EPISODE101 波導
「水中を移動するEアームズ?」
ヨハネはそれを聞きつけた際、どうしてそのような事が分かったのか、を聞き出せなかった。
一も二もなく焦った様子のマチエールに急かされて、そのまま戦闘になだれ込んだ形だ。
前回のデボンスコープで水脈を探る。
ミアレの水道と言えばある程度察しがつくが、それしたところで唐突であったのは否めない。
マチエールに何が起きているのか。
やはりエクスターミネートスーツの効果なのかを、ルイに問い質す。
「ルイ。やっぱり、マチエールさんは……」
『んなに気になるんなら直に聞けよ』
「聞けるかよ。だって彼女だって苦しんでいるのかもしれないのに、僕だけそんな……」
無責任な事を。ルイはケッと毒づく。
『てめぇのそうやって他人を傷つけたくありませんってスタンス、時に吐き気がするぜ、ヨハネ。結局、一番傷つきたくないのはてめぇだろうが』
それは言われなくとも分かっている。しかし、マチエールの不安は拭い去りたかった。
少なくとも自分が疑って一緒に戦っていると分かれば彼女には重石になってしまうに違いない。
戦闘するのは彼女しか出来ない。自分はせめて、そんな彼女のお荷物にならないようにするだけ。
そうする事しか出来ない。歯噛みしても、拳を振り翳しても、変えられない現実である。
「僕がどれだけ悔しがっても、変えられないのはそれだよ。結局、僕だって他人なんだ」
どれだけマチエールの事を想っても、ユリーカの代わりにはなれないし、自分はこれ以上の助手にはなれまい。
所詮は助手と探偵の関係性。
彼女の精神的支柱になれるほどの人間でないのは自分でも痛いほど分かっている。
『ざまぁねぇな、ヨハネ。言ってやればいいじゃんか。マチエールの痛みを全て背負う、って。もっと言えば、好きかどうかか?』
囃し立てるルイの挑発には乗らなかった。ただでさえ戦闘前で精神が昂っているのに、ルイと口争いをすれば疲れるだけである。
「僕がお前と争うのは間違っているだろ。今出来るのは、僕が冷静でいる事だ」
『分かってんじゃねぇか。じゃあよ、とっておきの事を教えてやるぜ』
「とっておき?」
ルイは不敵に笑って、解析画面を投射する。
『デルタユニゾンシステム、まだ青と赤のユニゾンに関して言えば、属性が不明のままだが、ちょっとばかし分かった事がある。それはデルタユニゾンがポケモンに反作用を及ぼす可能性だ』
「反作用って、つまり、よくないって事か?」
『何でもそういう風に捉える必要はねぇが、まぁいい意味には聞こえないよな。有り体に言うと、アギルダーやクリムガンにはこれが起こりにくい』
ヨハネは疑問を挟む。当然、何故なのか分からないからだ。
「どうして?」
『完成されたポケモンには起こりにくいんだろうな。つまり、これ以上進化しないクリムガンや、もう進化しちまったアギルダーには大して、このデルタユニゾンシステムの反作用がどうこうってのはなかったが、ニョロゾとヒトカゲはまだ進化の可能性があるだろ?』
それでようやく気づく。デルタユニゾンによってニョロゾとヒトカゲがどうにかなるかのしれないのか。
「どうにかって、想定される事は?」
『まぁ、能力値の変動……、プラスに考えれば想定していない進化。いや、これはマチエールからしてみりゃマイナスか。だってヒトカゲを進化させるつもりはねぇんだろ?』
「……リザードンになるとユニゾンシステムそのものが使えなくなるんだろ?」
『それもあるかもしれねぇけれどよ。本人の気持ちを確認した事あんのか? ヒトカゲから進化させたくない、理由とかよ』
そういえば、明確な理由は聞いた事がなかった。
しかし、使い勝手の便利もある。その辺りの理由だろうと当たりをつけた。
「僕だってクロバットに進化したのは驚いたし、進化させたくない理由なんて千差万別だ。どれが、ってのは言えないだろ」
『ヨハネよぉ、もっとハッキリと、マチエールからこれからどうするのか、聞いておかねぇとまずいんじゃねぇのか?』
「何でお前がそんな事を気にするんだ?」
『するさ。だってお前らのバックアップをしてんだからよ。それなりに先の展望を聞いておかないとどうしようもねぇ。デルタユニゾンシステムのせいにされたら堪ったもんじゃねぇからな』
ルイの責任逃れの言葉にヨハネは鼻を鳴らす。
システムの癖にそういうところは人間以上に潔癖だ。
「僕はお前のせいになんてしないよ」
どうせ全幅の信頼を置いているわけでもない。言外の言葉をルイは読み取ったらしい。
あちらも同じようであった。
『こっちもそうさ。お前らを全面的に信じ込んでいるわけでもない。どうせ、お前らが野垂れ死んでも、オレからしてみれば元々は敵。感傷なんてねぇよ』
「システムに感傷なんて望んじゃいない」
ヨハネはデボンスコープの先で何かが動いたのを関知した。ホロキャスターで声を吹き込む。
「マチエールさん。北方の水道で動きあり。これは、野生にしちゃ大きい……」
何か、青いオーラを身に纏っている。凝視しようとすると、オーラが凝結し、砲弾となって襲いかかった。
ヨハネは咄嗟にクロバットを繰り出す。
「何だ……、クロバット!」
空気の皮膜が盾を形成し、それを弾き返した。水か、と感じたが滴り落ちる水滴もない。それどころか防御したクロバットが押し負けていた。
「こいつ……、水の攻撃じゃないのか」
改めてデボンスコープを使って凝視するが、先ほどの敵は既に自分の視野を離れていた。
慌ててデボンスコープを仕舞い、周囲を警戒する。
どこからか、来る。
その予感があった。
相手は水面からこちらを窺い知る手段がある。だが、こちらにはそれがない。
クロバットによる周囲警戒がやっとの事。
いつでも攻撃があれば防御出来るつもりであったが今の攻撃だけは解せない。
水の放射攻撃にしては水滴もなければ、その反動もない。
相手は可視化されたオーラを練り上げてその砲弾を構築したようであった。
「ルイ。分析出来るか?」
『今の攻撃か? ありゃ波導だな』
「波導……?」
『聞いた事ねぇのか? 生物の根源エネルギーだよ。それを波導って呼ぶんだ。ポケモンには数多の波導技があるはずだが?』
「それくらいはスクールでも習った。でもだとすれば、相手は波導ポケモンって事になるじゃないか」
解せない。水中に潜む波導のポケモンなど聞いた事がないからだ。
『波導をエネルギーとして練り上げて砲弾にする。波導弾だな。それを使えるポケモンは限られてくるが、データベースへの照合には時間がかかる。先にマチエールを呼べ。オレが解析している間に相手と肉迫出来るだろ』
その提案をヨハネは断った。
「いや……マチエールさんには出来るだけ負担のかからないように、僕で食い止める」
『ヤケになってんのか? エスプリのほうが対応出来るってのは自明の理だろ』
「だからって! 僕はここで、マチエールさんだけに頼っちゃいけないんだ!」
クリムガンを出して様子を見る。堅牢な表皮を持つクリムガンで防御し、クロバットによる追撃の風の刃を叩き込んでやる。
『……口先だけは立派だな。でもよ、ヨハネ。勝てる勝負を逃すほど、馬鹿な事はねぇんだぜ? エスプリを呼べ。そのほうが速い』
「そんな問題じゃないって言っている」
自分にも退けないものがある。それを思い知っている。だからこそ、エスプリに容易く頼ってはいけないのだ。自分はせめて、助手の働きくらいは。
『意固地になりやがって……。言っておくが、波導を制御するポケモンの場合、クリムガンの防御も貫通するぜ』
「そんな事はあり得ない。クリムガンは一発でやられるほど、ヤワじゃ……」
『そういう事、言ってんじゃねぇよ。波導ってのが怖いのは直に分かるが……』
ルイの言葉が消える前に、波導攻撃がクリムガンを直撃したらしい。捲れ上がった路面から波導の痕跡か、青い光が棚引いている。
それをクリムガンは真正面から受け止めた。受け止めた、はずなのに……。
「何で……」
ヨハネは戦慄する。自分の背中が焼かれていた。どうやって? という方法論を問う前に、痛みでその場に膝を折る。
歯を食いしばって背中を焼く激痛をどうにかしようとしたが、痛みがまるで粘着したかのように剥がれない。ヨハネの神経を一本一本、体内から引っぺがしていくかのようだ。
『馬鹿……、だから言ったろうが。波導は怖いって。それは何も、波導の威力だけの話じゃねぇ。ポケモンを貫通して、トレーナーだけ狙うくらいわけねぇんだ』
その場に縫い付けられた自分は格好の的だろう。ヨハネはクロバットを呼び寄せた。自分の掲げた腕を掴ませて飛翔する。
瞬間、先ほどまで自分がいた空間を青い光が食い破っていった。
波導にかかれば場所の特定などお手の物なのだろう。
クリムガンをボールに戻し、飛行しながらヨハネは考える。
どうやって敵を引っ張り出す? そもそも、この状態。決していい方向に転がっているわけではない。
「僕のせいで……」
『判断は、速いほうがいいぜ?』
ルイの言葉に今は繰り言を並べている場合でもなかった。
穴の開いた路面から青い砲弾が空中にいる自分達を狙い澄ます。照準は的確であった。
見えていないはずなのに、相手はほとんど狙撃レベルの攻撃をしてくる。
『ヨハネ君? 何があった? 今、あたしが行くから!』
結局、頼ってしまうしかないのか。自分には何も出来ないのか。
「……チクショウ」
ヨハネは呻いた。自身の無力さを呪う前に、青い波導の砲撃がこちらを撃ち落とそうとする。
それを阻んだのは黒い鎧の暴風であった。
マチエールが〈もこお〉を肩に乗せて疾風のように舞い降りる。
「遅くなった。ゴメン」
謝りたいのはこちらのほうだったが、今は自分の至らなさを悔やんでいる場合ではない。
「マチエールさん。相手は波導の……信じられないかも知れないが水ポケモンだ」
自分でも何を言っているのか分からないが、そうとしか考えられない。マチエールは心得たとでも言うように首肯し、バックルを装備する。
「行くよ! Eフレーム、コネクト!」