ANNIHILATOR - 災禍篇
EPISODE113 宣誓

 エスプリが返した拳に、五人のEスーツ部隊が一斉に飛び掛った。

 数で圧倒しようというのか。

 エスプリはバックルにモンスターボールを入れ込み、ユニゾンを仕掛ける。

『コンプリート。ドラゴンユニゾン』の音声が弾け、両腕から至った茨がEスーツを絡め取った。

 動きを制されたEスーツの人々に、エスプリは判じる。

 ――素人に近い。

 Eスーツを用いる戦いならばイグニスのほうが圧倒的に上である。もっと言えばEアームズとしのぎを削ってきた自分に対しては、このレベルでは時間稼ぎにもならない。
 何か、違う目的がある。

 そう感じた時、エスプリはハッとした。

「お前達、まさか、ヨハネ君を……」

「今頃はご同行願っている事でしょう」

 迂闊さを呪った。最初から連中は自分の周囲を外堀から埋めていくつもりだったのだ。だが後悔はしていられない。

 エスプリは茨の鞭を振るい上げて、Eスーツ部隊を牽制する。

「でも、お前らは弱い。あたしには勝てないよ」

「勝つつもりでは闘っていない。勝負というのは、勝者という結果で決まる。今の場合、エスプリを倒す事が結果ではない」

「どういう……」

 そう問い質しかけた、エスプリの装甲を叩いたのは投げられた石である。

 遠巻きに眺める人々がエスプリへと石を放り投げていた。

「この、厄介者が!」

「お前さえいなければ、ミアレがこんな事になることはなかったのに!」

 怨嗟の言葉にエスプリは混乱する。

 ワケが分からない。

 自分はミアレを、街を守るために今まで戦ってきたのだ。命を削ってきたのだ。

 ――だというのに、街に見離される?

 市民は次々と罵声を吐いた。 

 だがエスプリには最初の言葉以外は聞こえなかった。

 厄介者。邪魔者。悪人。偽善者……。

 様々な言葉が脳裏を滑り落ちていく中、小さな声が耳朶を打つ。

「頃合か」

 Eスーツ部隊が機動し、エスプリの道を阻んだ。

 退路も、進路もない。

 このままでは、自分は恨みと、後悔の念で押し潰されてしまう。

 これが、負けるという事。

 Eスーツ部隊は最初から、性能面での勝利など考えていない。

 精神的に追い詰め、こちらを疲弊させてせいぜい時間を稼ぐ。 

 その間に自分の全てを奪うつもりなのは明白であった。

「……させない」

 ハンドルを引く。『エレメントトラッシュ』の音声で両腕の鞭がしなり、剣を構築した。

『デルタユニゾンシステム、レディ』の音声で起動したデルタの鼓動が黄金のラインを顕現させる。

 クリムガンの氷の側面が呼び起こされ、氷結する大気の中、エスプリが剣を掲げる。

 その背中に突き刺さったのは罵倒であった。

「また街を壊すのか!」

 硬直する。

 動けなかった。

 息も出来ない。

 自分がミアレを壊した。ミアレを傷つけた。その事実は拭えない。

 全てを振り払ったように装ってもやはり、過去の傷は癒せない。

「突撃の陣」

 Eスーツ部隊が列を成して次々と自分へと攻撃を仕掛けた。

 一発一発は大した威力ではないが、五人の連携でエスプリは弾き返される。

 その行動に市民が喜びの声を上げた。

 ――自分は一度だって感謝された事なんてないのに。

 相手への賞賛が、今は純粋に心を突き刺す。

「構え直し。次手、包囲の陣」

 Eスーツ部隊が散開し、自分へと間断のない攻撃を浴びせてくる。市民がもっとやれと囃し立てた。

 その言葉がどのような攻撃よりも痛手であった。

 どうせ、自分は感謝されない。

 それどころか街にとっての悪は自分だ。

 ここで倒れても、とエスプリは剣を地面に突き立てて息を荒らげる。

 ここで倒れても誰も気に留めまい。

 死んだほうがいいのかもしれない。

 脳裏に過ぎったのは、そんな弱々しい考え。

 Eスーツ部隊が集結し、再度指示が成される。

「終形、千刃の陣」

 Eスーツ部隊がそれぞれ武器を手にする。全員が構えたのはナイフであった。逆手に持ったナイフを掲げて腰の横にあるボタンを押し込む。

『エレメントトラッシュ』の音声が響き、全員の刃がエスプリの息の根を止めようとした。

 その時である。

『聞け! ミアレの人々よ!』

 その声の主のあまりの意外さに、エスプリを含め、全員が固まった。

「オーキド博士……?」

 ざわめきが形になる前に、オーキドの声が拡張されて響く。

『それでいいのか、お主らは! 恥ずかしいとも思わんのか! 情報に踊らされ、強い者にこびへつらう! そんな事で、本当に平和が勝ち取れるとでも? それで勝ち取ったものは穢れた平和だ! ワシは! 四十年前、戦い抜いた。だからこそ言える、言い放てる! 踊らされるのではない、自分達の判断で、目の前の状況を見、その上で言葉を貫け! そうでなければ、お主らはフレア団の傀儡として、飼い慣らされるのみ! ワシは、普段はもうろくした人間として映っておるじゃろう。この放送も、何人が正気じゃと思ってくれるかは分からん。だが、ワシは断言する! 恩人に石を投げるような人々に、その後の平穏などないと! 罪を背負って戦う戦士の無防備な背中に石を投げるのだとすれば、それは愚か者じゃ! 本当にフレア団が正しいと思う者だけが石を投げよ! フレア団に心の底から忠誠を誓う人間だけが、石を投げる事が許される。だが、どうじゃ。皆の衆。それほどの心の持ち主は、存在するか?』

 市民が混迷のざわめきと共に、全員が後ずさっていく。

「世迷言を!」

 Eスーツ部隊が跳ね上がる。間に合わない、と思われた瞬間、小石がEスーツのヘルメットを打った。

「誰だ!」

 振り向けた声音に、市民が物怖じしつつも、一人、また一人と声を漏らす。

「フレア団のやり方が、正しいとは思えない」

「おれもだ……。フレア団のやり方、力に従うのは簡単かもしれないけれど、でも……。本心では従えない」

「貴様らァ! フレア団の支配を是としないというのか! フラダリ様の真意も理解できない愚民共が!」

 ナイフを振り翳すEスーツに恐れを成しつつも、人々は叫んだ。

「フレア団に、支配されるのをよしとしていちゃ、ミアレの市民の名が泣く」

「何が正しいのか、何が間違っているのかを裁くのは、公正な眼だ。見失っていた……」

「公正? 天秤など既に崩れているだろう! このエスプリこそが、断罪すべき悪だ!」

 確かにミアレを破壊したのは言い逃れの出来ない事実。エスプリは顔を伏せていると不意に声が弾ける。

「そんなはずはない!」

 振り返ると、少女が必死に勇気を振り絞って声にしていた。

 拳をぎゅっと握り締め、再度口にする。

「そんなはずはない! だって、私達、ずっと助けられてきた! 今まで、ずっと。なのに、私達が危なくなったら裏切るなんて、勝手過ぎるよ」

 少女のただの一声に過ぎなかったそれに人々が同調する。

「そうだ。おれ達は助けられてきたんだ!」

「恩人を見捨てるなんて、ミアレの街の人間に反する」

 そのうねりにEスーツ部隊が遂に我慢の限界を超えたらしい。

 一人のEスーツが跳ね上がり、民衆へと刃を見舞おうとする。

「衆愚がァッ!」

「させない!」

 茨の鞭がその進路を遮る。絡め取ったEスーツを中空に押し出して、エスプリは片腕の剣を突き上げた。

 Eスーツを切り裂いた一閃に相手がたじろぐが、それでも戦闘をやめようとはしない。

「一人倒した程度で! それでも四人いる!」 

 一斉に飛びかかってくるEスーツ部隊にエスプリは攻撃を跳ね上げた。水を纏った拳がナイフを貫通し、相手へと衝撃を与える。

「いつの間に、青のユニゾンを……」

「あたしは、今まで戦ってきた……。Eアームズ、それ以上の敵にも。それに比べれば、お前達なんて、強くも何ともない!」

「戯れ言を!」

 挟み撃ちの形でEスーツが駆け抜ける。エスプリは瞬時にその動きの差異を聞き分けて振り返り様に榴弾を放った。

 毒の榴弾でEスーツが制御不能に陥る。しかし前方の敵は健在である。

「その首もらった!」

 その鳩尾へと炎の拳が叩き込まれた。よろめいた相手へとさらに一撃、上段からの回し蹴りが打ち砕く。

 赤のユニゾンに達したエスプリが最後の一人を睨んだ。

 後ずさった相手であったが、撤退は許されないのだろう。

 それ以上に、市民の応援がこの場での決着を要求していた。

「負けるな! エスプリ!」

「この街を守ってくれ!」

 いくらでも戦える。

 どれだけ傷ついたとしても前に進める。

 エスプリが構えると、相手も身構えた。

 腰の側面にあるボタンを押し込み、相手がエネルギーを充填する。

『エレメントトラッシュ』の音声が響いたのは同時であった。

 ハンドルを引いたエスプリが右手に熱したような光を宿し、力を振り絞る。

 Eスーツが動き出した。

 空気の皮膜を裂いて瞬時に肉迫し、その刃が振るわれようとする。

 肩口を狙った一閃を、エスプリは正拳で打ちのめした。

 ナイフが砕け、身体の中心軸を振るわせる炎の拳がEスーツを吹き飛ばす。

 仰向けに倒れたEスーツが声を漏らした。

「いい気に……なるなよ。まだエクステンドスーツは健在だ。どれだけでも量産出来る。お前は一時的な勝利を得たに過ぎない。真の勝利は、我がフレア団にある。フレア団がいずれ法になる時代が、やってくる」

「だとしたら、あたしは全力で立ち向かう。立ち向かわなくっちゃいけない」

 それこそがエスプリの義務なのだ。この街を守ると誓った人間の責務である。

 身を翻したエスプリは民衆を見つめ返した。

 ここでヘルメットを取ってしまってもいいのかもしれない、と一瞬だけ思ってしまう。

 だが、最後の一線が、エスプリにそれを留めさせた。

 まだ、自分は戦士だ。

 民衆の前でヘルメットを取るのは本当に最後の最後でいい。

 全ての戦いが終わってから、エスプリという小さな存在を証明するので構わない。

 エスプリは姿勢を沈めて跳躍し、高層建築を跳び越えた。

 今はエクステンドスーツと、ヨハネの無事を確かめなければ。

 そのためならば、自分はどれほどの泥を被ってもいい。

 この戦いの終点まで。



オンドゥル大使 ( 2017/03/15(水) 22:27 )