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煉獄の菖蒲色、焼け落ちる世界
第八十四話「Reactuate Fire」

 火炎一閃。

 その一撃だけで、名乗るに値するのだと教えてくれた。

 オウミは不可視の状態に入ったバクフーンと共に行動していた。バクフーンがすぐ傍にいるせいであまり派手に動き回れないが炎熱に隠れる能力は存外に便利だ。

 同行する自分の姿まで隠してくれる。

 オウミは対象にギリギリまで近づいてからの強襲が可能であった。

 ヤマブキのところどころに配置されているホテルの連絡番の人員。それを一つ、また一つと潰していく。

 バクフーンが姿を見せた時にはもう相手の死期であった。

 オウミは口元に笑みを浮かべて頭を掻く。

「おいおい、ここまでの力だってってわけかよ。そりゃ、最強を名乗れるのは分かるぜ。自分でバクフーン、いや、〈蜃気楼〉を操ってみるとよく分かる。こんな力、持ってしまったら殺し以外に使えねぇ」

 連絡番は通常配置ならば全部で六人。既に四人を手にかけており、あと二人を始末すればホテルの連絡網は完全に途切れる。

 しかし、ここで嫌なニュースがゲンジロウよりもたらされた。

『ホテルは、全方位展開を始めた。兵装開放だ。百の兵が雪崩れ込むぞ』

 オウミは背筋を恐怖が這い登るのを感じ取った。ホテルの全兵装の開放。それはつまり、最強を誇る戦士達が一斉に自分を襲う事を意味する。

 しかしゲンジロウは慌てるどころか嗤ってみせた。

『この時を待っておった。寝床を空けたホテルは丸裸も同然。今ならば取れる』

 取れる、か、とオウミは胸中にひとりごちる。取れる、とするのは早計だとこの老人に言い含めたところで無駄だろう。相手は野心の塊だ。今の自分の忠告など聞く耳を持たないだろう。

 自分は兵士だ。

 炎の殺し屋を操る尖兵である。

 兵士に上告する権限はない。

「聞いておくが、このまま連絡番を潰すだけ、って言うんじゃないだろう?」

『ああ、その通り。ホテル百の兵力と真っ向から撃ち合うのはやめておけ。百と一では童でも分かる数字の差だ』

 ホテル百の兵力が如何なるものか。見てみたい気持ちもあったがそのような余裕もないだろう。

「行くぞ、〈蜃気楼〉」

 オウミの声に再び姿を闇の中に溶けさせたバクフーンの能力が発揮される。オウミ自身をも闇の中に消失させて夜の静寂を進む。

 ここまで静かな夜も珍しい。表通りの喧騒も失せ、ヤマブキシティそのものが昏睡に落ちている。

 その代わりに目を覚ましたのはこの街の裏の部分だ。裏面が胎動し、自分一人の戦力を食い潰そうとしてくる。

 ぞくり、と総毛立つ。

 ホテル百の兵が放たれた。その報告だけでも竦み上がってしまいそうだが、契約と同意の上にこの役目を買って出たはずだ。

「頼むぜぇ、ホテルが間抜けでいてくれよ……」

 半分は懇願であったが、その言葉に空気を割く銀翼の疾駆が応答する。

 オウミは空を仰いだ。漆黒に沈んだ夜を引き裂き、月光を受けるのは鋼の翼を展開したポケモンの部隊である。

「エアームド……。思っていたよりも速いな」

 エアームドが編隊を組んで飛翔している。地上の敵を見つけようと空中から索敵しているのだ。自分の姿が見えないとは分かっていても嫌な汗が滲んだ。

 エアームドがその翼の勢いで乱気流さえも巻き起こしながら華麗に身を翻す。今のヤマブキは完全な緊張状態である。

 少しの気の緩みが自分の破滅に繋がるであろう。

「怖いホテルの女王が、上で見張っているってわけかよ」

 女王――ラブリの存在を自覚する。

 どこで見ている? どこから、この戦局を俯瞰している?

 ラブリへの肉迫は最終局面だが、それまでに索敵されればお終い。

 極限まで張り詰めた神経を扱わなければ、この勝負、敗北する。

 焦燥と緊張の二重の縛りが、オウミの喉をひりつかせた。



























「状況は?」

 ラブリの声音にアルファ小隊の無線が飛ぶ。

『エアームド部隊、全域配置完了。空からの索敵は継続して行っていますが、依然目標を発見出来ず』

『続いてベータ小隊。地上班の映像です』

 ラブリはビルの屋上に佇み、三つのモニターを前にしていた。そのうち一つのモニターにはエアームド一体から映し出されたヤマブキの俯瞰図が。もう一つには地上を埋め尽くそうとしている群体の昆虫ポケモンの姿があった。赤い眼をぎらつかせて地上ルートを駆け抜けるのはアイアントと呼ばれる鋼・虫ポケモンである。

『現在、縦貫道を北上中。裏通りの末端に至るまで索敵していますが、今のところ見敵なし』

 アイアントの鋼の部隊がヤマブキを埋め尽くす様はまさしく蹂躙の二文字が似合った。

 今、監視の眼は地上、空中全て、炎魔たった一体に向けられている。この状況でどう動く、とラブリは笑みを浮かべた。

「軍曹。戦場での定石では、この包囲網、どう突破する?」

 侍った軍曹は普段の服装ではなく、軍服に着替えていた。ラブリも濃紺のコートを肩に引っかけている。胸元には勲章があり、ぎらぎらと輝いていた。

「そうですね……。まずは通信を断ちます。そのためには、現在地より南方向に」

 簡易机の上で地図を広げ、軍曹は南方に位置する連絡番の存在であった。

 現在、北方と西方、東方の連絡が途切れている。これはつまり、定石通り通信と情報を潰しに来ているのだと知れた。

「南方に我が方の通信班がいると分かっていて、相手が通信班を潰しに来れば」

「その時、ガンマ小隊と相対する事になる」

 言葉尻を引き継ぎ、ラブリはフッと笑みを浮かべた。

「でも、どうかしら? 戦局はいつでも定石に動くとは限らないわ。それこそ、イレギュラーを考えるべき。この場合、一番のイレギュラーは相手の戦力がこちらを上回る事だけれど、ガンマ小隊の総数は」

「二十八。どれも精鋭揃いです」

 二十八人の戦士が操るポケモンの実力は折り紙つきだ。そこいらの殺し屋レベルではない。軍隊のそれを見せ付けてやろう。

「しかし精鋭揃いとはいえ、少しばかりホテル業務が板につき過ぎた。万全の姿勢であっても、我が方を上回ってくるかもしれない」

「ラピス・ラズリ……。スノウドロップの存在を危惧されているので?」

 最強の殺し屋の名前にラブリは頭を振った。

「とはいえ、それが炎魔側に回れば、好都合というものよ。一緒に跡形もなく消し飛ばしてくれるわ」

 ハムエッグが炎魔を支持するのならば対立構図の方便も立つ。今までの拮抗状態を突き崩す好機であった。

「スノウドロップと炎魔が合わされば、弱点はありません。それこそ厄介です」

「そうね。合流前に潰すのがいいわ。そのためには南方の通信班には出来るだけ、無能を演じてもらいましょう」

「無論、その命」

「救う。当たり前でしょう? その牙がかかる前に、我が方の兵士は全て回収する。これは決定事項よ」

「分かり切った事を。失礼しました」

 頭を垂れる軍曹にラブリは片手を上げる。

「いい。分かり切っている事でも他人の口から言われなければ気づけない事もある」

 しかし、とラブリは逡巡の間を浮かべる。この状況を、カヤノはどう見ているのだろうか。

 あの時、カヤノを懐柔するために動いたのはこの最悪の状況下に置かないためでもあった。一種の親孝行だ。

 何かの手違いでカヤノを殺してしまわないかだけが不安であった。

「お嬢。カヤノ医師ならば、既に手配を」

 胸中まで心得た歴戦の相方の声にラブリは微笑む。

「……お見通し、ね。パパには、この光景を見て欲しくなかった。これは本心よ」

「お嬢は義理堅いですから。カヤノ医師をどうしても戦いから遠ざけたかったのは分かります」

「これまた、分かられると困るのだけれどね。もし、パパが情報をハムエッグに渡すと言うのならば」

「即刻、切るおつもりで?」

 それくらいの覚悟は持ち合わせている。何よりも、カヤノが巻き込まれて死ぬよりかはずっといい。

「ヤマブキの外に退場してもらう。それが一番でしょう」

「カヤノ医師からしてみれば、この街には愛着があるでしょうが……」

「致し方ないわ。何よりも、命は大事だもの」

 制圧図を示す赤い矢印が縦貫道を突っ切り、空挺部隊の網羅範囲を示す円が刻み込まれていく。

 このまま掌の上で戦場は踊っていく。

 ラブリは手持ちの端末を操作し、チューニングしてお気に入りの楽曲を呼び出した。

 管絃の音色が響き渡り、戦争音楽を形作る。

 神の御許に、と叫ぶ声音が相乗し、ラブリは鼻歌混じりに指揮棒を振るう真似をした。

 この街はまさしく、ラブリの奏でる戦争音楽の舞台であった。


















 南方は思っていたよりも手薄であった。

 嫌な予感がする。

 しかし進まないわけにもいくまい。連絡番が突然に出現したオウミとバクフーンに驚く前に炎の拳がその身体を焼き切った。

 半身が焼け爛れて壁に血糊をべっとりとこびりつかせる。

 オウミは息を荒立たせて声にする。

「これで……、ホテルの通信網は……」

『排除した、つもり?』

 拡声器で放たれた声にオウミがハッとした瞬間、眩い光の連鎖に後ずさる。

 待ち構えられていた、と歯噛みすると同時につい今しがた殺したはずの連絡番が小隊に加わっている事に瞠目する。先ほど殺したはずの死骸から光の残滓が立ち上っていた。

「身代わり……ってわけだったのか」

「そう、残念だったな。炎魔」

 炎魔、と呼ばれてオウミは口角を吊り上げる。

「もう炎魔じゃない」

「呼び名など、どうでもいい」

 歩み出てきた金髪の女性を先頭にして、三十人ほどの小隊が頭を上げた。

 それと同時に地面が隆起する。ハッとして、オウミはバクフーンに命じていた。

「下がれ!」

 自分を抱えたバクフーンが跳躍したその時には、既に地面を割って現れた鋼の躯体が目に入っていた。

 ドリルを形成した鋼の爪を持つポケモンがその身を開いて咆哮する。

 ドリュウズと呼ばれる鋼・地面のポケモンであった。

 オウミは着地と同時に舌打ちする。

「地面かよ……。相性悪いな」

 しかもその数が桁違いだ。ドリュウズは視界に入るだけでも十体。恐らく小隊規模から考えてもう二十体ほどが地面に潜っている。

 自分ならば強襲可能なように常に地面に三分の一は潜ませておく。

「〈蜃気楼〉、噴煙」

 その言葉にバクフーンが外気を吸い込み、灼熱の襟巻きを拡張した。翼のように広がった襟巻きからそれぞれドリュウズの物量ほどの火炎弾が放出される。

 それだけではない。バクフーンが地面に接地した箇所から黒煙が上がり、地表を引き裂くと潜っていたドリュウズ五体が炙り出された。地面のタイプを持つとはいえ鋼の属性がある以上、その攻撃は効くはずだ。

 鋼の爪と頭頂部のひさしを焼かれたドリュウズ達が喚きながら地面を割って出てくる。

「なかなかの威力。だが、そう何度も撃てる技ではないと見た」

 ドリュウズ部隊が仕掛けてくるかと思いきや、前に出たのは数体の二足歩行ポケモンであった。オレンジ色の表皮で、口元は狭まっており、筒状になっていた。下腹部から首筋にかけて縞模様がある。

「クイタラン部隊。ドリュウズ部隊を保護しつつ前進せよ!」

 号令にクイタランと呼ばれたポケモンが吼える。オウミは手を薙ぎ払った。

「撃て! 〈蜃気楼〉!」

 その声にバクフーンが火炎を放つ。だがクイタランはあろう事かその炎を吸引した。あまりの出来事にオウミも仰天する。

「炎を、食った……?」

「クイタランの属性は炎。その尻尾の吸引力は炎の属性を打ち消す。残念だったな。ここで潰える!」

 クイタラン部隊の背後でドリル形態へと移行したドリュウズがまるで砲弾のように佇んでいた。

 クイタランが道を開けるとドリュウズがドリルを高速回転させて突進してくる。捨て身の攻撃にオウミは慌てて指示を出した。

「〈蜃気楼〉! 炎の膜で連中を遮れ!」 

 即席の炎の防御膜を構築するが、一撃は止められてももう一撃は止められない。

 ドリュウズの鋼の爪がオウミにかかるかに思われた。その時である。

 一体のクイタランが突如として痙攣し、その筒の口から火炎を放出した。その炎がドリュウズ部隊に引火し、燃え盛る炎の檻にドリュウズが捕らえられる。

「誰だ!」

 振り返った金髪の女性の視線の先にホテルの投光機が向けられる。

 光の輪の中にいたのは、あまりにも意外な人物であった。

「波導使い……アーロン……」

 月下、青の死神が降り立つ。その異名を持つアーロンが電気ワイヤーを伸ばし、ビルの屋上に佇んでいた。そのワイヤーの先はクイタランに向けられている。どうやらクイタランを遠隔で動かし、炎の攻撃を誘発させたらしい。

「オレを庇った……。何でだ……」

 オウミからしてみれば意外でしかない遭遇であったが、アーロンの側には確信があったらしい。

「手間をかけさせる」

 金髪の女性が手を払い、声を張り上げる。

「青の死神! ここで邪魔立てするという事がどういう事なのか、理解しての行動か!」

「分からずにここまで来るものか。俺を敵と見なすのだろう」

 ホテルの戦士達が僅かにうろたえる。青の死神の眼光に恐れを成している者もいた。

「分かっているのならば答えは二つに一つだ。ここで沈黙するか、あるいは敵対するのか」

 その宣告にアーロンは電気ワイヤーを手繰る。するとクイタランが暴走し、炎を辺りに撒き散らした。

「――知れた事。俺は貴様らの敵だ」

 その言葉と共にアーロンがビルの谷間に身を投げる。電気ワイヤーを巧みに用いてオウミの傍へと降り立った。あまりの事に言葉をなくしていたオウミへとアーロンが視線を投げる。

「何故、炎魔がいない?」

 最初の質問はそれであった。だがオウミとて状況説明の時間はない。

「……話は後だ、波導使いさんよ。この包囲陣を突破しなければ」

「分かっている。〈蜃気楼〉で不可視の状態にしろ。十秒間、息を止めていればすぐに決着がつく」

「嘗めるな! 波導使い!」

 その号令にドリュウズ、クイタラン部隊の全兵力が波導使いアーロン殲滅に向けられる。

 アーロンは少し顎をしゃくっただけだった。

 その一動作で張り巡らされた極細の糸が見え隠れする。電流が放たれ、クイタラン部隊を無力化した。痙攣するクイタランを踏み台にしてドリュウズが襲いかかる。

 放出されたのは電気の防御膜であった。瞬間的に膨張した青い防御膜がドリュウズの侵攻を止めようとするが、ドリュウズは地面タイプ。鋼の爪が青い皮膜を引き裂くかに思われた。

 しかしその瞬間、防御膜の位相が変異し、何と堅牢な鋼の爪に纏いついた。チューインガムの風船のように、割れた途端に鋼の爪に粘性の電気が付着する。

「こんなもの……こけおどしで」

 ドリュウズが爪を開こうとするがどうしても爪が開けないらしい。何度も鉤爪を開こうとしては無様に呻った。

「エレキネットを防御膜に転用した。ドリュウズを倒す事は出来ないが足止めくらいにはなる」

 アーロンは身を翻しオウミを引っ張った。

「来い。お前には聞きたい事がある」

「そいつは、こっちも同感だ。何で助ける?」

「問うている場合ではない。行くぞ」

 ピカチュウが電気を練り上げて毛を逆立たせた。アーロンの右腕へと青い電磁の鎧が纏いつく。

 そのままアーロンはドリュウズ部隊の真正面から突っ切ろうとした。ドリュウズは爪を封じられているとはいえ壁となって屹立する。

「邪魔だ」

 一閃したのは鉄拳であった。青い電流を宿した鉄拳がドリュウズの腹部を殴りつけたのである。

 通常、人間の拳程度ではポケモンの堅牢さを破る事など出来まい。

 だが、アーロンの拳の前にドリュウズが仰け反り、そのまま押し飛ばされた。

 電気だけの力ではない。電流で強制的に筋肉の膂力を最大限まで引き出し、その上で上乗せしているのが分かった。

 その能力は言わずもがな、波導だろう。

「波導の拳……。ドリュウズほどの堅い奴も徹すってのか」

 オウミが言葉を失っているとアーロンは腕を薙ぎ払い、次いで現れたドリュウズも打ち倒した。

 ドリュウズ部隊が惑い、操るトレーナー達にも混乱が見られる。

 その合間を縫うようにアーロンは「エレキネット」の電気ワイヤーでビルの壁面へと手を伸ばし、そのまま飛び移る。

 オウミはほとんど抱えられる形でアーロンと共にビルの屋上を疾駆する事になった。

「逃がすな! 追え!」

 金髪の女性の声にホテルの大部隊がざっと動く。軍隊のような足並みの揃い方にオウミは唾を飲み下した。

「こいつは……本気じゃねぇか……」

「何を今さら。炎魔が本気だったから、ホテルが全域で動いている」

 アーロンの声にオウミはすぐにばてて立ち止まる。息を荒立たせて手を掲げた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。波導使いのペースに合わせられるかよ……」

「すぐに追ってくる。今はまだ加減をしているだけだが、それを忘れた相手は厄介だぞ。ドリュウズでビルに根こそぎ穴を開けられればこの近辺での戦いはし辛くなる」

「何で! てめぇはオレを助けた?」

 保留になっていた質問をするとアーロンは即座に返答した。

「俺はハムエッグに雇われた。バランサーとしての責務を一両日中に果たす。この街は、今、調整をミスした混沌の渦にある。その混沌を少しでも正常の域に戻すのが俺の仕事だ」

「ハムエッグが……? だとすりゃ、こいつは大物が釣れたな」

 笑い出すオウミをアーロンは怪訝そうに見やる。

「オウミ……、何を知っている? どうしてお前が〈蜃気楼〉を操っているんだ?」

「ああ、オレも手の内を明かさねぇとな。こいつは、炎魔のものじゃねぇよ。ある意味じゃ、お前を待っていた。炎魔対ホテルの構図に割り込んでくる第三勢力を。そいつが何者であろうとも、知られた以上は消すってな!」

 オウミが手を振るうとそれと同期したバクフーンが火炎弾をアーロンに向けて放った。アーロンは咄嗟の事に目を見開いたが全て反応し、電流で打ち消していく。

「オウミ! お前は……!」

「オレが今さらクズだとかクソッタレだとか、んな事は分かってんだよ! 問題なのは、だ。お前、ハムエッグに頼まれたって言ったな? だとすれば一番に危惧するべきは、ハムエッグの側の勝利だ。勝利をハムエッグにだけは明け渡せない」

「オウミ、何を考えている? どうして炎魔しか使役できないはずの〈蜃気楼〉をお前如きが操れる? 何をした?」

「相当、シャクエンが心配みてぇだな。お前もあの女の毒気にやられたか?」

 茶化すとアーロンの殺気が膨れ上がったのが分かった。この波導使いの殺し屋には本気になってもらわなければならない。そうでなければ自分は――。

 アーロンがピカチュウの「エレキネット」でバクフーンの姿を捉えようとするが、バクフーンは不可視の状態と炎熱を交互に繰り返しながら電気ワイヤーを切っていく。

「炎の密度、炎熱の操作の速度……。どれを取ってもおかしい。異常だ。どうして炎魔以外がここまで戦いに長けたバクフーンを使える?」

「悪いな、波導使い! ここで死ぬのはてめぇだよ!」

 バクフーンが炎の襟巻きを拡張し、翼のように展開してアーロンを覆い尽くそうとする。

 舌打ちをしたアーロンが右腕に電撃を充填した。

 突き出された炎の拳と電撃の青い拳が交差し、ぶつかり合い、火花を弾けさせる。だがポケモン対人間では明らかなパワーの差がある。アーロンは明らかに息が上がっていた。

「……どういう事だ。何故、炎魔がいないのに、ここまでのコントロールを……」

「心配すんなって。青の死神。てめぇにはしっかりとした死に場所を用意してやんよ! 炎熱の彼方に死ね!」

 バクフーンが点火した肉体を疾走させてアーロンへと飛びかかる。アーロンが覚悟の双眸でバクフーンを睨みつけた。

 その瞬間であった。

 屋上の地形を割って入ったのは血潮のような真っ赤な炎である。

 その炎が紅蓮の輝きを誇り、アーロンを炎熱の皮膜で保護した。

 突然の事にアーロンも困惑している。

 ただオウミだけは分かっていた。

 この攻撃の主が誰なのか。

 たたらを踏んだ形のアーロンが目線を振り向ける。その眼差しの先にいたのは、赤く滾った眼を向けるバクフーンと、それを操る炎魔シャクエンの姿であった。


オンドゥル大使 ( 2016/07/09(土) 20:05 )