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妖精の無色、電脳世界のフェアリーテイル
第六十八話「赤い影」

「ジョーダンじゃねぇよ!」

 オウミは電算室で声にしていた。ニシカツが手に入れる算段だったシステムのデータはほとんど軍に持って行かれた後だったからだ。

「どうすんだ! これでホテルからふんだくれるんじゃねぇのか?」

「む、無論です。こちらでもバックアップは取っておきましたし、途中経過までのシステムの流れである程度プログラムは組めました。どこまで軍が持っていったのかまでは定かではありませんが、こちらとそう変わりはないかと」

「本当かよ?」

 ニシカツの端末を覗き込むと彼は手で隠した。

「み、見ないでください」

「でもよ、ニシカツ。結局本体を掴めなかったんだろ?」

「そ、それは軍もホテルも同じです。回収したのは末端だと、軍内部のサーバーについ数分前に記載が。で、ですから軍も辛勝ってところだと思いますよ」

 オウミは煙草を吸おうとしてニシカツに止められる。

「き、禁煙です」

 舌打ちをして皮肉をこぼした。

「煙草も吸えないんじゃ辛勝どころかボロ負けじゃねぇのか?」

「ぼ、ボロ負け、というほどではありませんよ。現にシステムOSを手に入れられましたから」

「本当か?」

「あ、圧縮ファイルを使っていますので詳細は省きますが我々にもOSが使えるようになった、という事です。か、噛み砕いて言えば」

「でもよ、オリジナルデータじゃないんだろ?」

 オウミの落胆にニシカツは、「ぜ、善処したんですよ」と言い訳をする。

「ど、どう転んでも、これが最善です。もしかしたら軍に全部持っていかれていたかもしれないんです。それを、軍とホテル、そして我が方と、三勢力が同じくらいのOSを手に入れる事が出来た」

「綺麗に三つに分けて、か。ピザじゃねぇんだぞ」

 毒づいてオウミは電算室の筐体にもたれかかる。ニシカツは圧縮したと言うファイルを解析に回しているようだ。

「……ニシカツよぉ。悪いな。危ない橋渡らせちまって」

「な、何を今さら。オウミ警部が持ってくるのはいつだって危ない橋でしょう?」

「そうだったな。だが今回ばかりは国家が相手だったんだ。規模が違うよ」

 果たして軍部を相手にここまで立ち回れただろうか。自分一人では利用されるばかりだったに違いない。

「しかし、軍と同戦力をホテルが保有したってんだろ? 危ないよなぁ。こりゃ、一国のパワーバランスが塗り変わるぜ」

「そ、それだけのものだったからこそ、密輸して隠密に手に入れる必要があったんでしょうね。ですが実際にはホテルに露見し、こうして我々もおこぼれに預かれたわけです」

 ニシカツがエンターキーを押すと新たなOS画面が起動した。

「RUI」とある。システムの起動には成功したようだ。

「やったな、ニシカツ。てめぇやっぱり頼れるぜ」

 思い切りぼさぼさの頭を撫でてやるとニシカツが手を払った。

「こ、子供じゃないんですから!」

「これで、ハムエッグの鼻を明かすくらいは出来そうか?」

「は、ハムエッグの持っているシステムは特殊ですからね。元々、二年は先を行っているシステムです。それをどれだけ縮められるか、にかかっています」

「二年の差、か。それを三勢力が同時に手にした。軍がハムエッグを抜くか、あるいはホテルが抜きん出るか、オレ達がそれを制するか。ちょっとばかし混戦じゃねぇの」

 ここから先は一歩踏み間違えた側が敗北する。警察勢力でも自分達は特殊だ。これを警察全体に発布しようとは思わない。無論、報告もしない。これは自分が成り上がるための力だ。誰にも渡しはしない。この力で炎魔を持っていた時と同様か、あるいはそれ以上の地位に上り詰める。オウミの野心は静かに燃えていた。右腕の代償をこれで払えるかもしれない。いや、それ以上に。

 この街の盟主と渡り合うには力が必要だ。ただの使い走りではない。

 盟主と交渉し、切り札を隠しておくには、能ある鷹を演じろ。

 無能さは既に炎魔の時にヤマブキ全域に見せびらかしたようなものだ。

 もう恥の上塗りを繰り返すわけにはいかない。

「頼むぜ……。ここからは、逆転劇といくんだからな」
















『おかえり、波導使い。酷い戦いだった。四天王相手に、まさか本気で渡り合おうとするなんて』

 帰ってくるなりルイの罵声が飛ぶ。アーロンはコートをかけて、「連中は?」と問い返した。

「お前の一部を持って行った、との事だが」

『ああ。波導使いがこれ以上戦わないでいいようにするには、これが一番だと思った。つまり、ボクの基本フレームをオープンソースにして複製したものを持ち帰らせる。これで争い合うのは避けられる』

「分かる言葉で話せ」

 アーロンの要求にルイは画面の中で肩を竦めた。

『つまり、ボクのような存在がボクのように振る舞う偽物のパッケージを流通させた。パチモンだよ。今は三勢力がボクのパチモンを掴んだ。見かけ上はボクのように振る舞うし、今までのマシンスペックに比すればかなりのものだけれど、ボクのように自由意思はない』

「つまり?」

『君らの予想通りにミサイルを撃ち込む事は出来ても、そのミサイルの信管を直前に抜くのだとか、ミサイルが弾道軌道に入った段階からさらに交渉次第で持ち直すだとか、そういう器用な事は出来ない。それにボクの支配下にもある。いざとなれば全システムをシャットダウンし、掌握出来る』

「危険なのではないか? あちらから逆探知される事も」

『それはないよ。だってボクの分身達は高次権限には逆らえないようになっている。つまりボクが分身させた、という事実さえも知らないボク、だという事だ』

 ルイのオリジナルを知らないルイを三勢力に与えた。しかし危険性は去っていない気がする。

「波導使い。私も、脅威は去っていないと思う」

 シャクエンも同じ気持ちのようだ。アーロンは無言の了承を浮かべる。

「どうして、そんな真似をした? 勝手な事は慎めと言ったはずだ」

『言ったっけ? 覚えがないなぁ』

 自律型のシステムがたとえルイだけだとしても、ルイに似たシステムならばいずれその上位互換を作る事が可能なのではないか。

 つまり、むざむざ敵に引き渡した情報で上を行かれるかもしれない。いくら今はルイのほうが上手でも塗り変わる事はあり得る。

「余計な事をしてくれたな。勢力図にひずみが生まれるぞ」

『でも、ボクがこうしなければ波導使いは死んでいたね。あの四天王にやられてさ』

 確かにカイリューとワタルを退けられたのはギリギリだった。あの時、システムを持ち去った、という報がなければ戦い続けていたかもしれない。

「……お前を模倣したシステムは何に使われる」

『さぁね。ボクより劣るボクの分身達に何をさせるのかまでは分からないよ。人間なんて、恐ろしい事を考えるものだからね。いざとなれば自身さえも滅ぼしかねない力を保持しているのが人間だ』

「恐ろしい事が起こる、というのを見逃す事でさえも、それは罪悪だと感じないのか」

 詰めたアーロンの声音にルイは怪訝そうにする。

『なに、怒ってるの?』

「怒っていない。飯にする。馬鹿共を呼んで来い」

 シャクエンに命じると彼女は席を外し、下階にいるメイ達を呼びに行った。

『正直に言いなよ。炎魔、シャクエンの力がなければ死んでいた、と。人間同士、感謝をし合わないと生きていけないんでしょ?』

「生憎のところ、殺し屋同士は感謝しない」

 ルイの決め付けにアーロンは言い返してフライパンに油を引いた。

『そういうもんかな。危なかったじゃない、随分と。なのに、何も言わないんだ?』

「炎魔も言われたくないだろう。馬鹿二人に黙って介入したんだ。勝手な真似だと自分でも思っているだろうさ」

『あのさぁ……。こういう事をシステムであるボクが言うのもなんだけれど、やっぱりおかしいよ? 君達の関係。殺し屋が三人一つ屋根の下で住んでいて? で、過去を調べればお互いに殺し合う命令をされていたみたいじゃない。だっていうのに、そういう事を帳消しに出来るってのが――』

「お腹空いたー! アーロンさん、ごっはん、ご飯……」

 メイが飛び込んできてルイとアーロンの会話を遮る。その微妙な空気感を感じ取ったのか、メイは声を忍ばせた。

「……まずかった、ですかね?」

「別に。まずい事はない。飯だと呼びに行けと言ったのだからな」

「で、ですよねぇ」

 メイは半笑いを浮かべて食卓につく。

 ルイが心得たような声を出した。

『……そういう事。人間の世界でも無神経が勝つんだね』

「そういう事だ。馬鹿と無神経が、いつだって意外と役に立つ」

「どういう事ですか?」

 きょろきょろするメイにアーロンは言い放った。

「今日の晩飯はチャーハンだという事だ」

「あっ、わーい……、ってテンションじゃないですよね、これ……」

 ルイとアーロンの間に降り立った沈黙を察してメイは口調を弱々しくする。

「何でもないと言っているだろう。俺も腹が減ったのでな」

「あっ、お兄ちゃん。今日もチャーハン? 得意料理なのは分かるけれど、もうちょっと幅が欲しいなぁ」

 アンズの言い草を無視してアーロンは鍋を動かす。

「文句を言うな。飯抜きにするぞ」

「アンズ、せっかく波導使いが作ってくれている。文句はダメ」

 シャクエンが諭したお陰か、アンズはむくれつつも食卓についた。シャクエンも座る。

『おかしいって自覚はないんだ? ここにいる全員』

 ルイがどこまで知り得ているのかは分からない。だが自分とて気づいている。この状況が異質だという事くらいは。

 ずっと続くものではない、という事は。

「勘繰るものではない。ほれ、出来たぞ。皿を持っていけ」

 アーロンは次々とチャーハンを仕上げてメイ達に運ばせる。最後に自分の分を持ってきて、手を合わせた。

「いただきます」















 ルイの処遇をどうするべきか、と悩んだがアーロンは自分の寝所に置く事に決めた。

 メイ達が勝手な事を聞いて薮蛇を突いては敵わないからだ。

「下でもネットワークはあるな」

『まぁ電池さえどうにかなれば、ボクはどこでも。この端末もノートだし』

 画面の中を遊泳するルイにアーロンは言葉を投げる。

「あの馬鹿に関して、分かった事があるんだな」

 確信めいた声音にルイは後ろ手に組んだ。

『やっぱり、メイ達の前じゃ言えないんだ?』

「特に馬鹿の前では。あいつが何者なのか、プラズマ団のデータベースを漁ったのだろう?」

『炎魔に言わなくってもいいの? 結構信頼していると見たけれど』

「……あいつは俺よりも、いざとなれば馬鹿を守ると言い張るだろう。そういう奴だ。現にあいつに殺し以外の景色を見せたのは、馬鹿の仕業だったからな」

『馬鹿、馬鹿って言っているけれど、名前で呼んであげれば? きっとメイもそれを望んでいる』

「システムに気持ちまで分かって堪るか」

 鼻を鳴らしたアーロンにルイは微笑む。

『何ともまぁ……古風だね、君達は。とりあえず言えなかった詳細を述べるとしよう。Miシリーズのうち、三番目、Mi3、通称メイ、は人間じゃない。プラズマ団の造り出した、英雄の遺伝子を保管しておくための入れ物だ。人造人間だよ。彼女の記憶は全くの偽情報ではないが、基となった人格は既に破壊されている』

 ある程度予測された事だが、ルイの口から述べられるとそれが真実なのだと感じる。

 人造人間。

 これ以上言いようのない虚無感が包み込む。

 メイは造られた存在だった。では彼女の口にする言葉は? あの人格も全て、造られたものなのか? 後付けなのか?

『……考えているのは、メイの人格や記憶がどこまで後付けなのか、だね。思うに、プラズマ団を壊滅させたって言うの、あれは本当だと思う。実際にプラズマ団残党勢力を壊滅させたのはメイだろう。ただ、その後その残党に捕らえられて、英雄の遺伝子を埋め込まれた事以外は』

「元々の記憶と、造られた記憶は半々、と言ったところか」

『プラズマ団はMiシリーズを造った事に関しては上層部以外書面では残っていないしデータも消されている。ただ、ヴィーって奴の内部ストレージの中に残されていた最終目的だけは明らかになった』

「最終目的?」

 プラズマ団はイッシュの地を支配した。それ以上に何を望んでいたのか。

『少しだけ、おぞましいよ』

 ルイの口調が変化する。それだけ、システムでも感じ取れるほどに業が深いのか。

「教えろ。どちらにせよ、知らない事のほうが後々困るからな」

『じゃあ……。プラズマ団の目的はとある人物の再構築だ。リーダー格であり、なおかつプラズマ団の思想的な統一者でもある』

「N、という奴か?」

 その言葉にルイは首を横に振った。

『N、は異質過ぎた。プラズマ団の張子の虎ではあったが、実権支配をしていたのはその父親。ゲーチス・ハルモニア。彼の復活を目論んでいる。Mi計画とプラズマ団の復活は同義。ゲーチスの復活こそ、プラズマ団は切望している』

「そいつは、死んだのか?」

 復活、という事は死んだかあるいは再起不能か。

『確認出来ていない。再起不能、だという見方が強いが、そもそもゲーチスという人物自体、謎に包まれている。プラズマ団の王、N以上に秘匿レベルの高い情報だ。プラズマ団を再建するのには、なるほど、彼以上の適任はいないね』

 ゲーチス。その名前を咀嚼し、アーロンは考え込む。

「……だが、英雄の遺伝子が何故必要だったのか。その確認は?」

『取れていない。そもそも英雄の遺伝子はどこから仕入れたのか、それも分からない。でも、間違いないのはプラズマ団の最終目的は英雄の遺伝子を埋め込んだゲーチスの復活とプラズマ団再建。そのためのMiシリーズ。多分だけれど、英雄の遺伝子の定着を目的としているんだと思う』

 ルイが多分、という言葉遣いをするのは初めてだ。本当に確認出来ていないのだろう。

「英雄の遺伝子の定着……。だとすれば、馬鹿の身柄をみすみす相手に渡すのは」

『一番にまずいね』

 引き継いだルイの言葉にアーロンは拳を握り締める。メイだけは渡してはならない。プラズマ団がどのような組織であれ、メイを踏み台にするというのならば。

『本当なら、メイをずっとモニターするはずだったんだと思う。でも途切れたでしょ? だから躍起になっている』

 ある意味では自分の責任か。あの時、目撃者であったメイを殺さなければ。プラズマ団に関わる事もなかった。

「……待て。英雄の遺伝子に、波導の素養を変えるものが含まれているのか?」

 そういえばまだどうしてメイが生き返ったのかの説明がなされていない。これまでたまたま波導を読み間違えたのだと思っていたが、ここまで念の入ったプラズマ団の計画だ。

 不用意に殺されるようでは困るはずである。

『波導、に関してボクは専門外だから何とも言えないけれどね。キーワード分析してみても波導ってハッキリしないし。ただ、波導使いである君がこれまでの経験則上、見間違えるか、って話』

 アーロンは自身に問いかける。あの時の精神状態は通常だった。読み間違えるはずがない。

「Miシリーズは、一度死んでも生き返る……」

『あり得ない推論とは言えない。だって英雄の遺伝子だ。もしかしたらそういう事が働いたのかもしれない』

 ならばメイは不死か? これまでのメイの言動を振り返ってみるが、自身が不死だと感じ取っている事はなさそうである。

「カヤノに診せてみるしかなさそうだな」

 最終手段だと思っていたがプラズマ団が急いている以上、こちらも手段を問うてはいられない。

『カヤノ医師……、君の主治医か。なるほど、ずっと診てもらっているんだね』

「……趣味が悪いな。カルテの覗き見か」

『覗き見じゃないよ。堂々とアクセスしている』

 真っ向から見ても足跡の残らないシステムがルイなのだろう。

『十五歳の頃から? 随分と長いね。その時何が――』

「詮索は、おススメしないな、システムの分際で」

 遮ってアーロンが言葉にするとルイも心得たようだ。

『分かったよ。過去を漁るような真似は出来るだけやめておこう』

「馬鹿に関して分かった事があれば俺に報告しろ。炎魔にも、瞬撃にも伏せるんだ。当たり前だが、本人にだけは言うなよ」

 釘を刺すとルイは怪訝そうだった。

『どうしてさ。何でそこまで、波導の殺し屋が一介の女の子を気にかける? まさか正義の味方のつもりじゃないだろうね?』

「正義? 俺は悪だ。その程度分かっている」

 だがどうしてメイにここまで入れ込むのか。それだけは明確な答えが出なかった。

『ふぅん。まぁいいや。ボクも疲れたし、一時間だけスリープモードに切り替えさせてもらう。ボクを動かし続けるには、このノート端末はちょっとばかし弱い』

 画面が明滅しシャットダウンする。アーロンは毛布を被って寝返りを打った。

『おやすみ、波導使い』

 そう言われてアーロンは自分の手を眺める。

 波導の眼を使えば、自分から立ち上る波導がどのようなものなのか、今の状態はどうなのかまで手に取るように分かった。

 スノウドロップとの戦いに、四天王との戦闘。格上との戦いを続けていれば磨耗する。

 それは心が、ではない。もっと具体的なものだった。

「波導は、いつまでも使えるものではない」

 師父に言われていた最も重要な事を思い出す。

 だが今は戦わなければ。

 戦って、勝たなければならない。

 それこそ代償を恐れている場合ではなかった。

















「こちらへ」

 促した先にある来客用の椅子を無視してその男は進む。

 ヴィーツーは突然の来訪者に目を見開いた。

「アクロマ博士。誰なのだ、それは」

 アクロマは目線をやって声にする。

「失敬。挨拶が遅れましたな。私の友人です。今回の研究に関して、一家言あるとの事で」

「ゲーチス様の復活は! 露見してはならない重要事項だぞ! それをこんな……」
 
 言葉を濁したのは目の前の人物があまりにも似ていたからだ。

 赤い旅人帽、赤いコート。それ以外はほとんど、反転したようにあの男によく似ている。

「下がってくれ、アクロマ。僕の口から言おう」

 歩み出てきた男はヴィーツーを見下ろして声にする。その男の眼が自分の内奥を捉えた気がした。自分でも感知しようのない部分を見透かされた感覚。

 これもあの男によく似ていた。

「誰、だ……」

「挨拶が後先になった。だがまずは」

 男はさらに進み出てなんと機密であるゲーチスの眠るカプセルへと手を伸ばした。ヴィーツーは思わず制する。

「何を! ゲーチス様に凡俗が触れるなど!」

「ヴィーツー様。この人物は特別です。彼ならば、行き詰っている計画を進める事が出来る。このプラズマ団の要をね」

「アクロマ……、貴様何を」

 男がゲーチスの入ったカプセルに触れてフッと笑みを浮かべる。

「怖がっているのかい? まぁ無理もない。この躯体では、魂も降り立てまい」

 一瞬、赤い光が拡張した。

 何をしたのか、ヴィーツーにはまるで分からない。男の手から広がった赤い光はすぐさま霧散する。

 しかし、その直後から計器が異常を訴えた。

「ヴィーツー様、これは……! 今まで静止していたバイタルサインが……」

 団員のコンソールに歩み寄るとゲーチスの停止していた心臓が動き出しているのがモニターされた。

 何をしたのだ、と目で訴えかける。アクロマは口元を緩める。

「やはり、あなたに来ていただいて正解だった」

「アクロマ、言っていた通り、この躯体に波導を通した。今までは波導回路が形成されていなかったせいでこの肉体はまるで動かなかったそうだが、これで少しははかどるだろう」

 掌に視線を落とした男にヴィーツーは言葉を失う。

「何者なんだ……」

「おっと、忘れるところだった。プラズマ団の諸君、改めて名乗ろう。僕の名前はツヴァイ。赤の波導使いだ」

 ヴィーツーを含めプラズマ団員達は絶句する。

 波導使い。その因縁の名をこの場で聞く事になるとは。

 覚えずホルスターに手をやっていたヴィーツーをアクロマがいさめる。

「怖がらないでいただきたい。彼は我々の味方です」

「味方? アクロマ、何を引き入れた? 波導使いだぞ。あの忌々しい、青の死神と同じく」

「青の死神、アーロンとは違う。我が弟弟子とはね」

「弟弟子、だと……」

 まさかそのような関係だとは思うまい。

 降り立った沈黙にツヴァイは靴音を響かせる。

「宣言しよう。僕が、波導使いアーロンを殺す。それでいいんだろう? アクロマ?」

「ええ、もちろん。波導使いを殺してくれれば、これに勝る事はない」

 勝手に話が進んでいる事にヴィーツーは憤る。

「馬鹿な! 私が敵わなかったあのアーロンに、兄弟子がいたなど記録に――」

「記録にはないだろうね。だって僕の存在は、師父でさえも秘密にしていた。アーロンも僕の事は知るまい。自分以外に、分家した波導使いがいるなど。だが、確実に言えるのは一つ。――僕のほうがアーロンよりも強い」

 その言葉にプラズマ団員達が戦慄する。

 この場を支配した赤い波導使いは不敵に微笑んだ。






第五章 了






オンドゥル大使 ( 2016/06/14(火) 21:37 )