第百十三話「美しき数式」
「おお、女神だ」
プラズマフリゲートの最奥で、今もゲーチスの視覚映像を傍受しているアクロマは感嘆の息を漏らす。
センタータワーに反応があった。仕掛けておいたポケモン図鑑の逆探知機能が彼女の到来を告げている。
「遂に、成される時が来た。原初の女神、ミオと、Mi3、メイの統合。それによってもたらされるのは、真の女神の出現。この私の、真意がようやく、ようやくだ。果たされる」
悲願であった。アクロマはゲーチスの脳内へとそのまま直通回線を繋ぐ。
「ゲーチス。戦闘を一時中断。このままプラズマフリゲートはセンタータワーを目指す」
『構わないが、もう力の誇示は』
「必要ないでしょう。向かってくる命知らずなどいまい。私の造り上げた傑作は、四天王と、この街最強の暗殺者、スノウドロップを下した。これ以上の戦力などいるはずもない。今のゲーチスとゼクロムに向かってくるとすれば、それは自殺志願者だけだ」
この領域まで到達した自分達を阻む存在などいるはずもない。
プラズマフリゲートはゆっくりと、船首をセンタータワーに向ける。針路変更にも団員達は動じない。今の今まで行われていた戦闘のほうが戸惑いだっただろう。
『スノウドロップにも勝てる事が実証されたんだな』
通話先のアールの声音は自信ありげだった。
「ええ、全ては高速演算チップと、そしてルイツー。私が形態化した波導の概念のお陰。これによってカリスマ、ゲーチスは完成した。最強のポケモンを携えたこの使い手に、敵う者はいない」
『だが、まだだ。まだ、この街には抑止力がいる』
「波導使いの事か? あんなもの。知れているだろうに」
どうしてアールはここまで波導使いにこだわるのか。理解し難いが、それはどちらにとっても同じ事だろう。
『Mi3とMi0が同期すれば、どうなる?』
「素晴らしい事が起きる」
アクロマの感じ入ったような声音に疑問が挟まれた。
『何か、とてつもない事でも?』
「君に害は成さないさ。ただ、女神の誕生を祝ってくれ。それだけが、はなむけだ」
『……おれは、それを祝うべきなのだろうか』
そういえば、アールもメイに特別な感情を抱いていたのだったか。フッとアクロマは笑みを浮かべる。
「同期の済んだMi3、君達がメイと呼ぶ個体には、どれだけでも自由を与えよう。君を好きになるように調整し直してもいい。私が欲しいのは、完璧な女神だけ」
恋愛などにうつつを抜かす不完全な少女ではない。
アールが何を考えているのかは分からなかったが、彼はただ沈黙していた。
「まぁ、すぐに分かるさ。どれだけ素晴らしい事なのか。私の崇高なる理念を。私が唯一、この世で愛するべきだと感じた、美しき数式の行方を」