EPISODE98 欺瞞
『なぁに、焦っているんだよ。時間なんていくらでもあるだろうが』
ヨハネがEアームズ解析に目頭を揉んだところで、ルイがそう声を投げてきた。
確かにルイからしてみてば無限に時間があるのかもしれない。しかし、自分はそうではないのだ。
「このEアームズ、素人目にでも分かる。強化されているんだ。最初に現れたものなんて比じゃないくらいに」
『お前が遭遇したEアームズなんて最初期のプロトタイプだ。アリアドスだったか? あれには主人が関わっていたわけじゃないから、実質ほとんどお遊びだな』
そのお遊びがミアレを壊滅しかけた。分かっているのか、とヨハネは睨む。
「……お遊びで僕は、大切な人をなくすところだった」
『ああ、アリアとか言う三級フレア団員か。情報にはあったぜ。スクールに潜り込ませていたのは、何もアリアだけじゃないからな』
「何だって? 他にもフレア団員が?」
『隣人を疑え、ってな。結局、お前の周りはほとんどフレア団関係者だったってこった』
考えもしなかったがよくよく思案すればフレアエンタープライズの傘下にはフレア団が関わっている可能性が高いのだ。ならば、とその帰結する先にヨハネは空恐ろしくなる。
「だったら……、このカロス全土が、ほぼ支配域じゃないか」
『分かり切った事言うなよ、ヨハネ。今さらだろ? カロスはもう、フレア団の手の上だ。さて、この状態でどうするのか。その支配の中枢であるミアレでどれだけ足掻いたって、お前らは報われねぇよ』
「やってみなければ分からない」
『分かるって、間抜け。今の今までEアームズに関して何らかのレポートがあるかと思ってお前らの情報域に入ってみりゃ、こりゃひでぇな。何の情報も纏っていない。ルイ・アストラルは欠陥品か?』
振り向いてヨハネはシステムのコードを握り締めた。ユリーカの造ったルイを侮辱するのは許せなかった。
「……ルイを馬鹿にするな」
『オレもルイだけれどな。まぁ、いいぜ。電子の妖精としちゃ、そこそこの性能だった、って事で折り合いをつけようや』
納得出来なかったが、ヨハネはコードから手を離す。
「僕はお前みたいなのを信用出来ない」
『でもマチエールは、オレに信頼を置いている。システム面では任せる、と言ってもらっているからな』
「情報処理に明るい人がいないからだ。そうでなければ、お前になんて……」
自分の至らなさを呪う。どうしてユリーカに頼りっきりであったのだ。もっと自分の出来る範囲を伸ばすべきであった。
『ユリーカに一辺倒でお前ら、まともに情報戦なんて出来ないだろ? オレがサポートしてやんよ』
不本意だが断るわけにもいかない。フレアEスーツがどれほどの性能を持っているのかの解析に、デルタユニゾンの現状維持のためにもルイの力は必要なのだ。
「……なぁ。聞きたい事がある」
『何だ? てめぇも話す相手がいないんだな。オレみたいなのと話すよりもマチエールと喋れよ』
「マチエールさんは疲れて眠っているよ。それも関係ある。フレアエクスターミネートスーツはマチエールさんに合わせて造られたのか?」
『何を今さらの事を? 答えるまでもねぇ』
「答えろよ。そうじゃないんだろ」
ヨハネの詰問にルイは折れたようだった。
『当たり前だろうが。カウンターEスーツだってマチエール専用じゃなかったんだ。マチエールがユーザー認証したから、あいつの専売特許みたいになっただけの話で』
「だったら……おかしいよな? 何でマチエールさんに今度は合わせたみたいな造りになっているんだ? ユニゾンシステムを継続的に使う理由が分からない」
互換性を切れば、と感じての言葉だったがルイは首を引っ込める。
『何を言うかと思えば。優れたシステムは継承されるべきだ』
「確かに、エスプリとイグニス、という二つの脅威がユニゾンを使いこなしている。使用するべきなのも分かる。でも、僕は知っている。ユニゾンがそう簡単に誰でも出来るわけじゃないって事が」
今回のバグユニゾンのなど特に、だ。マチエールでさえも習得に時間がかかった。
ルイがその疑問点に辿り着かないはずがない。当然、分かっていて伏せているのだ。
ルイは身を翻し、自らのシステム筐体に座り込む。
『……考え過ぎだよ。そこまで主人は分かってねぇって』
「どうかな。僕は、お前の言う主人に二度ほどしか会ってないが、分かったのは歪んでいるという事だ。悪と正義が表裏一体なんて、そんなはずがない」
『実際にそうだと思うがなぁ』
そのはずがないのだ。それに……自分が悪の側の人間なのだという事も。
「だったら、エスプリの力だって悪に転ぶって言うのかよ」
『当たり前だろ。元々は兵器なんだぜ? それに量産も視野に入れられていた。優れた兵器を送り出す。これは組織にとっちゃ資金源にもなる』
「フレア団がどこまで秘密主義で、どこからがそういう側面を持っていたのかは知らない。でも僕からしてみれば、お前の言う主人は望んでいないような気がする。兵器を輸出する、とか、資金源だとか、そういう生々しい話じゃない。もっと……ロマンチストだ」
適切な言葉がそれしか見当たらなかった。ロマンチスト。理想を追い求めている側面がある。
そう言いやるとルイは哄笑を上げた。
いやはや、と手を払う。
『オレの主人をロマンチスト、って言ったのはお前が始めてだぜ、ヨハネ。リアリストだって自分では言っていたんだがなぁ』
「現実主義にしては、やる事成す事が不合理なんだ。Eアームズだってこんな街中でテストするよりも諸外国に売りつけてその戦場で試作すればいい。もっといい結果が出るに決まっている」
ミアレという箱庭にこだわって事件を起こす意味合いがないのだ。ヨハネの切り込みにルイは口角を吊り上げた。
『案外、馬鹿でもないらしい。そうだな、ミアレにこだわる意味、か。オレも本当の話、そこまで聞いちゃいないんだがな。主人の最終目的。ミアレで事を起こすのは何故か』
「教えろ」
『教えろと言われてはいそうですか、なわけがないだろうが。オレにだって黙秘権があるんだぜ』
「でもこれ以上続けても立場は悪くなるだけだ」
突き詰めてやるとルイはフッと笑みを浮かべた。
『論調じゃ、結構な線を行っているとは思う。確信を突く、あと一歩ってところだ。だがその一歩が埋めようのない隔絶なのは、ヨハネ、お前自身分かってるんじゃねぇのか? オレを間違っていると言い放てる、要因が足りない。そうだな、言っちまえば、オレを糾弾して、Eスーツのメンテナンスからも外したい、ってのが心情か。だが実際、オレ以外にEスーツをどうにか出来るのはいないし、その点では歯がゆさを感じている』
「人格のないプログラムなら、もっと苛立たずに済みそうなんだがな」
ルイはこうして自分を弄ぶように話す。だから余計に分からなくなる。
『現実に則してみて、フレアEスーツをどうにか出来るのは主人しかいねぇよ。あとはクセロシキだったか、副主任だが、あいつじゃ勝てねぇよ』
「何で言い切れる?」
ヨハネの疑問にルイは指をチッチッと振った。
『天才と凡才の違いは、どこまでも埋めようのないものがあるんだってこった。それを理解してんのさ、クセロシキは。だがまぁ、それなりに反抗はしていたみたいだがな。イグニス、だったか』
コルニの最後の言葉が蘇ってくる。復讐を終えたのだろうか。彼女は解き放たれたのだろうか。
「プロト、エクシードスーツか」
『これに関しちゃオレも素人みたいなもんだ。ユニゾンチップ、って奴を使った七つの部位を同時に、なおかつ別属性のユニゾンを使えるスーツ。なかなかに傑作ではあったと思うぜ? ただ、欠点が多いな、あれには』
「欠点?」
自分には利点しか見当たらなかったイグニスに欠点などあるのだろうか。ルイは指を立てる。
『まず一つ、ユニゾンの能力そのものが低い。チップに依存しているからそれぞれの部位を同時に、それなりの能力で操らなければならないんだが、これを出来る人間となれば限られてくる。それこそ、身体術を極めたような奴じゃないとな。Eスーツに振り回されるばかりで全体を使っての攻撃なんて出来ない。つまるところ、決定力に欠けるのと安定性が低いって事だ。そんなのは兵器とは呼ばない。ありゃ道楽だな』
「道楽……」
イグニスほどの戦力が道楽扱いされてしまう。自分達はどのような領域で戦っているのだと眩暈がした。
『二つ目、三つ目もまぁ、似たような理由だ。使える人間に限りがあるし、ユニゾンチップも枚数制限がある。製造されるコストも鑑みて、まぁ二十枚ってところだろ。それをエレメントトラッシュ時には完全に消滅させてしまう。エスプリほど次の戦闘に向いているタイプじゃない。使い切ったら、ただの強化服に成り下がるだけだ』
「でも、普通のトレーナーなら、自分への対抗策になるだけマシなんじゃ」
『Eアームズとの戦闘じゃ、まず意味がねぇって言ってんだよ。普通のポケモンバトルで甲冑纏っていたら、それこそ異常だろうが』
確かにEスーツは通常のポケモンバトルを視野に入れた発明ではない。明らかに戦場や、危険地帯を渡り歩く事を基に考案された兵器であった。
「でも、解せないのは何で、イグニスみたいなのを造ったんだ? クセロシキ、だったか」
モロバレル阻止のために動いていたのも彼であった。彼はもしかすると心根では悪人ではないのではないか、という考えさえも浮かんでくる。
『大方、エスプリに牽制するためだろ。Eスーツを自分でも使っているみたいだし、特に普通の両手両足につけるタイプのEスーツだって、ボールジャック機能に身体能力強化とそれなりに使えるからな』
「ボールジャック機能……?」
『おやの記録を塗り替えてポケモンの性能を限界まで引き上げる。他の地方の言葉で言えば、スナッチって奴に近い。ただ、あれは完全におやの記録を塗り替えているのに対してこちらは一時的だがな』
「そんなものを、お前らは量産しようとして……」
『だから、勘違いすんな、ヨハネ。オレと、主人はやっちゃいない。全部、やったのはクセロシキや他の研究者だ。ただ、そいつらの脳みそが足りなかったばっかりに主人が完成させた、というだけの話なんだよ』
「だからって……、お前の言う主人に罪がないわけじゃないだろ!」
組み付こうとして、するりとかわされる。ルイは立体映像だ。組み付けるはずがないのだが、ヨハネには我慢ならなかった。
『落ち着けよ、ヨハネ。お前はもっと、クールに物事を判断するタイプだと思っていたぜ。下らないお喋りでアツくなってんじゃねぇよ。オレから聞きたいのは、そんな話だったのか?』
ヨハネは深呼吸する。本当に、ルイに聞きたい事は――。
「……ユリーカさん達は、無事なんだろうな?」
『オフラインのオレにそれを聞くか? まぁ、無事だろうな。元々人質交換みたいなもんだ。あっちで殺してたら意味がないだろ』
「つまり、エスプリが使える限りは、ユリーカさん達も何かに利用されているって事なのか?」
『ま、そうなるかな』
何に利用されているのかは皆目見当がつかないが、ヨハネはそれこそ止めなければならない邪悪だと感じていた。
エスプリと自分がどれだけEアームズを追いかけても所詮はいたちごっこだ。どこまでも際限なく繰り出されるEアームズに後手後手に回るだけでは勝てない。
どこかで勝機を見出すしかないのだが、こちらにはさほど手伝う気のないルイ・オルタナティブに、どれほどの性能が隠れているのかも分からないEスーツだけ。
不安要素しかなければ、自分達の打てる手は限られてくる。
「……正直に言うぞ、ルイ。僕はこのままじゃ駄目だって思っている」
『どういう意味で?』
「このまま戦い続けてもジリ貧だ。それに、時間は有り余っている、無限だってお前は言ったな。僕はそうじゃないと思っている」
『何でだ?』
分かっているはずなのに、ルイは結論を引き延ばす。
歯噛みしてヨハネは言い放った。
「エスプリの命、それに、ユリーカさん達の事もそうだ。限りないものだとは思えないし何よりも! 僕はこれ以上、傷つく人を見たくないんだ」
その言葉にルイは暫時、呆けたような顔をしていたがやがて笑い出した。
『ヨハネ、お前、おめでたい奴だな。そこまで分かっていながら行動しないのかよ。オレを、Eスーツから引き剥がすか? それとも、もうマチエールに変身させないか?』
出来る事ならばマチエールの痛みは自分が背負いたい。しかし、無理なのだ。今のEスーツがある意味ではマチエールの生存を支えている。
フレアエクスターミネートスーツの真意が探れないうちは、ルイを引き離す事も、マチエール変身させないのも逆効果であろう。
「……僕に出来る事は少ない。でも、最善を尽くしたいとは思っている」
『矛盾だな。自己欺瞞だぜ、ヨハネ。最善を尽くしたい、でも自分の手は汚したくない? そいつはとんだ無理話だ。お前も、泥を被る覚悟くらいは持っておかないとマチエールがもしもの時、また何も出来ないぜ?』
ルイの挑発にヨハネは頭を振る。もう何も出来ないのは嫌だ。
「僕は、負けない」
『言うは易し、だな。じゃあ、ヨハネ。まずはあのボケ老人からどうにかしろよ。いや、ボケているフリをしているだけか。どっちにせよ、あの爺さんがお荷物になるぜ』
オーキドの事に関してはヨハネも決めあぐねていた。ユリーカの見出したフレア団のウィークポイントのはずだが、自分とマチエールでは全く、オーキドの思考を理解出来ないのだ。
ユリーカがいれば、という弱音を何とか飲み込む。
「……ヒントも何もない」
『そりゃそうだろ。あの爺さんに関して言えば、フレア団だって一部しか知っていないはずだ。オレ達だってノーヒントさ』
「でも、何かを知っているようには見えるんだ。話してくれるようになってくれれば」
それに越した事はないのだが、オーキドは黙したままもうろくした老研究者の体裁を崩さない。
どうやってオーキドに聞き出せばいい。どうやって、マチエールを救えばいい。
堂々巡りの考えになってヨハネはその場に座り込んだ。
「どうすれば……僕に何が出来る?」
『さぁな。ただ、ヨハネ。ユリーカと主人の認めた人間であるところのお前が、何の意味がないわけじゃないとは思うがな』
何か、自分の存在に意義があるのか。
考えても答えは出なかった。