EPISODE111 決着
刹那、悲鳴が弾ける。
マチエールは即座に戦闘本能を研ぎ澄まし、路地裏を駆け抜けた。
表通りに出たところで灰色のEスーツ集団が道路を封鎖している。
車のクラクションが鳴り響き、怒声が迸った。
「おい! 何だって言うんだ!」
「お静かに。これより、我らが王、フレア団頭目、フラダリ様の宣言を聞いていただきます」
歩み出たEスーツに男が腕を鳴らして殴りかかろうとする。
空を切った拳をいなして、Eスーツの攻撃が鳩尾を捉えた。
それだけでも馬鹿にならない一撃。男は昏倒する。
恐慌状態に陥る人々の中にはポケモンを繰り出す人間もいた。
踏み出したEスーツが肩の部分をスライドさせる。
内部から緑色の粒子が放出されたかと思うと、すぐさま攻撃しようとしていたポケモン達が寝返った。
攻撃の矛先がこちらに向いたものだから民衆は戸惑いの声を上げる。
「何だって言うんだ、こいつら!」
「我らはEスーツを操る者、エクステンド部隊。フレアエクステンドスーツの前では、ポケモンとトレーナーの絆など無意味」
ポケモン達が牙を剥いて襲いかかる。逃げ遅れた女性がその爪にかかろうとするのを、マチエールが跳躍して蹴りつけた。
Eスーツ部隊の一部が色めき立つ。
「お前は……!」
「逃げるんだ」
すぐに平時の落ち着きを取り戻したマチエールの声に女性が走っていく。マチエールはバックルを懐より取り出した。
「マチエールさん! でもまだ!」
「分かっている。ヨハネ君、あたしだってまだ完全に、振り切ったわけじゃないよ。でもさ、目の前で襲われている人がいる。危険なヤツらがいる。そんななのに、あたしは何もしない事を決め込めるほど大人じゃない! 戦う事が罪だって言うのなら、あたしが背負ってやる! もう逃げない! Eフレーム、コネクト!」
ベルトに伸長した基部の呼びかけを受けてアタッシュケースが開放される。内部から暴風の勢いを伴って放出された黒い鎧がマチエールへと次々と装着された。
最後にヘルメットが被せられ、内部にデュアルアイセンサーを擁したマスクが被せられる。バイザーが降り、複眼が煌いた。
「探偵戦士! エスプリ! ここに見参!」
「エスプリ、だと……。想定外の敵だ、どうなさいますか?」
「想定外? あたしからしてみれば、そっちのほうが想定外だよ」
接近したエスプリがすぐさま回し蹴りを放つ。Eスーツの前衛が吹き飛ばされた。
熟練度では明らかにこちらが上だ。ヨハネはマチエールのポケモン達をボールに入れつつ、この戦い、どう見送るべきか、と思案していた。
敵の目的は恐らくEスーツ部隊による街の占拠。
それを阻止するのに、マチエールのやり方は間違っていない。
だが、問題なのはこの五人だけかどうかという事。
「エスプリ……、こいつらだけとは思えない」
ヨハネの言葉に察知したのかエスプリは首肯する。
「……分かった。ヨハネ君、ルイと同期して別働隊を。あたしは、とりあえず目の前のこいつらを押さえる」
「頼む」
ヨハネはクロバットを頼りに踵を返しかけてエスプリの名を呼んだ。
放り投げたのはクリムガンのボールである。
「僕はエスプリを信じている」
「ヨハネ君……、あたしは、大丈夫だから」
その言葉を潮にしてヨハネは通りを駆け抜けた。
戦士の背中を垣間見させてくれた。自分がいなくとももう大丈夫のはずである。
ホロキャスターをルイに繋いでやると声が弾けた。
『遅いじゃねぇか、ヨハネ』
「フレア団が表立って活動し始めた。これは何なんだ?」
『もう隠す気もないって事なんだろうな。フレアエンタープライズとの関係についてはまだ言及していないものの、全地方に向けて、フレア団の王、フラダリの声明が発表された。カロス地方、ミアレシティを基点として支配を強めると。そして美しい世界を実現させると』
「美しい世界? そんなもの」
まやかしだ、と言い放ったが、ルイは犯行声明を聞きつつ口に出していた。
『……やべぇぜ、こりゃ。この犯行声明、何も考えなしじゃねぇ。もしこれで、エスプリの存在に言及されたら』
「どうなるって言うんだ?」
『これまでの積み重ねが水の泡だって言ってるんだ。国家だってミアレのチンピラを差し出せば事が収束するのならばそうしたいだろうさ。つまり、大衆にとってエスプリが……』
その言葉の赴く先をヨハネも予感する。
「敵になる、とでも……?」
『その可能性はでかい。フラダリがどこまで言うかにも寄るが、ミアレの大破壊について言い始めやがった。このままじゃ敵のすり替えだ。論点は一気にエスプリ排斥に向かう』
ヨハネは通話を中断し、今も流れているという犯行声明を表示させた。
フラダリが玉座につき、重々しい口調で語っている。
『わたしは、この世界に絶望した。資源を食い潰し、時間を貪り、ただ安寧と虚弱にだけ、人生を費やす者共よ。わたしは君達のような存在にこそ、宣戦する。この世界は、美しい。それを何も感じず、ただ与えられるものに口を呆けたように開けて享受する人間は必要ない。この世において悪以上に断罪すべき罪悪だ。わたしは、彼らを抹殺する。……その支配の一段階として、わたしはこのミアレを占拠し、美しきあるべき街へと作り変える。そのための尖兵が、彼らだ』
画面が切り替わり、エスプリと激しく戦闘するEスーツ部隊が映し出された。
エスプリは優位に立ち回っているがこの状況ではその動きは芳しくない。
『Eスーツ。ポケモンと肉迫し、人間自身がその強さを活かして戦う新たなる形。わたしはそれを模索し続け、そして手に入れた。だがわたしの覇道の前に、小さな、ほんの小さなよどみとして存在するのが、この黒いEスーツの持ち主、通称エスプリだ。これを排除しなければわたしは成長出来まい。最後の、この覇権の一個を担うに至り、清算すべき事柄である。ハッキリさせよう。わたしは、エスプリを倒す。逆に言えば、エスプリさえ差し出してもらえば、あなた方に危害は加えない。無用な血を見るのは避けたいからな』
やはり、そう来るか。
歯噛みしたヨハネへと、空が翳った。
咄嗟にクロバットを先行させ、空気の刃を煌かせる。
襲いかかってきたのは灰色のEスーツの持ち主である。
「Eスーツ部隊!」
「ヨハネ・シュラウド……。エスプリの関係者であったな。もう既にイイヅカなる情報屋は抑えてある。我らと共に来てもらおう」
「断る、って言ったら……」
「死んでもらう」
飛び込んできたEスーツにヨハネはクロバットを奔らせる。空気の刃がEスーツに直撃したがやはり止まらない。
「クロバット! 路面を砕いて粉塵を!」
クロバットが翼を閃かせてEスーツの眼前にあった路面を打ち砕き、一瞬の粉塵を発生させる。
引き裂いたEスーツの視界の先にヨハネはいない。
クロバットに掴まり、ヨハネは空中に逃げおおせていた。
「イイヅカさんが捕まったって、本当なのか、ルイ」
『間違いないみたいだな……。あのおっさん、抜けてるからな』
「ハンサムハウスの博士は……」
オーキドの身柄も急務のはずである。しかし敵はまだハンサムハウスの本丸には気づいていないようだった。
『こっちは一応偽装情報を流してあるし、何よりも裏路地だ。そう容易くばれねぇよ』
「それならいいんだが……。何か変わった事とかないだろうな」
『いや、何も。お前は迂回しろ、ヨハネ。今のままじゃ、結局アジトがばれちまう』
「何分でいい?」
『三十分ほどかな。それならば偽装出来る』
「頼む」
ヨハネは振り返る。
ミアレの高層建築を跳び越えて追いすがるEスーツの影があった。
「……付いて来いよ。決着する」