MEMORIA











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迫撃の鈍色、裏切りの傷
第九十話「傷」

「これをヤルとよ、ふわっとして夢を見ているみたいな気持ちになるんだよ」

 男の説明に一人の少女が聞き入っていた。

 昼下がりのカフェテラスの店内は客もまばらだ。その中のテーブルの一つに対面しているのは、金髪の刈り上げの男と、忍者装束の少女であった。

 男の手元には端末があり、その画面に表示されているのは吸引型の器機であった。白い袋に吸引のためのスポイドがついている。

「言っておくが、高値で取引されているからお勧めはしないぜ。オレの口からばれたなんて言ってみろ、流している連中から即座にこれだ」

 男が首を引っ掻く真似をする。少女は男の目を見つめ口にした。

「情報が欲しい。もっと明確で、的確な情報を」

「って言っても、オレも知っているのはヤッた時の感じと、流通させているグループ、それにこの街でどれだけ流行っているか、ぐらいだよ。なんつーの、こういうのの売人って裏路地を取り仕切っている路地番に頼んで流通させてんだ。だから路地番の伝手があれば不可能じゃないとおもうけれど」

「あたいに、路地番の伝手はない。そうなってくると、あなたみたいな人間に頼むしかないってわけ」

 その言葉に男は鼻を鳴らす。

「……どこの組織が最初に流したのかは分からないし、オレだってヤッたのは一回こっきり。高くって手が出せない。常習性はないはずだ。中毒性もない。本当に、一回でやめられるクスリなんだよ、これ」

「噂に聞いていた、その、効力って奴は」

「ああ、あの人間の脳の奥深くにある記憶に作用するって奴か? マユツバだよなぁ。第一、忘れていた記憶を選択して取り出せるわけじゃないから、このクスリに頼るよりか、心療内科の催眠逆行とかのほうがマジな話、有効だと思うが」

「どうしても必要なの。お願い、流通元教えてくれる?」

 少女が手を合わせて懇願する。男は声を潜めた。

「……あのよ、オレから漏れたって事は」

「言わない、言わないって」

「まだハムエッグも、ホテルでさえも関知していないものだ。だから裏で流通させて、金を儲けようって魂胆じゃないのはよく分かる。だって儲けを出すのならばその二者を通さないのは筋に反しているからな。利権を食い潰される、って恐れはあるが、ハムエッグとホテルが表立って約束を反故にするって事はないだろう。だから、長らくクスリの流通に関してはこの二つを通してきた。今回のクスリだって多分、通す予定があったんだろう。だが、通さず闇の中で闇から闇へ、っていうやり方になった。それはひとえに、このクスリのヤバさとあとは儲けが出にくいから個人のものにしたいってのがあるんだろうな」

「儲け話に乗せてもらうつもりはない。ただこのクスリのサンプルでももらえれば」

 男は腕を組んで呻る。

「難しいな。サンプルって言っても、今言った通りハムエッグとホテルを通さないやり方なんだ。だから情報も表立っては出ないし、当然、流通情報なんて限られた会員だけのものだよ」

「会員ページは? ネット上にあるの?」

「前まではな。だが今は、こうして情報を持っている者同士の伝手だけさ。合言葉を言えば売人から買える。ただし、その売人だって裏通りをたまに路地番を使って買い占めているだけ。タイミングだよ、タイミング」

「絶対手に入れたいの。どうすればいい?」

 食い下がる少女に男は考えを巡らせた。

「絶対手に入れる方法? そりゃあ、持っている奴に当たるのが一番だけれど、常習性も中毒性もないから、何度も使っている奴に当たるのは難しい……」

 少女はコーヒーカップの裏のソーサーに紙幣を挟んで差し出す。

 情報料であった。

 男は抜け目なくそれを受け取って返答する。

「……そういや、オレの知り合いにいたな。このクスリの効き目を知りたくって使っている奴が」

「確定情報?」

「ああ、間違いはないさ。そいつの住所と電話番号を教える」

 少女が教えられた住所と電話番号をメモし、その場から立ち去ろうとした。それを制するように男が声をかける。

「待ちなよ。何だってお前みたいな、本当にちびっ子が、こんな情報もまるでないクスリの事を詮索する?」

「あたいは、それが必要だったからしているだけ」

「……分かりやすく忍者服着込んでいるけれどさ。隠密って言葉の似合わない格好だぜ、それ」

 男が顎でしゃくる。昼下がりには目立つ格好だった。

「あたいの正装みたいなものだから」

「あっそう。じゃあ、ついでにいい事も教えてやるよ。クスリを使った感じだと、本当に、意識が朦朧として前後の記憶が曖昧になる。それと、多幸感と虚脱感かな。忘れていた記憶が蘇るって触れ込みは副次的な産物だよ。だが、それがあまりにも明確なものだからこの名前がついただけだ。――メモリアはな」

 クスリの名前を口にした男は少女に言い含める。

「どういう考えでメモリアの流通を追おうって言うのかは聞かないし、それがルールってもんだろう。でも、あまりに意外なのは、そういうのが中学生前後のちびっ子にも流行っているって事だよ」

「あまり詮索はしないほうがいいと思う。あたいだけの話だし」

「親御さんにばれたくないのかい? そりゃあ、ヤバいクスリに手を出す子供の事なんて知りたくもないだろうけれど」

「なに、口止め料でも払えって?」

「そこまで言っちゃいないけれど、誠意ってもんがさ」

 少女はため息をついて紙幣をハンカチの下に隠して手渡した。

「毎度。ただ、年長者として忠告しておくよ。メモリアはそれほどさばけないし、売れない。だから、流通に噛もうってのはお勧めしない」

「いいよ、別に。あたいは、これが必要なだけ」

「お前、名前は? 一応は、情報を渡したわけだから信頼って奴もある」

 逡巡の後、少女は名乗った。

「アンズだよ」


















「ねぇ、お姉ちゃん。ラピスは、いつまでここにいればいいのかな」

 ラピスの放った疑問にメイは答えあぐねていた。

 毎日のようにハムエッグの下を訪れ、ラピスの相手をしているが彼女は暗殺者なのだ。その仕事をさせないための抑止力としての役割を自負していたが、ラピスの中にもこのままではいけないという焦燥があるかもしれない。

「いつまでって……、そりゃ、ハムエッグさんが許すまでじゃないかな」

「主様が、ラピスを許すと思う?」

 どこか、不安げな表情で口にするラピスに、メイは尋ね返した。

「ハムエッグさんが、信じられなくなったの?」

「ううん、そういうんじゃない。けれど、今まで主様は殺し以外をやれとは言わなかったから」

 殺し以外、本当に教え込まれていなかったのだろう。ラピス・ラズリ――通称、スノウドロップは無垢な瞳で自身の存在価値を問い質す。

 殺しをやめろと言われれば、この少女は行く宛てをなくす。しかし、メイにはもう二度と殺し合いなどに巻き込まれて欲しくなかった。

「……ハムエッグさんが、いいよと言うまで、ラピスちゃんは休んでいいんだよ」

「休む……。お姉ちゃん、ラピスが休んでいる間に、この街はどうなったの?」

 メイは返事に窮した。

 ラピス不在の間に起こった炎魔シャクエンの反逆行為。さらに言えば、その大元であったオウミの死。アーロンが火消しに奔走したと聞いたのは全てが終わった後だったが自分を巻き込まなかったのは暗殺者同士の喰い合いに口を挟める身分ではないと慮ったからであろう。

 ある意味では、アーロンが自分に話を振らなかったのも当然である。

 シャクエンは無事、生きて帰ってきたし、何も言う事はない。

 ――ただ、とメイの心には一滴の墨が残った。

 シャクエンとアーロンは殺し屋なのだ。

 どうしようもなく、暗殺の道で生きていくしかない、裏の人間である。彼らの領域に、自分を踏み込ませてはくれない。

 自分はどう足掻いたところで一般人。だから彼らの死に場所がどこであろうとも、口を挟む権利なんてないし、もっと言えば彼らとは最後の最後で袂を別つしかない。

 それが分かっていても、メイはアーロンやシャクエンと共にいたかった。

 彼らの傷みを分かった風になっているのかもしれない。それでも、どこかで不要だと言われるまで、自分は付いて行くだろう。

 そうしなければ彼らは本当に、闇の中で死んでいく。

 誰にも看取られず、ただただこの街の深淵で、朽ち果てていく。

 それだけは我慢ならない。

 一度でも分かり合えたのならば、自分だって一蓮托生だ。

 だからそれが茨の道でも突き進んで行きたい。たとえ邪魔だと思われていても、自分は意地を貫き通す。

 その第一段階としてラピスと接しているのもある。

 彼女を殺しの世界から救いたい。殺さなくてもいい道がこの世にはたくさんあるのだと教えたいのだ。

「ラピスちゃんが休んでいても、この街は何ともないよ。みんな元気にやっている」

 そう言えばラピスが安心すると思ったのだが、逆に彼女は顔を翳らせた。

「ラピス……要らないのかな」

 思わぬ発想にメイはうろたえる。

「な、何で? だってほら、ラピスちゃんは普通の女の子で」

「普通? お姉ちゃん、ラピスは主様にバランサーとしての役割を与えられているんだよ? だって言うのに、ラピスが何もしなくってもこのヤマブキが元気なら、何でこんなところにいるんだろう……。何もしなくっていいって言うのは、寂しいよ」

 寂しい。殺しのない、平和な生活を寂しいとこの少女は言うのか。

 バランサーとしての役割はハムエッグの本分だ。だから、それを叩き込まれたラピスが感じるのは何も間違いではない。

 ただ一つ、このようなか弱い少女の発言ではない、という一部分を覗けば。

 メイはラピスの手を握った。キーストーンを掌に埋め込まれた、固い手だった。

「ラピスちゃん、これまで頑張ってきたじゃない。頑張らなくっていいんだって、神様がお休みをくれているんだよ」

「じゃあ、意地悪な神様はいつ、お休みを解いてくれるの? いつになったら、ラピスがまた必要だって言ってくれるの?」

 暗殺が自分の生きる道だと信じ込んでいるラピスの洗脳を解くのは間違いかもしれない。

 もしかしたら、ハムエッグの指示の下、今まで通り、人殺しをさせるのが一番の回復術なのかもしれなかった。

 だが、メイは出来るだけラピスを暗殺から遠ざけたい。この世の汚いものから、彼女を守りたかった。

「ラピスちゃんが、お仕事しなくてもいいように、アーロンさんとハムエッグさんが頑張っているから」

「波導使いアーロンが、ラピスより大事なの? 主様は」

 メイは当惑する。ラピスにはハムエッグに必要とされているか、そうでないかの選択肢しかないようだった。

 もっと別の、自由になれる道を選ぶ事も出来るのに。

「ラピスちゃん。あたしと遊ぶのは、嫌になった?」

「嫌じゃないよ。嫌じゃないけれど、何もしないのは、ちょっと嫌……」

 このような幼い身にハムエッグはどれほどの無理を強いてきたのだろう。もし、アーロンとぶつかり合わなければ、ラピスは延々と殺しをさせられていた。

 だからと言ってハムエッグを無条件に恨む事も出来ない。

 ハムエッグがいなければラピスはこの場所にもいないだろう。

 ブザーが鳴り、この時間の終わりを告げる。

『ラピス。今日はここまでだ』

 ハムエッグの声にラピスは歩み出ていた。

「ねぇ、主様。いつになったら、もう一度戦わせてくれるの?」

『その時が来れば、自然にそうなるよ』

 メイは拳をぎゅっと握り締める。この歪な関係性を清算しなければ、いつまで経ってもラピスはハムエッグの操り人形だ。

『お嬢ちゃんだけ表に出てくれ。ラピスは出なくっていいよ。まだ、ね』

 暗にいつかは暗殺業に戻らせる、という言い草だ。メイは不承ながらも立ち上がった。

「またね、ラピスちゃん」

「バイバイ、お姉ちゃん」

 ラピスはこの部屋に取り残される形となる。

 改めて部屋の全体を見やった。

 何もない、滅菌された白だけが広がる、まるで牢獄のような部屋。

 この部屋に幽閉されているだけでも、ラピスからしてみればストレスだろう。ハムエッグは意図的にやっているのだろうか。

 彼女を駆り立たせて一日も早くスノウドロップを復活させたいのが本心かもしれない。

「……でも絶対に。もうスノウドロップを表には出させない」

 メイの中でその言葉は堅い決意となった。



















「馬鹿はどれだけの薬になっている?」

 アーロンの問いかけにハムエッグはグラスを磨きつつ応じた。

「半々、ってところかな。彼女の存在が逆に、ラピスの不安を駆り立てる要因にもなっている。元々、お嬢ちゃんを守るために、ラピスは君に飛びかかった面もあるからね」

「忘れたい戦いだ」

 スノウドロップとの命を賭けた戦いなど。アーロンが水を飲み干すと、奥からメイが出てきた。

「あの……ハムエッグさん。ラピスちゃんは、ちょっと不安定です。何か、おもちゃでも与えたほうがいいじゃ。あんな部屋じゃ、まるで囚人みたいに……」

「いや、ラピスにはあれで事足りているよ。トイレに行く自由もあるし、換気システムもしっかりしている。寝室もある。何か不自由でも?」

 逆に問い返され、メイは口ごもった。

「その……あんまりなんじゃないですか。だって、元々ラピスちゃん、あんな歳で暗殺なんて」

「おかしな事を言うなぁ、君は。スノウドロップの力の誇示があってこそのこのヤマブキの平和だよ。もし、スノウドロップが維持出来なくなればすぐさまホテルが飛んでくるだろうが、それでもいいと?」

 ハムエッグとの問答にメイは反発しようとしても出来ない。アーロンは助け舟を出してやった。

「ホテルは、前回、全兵装の展開をした。あれはホテルの内蔵戦力を見るためだったのだろう?」

「まぁ、それも半々、かな。どちらにせよ、熾天使というイレギュラーは排さなければならなかった」

 あの後、熾天使モカがどうなったのか、そう言えば聞いていない。宿主を失った炎の暗殺者は自決する、とシャクエンが口にしていたが熾天使も同じシステムなのかは検証不足だ。

「お前らの睨み合いに引っ張り出すな。俺に仕事を振る時にはもうあんな状態は御免だ」

 気がつけば退き際を失ってしまっている。一度ならず二度までも、ハムエッグの掌の上で転がされたのは我慢ならない。

「まぁまぁ。波導使いアーロンの名も売れた。最強の暗殺者の称号、欲しくないのかい?」

「俺は俺の実力で立っている。無理やりステージに立たされて踊らされるのは迷惑だと言っている」

 睨むとハムエッグは肩を竦めた。

 メイが困惑してこちらに視線を流す。

「もういいか? 帰らなければ」

「ああ、また来てくれよ」

 出来ればもう二度と面を拝みたくなかったが、それは叶わないだろう。近いうちにハムエッグの術中にはまる事になる。それが望もうと望むまいと。

「あの、アーロンさん……」

「帰るぞ」

 短く言い捨ててアーロンはハムエッグのバーカウンターから出て行く。背中に続いたメイであったが、何かを言おうとして何度も飲み込んでいるのが分かった。

「何が言いたい?」

「へっ? いや、あたしは何も」

「前回、シャクエンの事を言わなかった判断か? あれはホテルが全面的に動き出すヤマだった。だから言わずにおいたんだ。ホテルに人質に取られれば終わりだからな」

 結果的にハムエッグに人質に取られたわけだが。

 しかしメイの疑問の矛先はそれではないようだった。

「その……シャクエンちゃんの事、炎魔って呼ばなくなったんですね」

「名前で呼んだほうが早い。それだけだ」

「……あたしは馬鹿って呼ぶくせに」

「馬鹿を馬鹿と呼んで何が悪い? お前は相変わらずの馬鹿者だ。ハムエッグに、意見しようとしたな?」

 振り返らずに放った言葉にメイは抗弁を発する。

「だって……あのままじゃラピスちゃん、飼い殺しですよ? そんなの、あまりにも……」

「では殺しに戻らせるか? それとも、お前というストッパーを外して暴走させるかのどちらかだ」

「そんな! ラピスちゃんは暴走なんてしませんよ……多分」

 尻すぼみになった声音は確信出来ない事を物語っていた。ラピス・ラズリは本能的な殺し屋だ。恐らくその呪縛を自分では解けない事を悟っているのだろう。

 あれだけ長くいればどれだけ心が迷宮の暗殺者でも、少しは分かるのかもしれない。

「ラピス・ラズリが次に暴走すれば、もうそれはヤマブキ壊滅の時だ」

 ハムエッグも心得ている。だからこそ、懐刀であるラピスを温存しているのだ。次の殺しの時に最高のパフォーマンスを実現するために。

「シャクエンちゃんも戻れたんですよ? アンズちゃんだって、殺しの世界からは足を洗えました。なら、ラピスちゃんも」

「言っておくが、シャクエンは殺しから足を洗ったわけではない。殺さずにいられる状況を手に入れただけの話だ。もし、自分の身や、お前の身が危うければいつでも戻る。それだけの覚悟は持ち合わせているだろう」

 前回の戦闘でシャクエンの憑き物が落ちたかと言えば、それも微妙なところだ。

 オウミという根源は取り払ったものの炎魔というラベルは未だについたまま。恐らく一生、消える事はないだろう。

「……シャクエンちゃんを、暗殺者に戻らせたくありません」

「だったら、迂闊な行動はよせ。ホテルに隙を突かれるな。それと、ハムエッグもな。過信するなよ」

「アーロンさん、そう言っているのに何で、いっつもハムエッグさんのところに付いて来てくれるんですか? あたしを会わせたくないならそうすればいいのに」

 そうしたいのは山々だが、メイ自身にも秘密がある。

 プラズマ団から聞き及んだ英雄の因子。それを解き明かすために、ハムエッグと交渉する必要があった。この街で一番の力はハムエッグの支配だ。当然、ハムエッグの息がかかった組織がプラズマ団を調べ上げているはず。その対価がメイをラピスの下へと通わせる事だった。

 今のままではジリ貧だ。

 情報面でも、金銭面でも。

 ルイという力があると言っても、あまりに下手を打てばオウミの二の舞である。この街では慎重に動かなければ死を招く。

「店主に、バイトを休んだ分のシフトを頼んでおいた。明日からは通常業務に戻れ」

 根城に戻るなりそう口にして寝所に向かう。その背中へとメイが声を投げた。

「アーロンさんは、……アーロンさんは、どれだけ犠牲にしてきたんですか。だって、波導使いの最期は」

「寝ろ。疲れているだろう」

 遮ってアーロンは寝所へと入っていった。

 言われなくとも分かっている。波導使いの最期は、自分で見極めなければ。そうでなければいざという時にも動けない。

 波導の眼を発動させてアーロンは自分の波導状態を感知する。最近はカヤノの下へも通えていない。

 波導の眼の衰えはないだろうが、そもそもこの身体自体のガタが来ていればお終いなのだ。いつまで、どこまで波導使いとして活動していられるか。

「いつかは、師父を殺さなくてはならないのに」

 波導の衰えなどそれまで見せてはならない。アーロンはモンスターボールからピカチュウを繰り出し、魚介の缶詰を差し出す。心得ている相棒は電気のカッターで缶詰を開けて中身にぱくついた。

「最近は無理をさせてすまないな、ピカチュウ」

 長年の相棒の疲れもかなりのものだろう。ピカチュウは首を振って耳を掻いた。ピカチュウなりの平気のサインだろう。

「だが、無理に無理が祟った。連戦だ。波導を使う身とすれば、強い連中と戦い過ぎている」

 休息が必要であった。

 だが、自分に安息などあるのか。

 もう命知らずの暗殺者が仕掛けてくる事はないだろうが、それでも不安の種はついて回る。

「ピカチュウ。俺はもう眠る。お前も、休める時に休んでくれ」

 ピカチュウは不安そうにか細く鳴いた。相棒の頭を撫でてアーロンは言いやる。

「大丈夫だ。俺は、大丈夫だから」


オンドゥル大使 ( 2016/07/19(火) 19:19 )