっぺ返しが待っていた。
身体にうだるような熱さが宿り、一歩も進めない。
通常形態のイグニスに戻っても両腕のブレードは破損したままであった。
「行かなきゃ……いけないのに、前に進めないなんて……」
無理やりにでも身体を進めようとしたその時、道を阻んだ影があった。
フレア団のEスーツ部隊である。
「何だ、お前ら……。通せよ」
「クセロシキ副主任より厳命を受けている。ここから先には通せない」
「クセロシキ……。あいつ、アタシを裏切ったのか?」
いや、今の自分など裏切る前提にも及ばないだろう。
ここで始末するつもりか。
そうすれば交渉など最初からなかった事になる。
五人のEスーツ相手に今の自分では立ち回れる自信がない。
連結させた双刃を振り翳し、イグニスは戦おうとして、その場に倒れ伏した。
意識が泥のように遠のいていく。
雨の打ちつける音だけが、明瞭に脳裏に響き渡った。
「ズミのバイタルサインが消えたわ」
パキラの声にオーキドはフッと笑みを浮かべた。それに比してパキラは忌々しげに目の前の老人を睨み据える。
自分の打った最強の手が破れた。
その時点で苦々しいものを感じているが、もっと疑わしいのはこの老人である。
全てが分かっていて、自分に追随しようというのか。
「食えないわね。オーキド博士。あなたはどちらの味方なの?」
「今を生きる人間の味方じゃよ。どうやら、コルニはやったようじゃな」
「でも、辛勝と言うべきでしょうね。どう考えてもプロトエクシードスーツで倒せたとは思えない。同士討ち、というのが恐らく正しいでしょう」
そうであって欲しい、という希望的観測も混じっているが。パキラの面持ちにオーキドは薄く笑った。
「どうすると言うんじゃ? ワシをこのままフレア団の庇護に置いたところで、お主の権限ではどうせ、シトロンに奪い取られるだけ。このままでは何一つ、うまい汁は啜れんぞ?」
「どうかしらね。私は案外、リアリストだから、こうしてあなたというカードを得ただけでも意味はあると感じている」
嘘であった。オーキドというカードが有効であるのはシトロンの推し進めている計画が頓挫した場合のみ。この状況ではオーキドを持っていてもさほど意味はない。
「ワシを殺すのならば判断は速いほうがいい」
だからか、この老人は自分の命のレートを軽んじている。
食えない、と感じるのはそこもある。
命惜しさに自分から軍門に下る事は絶対にない。
「……さすがは四十年前、天下無双の名を手に入れた伝説のトレーナーでもある。胆力は人一倍、というわけね」
「そちらも、騙し合いには慣れているようじゃな。コルニを騙し、己を偽り、組織の中でも自分を騙し続ける。パキラ、四天王としての自分。あるいはフレア団の中での自分、どれが本当のお主じゃ?」
「繰り言に、付き合っている暇はないのよ、オーキド博士。私は今にもあなたの脳髄を撃ち抜く事が出来る」
その距離にあるのだが、先ほどから嫌な予感しかしない。
ここでオーキドを殺す事がマイナスに働くのではないか、という予感。それが這い登ってくる。
自分の第六感は当たる。こうした決定の最重要な側面で、その勝負師としての勘があったから、自分はフレア団のナンバーツーまで上り詰めた。
「どうした? ワシを殺すのに、力は要らんぞ? その銃で一発、叩き込めばいい」
この老人は自分を試す。
ここでの決定は果たして正しいのか。それとも……。
パキラは銃口を下ろした。代わりのように、ソファに弾丸を叩き込む。
「オーキド博士は私の凶弾に倒れた。今、ここで」
「ほう。ではここにおるワシは何者かの?」
「……待ってなさい。私は売られた喧嘩は買う主義よ。必ず、報いを受けさせる」
「それはいい事じゃが、ワシのような老体を手にしつつ、動くのは不可能ではないのかの?」
「あなたの身柄はそちらが思っているよりもずっと重要よ。それに、私の手もまだ全て潰えたわけじゃないもの」
もう一つのバイタルサインをモニターする端末に声を吹き込む。
「四天王が四人いる意味、あなたにも分かるはずよ」