EPISODE109 凡才
「なに? ワタシの命令外でのEスーツ部隊の配置? 聞いていないゾ……」
クセロシキは飛び込んできた一報にまず目を見開き、次いで報告書に目を通した。
「どうなさいますか? これ以上、エクステンド部隊に分散を強いては」
そう懸念を示したアリアにクセロシキは書類を返した。
「そうだナ。ワタシとしては万全を期したかったが仕方あるまい。エクステンド部隊の即時結成を宣言する。ワタシの命令外では動かすなヨ。今回の命令主任は……」
導き出されたその名前にクセロシキは苦々しく口走った。
「……コード、ファウスト。案外、嘘や酔狂ではなかったか」
組織内でも用いられている「F」の暗号名。今の今まで自分達の領域に干渉してこなかったから気づかなかったものの、その痕跡は数多い。
「Eアームズ命令書にもサインがある。我々の命令は一度、ファウストなる人物の下を通って許諾されているのダ」
「何者なのでしょう?」
「イグニスは組織のナンバーツーだと言っていた。我々も散々掌の上で弄ばれ、結果、一番のババを引かされたわけダ」
イグニスとフラダリの戦いを計画したのは自分ではない。一体誰が、何のためにあのような状況を作り出したというのか。
困惑する頭にアリアが差し込む。
「何か不安な事でも?」
「いや、不安な事だらけでネ。どこから片づけていいのか分からない」
「わたくしに任せていただけるのならば、雑務は対処します」
彼女を三級フレア団員に留めておくのは少しばかり忍びないほど、アリアはよく働いてくれている。
自分の及び知らぬところでも彼女は八面六臂の活躍をしているようだ。
「頼む……。今は主任との情報戦だけでも精一杯でネ。恥ずかしい話だが、ワタシも所詮はこの程度、というわけダヨ」
凡才である。
この程度で留まるつもりはないものの、天才の思考回路とはまるで違う場所にいるのは明白であった。
「シトロン主任の動きは、依然として不明。擁立している何かの研究に勤しんでいるようですが……」
「我々がエクステンド量産にこぎつけられたのも、その隙があったからダ。何よりもワタシ自身がEスーツの真価を確かめる事が出来た。それによって得たものが大きい」
エクステンド部隊に別系統の命令を与えさせるわけにはいかない。これは自分のための部隊なのだ。
しかし王の命令となれば話は別である。
「シトロン主任を通さずに。これは暗号通信です」
差し出された暗号カードをホロキャスターに差し込んでクセロシキは通話口に出た。
「この通信は?」
『聞かれていない。だが、お前達妙な真似をしたな。エクステンドだと?』
応じたその声は暗号通信化されており、他の研究者に傍受される事はない。
「そちらからしても意外だったか」
『私は聞いていないものが出てきたのが気に食わないだけだ』
ふんと鼻を鳴らし、クセロシキは続ける。
「確かに、ワタシはこれまでエクステンドの事は言ってこなかった。だがネ、全ては組織のためなのだよ。ワタシは組織を裏切ってまで、この自分の繁栄があるとは思っていない。それほど、傲慢ではないのダ」
エクステンド部隊を整えなければ主任であるシトロンに全権を委譲するようなもの。もしもの時のカウンターに使えるはずであった。
『しかし、次の命令指示書を見た限りでは、それにも同意出来ない。ミアレの街を支配下に置くだと?』
あまりに勘繰りが過ぎるのも困る。クセロシキは目頭を揉んだ。
「……ワタシの指示ではない。王の指示だ。それを無視は出来ないのだよ」
『……エスプリが開けた風穴に、お前らはようようと踏み込むわけか』
「言い方が悪いな。ワタシ達は元々、ミアレの、ひいてはカロスの平和的統治を目指している。Eアームズ、Eスーツはそのためのもの」
『詭弁だ』
「そうだとも、詭弁だが、しかし組織の目標とはいつの時代もそういうものだ」
『民意が跳ね返ってくる。ディルファンスという反政府運動も気になる』
そこまで調べ上げたのか。さすがは、と賞賛を送りたいほどだ。
「分かっているのならば話は早い。ディルファンスは生贄の羊だ。反政府運動、大いに結構。だが、それを摘む実行力がある事を示すのに、今は好機なのだヨ」
『エスプリが動けないのを知っての事か』
「責は負う。ワタシ達のやってのけた事の業くらいはネ。だが、間違っちゃいけないのは、フレア団が何も慈善事業だけで動いている組織ではないという事ダ」
『……フレア団ナンバーツー』
それもお見通しか。クセロシキは首肯する。
「ああ、そうだとも。上も下も、引っくり返したような騒ぎだヨ。死んだはずのイグニスが生きていた。しかも、強くなっていたのだからネ。……何をした?」
自分達が回収任務を帯びた時、イグニスは虫の息であった。いつ死んでもおかしくなかったのに、今のイグニスはまるで別人だ。生まれ変わったようである。
『何も。お前らがエスプリにやった事の真似だ』
それ以上は言わない、というわけか。クセロシキは指を鳴らす。
「いいだろう。これ以上の交渉は無意味、と判ずる。最後に……、主任は何を育てている?」
それだけは聞いておかねばならなかっただろう。
だが相手は素っ気なく返す。
『お前らの及びもつかない怪物だよ。私はその管理をしている。ゆめゆめ忘れるなよ。お前らの足元に、その脅威がある事を』
それを潮にして通話が切られた。
一方的な通話であったので暗号カードは使用後に焼かれている。
「誰だったので?」
「いや、内偵を進めさせている人間だヨ」
ある意味では嘘ではない。アリアは納得したようだ。
「やはり、シトロン主任の寝首を掻くのは」
「難しいだろうネ。あの天才を凌駕するほど、策を弄しなければならない」
「ですが、エクステンドは内々の争いには」
「動かせない。それが辛いところでもある。あくまでも、王の親衛隊としての側面が強いからネ。エクステンドは表向きの運用を主にする」
「となると、命令指示書通り……」
アリアの渋らせた声にクセロシキは継いだ。
「ああ、ミアレを占拠する」