第百十六話「喪失する彼方」
「青の死神……。何をしに来た……」
背中にかかる男の声にもアーロンはしばらく返事が出来なかった。
今の自分の顔を、メイ以外に見せたくなかった。
それを好機と判断したのか、白衣の男が哄笑を上げる。
「言っておくが、お前は特一級の抹殺対象だ。ゲーチス! やれ!」
甲板に出ているゲーチスが杖をつく。それを合図として黒い龍のポケモンが電磁の十字を番えた。
「ゼクロム。クロスサンダー!」
放たれた声に、電磁の十字架がセンタータワーの屋上に突き刺さる。
粉塵が舞い散る中で、アーロンは真っ逆さまに落下していた。
メイは瞬きもしない。その表情がいつものように、馬鹿正直な感情をぶつけて来ない。
もう二度と、その機会は失われてしまったのだ。
「馬鹿め……。お前はいつだって、どうしようもない、後戻りの出来ないところに行ってしまうんだな。悪癖だぞ」
ゼクロムが落下中のアーロンを見据える。その掌に青い電撃を内包した。その直後、天地を射抜く雷鳴が、センタータワーを消し炭にする。
「雷撃! これで、波導使いは下した! 私達の、勝ちだ!」
白衣の男の笑い声が響き渡る。
――もう、どうでもいい。
誰が勝者であろうと、誰が敗者であろうとも。
自分には関係がない。ただ、堕ちていくだけだ。
いつからだったのだろうか。自分は堕ちるだけの日々だった。堕ちている事に気づかずに、ただ漫然と日々を過ごしていた。
それが、少しばかりマシになった。
誰かのために生きていく事で、食い潰されるだけの自分は、何もないと思っていた自分の心には、何かが生まれた。
それを最初、形容する手段を持たなかった。
何と呼べばいいのか分からなかった。
だが、今は分かる。
腕に抱いたメイの体温。彼女の呼吸。彼女の、言葉。自分を、波導の殺し屋だと知っていても、どれだけ汚い部分を見せ付けても、決して屈しなかった――彼女の笑顔。
いつだって、笑って迎えてくれた。
それがきっと安息の場所になったのだろう。知らぬ間に、自分は甘えていた。
甘える事を決して許されなかった少年時代。師父に、一人前になれと言われていた。一日でも速く、大人にならなければならなかった。
波導使いとして。アーロンとして生きるのに、感情は邪魔だった。
師父から投げかけられたあの日の言葉も、全て忘却の彼方に忘れ去っていた。
それを思い出させてくれたのは彼女だ。
今はただただ、その思い出に浸る。
ゼクロムが自分へと照準し、電磁の十字を放り投げた。攻撃するつもりはない。電磁の十字が肩口へと突き刺さる。焼け爛れた肩の血が瞬時に蒸発した。
「これで一死、だ! 波導使い! ゲーチスとゼクロムの前に、全く歯が立たないだろう? 悔しいか? 悔しいだろう!」
――悔しい?
今はそんな感情に浸っている場合ではない。
一つでも、メイとの日々を思い出そうとした。
殺そうとした少女。邪魔だと思っていたその存在がいつしか、かけがえのないものになっていた。自分の部屋にいるのが当たり前になっていた。
シャクエンとアンズ。彼女らを引き合わせてくれたのも、メイのお陰だ。お節介な彼女がいなければ、自分はただただ殺し屋を殺し返すだけだっただろう。
あるいは、それさえも諦めて誰かに殺されていたかもしれない。
それほどまでに、どうでもいい日々だった。それに意味を与えてくれたのは、彼女だ。
「我が始祖の女神の前に、ただの経験値稼ぎの少女と、波導使い! ゲーチスのプロトタイプに成り果てたお前のデータは最早、不要だ! 消え去れ!」
ゼクロムが全身に電流の青い血潮を充填させる。次こそ決めるつもりだろう。両手を重ね合わせ、体内の電流を一点に溜め込んでいる。
――ああ、こんな日々も終わりを告げるのだな。
ハムエッグに諭されるまでもなく、分かっていた。こんな安息が長く続くはずがないと。
だが、どこかで祈ってもいたのだ。
この世に神がいるのならば、もう少しだけ。あと一秒でもいい。この優しい時間を長引かせてくれ。
もう、俺に、人殺ししかない殺伐とした時を、あの寂しさを味わわせないでくれ。
「お前は塵となり、ここに女神と支配者が誕生するのだ!」
ゼクロムが片手に巨大な電撃の檻を集中させる。まさしく渾身の一撃だろう。
アーロンは抱えたメイに呼びかけた。
「少しで終わらせる」
そう告げた後の自分は、もう涙を見せなかった。無事なビルに降り立ち、メイを手離す。
電気ワイヤーがゼクロムの手首に絡みつく。瞬時に絡め取った波導を感知し、回路を切り裂いた。
発動しかけていた技が霧散する。それを相手が理解する前にアーロンは躍り上がっていた。
ゼクロムの腕を伝い、その右肩の波導を完全に切断する。だらりと垂れ下がった右腕にゼクロムが自分でも気づく前に、次は鳩尾だった。そこへと、ピカチュウと共に少しだけ触れてやる。
それだけで内部骨格のさらに奥、内臓の配置が理解出来た。瞬時に頭に叩き込まれた内臓の波導回路を、アーロンは全て――一瞬で断線させる。
ゼクロムがかっ血する。
電気ワイヤーで首筋を締め上げてアーロンはゼクロムを跳び越えた。
眼前にはプラズマフリゲートの甲板がある。
音もなく、水鳥のように降り立ち、すっと双眸を向けた。
暗殺者の瞳が捉えたのは舞台上に佇む、不格好な役者が一人。
団員達を押し退け、アーロンの手がゲーチスの右肩を掴んだ。
駆け抜けた残像に誰もが止める声さえも上げられない。
ゲーチスも突然の接近に目を瞠っていた。その喉から声が漏れる前に、ピカチュウの電撃が右半身を麻痺させる。
ゲーチスが痛みに蹲った瞬間、アーロンはその顔面を蹴りつけた。
仰向けに倒れたゲーチスの顔を引っ掴む。
「許してくれ……」
その喉から漏れたのはまさかの命乞いだった。アーロンは無感情な眼差しのまま、首を横に振る。
「駄目だ。お前らだけは――許せない」
ピカチュウの電撃とアーロンの波導切断が相乗し、ゲーチスを一瞬にして殺害していた。
絶叫が喉から迸る。断末魔が響いたのはほんの三秒ほどだ。
ゲーチスは口の端から唾を垂れて絶命していた。踵を返したアーロンに、団員達が絶句する。
覚えずと言った様子で道を譲っていた。
波導使いを阻もうという命知らずはいなかった。
その視線の先にはミオのカプセルを抱くアクロマの姿がある。
「そ、そんな馬鹿な! ゲーチスは、完璧であったはずだ! だというのに、一瞬で……。は、波導回路を再構築! 高速演算チップを作動! これで、ゲーチスはまだ動く!」
にわかに、ゲーチスが立ち上がったのが気配で伝わった。
アーロンは振り返らずに指を弾く。
すると、ゲーチスは杖の先端を己の喉笛に向けていた。
「綺麗に死ねたのにな。こういう末路を辿るんだよ、悪足掻きって言うのは」
次の瞬間、ゲーチス自身が自身の喉笛を杖で掻っ切っていた。血飛沫が舞い、団員達が戦々恐々する。
「な、何なんだ、お前は……」
アクロマの怯え切った声にアーロンは言い放つ。
「波導使いだ。他に、何がある?」
「げ、ゲーチスも波導使いのはずだ。ゼクロムだって! だというのに、何が違う? プロトタイプのお前と、何が……」
「教え込んでやろうか、研究者。波導をただ纏うだけでは、波導使いとは呼ばないんだ。よく見ていろ」
アーロンが甲板に手をつく。ピカチュウが肩口に留まり、頬袋から青い電流を跳ねさせた。その瞳には最早、迷いはない。
「――これが、波導を使う、という事だ」
甲板に宿る波導の残滓をアーロンはすくい上げてアクロマの足元を崩した。突然に足場が崩落したものだからアクロマがたたらを踏む。
「そ、そんなはずはない! 波導は私が形式化した! データに成り下がったのだ! 私のデータ上、不可能はない。私がデータに仕立て上げたものに、不可能はない!」
アクロマが懐からテンキーを取り出してエンターを押す。喉笛を切り裂かれたゲーチスがよろめきながらも歩む。しかしその姿は最早亡者のそれであった。無理やり動かされている四肢は鈍い。
「死んでも死に切れない、というわけか。どこまでも、底意地の悪い奴らだ」
「何とでも言え! お前はここで死ぬのだ! ゼクロム!」
波導を切り裂いてやったはずのゼクロムが翼を展開して立ち向かってくる。主共々、既に傀儡であるのは言うまでもなかった。
「ゼクロム! クロスサンダーを撃ち込め!」
アクロマの命令にゼクロムが電磁の十字架を円陣に展開する。しかし、アーロンは臆する事もない。
「その程度か」
すっと手を掲げて、薙ぎ払っただけの動作だ。
それだけで、空気中に充満していた電磁の波導が打ち消された。「クロスサンダー」が中断され、アクロマは目を見開く。
「そんな馬鹿な……。何が違う? 何が、お前と私では違うと言うのだ……。げ、ゲーチス! その不死の力、見せ付けてやれ!」
アクロマがエンターキーを押すと、ゲーチスが手を振り上げた。喉元からぼとぼとと血を噴き出させて引きつった笑みを浮かべる。
ゲーチスの命令に従ってゼクロムが全身に青い電磁の血潮を滾らせた。内奥から発光し、青く輝く。反転した太陽のように、光が全方位へと放出された。
「最後の大技、雷撃、最大出力!」
ゼクロムがアーロンを見据え、突進を仕掛けようとしてくる。恐らくは捨て身の一撃。プラズマフリゲートの無事でさえも二の次に置いた、渾身の一発だろう。
「それでも、俺が勝つ」
「言っていろ! ゲーチスの脳波をコントロールしている高速演算チップは最大に設定された! これで、ゼクロムとの同調率も引き上げて、最大の一撃を約束させ――」
『そこまでだな、アクロマ』
不意に発せられた通信にアクロマが声を詰まらせる。それと同時に、ゲーチスが喚き始めた。頭を押さえて目鼻から血を流している。
「……何だ、何をした」
『高速演算チップは諸刃の剣だ。こちらからの設定でゲーチスの脳細胞を完全に破壊した。これでもう、お前らはゲーチスをカリスマとして立てる事が出来なくなった』
放たれる声にアクロマは歯噛みする。
「何故……、何故裏切った、アール! いや、リオ・リッター!」
その名前にアーロンは目を瞠る。通信を傍受されている事を関知しているのか、リオの声音は穏やかだった。
『最初からこうするつもりだった。お前らに近づいて、全てを終わらせるのには、これしか方法がなかった。プラズマフリゲート、全システムをおれが掌握し、今や、その全行動はおれの意のままだ』
「裏切れば、お前とて波導使いに始末されるのだぞ! お前は、歴史の悪人として、汚名を被る事になるのだ」
アクロマの言葉にもリオは迷った様子はなかった。
『これしかないんだ。おれが、メイに出来る事なんて、こんな事くらいしか。……アーロンさん、後は任せました。プラズマフリゲートはこのまま、ヤマブキに沈めます』
「リオ……。お前、どうしてそこまで出来る。お前は俺を倒す術だってあったはずだ」
その言葉にリオは自嘲した。
『……おれは表の王子じゃなかった。それだけですよ。裏の王子として、メイには知られずに、その身を守る。きっと、おれに出来る事って、その程度なんです。表で、あなたが支えてやってください』
「リオ! 生きて帰すと思うな! 貴様の位置は逆探知している! そこだな!」
ゼクロムが突進を中断し、電磁の十字架を一つのビルへと向ける。アーロンは跳躍していた。
「させるか!」
『いや、いいんですよ、アーロンさん。おれは、こういう最期がお似合いなんです』
アクロマに掴みかかったのと、ゼクロムが「クロスサンダー」を撃ったのは同時だった。
ビルを穿った電磁の十字架に捉えられたリオの姿が波導の眼に大写しになる。
アーロンは声にしていた。
「リオ……、お前は、真っ当に生きられたのに」
波導が最後に拾い上げたのか、リオの残留思念が語りかける。
――アーロンさん。正しい事をしてください。メイを、頼みます。
その信念に、散っていった男の魂に、アーロンは瞑目する。
「ああ、約束する」
ゼクロムがこちらへと向き直る。既に制御を失ったプラズマフリゲートは傾いていた。団員達がめいめいにポケモンを出して脱出していく中、舞台の上でゲーチスがのた打ち回る。
最早、その生存でさえも危うかった。
全身から血を流したゲーチスの喉から笑い声が漏れる。狂気の嗤いであった。
「殺せ!」
アクロマが声を張り上げた。ゼクロムがプラズマフリゲートへと真っ直ぐに突進してくる。
全身から光を放出したゼクロムの威容に、アーロンはたじろがなかった。
それどころか、信念の光を双眸に携え、真っ直ぐに睨む。
「決着だ。プラズマ団」
ゼクロムの雷撃を身に纏った拳がプラズマフリゲートを叩き折った。アーロンは一歩も退かず、ゼクロムの体表に降り立つ。
全身から雷を放出するゼクロムであったが、アーロンのした事は少ない。ただ、波導を無力化させただけだった。
「何故だ……。あれそのものが、数万ボルトの雷のはずだぞ……。どうして、奴は生きていられる?」
滑る甲板の上をアクロマが必死にカプセルを抱く。
アーロンはゼクロムの体表の上で佇んでいた。青いコートが発生する強力な磁場で焼かれ始める。
節々に炎が発し、無力化し切れない熱が嬲っていた。
「ゼクロム。お前もまた、犠牲者だ。だからこそ、葬る。俺の全身全霊をかけて」
ピカチュウと共にアーロンはゼクロムの表皮に手をついた。それだけでも常人ならば焼け死んでしまうほどの温度。
だというのに、アーロンの身体には何の異常もなかった。
焼け始めたコートだけがその強大な熱量を主張しているが、彼自身は何もないかのように振る舞う。
「ゼクロム、焼け焦がせ!」
アクロマの声にアーロンは一言返しただけだ。
「焼け死ぬのは、お前だ。研究者」
アーロンが飛び退る。ゼクロムの攻撃の照準が、プラズマフリゲートの甲板に立つアクロマへと向けられた。
アクロマが目を慄かせてアーロンを見やる。
「何をした!」
「何も。ただ体内波導を調整し、お前以外の対象を見えなくした。敵をお前だと誤認させただけだ。波導の初歩の初歩に過ぎない」
ゼクロムが全身の雷撃を一点に集中させる。その拳が照り輝き、アクロマの顔を浮かび上がらせた。
「あ、アーロン。助けてくれ……。やめさせろ。私は、こんなところで死んではいけないのだ。まだ! まだやるべき事がある! ミオを、私はまだ抱いていないんだ! 復活した女神の恩恵に、一つも与っていない。彼女を感じたいんだ! 彼女を、どうか私に――」
「残念だが、お前のエゴで解体し尽くされた少女は、お前を望んじゃいない。共に消滅しろ」
カプセルを抱いたアクロマが怨嗟の声を響かせる。
「アーロン! 貴様、後悔するぞ! 私がいなければ、何も成されない! プラズマ団も、メイという少女も、何もかも! 全てが潰えるのだ! だというのに、お前は一時の感情で、私を殺すのを是とするか? それは人類全体にとっての衰退だ。極論、お前は人類を後退させる事をしているのだぞ!」
アーロンはビルに降り立ち、アクロマに声を投げる。
「悪いが、俺はただの殺し屋なのでね。人類全体が云々など、知った事か」
ゼクロムの拳がプラズマフリゲートを叩きのめす。機関部に電流が至ったのか、内部から爆発が轟いた。
「アーロン! 言っておくが、メイはもう空っぽだ! 何もない! その少女に、意味など一つもないのだ! 無力感と喪失感の中、お前は生き続ける。生き地獄だ!」
アクロマが哄笑を上げる。その笑い声も、爆発の音叉に遮られ、プラズマフリゲートが轟沈するのと同時に消えていった。
ゼクロムの全身から波導が消え失せていく。あまりにもその身体に似合わぬ能力を引き出されたせいだろう。
急速にゼクロムの生体反応が薄れ、一つのビルを巻き添えにして雷が天地を縫い付けた。
その一閃が最後の一声だったかのように、ゼクロムは沈黙した。
アーロンはメイを降ろしておいたビルへと移動する。
決着を見るまでもない。
プラズマ団は崩壊した。もう敵はいないのだ。
「終わったぞ、馬鹿」
声をかけてもメイは起きる様子はない。生態波導を感知すると、心臓に埋め込まれた何かがメイの波導を吸い上げていた。
話にあったライトストーンか、とアーロンは判ずる。
「このままでは、お前は死ぬ、か」
不思議と、焦りも、恐怖もない。
何もかも終わってしまった。その喪失感だけがある。
自分に何が出来る?
波導を操るとはいえ、自分は戦う事しか出来ない破壊者だ。波導を切断する以外の使い道は師父に教えてもらえなかった。
その段になって、ハッとする。
「波導を、切断する……」
アーロンは瞬時に決断した。それしか方法がない。
自分にはそれしかないのならば。
メイの胸元に手を当ててアーロンは波導の眼を極限まで高めた。フェイズ2を超えた最大の領域まで波導を高める。
波導感知の意識圏が極められ、ライトストーンが媒介する波導の静脈が手に取るように分かった。
ライトストーンはメイから波導を奪い、この身体を食い破ってレシラムとして生誕しようとしている。それを阻むのには、ライトストーンの波導を全て、逆転させるしかない。
出来るか? と胸中に問いかける。
最早、出来る出来ないを論じている場合ではない。
やるしかなかった。
「ここで死ぬな、――メイ。お前は、俺にとって」
波導回路を脳裏に描く。あまりにも微少な波導回路に気後れしそうになったのも一瞬、アーロンはライトストーンが吸収している波導回路の一点へと向けて、電流を放った。
一瞬だけ、青白い光が明滅する。
極限の集中から脱したアーロンは汗を掻いていた。
波導の眼を戻す。メイの生命波導は途絶えていた。
――失敗したのか。
アーロンは瞑目する。もう、打つ手はない。ただ祈っても叶わない。二度と機会は失われてしまった。
もう、話す事も出来ない。
馬鹿を言い合える事も出来ない。
失われた命は、二度と戻らないのだ。
ライトストーンの波導を切断するだけなど、虫が良すぎる。そんな現実が待っているはずもなかった。
頬を熱いものが伝う。死神になってから久しく忘れていた感情が胸を締め付けていった。
失う、という感覚。
師父が教えてくれた。失ってから初めてその尊さに気づけるのだと。
その通りであった。自分にとって、メイを喪失する事がこれほどまでに大きな事だとは思いもしなかった。失わなければ、自分はその命の尊さにさえも気づけなかった。
それほどまでに愚鈍であった。
それほどまでに、死に、無頓着であった。
「俺に……これ以上、失わせないでくれ」