EPISODE3 宵闇
赤いスーツに身を纏い、その場に居合わせたのはサングラスの一般構成員が三名。仮面の自分を含めて五名であった。もう一人も仮面ではあるが、白衣を纏っており研究職の人間である。
顔を合わせるなり、団員同士の取り決めであるポーズが披露された。手を頭上に高く掲げ、それに応じる。フレア団のしきたりのようなものであった。
「プロフェッサーZ。Eアームズの進捗状況を報告なさい」
プロフェッサーZと呼ばれた白衣の人物はコンソールに向き合いながら渋い声を出す。
「どうとも言えないですね。Eアームズの実戦適性は今のところ、算出するのも難しくって。ヒガ……いいや、アリア女史にとってしてみれば、急務でしょうけれど、こちらも手が足りないんですよ」
「急がせなさい。Eアームズが使えないのではフレア団の実戦脅威度如何に直結するのですから」
お互いの正体を知りつつも、フレア団の仮面を被っている以上、ここでは詮索は野暮である。サングラスの三名も自分の取り巻きであるのだが、ここでは普段の呼び名は使わない。
「アリア様。恐れながらEアームズの使用は控えたほうがよろしいかと。警察勢力の目もあります」
「警察など、脅威にも上がらない。このカロスは我らがフレア団の手に落ちているも同然」
「夜半の警官隊との交戦、上層部は思っていたよりも高い技術に感服しています。これもアリア様のお力のお陰……」
おべっかを発した取り巻きを、アリアは締め上げた。その手に篭る力にサングラスが僅かにずれる。
「あなた、あの劣等生に勝てなかったわね……! あんな小娘程度に遅れを取るなんて」
「お、お許しください……ヒガサ……」
「ここでは! アリアとお呼びなさい!」
頬を叩いて調子を取り戻す。ここでも、自分は女王だ。それは表舞台でも、変わらないはずであった。しかし、今日現れたあの少女に煮え湯を飲まされたのは、アリアにとっては口惜しい事実であった。敗北など、まるで無縁の世界に生きてきたからだ。
「あの劣等生、思い知らせてやるわ……! 絶対に、後悔させてやる」
その時、外部の侵入者を告げるブザーが鳴った。
「監視カメラを」
映り込んだその影にアリアを含め全員が瞠目したが、同時にアリアは口元を綻ばせた。
――まさか向こうから、のこのことやってくるとは。
「わたくしが出る。あなた達はバックアップをなさい」
「確認はなされないので? なにせ、彼女は何も知らずに押し入った可能性も」
「ならばなおの事、振りかかった火の粉は払わねば」
プロフェッサーZは敬服の目礼をする。
「やはり、あなたはただ者ではない」
「今さら何を。フレア団に属している我々は凡俗とは違うのよ。それこそ、民草を束ねる真なる組織であると心得なさい」
「恐ろしき、アリア様」
取り巻きの下っ端の評にアリアは鼻を鳴らす。
「あと、特待生はどうしているかしら?」
「こちらで身元は確認済みです。やはり、決行なさるので?」
「特待生には見せておやりなさい。もしかしたらこちら側になびくかもしれない。それくらい、彼の事は買っているわ」
「お優しき、アリア様」
下っ端が口角を吊り上げる。既に放った草がヨハネを捕らえる事だろう。自分は害虫駆除だ。
モンスターボールを手にし、アリアはエレベーターに乗った。
「おーい。誰もいないんですかー? 入っちゃいますよー」
マチエールがノックしたのは喫茶店である。巨大な蜘蛛の怪人の目撃情報を辿るうち、この場所に至ったのだ。
「警官隊は分かっていて、野放しにしているって言うし、何やらミアレの表はきな臭いなぁ」
自分は裏道専門なので表通りで巻き起こっている事件にはとんと疎い。蜘蛛の怪人など、彼に聞いたばかりであった。
「あっ、そういやあの白黒の彼、名前聞いていなかったなぁ。特待生って呼ばれていたけれど」
まぁ、いいだろう。どうせ名前を知らなくとも苦労しない。
「おーい。入っちゃいますよー」
数度のノックの程度で扉の強度は分かっている。マチエールは姿勢を沈め、拳を構えた。
「入っちゃいますよ! っと!」
放った正拳が扉を射抜く。見事に蝶番が破砕され、木の扉が倒れた。中を窺うが、人気はないようである。
「本当に誰もいないの? なーんか、人がいない割にはさ。視線が多いよね」
「――そこまで分かっていてよく押し入ったものね」
瞬時にマチエールは横っ飛びする。先ほどまで自分の頭部があった空間を糸の束が引き裂いた。
目にしたのは赤いスーツを身に纏った少女である。ゴーグル型の仮面を被っており、その表情には喜悦が見られた。
「誰? って聞いても野暮か。怪人さんかな?」
「アリアドス。分からせておやりなさい。盗っ人猛々しいと」
「どっちが。見るからに怪しいヤツ!」
駆け出したマチエールを追尾してアリアドスの発生させた糸が絡まろうとする。糸の束がこびりついた地面が焼け爛れたようになった。あの糸には毒が仕込まれているのだ。
「セコイ真似するじゃない。毒の糸で拘束?」
「あなたのような阿婆擦れには、これでも我慢しているほうよ」
「……あたしの事知ってるのか。まぁ、色んなところで人脈は築いているから、そっちかな」
得心するマチエールへとアリアドスが糸を矢継ぎ早に発射した。今度は糸の弾丸だ。一つ一つが、殺傷能力を秘めている。
「あのさぁ、殺さずに話し合いましょー、とかないの?」
「泥棒に、話し合い? 何を言っているのかしら」
「泥棒って。あたしゃ、探偵だってば」
アリアドスもそれを操る赤スーツの少女も全く聞く耳を持たない。糸の弾丸が喫茶店に幾つも穴を開けた。
マチエールも避けるばかりでは体力を消耗するだけであった。こちらから仕掛けなければ、とボールに手をかける。
その瞬間、狙い澄ました糸の弾丸が手に絡まりついた。瞬時に手錠の形となり、マチエールがつんのめる。
「やけに照準精度のいい……」
「アリアドスの特性はスナイパー。この期をずっと狙っていたもの。それは、当たり前というものよ」
「あたしがボールに手を出すって知っていて? そいつは趣味悪いね」
マチエールは後ろ手に糸で拘束されてしまう。アリアドスの放った糸を足だけで避けるのは難しかった。終いには足首に糸が絡みつく。アリアドスが首を振るうと、それに同期してマチエールも振り回された。
壁に激突し、肺の中の空気が漏れる。
「痛って……。手加減してよ」
「感謝なさい。殺すつもりだったのを拘束で済ませているのだから」
「あいよ。そいつはありがとさん。これでいい?」
「……嘗めた真似を」
どうやら火に油を注いだらしい。マチエールはぶつくさ文句を垂れた。
「何だよー、ありがとうって言ったらいいんじゃないの?」
振り上げられた糸の束がマチエールを押し潰そうとする。
「やっべ……」
「潰れなさい! 害虫!」
糸の束がその時、急に空中で静止する。青い思念が纏わり付いていた。
「〈もこお〉……!」
アタッシュケースを引きずって〈もこお〉がサイコパワーを飛ばす。しかし、その思念を引き千切って、アリアドスが糸の弾丸を放った。
「エスパータイプなんて! 小賢しいっ!」
糸の弾丸が〈もこお〉に命中し、思念が霧散する。その瞬間、ばらけた糸がマチエールに降り注いだ。
「殺すつもりだったのに……」
結果的に糸による拘束が成されたとは言え、余計な仕事を増やしただけであった。
アリアはマチエールを見下ろし、足蹴にしようとする。その時、視界の隅にアタッシュケースが入った。
操っていたニャスパーは昏倒している。ケースを引き剥がそうとしたが、念力で無理やりくっ付けているのか離れない。
「ニャスパーごと輸送するしかないようね。あなた達!」
その声に下っ端がマチエールとニャスパーを運び出す。進捗を、アリアは聞いた。
「特待生は?」
「既に我らが手に」
報告にアリアは口元を綻ばせる。
「順調に、事は進んでいるようね。ミアレの街。今宵、また一つ、歴史が刻まれるわ」
空を仰いだアリアはどうしてだか星が一つも見えない事に気が付いた。
重たい、漆黒の夜であった。