MEMORIA











小説トップ
妖精の無色、電脳世界のフェアリーテイル
第六十三話「調停する者しない者」

 ヘリポートに集まったのはホテルの従業員数名である。

 先頭へと歩み出たラブリは着地したヘリから降り立った数名の軍人を視野に入れた。

 身のこなし、隙のなさ、なるほど、海上警備隊の人員をフルに使ってきたか。そう判断すると共にこちらへと友好的な笑みを浮かべてくる強面の男を見やる。

 口元に笑みは浮かべている。だが目が笑っていない。もし従業員の誰かが銃を抜けば即座に殺せるくらいには熟練されているな、とラブリは感じ取った。

「ミスウィンスターで?」

 ホテルの最高幹部として使っている偽名の一つだ。ウィンスター、シャルロッテ、エミリー。ラブリはそれらの偽名を掻い潜った最後の名前である。

「ええ。ホテルの社長をさせてもらっています」

「海軍少佐のランドです。ランド・ラインズ」

 名刺交換、という穏やかな場ではない。ここで交わされるのは握手だけだ。同盟の握手にラブリは小さな手を大人の手に握られた。体温はあった。冷たい機械人間のような軍人ではなさそうだ。

「よろしくお願いします、ランド少佐」

「こちらこそ。ヤマブキに名だたる組織の中でも、群を抜いているホテルミーシャと友好関係を結べた事は我々にとっても大きい」

 ここで恩を売っておけば、という腹積もりなのだろうか。ラブリは友好的な笑みの中に打算を隠した相手を観察する。この海軍少佐は何も知らないのかもしれない。張りぼての軍人か。ただ職務を命じられればそれを迷いなく遂行する。それだけのメンタリティがあれば軍人には向いているのかもしれない。

「光栄ですわ。ランド少佐。応接室で続きはお話しましょう」

 ラブリは軍曹に全員のデータを取っておくように言ってある。後から撃ち漏らしがあれば困るからだ。

「それにしても、とてもいい街並みですね。ヤマブキとはここまで発展していましたか」

 シースルーのエレベーターの中でランドは社交辞令を述べる。ラブリは、「これからまだ発展しますよ」と含み笑いを返した。

「それは末恐ろしい。これほどまでに情報密度の高い街がまだ発展途上とは。いやはや、分からないものですな」

 当たり障りのない言葉を交わしつつ、ラブリは応接室でランドを迎えた。こちらが上座に座ってからランドが促されてようやく下座に座る。礼儀は弁えている狗のようだ。

「それで、今次作戦の事ですが」

 だが、急いているのは隠せない。一刻も早く情報が欲しいはず。ラブリは部下に命じる。

「お茶をお出しして」

「いえ、お構いなく。それよりも話をしましょう。ビジネスの話です」

「あら? 何の事ですか?」

「とぼけないでいただきたい。この街に持ち込まれたのは確認済みです」

 相手から切り出さない限りラブリは事の真相に触れるつもりはない。

「何の事かしら?」としらを切る。

「困りましたね……。わたしの口から言うのは避けたいのですが、致し方ありません。ヤマブキへと、違法なシステムOSがネットを介して逃げ込みました。ちょうど十一時間前の事です」

 違法なシステムOS。ラブリはそれを聞きながら、相手も情報の一端とてこちらに握らせるつもりはないのだと確信する。

「そうだったかしら」

 紅茶を持ってきた部下がランドと自分に差し出す。早速紅茶を口に含んで喉を潤した。ランドは遠慮して手をつけない。あるいは警戒しているのか。

「あなたは聡明だと聞いている。だからこんな事は言わなくとも分かっていると思うのだが……。この街には二つの勢力がありますね? 御社と、もう一つ。個人ですがとても強力な力を持つ盟主。名をハムエッグ」

 そこまで調べておいてわざわざ繰り返す辺り、本質的な事を知ったのはまだ最近か。

「そうですわね。確かに、このヤマブキを二分するのは、弊社とその個人ですわ」

「驚きましたよ。盟主と呼ばれる存在、ハムエッグは人間ではない、と。ポケモンが人間の真似事をしているのですね」

「いけませんか? 力を持っていれば、ポケモンでも軽んじられませんわ」

「その通り。いやはや、我々も認識を改めなければならなそうだ。ハムエッグなる個人、わたしは決して油断すべきではないと考えております」

 油断、とはこの街ではおかしな事を言う。ハムエッグ相手に油断した人間など、破滅しか待っていない。

「そうですね。ハムエッグは確かに驚嘆すべき人物です」

「その盟主に、今回のシステムOSが渡るのは何としても避けたい」

 共通の目的が見えてきた。

 そもそも海上警備隊の軍人にこの情報を掴ませたのはホテル自身。

 あの男はこの街にシステムOSである「RUI」が渡ったのを語ったがそれ以上は分からないとの事だった。しかし、そのシステムが一国を覆すほどの力なのだと言う。ならば、災厄を手招いてまでも手に入れたい。

 その災厄の主が声にする。

「システムOSは絶対に危険な人物に手渡してはいけない。ハムエッグは一番に危惧すべきでしょう。我々はシステムの回収を命じられております。ホテルと協力すれば、それが可能であると」

「わたくし共としましても、カントーという国家には忠誠を誓っております。その国家が危ぶまれる事態となれば、なおさら。ヤマブキを代表する者として、出来る事はやっておきたい」

「話が分かって助かります。それで、ですが……。お恥ずかしい事ながら、システムの居所をこちらではモニター出来ないのです。この街のどこかにいる、までは分かっているのですが、それ以上は皆目見当がつかない。そこで、御社にシステムの炙り出しを協力していただきたい」

「もし、ハムエッグが持っているのだとすれば、横槍が入ります。あなた方の探りをよしとはしない」

「失礼ながら、この街には殺し屋が多数いるとの報告を受けました。ハムエッグの子飼いの殺し屋を捕獲すれば、話を聞けるでしょうか?」

「スノウドロップはまず不可能です。あなた方がいくら精鋭揃いでも、あの少女にだけは敵わない」

 余計な手出しをさせればハムエッグに勘付かれる。今回の場合、ハムエッグが主犯だと思わせておいて、軍人には最大に動いてもらう。

「やはり、前情報通りでしたか……。スノウドロップ、というコードネームの殺し屋については存じ上げております。つい先日、裏通りを壊滅させたのだと」

 カントー中とまではいかないが、それなりに有名になったのだろう。自分もスノウドロップの最大戦力を知ったのは先日の戦闘で、だ。

「軍人様方が命を無駄に落とす事はないでしょう。スノウドロップは客観的に考えて相手取るべきではない」

「しかし、ハムエッグは何もスノウドロップだけを利用しているわけではないでしょう? 何人か、それこそ使い勝手のいい駒がいるはずです」

 こちらの口からその情報を言わせるつもりか。ラブリは、「難しいですわね」と答える。

「なにせ、殺し屋などという数奇な職業とは縁のないものですから」

 あくまで、ホテルはこの街を実効支配する存在。殺し屋を公然と使っている、というイメージはまずい。

「そうですね。御社はクリーンな事業展開だと窺っております。ハムエッグなどとは大違いで」

 相手も知ってか知らずかそのような事を言ってのける。まるでコントだ。お互いに話が噛み合っているようで噛み合っていない。

「ありがとうございます。わたくし達はカントーという国家が磐石である事を願い、日々努力しているのでご理解いただけて嬉しいわ」

「そういう観点ならば、今次作戦のご協力に充分な理解をいただけていると考えてよろしいですか?」

 牽制のようなものだ。相手の言葉の揚げ足を取ろうと必至になっている。ラブリは軍部が勝手にヤマブキに介入したと言う事実を作りたかったが、このランドという男は思っていたよりもずっと慎重で、なかなか核心に迫る事を言わない。

「システムの奪還作戦に関しては、わたくし達の出来る事は少ないです」

「困りましたね。いくらカントーの街の一つとはいえ、勝手に軍部が強制介入した、と後から言われて痛くもない横腹を突かれるのは困るんですよ。あなたはこの企業の最高権力者だ。だから言っていただきたい。協力をする、と」

 遂には痺れを切らしたのか直截的な言い回しを使ってくる。ラブリは、軍部が思っていたよりも焦っている事。そして、この軍人は交渉に対してあまりにも堪え性のない事を感じ取った。

「契約書を用意するわけにもいきません。なにせ、我々は一企業。企業と国家の癒着など、ある意味では最も相応しくない形なのでは?」

 こちらから突きつける条件は一つ。ホテルは止める言葉をかけたが、それを無視して国家が無理やりヤマブキに分け入ってきた。だから、ホテルは体裁上、傍観を決め込む。

 ランドは、「困りますね」と微笑んだ。しかしこの男は相変わらず目は笑っていない。本性を隠すのが下手だ。このような小娘相手に対等な話し合いが成立している事でさえも納得いかないに違いない。

「どうなさいます? ホテルはやれる事をやるだけです。表立って協力、というのはお互いのためにならないのではなくって?」

「それはそうですね。ですが後々知らなかった、では済まされないんですよ。そういう事態まで来ているんです」

「では、それなりの情報を開示していただかなければ。システムと、濁されていても、わたくし達には何の事やら」

 そろそろ本音で喋らないか。ラブリの申し出にランドは、フッと笑みを浮かべる。

「……食えない方だ。ハムエッグなどよりもあなた方のほうがよっぽど恐ろしいのでは?」

「盟主には敵いませんよ。わたくし達は集団で、ようやく追いつけるレベルです。それ以上は不可能、というものですよ」

「それ以上を可能にしているハムエッグは、では人ではありませんな。文字通りに」

 紅茶にも手をつけず、このランドという男は待っている。こちらが一言でもいい。不手際を犯すのを。

「ではこういう考え方はどうですか? もし、情報を開示していただけるのなら、わたくし共はカントーの民草として、出来る事をする、と」

「先ほどから誤魔化されている気がしなくもありませんな。出来る事、と協力、は似ているようでかけ離れている」

 可能な限りの援護しかしない、というこちらの考えはさすがに見透かされているか。しかし、ならば軍部にヤマブキの闇に分け入るほどの覚悟はないと見た。ホテルの積極的な利用を前提条件にしない以外には、軍部は一歩だってろくに動けはしない。

 この状況を逆手に取らないわけにはいかなかった。

 ラブリはテーブルの上に置いてあった鈴を鳴らす。

 部下が応接室へと入ってきて一度だけ恭しく頭を下げた。

「今のは?」

「長いお話になりそうだ、という合図ですわ」

 その信号と同時に、部下に予め伝えてあるのはリオを利用した裏工作だった。

 ――波導使い、アーロンのカードを切れ、と。

 アーロンならば自分達は動けなくともこの状況にメスを入れる事は可能だ。アーロンに実質的に動いてもらい、情報を得る。その間、自分はせいぜいこの男を相手に話を長引かせる。

「……長いお話とは、穏やかではないですね。こちらも、実は、急ぐ理由がありまして」

 ランドの無線から声が漏れ聞こえる。

「失礼」とランドは無線を取って声を吹き込んだ。

「プランBへ移行せよ」

 ラブリも目を瞠る。

「今のは?」

「なに、別働隊に頼んである作戦です。簡単なお使いですよ」

 どうやらこの軍人はただのでくの坊ではないらしい。既に手を打ってあったか。ならば自分は、この応接室だ。

 ここが自分の戦場となる。

「そうですか、ならば余計に。長話になりそうですわね」


オンドゥル大使 ( 2016/06/09(木) 21:38 )