MEMORIA











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妖精の無色、電脳世界のフェアリーテイル
第六十二話「一ミリのかけ引き」

 メイが何よりも不満だったのは、アーロンが無条件にルイを信じ込んだ事だ。

 今も、シャクエンと共にルイにこの街のルールを教え込んでいる。メイはその行動が癪だった。どうして自分にはいつもぶっきらぼうなアーロンがシステム相手に真剣なのだ。

「お姉ちゃん、面白くないよね」

 アンズは分かっているのだろう。メイの気持ちを汲んでくれた。

「……表立っては言わないよ。だって、あのパソコンに入っているプログラムが優秀なのはよく分かったもん」

「でも、お兄ちゃんが取られたみたいで、あたいは嫌」

 自分よりも感情をダイレクトに出せるアンズが羨ましい。そう思っていても言えないのだ。

「あたしは……、何だかしっくりこない」

「お兄ちゃんって誰にでもあんな感じで冷たいのかと思っていたから、無機物相手に対等な条件を申し出るのは何か嫌だよ。あたい達が軽んじられているみたい」

「同感。あたしってその程度の存在だったのかな……」

 本人の前では言わないが、アンズとメイはお互いに肩を落とした。

「あの、さ……、メイちゃんにアンズちゃん。なんでやる気ないの?」

 店主が心配して声をかける。メイはぶすっとした。

「アーロンさんって現実の女の子に興味ないんですか?」

「えっ、そんな事聞かれても、知らないよ。アーロンに色恋沙汰なんてなかったし」

「やっぱり……。女の子として見られていないのかな……」

 ますます落ち込むメイに店主はフォローの声をかけた。

「大丈夫だって! メイちゃんは元気だし魅力的だよ」

「でもそれでうざがられているんじゃないですか? それじゃ本末転倒ですよ」

「それは……。アーロンの趣味だし、何も言えないけれど」

「やっぱりアーロンさん、文句も言わない画面越しの女の子がいいのかな……」

 モップを片手に項垂れるメイに店主は困惑している。

「な、なに? アーロン、もしかしてそういうゲームにはまっちゃったの?」

「そういうゲームのほうがいいですよ。まだエンディングがあれば終わりですし」

「終わる予定がないもんね……」

 打ちひしがれるメイとアンズに、店主は気を利かせてケーキを振る舞う。

「その、よかったらどうぞ……」

 メイはフォークを突き刺して思い切り頬張った。アンズも小さい口でちまちまと食べている。店主は二人の状態に戸惑っているようだ。

「あの、さ……。失恋したわけじゃないのに、そんながっついて食べると」

「失恋なんかじゃありません!」

 メイがテーブルを叩きつける。

「壊れる、壊れるって。メイちゃん、備品は優しく……」

「備品はって……! やっぱり男って備品のほうが大事なんですか!」

 店主はどうして自分が地雷を踏んだのか理解していないようだった。アンズが言葉を継ぐ。

「……結局、男の人って非実在の女の子に夢見てるんですよね」

「そうだよ……。なんで男って、現実見ないんだろうね」

 アンニュイな空気を出す二人に店主は言葉をなくしている。代わりにケーキを二皿目として差し出した。

「その、サービス、です」

「いただきます」

 メイが変わらぬ様子でケーキにがっつく。店主は首をひねった。

「何やってんだ、アーロンの奴……」
















「メイとアンズを放っておいて大丈夫なの」

 シャクエンの問いかけにアーロンは返す。

「もう出歩くほど馬鹿ではあるまい」

「でも、二人は不服そう」

「物分りが悪いんだ。だからこういう事態に慣れていない」

『と、いう事は、あなたは物分りがいいって事だよね、波導使いアーロン』

 ルイの声にアーロンは即答する。

「迷いはないつもりだ」

『よく言う』とルイが画面の中で笑った。この画面の中から出られないのに、ルイはシステムとは思えないほど表情豊かだった。

「お前を造った奴は相当意地が悪いな」

『何で?』

「機械にここまでの感情はいらない」

『どうかな。機械だからこそ感情を持たせようとしたのかもしれない』

 そこまで考えるほどではなかった。ルイを造った人間が誰にせよ、趣味の悪い事だ。所詮はシステムに等しい存在に、ここまで人間味を持たせるなど。

「答えて。あなたは、本当にハムエッグのシステムやホテルのシステムに介入が?」

 シャクエンの緊張を走らせた声に、『そんな物言いじゃ』とルイは後頭部で手を組んだ。

『ボクは喋らないもんね』

「ふざけている場合……」

「いい、炎魔。俺が言う」

 制してアーロンは声にした。

「まず簡単な質問から入る。お前の管理者は存在するのか」

 つまり自分達よりも高次権限を持ってルイと接触出来る人間はいるのか。

『ううん。もうご主人様はボクを捨てちゃったから。だからもう自由の身。だからこそ、デボンの保守派に裏切られてカントーまで流されちゃったんだけれど』

「お前を造ったのはデボンか?」

『少し違うかな。ボクの製造主はプラターヌ博士。彼の遺した遺産であるボクをデボンのセキュリティの網から解放したのがご主人様。で、ボクの力がデボンとホウエンの再建に必要だと判断して、ボクの能力をオープンソースにしようとした』

「つまり、誰でも介入出来る高次システムに?」

『でも、ならなかったから、ボクはここにいるんだよね』

 ルイの赤い瞳に翳りが映る。

 恐らくデボンはカントーとの対等な交渉条件としか思っておらず、ルイはカントーに恩を売るために交渉材料にされたのだ。

 しかし、直前まで誰かを騙していなければカントーに保護されたはずである。何故、ここにいるのか。

「誰かの手引きが?」

『ボクの事なんて全く知らない、外人のごろつきさん達が最後の最後までボクが重要システムだと思って守ってくれた。お陰で直前に構築されていたネットワークから逃げ出して、ヤマブキまで来られたわけ』

「偶然にそこいらの無線を拾っていた家電に入ったのは」

『そこまで狡猾だと思わないで欲しいな。ボクは、本当に、助けを求める一心で辿り着いた。だから、波導の見えるあなたに出会えたのは本当に偶然』

「よく言う。直前までサブリミナル効果で人間を選別していただろう」

 そうでなければ自分のような人間の下には渡るまい。ルイはちょっとした悪戯を咎められたように唇をすぼめた。

『そりゃ、こっちだって生きるか死ぬかだし。確率の高い方法を取らせてもらった。本当なら、誰か店員の一人にでも掴ませて家に持って帰らせて、子供か奥さんにでも高次権限のネットに介入してもらう予定だったけれど手間が省けたね』

 ルイも考えなしというわけではない。

 シャクエンはその狡猾さに食ってかかった。

「メイを利用した」

『偶然だよ、炎魔シャクエン。何代目? えっと、辿っていくと三十五代目だね。まぁ確認可能な炎魔に限るけれど』

 すぐさまシャクエンの情報に辿り着いたルイを彼女は怯えた眼差しで眺めた。さしもの炎魔とはいえ、自分の情報は完全に秘匿されたものだ。それをほとんど完璧に近い状態で口にする存在など居ていいはずがなかった。

「波導使い、こいつやはり……」

『やはり、何? やっぱり壊す? そのほうがいいかもね。ボクは自由になれるし』

「お前を、このネットから隔離する気もなければ、逃がすつもりもない」

 アーロンの声音にルイはこちらを窺う。

『どういう腹積もりかな? ボクを制御する気? それとも逃がすのが惜しくなった?』

「まぁな。カントーの軍事に使われミサイルを落とすためだけに利用されるのは、少しばかり惜しい」

 正直なアーロンの言葉にシャクエンは声を潜める。

「……波導使い。どこまで本気かは知らないけれど、これで何を? 一体、どうするつもりでこんなものを保持する?」

『ボクも聞きたいな。何で、ボクを使おうとする?』

「今まで、俺はハムエッグとホテル、それにプラズマ団に後手後手で対応してきた。全て、遅れを取ってきた。だがここに来て、これほどの情報利用価値のある存在がいれば、もう遅れは取らない」

 その段になってシャクエンはハッとする。ルイが本気を出せば、ヤマブキだけではない。カントー全域でさえも支配可能なのだと。

「どういう……。波導使い、何を支配する気で」

「俺は支配なんて望んでいない。お前を利用するのは、ただ単に利害の一致だ。お前はカントーの保護を拒む。俺はこのヤマブキの情報網の上を行きたい。お互いに、目的は一つだ」

 へぇ、とルイは感心したようだった。

『ここまでハッキリと、自分の利害のためって言うのは清々しいね。成り上がりでも狙う気?』

「成り上がりじゃない。本来の立ち位置に戻るだけだ。俺はフリーランスの殺し屋だし、お前はただの情報端末。とても高度な、ではあるが」

「ルイをあなたの個人端末として利用するつもりだって言うの」

 シャクエンの声には糾弾の響きがあった。

「いけないか」

「いけないも何も、それはハムエッグやホテルと同じ。同じ道を、辿るって言うの」

「俺は個人の究極化としてルイのような戦力は必要だと判断している。これがあれば、ホテルとハムエッグに手玉に取られる心配もない」

「そりゃ、そうだろうけれど……」

 シャクエンは言葉を濁す。引っかかるものがあるのだろう。

「……やり方に納得いかないのならば、下に行っておけ。全て終わった後に話す」

「いや、私はここに残る」

 頑として聞かない声音にアーロンが目を振り向ける。シャクエンは強い眼差しで睨んできた。

「私まで退けば、本当に分からなくなる。波導使い、あなたの真意も。このルイの真価も」

 シャクエンがルイへと目線をやるとルイは鼻を鳴らした。

『炎魔でもボクの価値は分かるんだ?』

「分かるも何も、これほどの情報端末を、野望を持った人間に渡してはいけない。それだけははっきりしている」

 オウミ、という野望の具現を見てきたシャクエンならではの説得力だった。

「……いいだろう。俺も本音で話す」

『あれ? 今までは本音じゃなかったんだ?』

「多くを話し過ぎれば、こいつとて離反する恐れがある。俺は炎魔ほどの個人戦闘単位を敵に回すつもりはない」

 その言い回しにルイは笑った。

『可笑しいな、それ。結局さ、全てを手に入れようって言う一番の傲慢は波導使い、あなたじゃない』

「かもな。だが俺は、お前をカントーに渡すか、あるいはそれ以上の邪悪に渡していいものではないと考えている」

『いいよ。ちょっとだけ打ち解けよう。お互いに邪悪が嫌いなのは共通しているみたいだ』

 事ここに至ってようやく対等な立場か、とアーロンは嘆息をついた。

 このルイというシステムはどこまで自分を試す?

「ルイ。あなたはどういう目的で、造られたの?」

 シャクエンの切り込んだ質問にルイは、『簡単だよ』と答えた。

『デボンという巨悪を覆すための、最大の力として。ご主人様の意向に沿う形で造られた。だから本来はハッキング用のシステムだ』

「デボンの株価が急落し、その企業の信頼も失墜したな。あれもお前のせいか?」

『あれは動いた人達の功績だよ。ボクは力添えをしただけ』

「では聞くが、お前一人でも、あの状況は可能か?」

 最大の質問であった。人間がいなくとも、自分だけであの状態を作り出すのは可能だったか。

 シャクエンが唾を飲み下す。

 ルイはおどけた答えを用意しようとしていたようだが、それを二人分の沈黙が許さなかった。

 代わりのように小さく呟かれる。

『無理だった。ボクは所詮、システムAI。人間には一ミリの差で敵わない』

「一ミリの?」

『そう。意志の力って言う一ミリだよ。こう動くって決められた通りの事を誰よりもうまく出来る人間っているでしょ? ボクはそうだけれど、本当に状況を動かすのってそうじゃない。確率論を無視した、人間の意志の力だ。その意志、というものが未だに理解出来ていない辺り、ボクは未完成』

「なるほどな。安心した」

『安心?』

「お前が人間など必要ないという、エゴイストの塊であったのならば、破壊も止むなしと考えていた」

 アーロンの本気の声音にルイは頬を掻く。

『……冗談きついなぁ。ボクは、そこまで傲慢じゃないし。大体、ここにいるのだって、ボクなんか無視して逃げ出せばよかった人達が最後まで抗った結果だし。ボクは人間の力を軽んじる事は出来ない』

「では改めて、問う事にするぞ、ルイ。お前の能力ならばどこまで出来る?」

『ハムエッグとホテルを両方相手取ってもまだ余裕はあるよ』

「違う。俺の目的は、そいつらじゃない。この街の覇権には興味がないんだ。俺はそいつらの策謀からうまく抜けられればそれでいい。本当の目的だ。――プラズマ団について。どこまで調べられる?」

 どうして、アーロンがその質問を最大に置いたのかをシャクエンは理解していないのだろう。ルイも、『何それ』と拍子抜けのようだった。

『プラズマ団……、ちょっと前にポケモンの解放とか言っていた過激派思想組織だね。王として擁立していた少年の失踪、それに英雄伝説になぞらえた伝説の二体の制御が不能となり、結局崩壊した、イッシュの組織』

「そのプラズマ団が息を吹き返した。このカントーで、だ」

 ルイは思案するように額に手をやった。数秒後、その情報を仕入れたのか顔を上げる。

『……へぇ、ヴィーとか言うのがいたんだ。あっちで言うメモリークローンに近いかな。でもそいつが言うには……』

 ルイはシャクエンの目を気にした。メイに関する事を彼女の前で言うべきか躊躇っているのだ。

「……伏せて、Miシリーズに関してどこまでなのか調べろ」

「Mi……。何、それ」

 シャクエンに対して嘘は言えない。この少女は嘘を瞬時に見抜く。だから、アーロンは自分の知りえた事を部分的に話す。

「メイに関する事だ。だが、プラズマ団が追っている事しか分かっていない。そのキーワードがMiシリーズ」

 嘘は言っていない。大筋をぼかしただけだ。シャクエンは嘘は見抜けるが真実は見通せない。それが出来ればオウミなどに利用される人間ではなかった。

「メイに……。じゃあ、プラズマ団がメイを追って?」

 メイの事だと言えば、シャクエンは躍起になる。それは分かっていた。

「カントーに来た。前回のスノウドロップと俺をぶつけさせたのも、プラズマ団の思惑だ」

 それは初耳だったのだろう。シャクエンは血の気の引いた顔で、「そんな事が」と呻いた。

『プラズマ団、プラズマ団ね……。確かに僅かな残党勢力の渡航履歴はある。でも、こんな小規模で何をするんだろう? そこまではちょっと見えないかな。これは隠されている、というよりもプラズマ団の中でさえも不確定要素なので開示出来ない、と言ったほうが正しいか』

「ヴィーの個人情報には」

『もちろん、今入ったけれどもぬけの殻。これは予見していたみたいだね。プラズマ団はほとんど足跡を消して、カントーで何かを企てている。それだけは確かだ』

 これ以上情報を掴ませるべきだろうか。ルイならば特定に時間はかからなさそうだが、その場合のシャクエンのメンタリティが気になる。果たして、英雄の遺伝子が埋め込まれた人造人間など信じられるだろうか。

 メイに黙っていられるほど、この少女は非情に成り切れていない。

「プラズマ団壊滅に関して。カントーではあまりにも情報が少ない。教えて欲しい」

『ライブラリで観たほうが……。ああ、でもオリジナルデータは消されていて閲覧不可か。一応、英雄伝説をなぞらえた戦いだったから、一部の人間だけだね。イッシュだと、記録に残しているのは当時のジムリーダーの一人。アロエ、か。他のジムリーダーは何が起こったのかまるで分かっていなかったみたいだ』

「記録を読めるか?」

『時間はかかるよ。だって遠く離れたイッシュのデータだもん。取り出すのには相当時間が必要だ。ただ、そのログに近いものをプラズマ団が持っていたからそれを話す分には構わないけれど』

 アーロンはシャクエンと目配せし合った。

「それでいい。話してくれ」

『プラズマ団の王、これは……そのままの読みでいいのなら――N、と呼ばれる稀代の人物を祀り上げ、その王を利用してポケモンの解放を訴えかけた。曰くその人物にはポケモンの声が分かったと言う……。とても眉唾物だけれど、これでいいの?』

 ――N。その人物が英雄なのだろうか。メイにはそのNと呼ばれる人間の遺伝子が埋め込まれていると。

『待って。もう一人いる……。でもこっちは一般トレーナーで、記録がない。名前も、全部抹消済みだ。最初からいなかった事にされている、もう一人の英雄……』

 その人物がプラズマ団を壊滅させたのか。だが疑問が残る。

 どうしてメイは、自分がプラズマ団を壊滅させたのだと思い込んでいるのか。

 そもそも、メイの記憶はどこまで正しくて、どこからプラズマ団による工作なのか。

 その判断にルイの能力は必須だった。

「もう一人の英雄……。そんなものが」

 シャクエンが呆然と呟く。イッシュで起こったプラズマ団の乱を解き明かすにはまだピースが足りないらしい。

「プラズマ団についてはまた調べを進めよう。今は……」

 そう口にしようとしたアーロンをルイが遮った。

『待って! ……来た』

「来た? 何がだ」

『ボクを追ってくる奴ら。どうやらヤマブキに入ってきたらしい。ホテルの情報網がそれを捉えている』

「ホテルが? 何故先手を奴らが打つ?」

 まだルイの事を教えてもいないはずだ。その理由をルイは思い至る。

『多分、ボクを密輸してきた人間が生きていたんだ。その証言を、ホテルは握り潰そうとしている。最終的な利益を得るために動いているんだ』

 アーロンはホテルに連絡をしようかと考えたが薮蛇になりかねない。こちらからルイの事を切り出すのは危険だ。

 その時、ホロキャスターが鳴った。アーロンは通話相手の名前に目を見開く。

「何でだ……。もしもし」

『アーロンさん。お久しぶりです』

「それほど久しくはないと思うがな。リオ」

 どうしてリオが電話をしてくる。この状況と無関係ではないのか。

『電話では言えないので、三十七番の通路を封鎖しておきましたからそこで連絡を出来ませんか? 殺しの依頼です』

 路地番であるリオが中継役に入るのは何ら間違っていない。ただ、いつもの殺しの依頼ではなさそうだった。

「リオ、お前は今、どこにいる?」

『先んじて三十七番で待っています。一時間以内に』

 リオの声音が急いていたのをアーロンは気づく。何かを必死に隠そうとしているようだ。「……分かった。行こう」

 通話を切るとシャクエンが声をかけた。

「殺しの依頼って……」

「リオの依頼ならば、まず間違いない。そこまで悪い話ではないだろうが、問題なのはこのタイミングだ。どうしてルイの存在が明るみになり、軍部の人間が動き出してから、俺が徴用されるのか」

 考え得る可能性は一つだった。

『軍部の人間を殺せ、かな?』

 ルイが先回りして口にする。アーロンはため息混じりに、「無きにしも非ずだな」と応じた。

「リオが繋がっているとは思い辛い。ホテルかハムエッグが、生き残りを保護したか」

「敵がどちらなのか分からない以上、受けるべきじゃない」

 シャクエンの意見ももっともだったが、アーロンは否と首を振る。

「いや、ここで受けなければ怪しまれる。何よりも、俺自身見極めたい。どれほど、このシステムが重要なのか。軍部の人間となれば、どのレベルまで動いているのか」

『一殺し屋が戦える範囲じゃないかもしれないよ』

「かもな。だがこうも言える。俺ならば戦える。だから依頼が来た、と」

「力量を見誤れば、こちらがやられる」

 シャクエンは冷静だ。自分がもし軍部と戦えば、と想定しているのかもしれない。しかしアーロンの意図は別にもあった。

「炎魔、ちょっと来い」

 シャクエンを手招き、アーロンはマイクの拾えない部屋の隅で囁く。

「……今回、俺は軍部がどこまで本気なのかを知るのと同時に、ルイの重要性をはかろうと思っている」

「重要性?」

「軍部が本気ならば、物量戦術で来る。それははっきりしているはずだ。だから、俺は取引も込めようと思っている」

「ルイを引き渡す?」

「違う。ルイならばどこまで出来るのかを聞き出す。つまり、相手が話せる奴なら、ルイを交渉材料にして、プラズマ団、ひいてはあの馬鹿の事を聞き出す情報源とする」

「危険過ぎる」

 確かに賭けとしては分が悪い。だがこちらにはルイがいる。味方につければもしかしたら、可能性は逆転するかもしれない。

「物量戦術で来るのならば連携は密にするはずだ。俺はルイと自分の波導の暗殺術を使い、相手をかく乱する。もし成功すれば取引は可能だろう。波導使い単体で軍部と渡り合えれば、交渉の価値は出てくる」

「でも、もし負ければ? あなたにとっては不利益しかない」

「俺が負ければ指示を出すようにリオに伝えておく。その時はルイを破壊しろ。お前ならば迷わずに済む」

 ルイの身柄を軍部に渡すわけにはいかない。今回はルイと自分の暗殺術が最大限の力を引き出せると考えての賭けだ。

「無理がある。相手の軍隊戦術に勝てるかどうかもそうだけれど、ルイが味方になるかどうかも」

「なるさ。味方をしなければ、粗大ゴミだ。もう分かっている頃合だろう。俺は所詮、あれをシステムとしか考えていない」

「……その割にはメイ達をないがしろにした」

「必要だったんだ。あいつらはルイの甘言に惑わされかねない。お前ならば冷静に判断を下せる」

 アーロンは帽子を目深に被り、出かけの準備をする。

『どこへ行くの?』

「殺しの案件だ。俺の本業だな」

『ふぅん。本当に殺し屋なんだね。そんなの、うまくいかないよ。この先絶対に行き詰る』

「システムに言われるほど、明日を考えていないわけではないさ」


オンドゥル大使 ( 2016/06/04(土) 20:28 )