EPISODE118 篝火
突き立った水色の刃にイグニスが遅れて反応する。
「これは……」
「嘗めるなよ、イグニス……。わたしは、イグニスコアとやらの戦闘力、過小評価はしていない。既に、手は打っておいた。キングドラは水・ドラゴン。ドラゴンの生命力を付与したわたしのEスーツは、まさしく堅牢! 武器を捨てたのが仇となったな」
ユニゾンブレイドが引き抜かれる。
イグニスが前によろめいた。身体から力が抜けていく。
装甲の継ぎ目から血が噴き出した。
ああ、と思う間に鮮血が地面を染め上げる。
ズミはぐらりとよろめきつつも、まだ健在のようであった。
何度か額を押さえて頭を振る。
「なんていう威力だ……。加速して攻撃を叩き込むなんて……。だが、このEスーツはただのEスーツじゃない。フレアエリミネータースーツだ。相手を支配し、倒すためのスーツだよ。プロトEスーツの戦闘力では、このEスーツを破る事は出来ない!」
哄笑を上げるズミにイグニスは今にも意識が閉じそうであった。
雨粒の落ちる音が何倍にも引き伸ばされる。
何度か立ち上がろうとするが、まるで身体に力が入らない。刺し貫かれたのは心臓だ。
生きているはずもない。
即死でもおかしくはないのに、まだ意識がある。
ぼとぼとと落ちる血潮。赤に染まっていく路面。黒く閉ざされようとする視界。
何もかもが現実から遊離しているようであった。
そんな中、ルチャブルの声だけが明瞭に聞こえてくる。
――ああ、いつだって、〈チャコ〉はこうして、自分を励まそうとしてくれた。
だが、もう無理なのだ。
心臓を貫かれて生きているものか。
イグニスは深い眠りに没しようとした。
もうここまでやったのだ。誰も咎めまい。
祖父も、満足してくれるだろう。
これ以上、どうしろというのだ。
静かに眠ろう。
夢も見ぬほどに、深い眠りに。
そのまま眼を瞑ろうとした時、何かの鼓動が脈打った。
一つ、一つと自分の中で脈打つもう一つの何か。
それが意識に覚醒を促していく。
人間として、死に絶えかけていた全ての細胞に火が宿り、今一度再生されていくようであった。
何だ? この感覚は?
イグニスの絶えかけた意識に熱が篭る。
どくん、と大きく脈動し、身体が痙攣した。
自分でも分からない。
分からないのに、立ち上がれる。
先ほどまで血の迸っていた傷口が急速に塞がり、意識が明瞭になっていく。
「……馬鹿な。立ち上がるだと……」
ズミも信じられないらしい。それ以上に、自分自身、信じられなかったがイグニスは振り返った。
足並みにも迷いはない。
全身が生まれ変わったかのように生命の息吹に満ちている。
「これは……ユリーカが?」
そうとしか思えないが、心臓を貫かれて再生出来るほどの技術などあるのか。
半信半疑のイグニスへとズミが剣を掲げて襲い掛かる。
「ならばその命、死の先へと連れて行ってやる!」
振るわれたユニゾンブレイドの剣閃を、イグニスはブレードで受け止めていた。だが過負荷にブレードが折れ曲がる。
両腕のブレードを失い、イグニスは腕の装甲だけでユニゾンブレイドを受けた。装甲が熱に晒され、徐々に融解していく。
「わたしの勝ちだ!」
コルニは仮面の下で歯噛みする。
せっかく得た命。ここで潰えるわけにはいかない。
負けない、負けたくない。
「負けられないんだっ!」
再び腕時計型端末へと手を伸ばす。この状態でのイグニスコアへの変身は何をもたらすのかまるで分からない。
だが勝つのには。イグニスコアになるしかない。
鍔迫り合いを繰り広げる二人に割って入ったのはルチャブルであった。
格闘戦術の猛攻がズミを圧倒しようとするが、すぐに持ち直したズミが剣を突き出す。
「邪魔だ!」
ユニゾンブレイドの凶刃にルチャブルが膝を折った。
「〈チャコ〉!」
叫んだイグニスにルチャブルは一瞥を振り向ける。その眼差しの問い質す答えの先を、イグニスは悟った。
イグニスコアになる。しかしそれは今までのような一時的なものではない。
「……分かったよ。〈チャコ〉、戻れ!」
ルチャブルをイグニスはブランクのモンスターボールに戻した。赤い粒子となって消えたルチャブルのボールをイグニスは握り締める。
「戻れ、だと? 戻してどうする? 我がユニゾンブレイドの前に、ポケモンを出すのは失策だと判じたか」
「いや、アタシは戦う。戦うと決めた。他でもない、相棒の〈チャコ〉と!」
腕時計型端末のボタンを押し込む。
体内で燻っていた青い炎が沸き上がり、装甲を染め上げていく。『コアモード、レディ』の音声と共に胸部装甲が展開し、核が露出した。
「再びの加速フォームか! だが二度は通じない!」
ズミが手首のボタンを押し込む。ユニゾンブレイドが煌き、刀身が蒼く輝いた。
『エレメントトラッシュ』の音声と共にズミがユニゾンブレイドの切っ先を突き上げる。
「食らえ、九十九スラッシュ!」
その名の通り、目視出来ないほどの剣の連撃がイグニスへと襲い掛かった。イグニスはその攻撃を飛び退って回避する。
加速へと浸ろうとしたが、やはり連続使用は前提とされていないらしい。すぐさま『リフォーメーション』の音声が耳朶を打つ。
「やはりな! そう何度も加速を使えるわけではあるまい! これで最後だ、眠れ!」
イグニスコアがブレードでその一撃を受け止めるが、過負荷にブレードが根元から折れてしまった。
回転しながらブレードが地面に突き立つ。
最早、ここまで。
通常ならばそう考えるであろう。
しかし、イグニスは諦めていなかった。
――ここで諦めれば、何のために復讐に身を捧げたのか。
自分はこうして生きるしかない。
そのために、二度目の生を受けた。
イグニスは露出した核へと手を伸ばしていた。
「……何をしている!」
「これしか、ないみたいなんだ。ユリーカがここまで計算して設計してくれていたのかは分からないけれど、アタシの頭で思いつく、精一杯の策。……行くよ」
息を詰め、イグニスは思い切り、中心に位置する核を抉り取った。
その行動にズミが瞠目したのが伝わる。
「馬鹿な! それはEスーツの、ひいては生命維持装置の核のはず。それを抉り取るという事がどういう意味なのか、分かってやっているのか? Eスーツの死、もっと言えば装着者の死に至るというのに……」
「ゴチャゴチャ、うるさいんだよ」
イグニスの全身に回っていた銀色の血潮が逆流する。
核の不在に血流が止まり、青く染まった装甲が死に絶えたように灰色になっていった。
イグニスは自らに残された時間の少なさを感じ、同時にこれでもまだ生きている自分に、好機を見出した。
「頼む、これが計算でないにせよ、あるいは神のイタズラにせよ、アタシの勘が当たっていてくれ」
イグニスはルチャブルの入ったモンスターボールを掴み上げると、それをそのまま、核が収められていた中央に入れ込んだ。
偶然か、あるいは運命か。
核のサイズとモンスターボールのサイズはピッタリと一致していた。
死に絶えていたEスーツに新たな血脈が宿る。
ルチャブルを中心として鼓動が広がり、プロトエクシードスーツが蘇りつつあった。
それを悟り、ズミがユニゾンブレイドを掲げて奔る。
「させると思っているのか! これで終わりだ!」
振り下ろされた剣を、イグニスはその手で掴む。
握り締めた瞬間、発生した炎熱がユニゾンブレイドを歪めた。
ハッとして後ずさったズミが目にしたのは掴まれた部位が焼け爛れたユニゾンブレイドの姿である。
「ユニゾンブレイドを、焼き切った、だと……」
イグニスはよろめきながらも、胸に抱いた命一つを自覚する。
とんでもない熱量が渦巻き、体内で逆立つ。
最初にEスーツを纏った時よりもなお濃い灼熱。
今すぐにEスーツを脱がなければこの地獄の炎に焼かれるであろう。
だが、イグニスはそれを選択しない。内奥から突き上げる言葉を紡ぎ、拳を握る。
「――Eフレーム、ファイナルイグニッション!」