MEMORIA











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煉獄の菖蒲色、焼け落ちる世界
第八十話「Revision Flash」

「もしもし」

 電話をかけたのは店主に、であった。今に寝付こうとしていたのだろう。どこかしゃがれ声である。

『どうした? アーロン。遅番か?』

「ああ、帰れるか分からなくってな。そっちに、今は?」

『うん? シャクエンちゃんに、アンズちゃんか? さっき晩飯を食ったところだよ』

「両方、いるのか?」

『ちょっと分からないな。呼んでみようか?』

「お願いしたい」

 通話口の向こうでどたどたと駆ける足音が聞こえてくる。とにかく今はシャクエンの在宅を確かめる。それがアーロンに出来る第一歩であった。

 メイには言わないでおこうと先んじて考える。

 大体、シャクエンの一件の時だけでもメイは異常なほど感情移入した。シャクエンもメイの事を特別だと思っている節がある。この二人に、自分達が疑惑を持っているのだと悟られてはならない。

『もしもし。変だな……。アンズちゃんはいたんだが、シャクエンちゃんはどこかに出たんだと』

「どこか?」

 その言葉にアーロンは嫌な予感がした。何としても居場所を突き止めなければ。

「どこに出たんだ?」

『そう焦るなって。シャクエンちゃんだって立派な年齢だろう? そりゃ、女の子が一人、夜の街になんて心配になるのは分かるが、保護者じゃあるまいし』

 そうだ。自分は保護者ではない。それどころか場合によっては殺さなくてはならなくなる。

「聞けるか?」

『アンズちゃんに? 替わろうか?』

「すまない」

 保留のメロディが流れ、すぐさまアンズが通話口に出た。

『もしもし、お兄ちゃん? 何で、シャクエンのお姉ちゃんの事を?』

「瞬撃。今すぐにでも炎魔の居場所を割り出せるか?」

 突然の申し出にアンズも戸惑ったようだった。

『えっ、いや無理だよ。追跡しようにもそんなつもりないし……。何焦っているの?』

 焦っているように映るのだろう。事実、先ほど知らされたばかりの情報でありながら、この一件がまかり間違えればとんでもない事になるのだと分かっている。

 アーロンはアンズに要らぬ心配をかけないよう、言葉を選んだ。

「瞬撃、ここ最近、炎魔は出歩いているのか? この時間に」

『分かんない……。シャクエンお姉ちゃんの事ならメイお姉ちゃんに聞けばいいんじゃないの?』

「……今、馬鹿の手は借りられないんだ。ラピス・ラズリの件もある」

 それは言い訳の一つに過ぎなかったがアンズは納得したらしい。

『ああ、そういえばそうだっけ。でも、シャクエンお姉ちゃんをどうこう出来るのってメイお姉ちゃんだけだよ。あたい、それほど入れ込んでいるわけじゃないし』

 アンズは後から来た人間だ。当然、メイとシャクエンの間にある特別な感情も分かり切っていない。

「……分かった。かけ直す場合もあるから、起きていられるか?」

『別にいいけれど……。そんなに急ぎなの?』

 どこまで話すべきか、と考えあぐねたがアーロンは、今は何も話さない事にした。

「……いや、何でもない。夜の街には気をつけろ、とだけ言っておく」

『そんな事、今さらなんじゃ……』

 通話を切ると、カウンターからハムエッグが窺ってきた。

「どうやら、大人しくお留守番をしてないようだね、アーロン」

 苦々しい思いに舌打ちする。

「分かっていて、やらせたのか?」

「まさか。君がどこまで動くのかは想定外さ。ただ、先ほど渡した資料も含めて、前向きに検討して欲しいだけだよ」

 炎魔が動いているかもしれない案件。アーロンは茶封筒を掲げる。

「被害者が所属している組織は? 共通点でもいい。何かないのか?」

「わたしとしても探したんだがね。ないんだな、これが」

 ――嘘だ。

 ハムエッグは何かを隠している。隠した上で、ない、と言っている。これには重大な意味があるとアーロンは感じ取った。

 ここで藪を突いても恐らくハムエッグはぼろを出さない。

「そうか。俺からも調べを尽くす。馬鹿は……」

 ラピスと遊んでいるのが別のモニターに映っている。この状態から新たな仕事を依頼されたのは痛い。ある意味人質であった。

「ここに置いておく」

「賢明だよ、アーロン。炎魔と彼女を引き合わせるべきじゃない」

 それも鑑みて、ハムエッグはラピスを利用しているのか。だとすればとんだ食わせものであった。

「最強の暗殺者が使い物にならないから、俺を頼るか。だが、以前にも言ったな? 炎魔レベルの殺し屋と対等に渡り合えるのは、この街じゃ限られていると」

「それは、君とラピス、という話だろう? ラピスがいなくとも君がいれば怖くないよ」

「買い被るな。勝負は時の運だ」

 踵を返そうとすると、「面白い事を言うね」とその背中へと声が投げられた。

「勝負、だなど。殺しに、時の運も何もないだろう?」






















 灼熱が宿り、翼のように炎が翻った。

 その瞬間、目標の足が炭化する。足を潰せば後は容易い。

 いつものように、腹部に一発、頭部に一発。炎の拳を放てば目標は動かなくなる。これほど容易い仕事もない。

 オートメーション化された機械のように、限られた動作のみを繰り返す。それはもう染み付いていて抜け出す余地もない。

 ふぅ、と熱の宿った嘆息をつくと、目標がまだ少しだけ動いた。その背筋を炎の五指が握り締め、一気に背骨を引き抜いた。

 背骨も握れば炭になる。灰と塵の舞う仕事場で、発する声はあまりにか細い。

「咳き込みそうになるほどに、分かりやすい構図」

 呟くと自分の相棒がかあっと口腔を開いた。

 闇の中、炎の襟巻きを拡張させたポケモンが殺しを遂行する。

「殺しの感覚は戻りつつある。後は、そう、どこまで精密に、どこまで精緻に、こだわるか否か」

 まだ完全に戻ってきたわけではない。だが、感覚を取り戻さなくては。そうでなければ意味がない。

 相棒の炎のポケモンが炎熱を発生させて空間に隠れる。少女は闇の中に自身を溶けさせて消え去った。

 後には、焼け爛れた遺体だけが取り残された。

 静かな、夜であった。























「殺しだぁ? んなもん、後だ、後」

 上がってきた情報を処理しながらオウミは声にする。しかし、と実際に端末を操作するニシカツは言葉を返す。

「こ、これ、オウミ警部の管轄じゃないんですか?」

 手渡された資料にオウミは目を通す。連続焼死事件、とあった。まさか、とオウミは唾を飲み下した。

「炎魔……」

「れ、連続焼死事件はオウミ警部の担当だったはずですよね」

「……もう外されてるよ。犯人は、見つかっていない」

「連続焼死事件二十七号、通称、炎魔事件」

 ニシカツはアップデートのついでに調べたらしい。この男は自分の支配下にある物事だと途端に普段のどもり癖が消える。

「炎魔に関する記述、及び件数は三十件。しかし、このうち十五件が閲覧不可になっています。これ、オウミ警部がやったんですよね?」

「デタラメ言うなって。オレは何もしてねぇよ」

「しかし、この事件に過度な介入をしたのは、明らかなんですよ」

 舌打ちする。妙なところで鼻の鋭い奴だ。

「連続焼死事件、ね。もう忘れたい事だよ。この腕にも関係している」

 もう動かない右腕を突き出す。するとニシカツは戸惑いを浮かべた。

「そ、その腕は」

「罰、さ。言っちまえばな。いいか? 自分の力を過信して噛み付くと、この街にはろくな事が待ってねぇ。噛み付く対象を間違えると余計に、だ。ったく、お歴々もあの一件で手を引いたと思っていたのに、何だこりゃ? これじゃまだ、あの事件を終わらせたくないみたいじゃねぇか」

「じ、事実、どうなっているのですか? 前回の炎魔の活動によってある程度、この街を手中に収める上役は諦めたのでは?」

「炎魔って言う分かりやすい力の誇示は全員の反感を買った。どこかの誰かさんはそのせいで咎を受け、炎魔そのものは……。まぁいいか」

 だがこの調書が本当ならばまたしてもシャクエンが動き出したのか。だが自分が何よりも知っている。シャクエンの血筋は途絶えた。

 もう炎魔を名乗る必要もなければ、この街で暴れるのも得策ではない。

「炎魔名乗った別人……、いや、炎魔の手口はそう容易く模倣出来ない。それなのに連続焼死事件二十七号と同じだって上が判断した理由ってのは、殺しの手口に他ならない。犯人像が割れないのもそうだ。炎魔だって理解している奴らが裁定を下した。だが、炎魔は……」

「お、オウミ警部はどこまで知っておられるんで?」

 ニシカツの質問にオウミはフッと笑みを浮かべる。

「どこまでぇ? 全てだよ、マヌケ」

 そう言い切って立ち上がる。ニシカツに業務を任せて自分はといえば捜査一課のデスクに戻った。部下が立ち話をしている。それに割って入った。

「よう、お前ら。何か捜査の進展はあったか?」

「あっ、オウミ警部。その、連続焼死事件の……」

「聞いてる。再発、したんだってな」

 だがあり得ないはずなのだ。アーロンが守り手についているのならばシャクエンは二度と殺人をしない。

 ――アーロンの管理がずさんになった? あらゆる可能性を考えるが青の死神がそう簡単にシャクエンに殺人鬼への回帰を許すとは思えない。

「少し、立て込んでいまして……。捜査資料を見ますか?」

「頼む」

 受け取った捜査資料は先ほどニシカツから預かった裏資料と大差ない。しかし一番に異なるのは捜査本部が既に炎魔の活動範囲を読んでいる事だ。これに関してはオウミも驚きであった。

「犯人の動きがある程度分かっているのか?」

「ええ、その周辺で殺人が起きています。この地区はちょうどビジネス街からちょっと出たところですね」

 オウミは眩暈を覚える。何故ならその場所は、アーロンが根城としている場所に極めて近かったからだ。

 ――炎魔の仕業なのか?

 オウミの脳裏を掠めたのは炎魔シャクエンの復讐という線だ。今まで自分を操ってきた人間に復習して回っている。だが、被害者リストを見るとその殺しの手法に読み解けない部分があった。

「おい、でかい声じゃ言えないが、この人員は……」

 部下も声を潜める。

「お気づきですか。そうです、いわゆるホテルの下っ端ですね」

 この街に住んでいる以上、突いてはいけない部分が存在する。一つがホテル、もう一つが盟主ハムエッグだ。まさかその禁を知らないほどシャクエンは無教養ではない。

 自分が教え込んだ。

 ホテルとハムエッグに手を出すのは最終手段だと。

「こいつ……本当に同じ犯人なのか?」

「どういう意味ですか? 手口も同じですし、殺し方もさほど変わりません。対象だけが違いますが、前回の炎魔も同じだったじゃないですか。この街の上への反逆、という意味では」

 それは自分が命じたからだ。炎魔は宿主がなくては成立しない殺し屋。

 新しい宿主を見つけたのか。あるいはアーロンが何かを?

 オウミは席を外してポケナビを繋ぐ。

 コール音の後にアーロンへと声を吹き込んだ。

「おい、波導使いさんよ。お前、きっちり教育してやがんのか?」

『いきなりご挨拶だな、オウミ』

「今回のよ、シャクエンのやり口じゃあねぇ」

 単刀直入に口にした言葉に通話口のアーロンが返す。

『だが、全ての事象が炎魔を指している』

「今、シャクエンは?」

『いない。俺も探していてな』

 オウミは額に手をやる。全ての現象がシャクエンをこの事件の犯人だと目するのに足りている。だが、違うはずだ。炎魔はそう簡単に復活するものか。

「波導使い。今は?」

『ビルの上から探しているところだ。炎魔の波導を見つければ、すぐさま察知出来る』

「そこまでお前が動いているって事は、だ。やっぱりシャクエンの仕業だと思っていないんだな?」

 確認の声にアーロンは慎重な言葉を発する。

『……俺達がいくら信じたところで、奴も殺し屋だ。どこで、どんなきっかけで戻るのか分からない。何かのはずみで戻ってしまった殺し屋は、二度目はない』

「分かってる。分かってんだよ、そんな事は」

 苛立たしげにオウミは歯噛みする。殺し屋に二度目の安息はない。一度手に入れた安息を壊したというのならば、もう戻るつもりはないという事だ。

「お嬢ちゃんは? あのメイとか言うお嬢ちゃんなら、収束の方法がありそうだが」

『駄目だ。馬鹿は使わせられない。今はスノウドロップを抑えてある』

 その意味するところを、オウミは理解出来てしまった。瞬時に苦々しい顔に変わる。

「人質かよ……。相変わらずこの街の盟主はえげつい事しやがる」

『向こうにその気はなくとも、もう既にその条件を満たしているのが辛いところだな。ハムエッグは俺を利用し、今回の事件の収束を狙ってきた』

「それは何でだ? 今回殺されたのはホテル関係者だ。ハムエッグからしてみれば役得なんじゃねぇか?」

 その言葉に通話口でアーロンが息を呑んだのが伝わった。どうやらその事実は知らなかったらしい。

『……ホテルの? だとすれば余計に分からない。どうしてハムエッグは放置しておけばいいこの殺しに介入したのか?』

「あるいはてめぇを介入させる事がある種の狙いだったのかもしれねぇな。ホテルも犯人探しに躍起だろう。その場合駆り出されるのは凄腕の殺し屋だ」

 その言葉の意味するところを察したのか、アーロンは舌打ちする。

『……波導使いの争奪戦』

「もう既に巻き込まれちまってんのさ。オレもお前もな。かつての飼い主だったオレは無関心を決め込めないし、今、管理しているお前だってお嬢ちゃんのせいで動かざるを得ない」

『だが、ホテルが動き始める前の依頼だ。当然の事ながら俺は優先順位をつける。ハムエッグ側に、俺はつく』

「それしかねぇだろうな。オレはオレで、ホテルに与するってわけにもいかない。この場合、飼い主だったオレに接触してくる奴は――」

 その時、廊下の対面から歩いてくる黒服を視界に留めた。オウミがポケナビから視線を外し、懐に手を入れるのと相手が銃口を向けるのは同時だった。

「……おいおい。警察署のど真ん中でよくやるぜ」

「オウミ警部。かつての炎魔の飼い主として、ご同行を願います」

「どこの上役だ? オレはもう、権限なんてねぇぞ」

「それを判断するのは我が主の役目です」

 どうやら黒服も小間使いらしい。オウミはフッと笑みを浮かべる。

「どっかの誰かさんが、今頃火消しに躍起かよ。言っておくが一ヵ月遅いんじゃねぇのか?」

「その口も、耳障りなら塞げ、と命令が降りています」

 オウミは黒服に同行する。しかしポケナビの通信を切らなかった事は、この黒服は気づいていないようだ。

 アーロンがどこまで動いてくれるか。

 それに賭けるしかなかった。


オンドゥル大使 ( 2016/07/04(月) 21:29 )