ANNIHILATOR - 黙示篇
EPISODE100 禁忌

「水中戦闘用のEアームズ?」

 胡乱そうに返したクセロシキに、アリアは首肯する。

「それが今次用いられるEアームズだそうです」

「馬鹿ナ。水中戦闘なんてしたところで、ミアレの水脈を辿っても仕方あるまいヨ」

「何故です? 有効な手段だと思われますが」

 クセロシキは己のEスーツの修繕を行いつつ、その問いに答える。

「何故、水棲のポケモンが陸地にさほどいないのか、考えたことがあるかネ?」

「それは……陸地面積が多いからでは」

「それ以外にもあるのだヨ。水中のポケモンは呼吸器系が違う。陸地でも活動出来るが、やはり自らのフィールドではないのダ。水辺に誘い込んだほうが優位には違いない」

「ならば余計に、水中戦闘特化のEアームズがあってもおかしくはないのでは?」

「エスプリが水中に入るなどという愚を冒すかね?」

 それは、と口ごもる。クセロシキは、あったとしても、と続けた。

「その時には相手だって対応しているだろう。青のエスプリならばそれなりに戦闘が出来るはずダ」

「いえ、今回のEアームズはそれを加味して造られたそうです」

 アリアの持ち込んだ書類に目を通すうち、クセロシキは反応を変えた。

「これは、君が?」

 独断専行に思えたのだろう。アリアは頭を下げていた。

「すいません。ミュウツーに関して調べるうちに、シトロン主任のデータベースに入ってしまって……」

 もし辿られればクセロシキ共々自分は終わりだ。当然、責め立てる声はあるかに思われたが、クセロシキは冷静だった。

「いや、よくここまで調べた。主任研究員が勘付いていないとも限らないが、一人でやるにしてはよくやっているヨ」

 思わぬ賞賛に気が緩みそうになったが、クセロシキは厳しく言いやる。

「ただし、踏み込み過ぎればこちらもやられる。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのダ。忘れない事だナ」

「……心得ております。それでですが、やはり今回のEアームズ、特殊です」

「波導、関知専用Eアームズか。またしても眉唾の存在を取り上げたものダ」

「波導は実在するので?」

「技術としては古くよりある。しかし、システムとして体系化させた人間はいないと聞くがネ。もし波導をシステム化出来たならば、それは世紀の発明ダ。賞賛を送る代物だろう。ただ、波導というのがどうして学会でも表沙汰にならないのかというと、波導を読み取る一族の秘匿する権限が強いのもあるが、古い概念だと思われている節もある」

「古い? しかしポケモンの技には確かに、波導と名のつく技が無数に」

「存在する、ネ。しかし、ポケモン達が使う波導と人間が技術化する波導は根本的に違うと思っていい。ポケモンにはもしかすると我々には見えない光線や波長が可視化されているのかもしれないのダ。だから波導が使えるのは何もおかしな事じゃない。ただ、人間がそれをメカニックに組み込むとなれば、話は全く違ってくる」

 そこまで聞いてアリアも理解した。波導は生物の概念であって、人間の専売特許ではない。

 この地上にあまねく生命体を全て暴き切る事が不可能なように、波導はその領域に在るのだろう。

「では、波導を使う、と謳ったこの試作品の書類は不備がある、と?」

「いや、不備などないと考えたほうがいい。それこそ、主任は辿り着いているのかもしれないネ。人間の領域を超えた場所に」

 考えたくはなかったが、シトロンならばさもありなんの話。

「でも、波導研究の第一人者なんてこの世にはいませんよね。どうして、主任はこの段になって波導の組み込みなんて?」

 今の今までやってこなかった事をやるのはリスクが高い。それくらいはアリアでも分かる。クセロシキは考えた後に答えを搾り出した。

「恐らくは、その時が満ちたのだろう」

「時が満ちたって……」

「Eアームズも、常に進化し続けている。我々には窺い知れぬ事だが、エスプリの使うEスーツも、以前までと違うのは明白ダ。だからこそ、時が満ちた、という言い方を使った。準備期間は過ぎ、揺籃の時を超え、技術は巣立ちを迎えているのかもしれない」

 だとすればシトロンは波導を理解したという事になる。それはあまりにも……荒唐無稽だ。

「波導を使うポケモンに、ただ単に波導強化のEアームズを持たせたって言う、気紛れじゃないって事ですかね」

「そう考えるべきだろう。ワタシは、少なくともあの天才を、一度だって軽んじた事はないヨ」

 波導の境地に辿り着いたかもしれない天才。アリアは考えるだに恐ろしくなる。

「そうなると、最早……」

「ああ。一介の、人間の域を、超えているヨ。間違いなくネ」

 アリアは書類に書かれたポケモンと被験者のデータを読み取る。

 波導を強化し、内蔵するポケモンであった。

 しかし着目されにくいのはそもそも波導のメカニズムが不明瞭な点と、このポケモンよりも波導を使うのが得意なポケモンが数多いるせいだ。

「どうして、この水棲ポケモンに……」

「その理由だけは、天才の領域か」














「位置が動いている?」 

 ルイの報告にユリーカは顔を上げた。投射画面の位置情報を捕捉し、ルイがそれをリアルタイムで伝える。

『どうしてだか、このマーキング情報だけオープンソースです。あとは目下不明で』

「謎の位置情報か。ルイ、それは捨て置け」

 ユリーカの声音にルイが戸惑う。

『いいんですか? マスター。もしかすると新型のEアームズの動きかも』

「だとすれば余計に、だ。私達が動いたって仕方あるまいよ。今は、こいつをいち早く完成させる」

 シトロンにミュウツー完成を急ぐ、と言いやって入室を断った手前、ミュウツーのデータだけは常に送り続けなければならないが、それでもこの収穫は大きい。

 ユリーカは診療台に横たわる少女を見やった。

 コルニはEスーツを解除され、処置の段階に入っていたがあまりにも損壊が酷かった。

「このままでは死んでいたな。ギリギリのタイミングで引き上げられた、と言ってもいい」

『コルニさん……、生き返るんですよね』

「五分五分、いや、それ以下の確率か。しかし、あの男に出来て私に出来ないはずがない。エスプリの蘇生術は?」

『不明です。やはり、協力を仰ぐべきでは……』

「バカを言うな。シトロンに見つかれば確実にイグニスは死んだ駒となる。それこそ余計な情報を入れられて再生などされて堪るか。私はここから動けない。だが、もし、イグニスを以前よりももっと強く、もっと強靭に再生手術が出来れば」

 こちらの戦力になる。それを窺わせた発言にルイはいい顔をしなかった。

『でもそれは、シトロンのやった事と同じですよ』

 そうかもしれない。他人の命をどうとも思っていない、鬼畜の考えだと。

 だが、今はすがる術がない。ならば一つでも取れる手段は取っておくべきである。

「私はシトロンとは違う。気紛れで人の命をどうこうするような奴とは……」

 何度も言い聞かせてユリーカは処置に入る。Eスーツの修復はルイに任せ、ユリーカはコルニの適合手術に徹していた。

 コルニは今の今まで無理をしてプロトEスーツを制御している。それは見ても明らかだ。

 彼女自身の能力と力でねじ伏せていたのを最初から適合率を高く設定する。それだけで相性は違うはずだ。

「……しかし、何故コルニはこんな、不安定な代物を持たされていたんだ。ローラーシューズ型のEスーツも込みの話だが、こんな不安な武器を持っていてよく戦えたな」

 適合率を測ってみてユリーカは愕然とした。まさか五割を切っていたと思わなかったのである。

 それもこれも継承者の血の成せる業か。

 コルニは今まで足枷をつけて戦っていたも同義だ。

「プロトEスーツの適性面はそのままに、私なりの改良を加える。ルイ、プロトEスーツは実のところ、未完成なのだったな?」

 これも解析にかけて分かったことだが、プロトEスーツは三割未満の性能しか出せていない。

 ユニゾンチップによる戦術も、あの戦闘能力も全てコルニの基の能力に依存していたのだ。

 これとまともに戦えるはずもない。マチエールには今さらに同情した。

「脅威の身体能力で化け物を制御していた。ならばその枷を外す。これでどれだけ応えてくれる? コルニ」

 身体の再生処置は終わった。あとはEスーツとの適合率で生存確率を上げるしかない。

 しかも片手間にミュウツーの調整も行っていなければ怪しまれるというオマケ付きだ。

「ミュウツーは?」

『現在、再生値は三割ですが、確実に成長しています。モニターよりも倍近く速い』

 ミュウツー細胞の強さは自分もよく分かっているつもりだったがそれほどまでとは。

 ミュウツー再生が早いか、コルニの蘇生が速いかの勝負であった。

「ルイ、電気ショック、及び蘇生に入る。準備は」

『出来ていますが、本当にやるのですか? もう、コルニさんは』

「諦めるのが早過ぎるぞ。まだ、私達には手があるんだ」

 ユリーカの言葉にルイは固唾を呑んだ面持ちだった。

 レバーに手をかけてカウントを始める。

「行くぞ。3、2、1」

 思い切りレバーを降ろすと、Eスーツからの逆流がコルニの身体を襲い、その身が痙攣する。

 この電気的蘇生術がうまく行けば、と祈っていたが、バイタルサインは出なかった。

『バイタル、ゼロです……』

 ユリーカは爪を噛んで考えを巡らせる。まだだ。まだ出来るはずだ。

 考えろ。今出来る最善を。

 編み出せ。最良の方法を。

 そこではた、とユリーカは立ち止まった。

 そして、モニターを見やり、ミュウツーの再生状況を照合する。

 ――やめておけ。

 そう心の中で声がする。

 きっと後悔する、と。

 しかし、ユリーカにはそれしか方法がなかった。

「……ルイ、ミュウツー細胞のサンプル、少しばかり持っていたな」

『ええ、ですけれど何に……』

 そこで、ルイもその可能性に思い至ったらしい。息を呑んだ相棒に、ユリーカは憔悴したような声を投げる。

「……そうだ。ミュウツー細胞で蘇生を開始する」

『危険です!』

「無理は承知だ。そもそも、ミュウツー細胞が人間に馴染むのか、という危惧もある」

 それ以上に、これは禁忌だ、と自分の本能が告げている。

 これはやってはいけない事。人間の犯してはいけない領域。

『そうではなく! マスター、早合点が過ぎると……! コルニさんは人間なんですよ!』

 言われなくとも分かっている。これがどれほどまでにおぞましい考えなのか。

 死んだ人間を、蘇らせるために、悪魔の細胞を使うというのだ。

「……しかし、私の取りうる可能性の中で、これが最も成功率が高く、なおかつ術後の経過も恐らくは良好であろう方法なんだ。許してくれ、ルイ」

『駄目です。今だけは、マスターの言葉であれ承服出来ません』

 それが当たり前の答えだ。普通の倫理観ならば。

 だが、ユリーカにはもうその倫理の範疇など惜しいくらいであった。

 今はただ、コルニを蘇らせるしか、それしか方法がない。

 そのためには二つを同時にこなすのがもっとも合理的だ。

 ミュウツーのメンテナンスとコルニ――イグニスの再起。

 それを同時に出来るのは、これしかない。

「ルイ、許可を」

『出来ません……』

 ルイは涙ぐんでいた。システムならば泣く必要などないだろうに。

「ルイ。もう一度だけ言う。許可を降ろせ。そうすれば、コルニは蘇るだろう」

『でもっ! マスターは戻れませんよ!』

 分かっている。悪魔に魂を売り渡す行為だ。だが、それをマチエールはもう行ったのだ。ならば自分だけ悪魔になったつもりでいるのは逆に酷であろう。

「マチエールは悪魔になれると言った。私も、ならば悪魔になろう。真の悪魔に」

『マスター……』

「一言でいい。許す、と言え」

 議論の余地はなかった。ルイはシステムコードを入力し、シトロンでさえも開け得ないパンドラの箱を開いた。

 ミュウツー細胞のサンプル。注射器一本分程度だが、事足りるだろう。

「ありがとう、ルイ」

『ボクは、マスターに付いていくだけですから』

 ここまで心が在るのに、システムのフリをしてくれている。自分などよりよっぽど人間らしい。

 サンプルを手にし、ユリーカはコルニの身体を探る。

 その際、シトロンが直前に用いていたシステムを拝借した。波導を関知するシステムだ。

 試作品だが、体内波導の循環を探り当てる事が出来る。

 コルニの波導の集約点へと、ユリーカは注射器に入れたミュウツー細胞を打ち込んだ。

 最初は、変化などなかった。

 しかし、突如として、コルニの身体が折れ曲がった。

 目を見開いてコルニが喉の奥から怨嗟の声を出す。

 あ、ああ、だとか、地獄の底から漏れ聞こえてくるかのような、恐ろしい声であった。

 ルイは耳を塞いでいる。

 ユリーカは投与状況、と声を張った。

「ルイ、システムを見ろ!」

『見たくありません!』

「見ろと言っているんだ! バイタルは?」

 ルイがハッとしてシステムを確認する。心音が蘇っていた。

『ば、バイタルサイン、復活しました……』

 信じられないのは自分も同じだ。まさかミュウツー細胞が人間に作用するとは。

 コルニは身体を折り曲げたまま、苦悶の声を上げる。見れば、コルニの表皮が黒く染まり、壊死していくのが分かった。

 ユリーカは慌てて対応する。

「ルイ! コルニの体内で何が起こっている?」

『も、モニター不可です!』

「やれ! 細胞レベルでの検査を行う」

 ルイのシステムが導き出した答えは驚くべきものであった。

『さ、細胞がミュウツーのものに耐えられません。次々に破壊されて、いや、これは自壊している? 細胞が自壊して、使い物にならなくなります!』

「自壊だと? ならば細胞の動きを見ている暇なんてないな。抑制剤を!」

『そんなのないですよぉ!』

「Eアームズに用いるハーモニクス抑制剤でいい! それを使え。今、コルニはミュウツーとの過度な同調状態にあるんだ。今のミュウツーは胎児も同然。成人女性であるコルニの身体が耐えられないのはそういう理由だ。ミュウツー自身が外界における生存の手段を持っていない」

『は、ハーモニクス抑制剤、来ます!』

 スロットに挿入された抑制剤を手にし、ユリーカはコルニの腕に注入した。コルニが獣のように叫ぶ。

「耐えてくれ……コルニ。これに耐えさえすれば、お前は……」

 その願いも虚しく、コルニの暴風のような腕がユリーカの身体を引っ掴む。爪を立てられて引き裂かれた。

 痛みに蹲りかけるが、ユリーカは自らの身体を被せてコルニの暴走を止めようとする。

「お願いだ! コルニ! これさえ耐え凌げば、いけるはずなんだ!」

『細胞抑制、徐々にですが、コルニさんの体内に作用しています。ミュウツー細胞、活性化を食い止められた?』

 だがコルニは痛みに喚くままだ。何かが足りていない。ユリーカはレバーに手をかけた。

「これが最後の、私の手段だ!」

 思い切りレバーを降ろすと電気ショックが施され、コルニが断末魔を上げるなり、途端、静まり返った。

 嘘のような静寂の後、コルニが眠りにつく。バイタルは、というと安定していた。

「細胞は?」

『過活動阻止……。これで、一応は山を超えた事になるのでしょうか』

 ルイの言葉にユリーカは力が抜けた気がした。ようやく切れた緊張の糸に、激痛が今さらに湧いてきて痛みに呻いた。

『マスター! 怪我の具合を』

「私はいい……。今はコルニだ」

 コルニは、というとミュウツー細胞による暴走は抑えられているようであった。その事にひとまずは安堵して、ユリーカは椅子を引き寄せる。

 どっと疲れが湧いてきてユリーカは虚脱する。ルイも声をかけていいものか悩んでいるようであった。

『その、マスター……これで、コルニさんは再生されたと?』

「まだ分からない。ミュウツー細胞との同期なんて私にも予測出来ない事だ。ただ、これは皮肉でしかないんだが、継承者であったのも成功の一因としてあったのかもしれない」

 メガシンカの継承者である事が、ミュウツー細胞を受け入れさせる原因となった。今のコルニは即席の同調状態に近い。

「ミュウツーが安定している限り、コルニは無事だろう。それどころか、これは大きなものとなった。ミュウツーの成長とコルニの身体の変調は同じだ。コルニが戦えば戦うほどにミュウツーの戦闘経験値が入る。つまり、コルニを動かせば自然とミュウツー完成が早まっていく」

 ルイはハッとしてユリーカの顔を覗き込む。

『マスターの、本意じゃないですよね……』

「当たり前だ。ミュウツー完成だけはしてはならないと思っていたのに、コルニの復活がミュウツーの成長と同義だとはな」

 自分でも皮肉めいているとは思う。ユリーカはシステムチェックを終えてどうするべきか考えを浮かべる。

 クセロシキ一派との接触。しかし、今の状況では危険ともなりかねない。

 クセロシキはミュウツーの事を知っているのか? そもそもコルニの回収を委託した時点で、既に危うい綱渡りではあるが。

「クセロシキの連絡先は」

 次いで動こうとするユリーカはよろめいた。あまりの現実の連鎖に精神がついていかない。

 ルイは慌てて抱えようとするが彼女は立体映像だ。その手をすり抜けていく。

『マスター!』

「大丈夫だ……、何ともない」

『そんなはずはありませんよ! ひとまず休んで! ボクの言う事を聞いてください』

「休めるか。今は、一刻を争う。せめて、クセロシキに連絡を」

 手を伸ばしかけて、身体に力が入らなかった。覚えずその場にへたり込む。

 ルイが近づいてくるが、ユリーカは意識の混濁を抑えられなかった。

 すぐにその意識は闇に落ちた。



オンドゥル大使 ( 2017/02/18(土) 21:56 )