第六十五話「突破口」
「ドラゴンタイプ、というのは厄介だ。聖なる種族だからな」
師父の言葉を受ける前に、アーロンはピチューを使い、ルカリオの眼をかく乱させる。その隙に背後を取り、電撃を浴びせようとしたがこちらの動きがばれていたのか、肘打ちがアーロンの鳩尾に叩き込まれた。一瞬にして攻防が逆転し、ルカリオの拳が顔面へと襲いかかろうとする。
即座に防御姿勢を取って直撃を避けるが、それでも波導を纏ったルカリオの一撃は重たい。大きく後退する形となったアーロンへとルカリオは容赦なく地面を叩き付けて土で構築された棍棒を作り出す。
棍棒を両手にルカリオはほとんど瞬間移動の速度で肉迫した。
地面タイプの技「ボーンラッシュ」。
土か、あるいは細かい微粒子で構築された波導による打撃武器を用い、ルカリオはリーチを伸ばしてアーロンへと間断のない攻撃を浴びせた。
アーロンは棍棒の隙をつこうと波導の眼を使い続けるが、棍棒の扱いに隙はない。ルカリオは下段から棍棒を打ち上げる。
アーロンは電撃で一瞬だけ無効化したが、即座に打ち下ろされた返す刀は見えなかった。自分の放った電撃で自分の眼を一瞬だけ殺してしまったのだ。
見えなかった攻撃は避けようもなく、アーロンの肩口に突き刺さった。
「ピチュー!」
電撃の網を用いてアーロンは棍棒を絡め取る。これで射程外には逃がさない。
今度は、とアーロンがゼロ距離の電撃をルカリオの体内に撃ち込もうとするが、ルカリオはアーロンを蹴りつけてすぐに離脱した。
ルカリオは師父の判定を待つまでもなく、自分で考え、自分で攻撃と防御を見極める。
練習相手としてはこれほどのものはいない。
アーロンは離脱したルカリオが棍棒を降ろしたのを見て、一時休戦だと判断した。
緊張した節々が強張っている。構えを解き、「何ですって?」とようやく師父の言葉を聞き返せた。
「我が弟子は戦いに夢中、か」
師父は少しばかりの皮肉を込めて声にする。
「しょうがないでしょう。ルカリオに負けないように戦うには一瞬だって抜けないんですから」
「生意気になったものだ。減らず口も増えた」
「ドラゴンタイプ、って言いましたよね?」
「ああ、ドラゴンとは聖なる種族。大器晩成型のポケモンが多いが、育てれば一級品だ」
「何で師父はドラゴンを使わないんですか?」
波導を使うからルカリオなのだろうか。しかし師父の答えは違った。
「ドラゴンは、波導が読みづらい」
「読みづらい?」
「波導回路を焼き切る戦法を取るお前からしてみれば、相手にしたくないポケモンの一つだ。ドラゴンの波導回路は根本からして違う。人型のポケモンとは、まるで違う生物だと思っていい」
師父は文庫本を閉じて立ち上がる。
「その、ドラゴンを相手取るコツ、とかは」
「生憎だが、わたしはドラゴンを持っていない。だから口で覚えてもらうしかないな」
「……師父は、ドラゴンを相手取った事は」
「あるさ。連中は強い。ほとんどの弱点はないし、ドラゴンに有効打を打てるのは、今のところ、フェアリー、氷、ドラゴンのみ。弱点属性が少ない割に攻撃、防御共に優れており、使いこなせばこれほど頼りになるポケモンもいない」
「でも、師父はルカリオを使っている」
「言っただろう。読みにくいんだ。使っている人間自身も」
その言葉の意味が分からない。読みにくい、というのはどういう事なのか。
「それは、ドラゴンが育てにくい、というのと直結するんですか」
「部分的には、だな。ドラゴンは思考体系も違えば、内部骨格のそれも全く違う。ドラゴンの技に逆鱗、というものがある。内部骨格から筋肉素子に働きかけ、絶大な膂力を発揮する技だ。デメリットとして使用後の混乱があるが、それを加味しても相当に強い。それに、逆鱗を使えば大抵の相手は沈む。使用後の混乱を待って逆転、という事を考えさせる暇を与えない」
「じゃあ、ドラゴンタイプは無敵……」
「この世に。無敵のポケモンもいなければ無敵のトレーナーもいない」
アーロンの不安を拭い去るように師父は言い切る。だが今までの話を統合すれば弱点などないように思える。
「弱点属性を突かない限り、勝てないみたいに聞こえましたけれど」
「だとすれば、諦めが早いな。いいか? いかにドラゴンとはいえそれを操作するトレーナーがいるんだ。どうしても勝てない時にはトレーナーを突け。それは以前教えただろう」
「でも、もし、ですが、もしも、相手のトレーナーも熟練の域に達していて、さらにドラゴンタイプを使ってきたとすれば……」
考えたくない想定だったが師父は常に最悪を想定しろとも言った。師父は空を仰いで、「そういうのもいるかもな」と呟く。
「そうだとすれば、なるほど、限りなく最強に近い」
「だったら、やっぱり勝てないんじゃ」
「勝てない? わたしはお前に何を教えてきた? 全て、勝利する方法だ。相手の隙を突き、息の根を止める、最短の法則だ。波導使いは最短を見極め、その法則を瞬時に利用する。それが、波導を使う者の強みだ」
「ですが、ドラゴンは波導が読みづらい、と……」
「そうだ。ドラゴンは波導が読みづらい。こちらが今まで培ってきた戦法もろくに通じずに苦戦する事もあるだろう。だが、勝つにはドラゴンの波導を読む、のではなく、そのドラゴンが何に特化しているのか、をまず読め。ドラゴンは言ってしまえば極端だ。攻撃ばかり高いドラゴンもいれば、スピードばかり高いドラゴンもいる。真ん中がない。逆を言えば中間のドラゴンは弱い。それならば今までの波導戦術でも勝てる」
師父が言いたいのはつまり、極端なパラメータのドラゴンタイプには弱点が必ず存在する、という事なのだろう。
「でも、戦闘中に見極めるなんて」
「難しいか? 今まで何を聞いてきた。メガシンカの隙を突く方法もそうだし、相手が何に特化しているのかを見極める方法も、お前が何を得意とする波導使いなのかもそうだ。それらを統合しろ。全てを用い、ドラゴンに立ち向かえ。ドラゴンタイプは強いが、同時に弱点を潰されれば脆い。必ずあるはずだ。眼のいいドラゴンならば目を潰せ。耳のいいドラゴンならば耳だ。脚力が自慢ならば足場を崩せ。腕力がとてつもなく強いのならば距離を取って罠を張れ。対応の仕方は存在する。お前に教えた事が答えとなろう」
しかし不安が蔓延する。
ドラゴンを突き崩す事など出来るのか。その胸中を読んだように、師父はルカリオに命じる。
「ルカリオ。一度だけ、ドラゴンはどういう波導の持ち主なのかを見せてやれ。龍の波導だ」
ルカリオが棍棒を手離し、体内から青白い波導を放出する。今までの波導と違うのは青い波導が輪を形成し、鎧のように組み上がっている点だ。ルカリオは「りゅうのはどう」を右腕に構築する。右腕を中心軸として青い波導で形成された龍が啼いた。
アーロンは覚えず後ずさる。あの波導は少しの工夫で崩せるものではないと。
「これから、龍の波導による攻撃を見せる。お前はかわすなり、分析するなりしろ。ドラゴンに関してわたしが教えられるのは少ないからな。ルカリオの龍の波導を読み、そこから学べ。あと言っておくとすれば、龍の波導による痛みはこれまでの比ではない」
ルカリオが脚力を用いて瞬時にアーロンへと接近する。脚にも鎧の波導が組み上がっておりう、それが爆発的な素早さを約束したのだ。
「ピチュー!」
即座に放った電撃をルカリオは龍の吼える拳で相殺する。
――なんて威力だ。
電撃の構築前にそれが霧散する。
ドラゴンタイプの波導を纏ったルカリオは反転して蹴りを放つ。アーロンは波導を纏って飛び退った。一つでもまともに食らえば致命傷だ。
「こんなの、無茶苦茶じゃないか……」
「だが、ルカリオは鋼・格闘。本来の威力の半分も出し切れていない」
これで半分程度。アーロンは歯噛みする。もし、これを最大に使えるドラゴンが相手ならば。
ルカリオの突き上げる拳を受け流し、電流を放とうとして、空気を震わせる龍の咆哮が邪魔をした。
どうしても竦み上がってしまう。
これではまともに攻撃も撃てない。
足を蹴り払われ、つんのめったアーロンの鳩尾に龍の威容を持つ拳が叩き込まれた。
背骨まで突き抜ける一撃。
一瞬、呼吸困難に陥り、視界が暗転しそうになる。
だが何度も戦ってきたのだ。反撃は即座に行えた。
接近戦に持ち込んだルカリオの拳へと切断の電撃を見舞おうとする。しかし、それは表皮で掻き消える。
アーロンは瞠目した。確実にルカリオの右腕を取ったはずの波導切断攻撃が、まるで意味を成さない。
「これが、ドラゴンの波導の力だ」
師父の声が鼓膜に木霊する前に、腕が薙ぎ払われる。アーロンはたたらを踏んで持ち堪えようとするがあまりの威力にうろたえた。
ただ払っただけの攻撃にしてはあまりにも衝撃が強い。
「ドラゴンタイプ……。その波導は……」
波導の眼を最大値まで上げて使う。
その時、ようやく波導切断攻撃が通じなかった意味が分かった。
青白い鎧の波導はルカリオの波導をコーティングし、本体に至る前に別の位相を持つ波導で掻き消している。波導は流動的で一定の波長を持たない。
これでは常に波導の眼を使わなければ突破出来ないだろう。
「これが、ドラゴンの……」
「見えたか。龍の波導はそのように多層で成り立っている。だがこれでも擬似再現だ。本来の龍の持つ波導は、もっと複雑だと思え」
ただ表面に波導を纏っただけでのルカリオでもこれだけ苦戦するのだ。本当のドラゴンならば勝てないのではないか。萎えかけた思考に師父が切り込む。
「思っているな。勝てない、と。いいか? 一瞬でもそう感じればもうドラゴンには勝てない。それほどまでに隙がなく、強力な相手だと思え。だがお前に教えた攻防で、既にドラゴンの突破口は見えているはずだ。今までの教えを思い出せ。お前が何に秀でているのか。何を武器としているのか。それによってドラゴンは容易い相手にも、あるいは超え難い壁にもなるだろう」
壁を壊すのは、自分自身。
アーロンは息を詰め、ルカリオの纏っている波導に集中する。
既に突破口は教わった。
ならば自分はそれを最大まで活かす。それしか方法がないのならば、命が果てる事も厭わずに戦う。
アーロンは雄叫びを上げ、ルカリオへと突っ込んだ。