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妖精の無色、電脳世界のフェアリーテイル
第六十話「アンドロメディア」

『ハロー、オウミ警部。出世出来そう?』

 オウミはラブリからの電話に背筋を凍らせた。

「オレ、何かまずい事でもしたか?」

『覚えがあるのなら直したほうがいいわね』

 オウミはデスクから立ち上がって他の刑事に聞かれないように遠ざかる。

「……ホテルからのラブコールなんて呼んでもいねぇ」

『相変わらず、変なところで生真面目ねえ』

「オレは早死にしたくないんだよ。……波導使いさんの件でそれを思い知った」

『炎魔を使役して成り上がろうとしていた男の言葉じゃないわ』

 オウミは額に手をやって、「マジに勘弁してくれ」と応じる。

「前回のスノウドロップのいざこざだってやべぇんだよ。あれ、隠し通せる規模を超えてる。ホテルの火消しにこっちはいい顔してねぇ。そりゃ賄賂をもらっている上役は儲けになったと思っているみたいだけれどな。基本的にこっちは現場主義なんだ。あんな事件が起こったんじゃ、治安体制の見直しだって囁かれている」

『スノウドロップを動かしたのはわたくしじゃないわよ』

「ハムエッグとプラズマ団の癒着だろ。でもてめぇらが祭りだって騒いだせいでとんだ災厄だ。悪徳資本家を取り押さえようったってあれは裏で行われた裏の祭りだ。だから検挙率はゼロで、なおかつ悪党の蔓延る隙を作っちまった」

 オウミは懐から煙草を取り出して片手で器用に火を点ける。耳元の電話口から、『今回は善良な市民からの情報』と声がかかった。

「善良な市民、ねぇ……。てめぇら、ホテルがどれだけやろうと構わないし、ハムエッグが馬鹿見ようと構わねぇんだが、こっちに飛び火するのだけはやめてくれよ。現場判断なんて言われたって巨悪の前じゃ無意味なんだ」

『あなただって悪徳の一つでしょう?』

 炎魔を転がしていた事を今でもねちっこく言われる。あの時はまだ波導使い相手に立ち回れると思っていたがいざスノウドロップの強さを思い知ると弱気にもなる。

「あん時は、波導使いさん一人を殺すって話だったからまだよかったんだよ。今はどうだ? 波導使いとスノウドロップの実力が拮抗していた、なんて性質の悪い冗談。この街最強の名前も返上されるかもな」

『まぁわたくし達ホテルは傍観を貫くつもりだけれど。今回は殺し屋は使わないわ。ただ単に、あなたに情報のパイプ役になってもらいたいの』

「いつだってオレの役目はそんなんだな」

 呆れ帰っているとラブリは通話口で笑う。

『損する役回りね』

「で、何だよ? まさか遂に頭のねじが飛んでハムエッグにケンカ売るって話じゃねぇだろうな?」

『そんな馬鹿な真似しないわよ。こっちでは取れる戦力も限られてくるし。波導使いだって一応はフリーランス。報酬とタイミング次第で敵にも味方にもなる』

「何だよ。まどろっこしいな」

『クチバシティで昨晩、ちょっとした騒ぎがあったのは知っている?』

「ああ、所轄が何か言っていたな。こっちでは大した捜査には発展してねぇよ。まぁまだ様子見ってところだな。人死にが出たって話でもないし」

『その人死に、実は出ていたって話は興味ない?』

「仕事増やすような真似されて興味あるわけねぇだろ」

『しかも何で誰も死んでいないって話になっているかって言うと、ちょっとお上の逆鱗に触れるかもしれない』

「ちょっと待ってろ」

 オウミは声を潜めて周囲を窺う。幸いにも聞き耳を立てている人影はない。

「……まかり間違えればオレのクビが飛ぶ、いやクビならまだいいな。殺されちまうだろ」

『お上がある物資の密輸組織を壊滅させた』

「いい事じゃねぇか。世は事もなく」

『ところがその一部始終はその物資を安全に手に入れるためにお上の仕組んだ三文芝居。最初から密輸グループの上とお上はグルだった』

「……きな臭くなってきたな」

『まだあるわ。唯一の生存者から話を聞いている。思い出せる限りの事を思い出してもらっているわ』

「怖い怖い。てめぇら、また拷問じみた事を」

『心外ね。きちんと人道的措置を取った上での情報提供よ』

 信じ難いな、と思いながらオウミは尋ねる。

「で、今どこにいるんだよ。生存者ってのは」

『教えるわけないでしょ。そっちから手を回して殺しでもしたらパーじゃない』

 乗らないか、と舌打ちする。ホテルからしてみれば唯一の交渉のカード。そう簡単に見せびらかすわけがない。

「んで、そいつを使って今回は何をおっぱじめようってんだ? 祭りに乗る奴がいるかどうかは分からねぇぞ」

『とある物資の詳細を教えるわ。筐体だったみたい。情報端末ね。ホウエンからの払い下げ品。デボンが関わっている可能性が高い。そっちの線で調べてみて。デボンが最近売却したリストか何かに載っているかもしれない』

「そっちで調べろよ」

『お礼ははずむわ』

 オウミは煙い息を吐き出して呼吸を整える。今、落ち着いて考えるべきは何か。澄み渡った思考で自分の利益を考える。

「……仮にそいつがマジだったとしよう。でも、ホウエンの、デボンのシステムに割り込むなんざ無理さ。ちょっと前までマジに全世界の中心だった企業だぜ?」

『下請けから洗ってみてちょうだい。それで何も出なければそれでいい』

「おい待て。オレが関わる事が前提になっているじゃねぇか」

『で、今思い出したらしいんだけれど、OSが逃げた、だとか言っていたみたい。エンジニアも何人かいたらしいから、恐らく情報技術』

「OSが逃げた? 意味分からねぇな」

『こっちも分からないのよ。だから調べてちょうだい』

「せめてアクセスコードなりなんなりを示してくれねぇとどうしようもねぇって。何を基準に調べりゃいいんだよ」

『筐体の側面に書かれていた文字があるそうよ。コードネームかしら。R・U・Iとの事だけれど』

「RUI? 何だそれ。聞いた事もねぇ」

『だから調べてって言っているんでしょ』

 これでは埒が明かない。こっちが請け負うか請け負わないかをはっきりさせなければ。

「……あのな、ホテルの業務はホテルの中で済ませろ。人の助けを借りるのがホテルの本懐じゃねぇだろ」

『いいけれど、あなたとの通話記録なんていくらでもあるし、ログも充分に揃っている。悪徳警官一人を路頭に迷わせるには充分ね』

 オウミは舌打ちをして吐き散らす。

「悪党め」

『悪党上等よ。調べてくれるのよね?』

「ああ、分かったよクソッタレ。RUIにデボンだな。お上が火消しに躍起になったって事はそっちのログもあるかもしれねぇ」

『何日で出来る?』

「嘗めんなって。半日だ」

『さすがね。期待しているわ』

 通話が切れ、オウミは思い切り床に叩きつけたくなったが我慢した。

 電話を戻す際に、「お嬢さんですか?」と尋ねられてどきりとしたが、部下は自分の娘だと思っているのだろう。

「ああ。厄介な、反骨精神丸出しの娘だよ」

「かわいい盛りじゃないですか」

「かわいい盛りねぇ……。まぁ、あれでまだなまっちょろいくらいだよ。本当にやべぇのは、それをダシにして荒稼ぎしようって輩だ」

「先輩、何か嫌な事でもあったんですか? 娘さんにそんな言い草」

 そうだ、ここでは娘の陰口という事になっているのだった。裏稼業の事を愚痴っても仕方あるまい。

「いや、今のは忘れてくれ。こっちにも仕事が回ってくる、って話だよ」

「そういえば、B37の案件、あれはこちら任せじゃないんですかね」

 青の死神――波導使いアーロンの殺しの案件。自分が処理したほうが後々やり易いと感じて一任されていたが、どうにも警察内部でも青の死神に関しては借りを作りたい節がある。当然、手柄の奪い合いだ。

「いいんじゃねぇの。オレらの仕事は減ったほうがいい。それが世のため人のためってな」

「でも、全く不明な殺しを、他の部署に持っていかれるのは」

 納得いかないのだろう。オウミは部下の肩に手を置いた。

「何事も退き際ってのが肝心だよ。オレは正直、あんまし踏み込みすぎても仕方がねぇって思っている。この街じゃ長生きする秘訣だ。覚えておけ」

 そう言い置いて、オウミは電算室へと向かった。ヤマブキシティのデータを一括管理する電算室に一人の痩せこけた男が白衣を引っ掛けて蹲っている。

「おーっす、暇か?」

 後ろから声をかけると男は大げさに驚いた。肩をびくつかせてから慌てて振り返る。

「お、オウミ警部でしたか」

「何ビビッてんだよ。相変わらず直らねぇのな、対人恐怖症」

「放っておいてくださいよ」

「ニシカツ。お前を見込んで頼みがある」

 ニシカツと呼ばれた男は先ほどまでいじっていた端末を庇うように引き剥がした。

「また、隠密ですか……」

「そんな嫌な顔しなくっても、てめぇの端末には指一本触れねぇよ。オレが知りたいワードと情報だけをてめぇの技術をもって知りたいだけだ」

 ニシカツは震える唇で言葉を紡ぐ。

「お、オウミ警部。先日のスノウドロップ対青の死神はとてもよかった。あれは、ネット上で大変評価を受けました。お陰で僕の評価もうなぎ上り。数少ない情報から極上のエンターテイメントを生み出す人間だと思われている」

「そう思わしたのは、誰だったか?」

 オウミはニシカツに大変な借りを作らせている。そもそも対人恐怖症のニシカツが警察の脳に等しい電算室に出入り出来る許可を作ったのも、もっと言えば彼を雇うように裏工作したのも自分のためだ。いざという時に、この男は頼りになる。

 自分一人では所詮、汚職警官の動きに過ぎないがニシカツという頭脳を得れば無敵に近い。だからこそ炎魔を使っての成り上がりを画策したのであるが、あれは自分の力量を見誤った結果だ。その代償が右腕一本で済んだのはまだ僥倖であった。

 アーロンも、ホテルも、あのハムエッグでさえもニシカツの存在は知らない。自分が全部やっているのだと思い込んでいる。

 ある意味では虎の子のニシカツに、オウミは命じた。

「ちょっとばかし、気になる情報がある。クチバシティに、昨晩、海上警備隊が一悶着を起こした」

「そ、それに関して言えばもうデータは上がっています。な、何だかよく分かりませんが、ホウエンから持ち込まれた謎のブラックボックスの回収任務だった、とか……」 

 ニシカツの手渡した書類にオウミは笑みを浮かべる。

「でかしたぜ、ニシカツ。やっぱりてめぇは最高の相棒だ」

 既に情報はこちらのものである。ホテルにも、ハムエッグにも関知されない第三の存在としてニシカツは重宝出来る。加えて分を弁えているので裏切りは絶対にない。

 使える部下は後にも先にもニシカツだけだ。

「そ、それほどでも」

 ニシカツが謙遜して頬を掻く。オウミは書類上に記されている海上警備隊の出撃記録を目にした。

「おい、こりゃあ、やばいぜ。なにせ、この作戦自体が、当初より計画されていたって書いてあるじゃねぇかよ」

 つまり事後に動いたのではなく、最初からクチバに密輸組織が来る事を予見していた。それはラブリの言っていたカントー政府の内々による作戦、という線を濃厚にさせる。

「け、計画書自体は三日前に受理申請されています。それ以前のログも探りますか? ち、ちょっと面倒ではありますが」

「ログをやたらめったら探っても藪蛇になれば困る。ニシカツ、キーワードを提示するからその範囲で動け。RUI、だ」

 ニシカツは端末にその文字を打ち込んで即座に電算室の高度な検索にかける。ニシカツの小さなノート端末一つに警察の頭脳が直結している。それを知っているのは自分だけだ。ある意味、ニシカツに全てを任せた結果になるが、この男は小心者だ。どう足掻いたところで自分の利益だけを求める事は決してない。

「R、U、I……。検索項目、二千件出ました」

「絞れ。OSの名前だそうだ」

「OS……。その名前なら聞き覚えが」

 ニシカツが即座にキーを打って情報を呼び出す。一度見聞きした事を絶対に忘れない。この男の特徴である。だからこそデータとして重宝している。

「で、出ました。これじゃないですかね」

 ニシカツの指差した投射画面をオウミは覗き込む。そこには「自律型演算システムの開発にデボンが着手」という記事があった。

「いつの記事だ、こりゃ」

「は、半年以上前です。元々企業向けに発布された情報なので、一般人は知る由もないですよ」

「どこの企業が買い取ろうとした? そもそもこれはデボンの独占事業か?」

 ニシカツがさらに検索条件を絞り込み記事の詳細を表示させる。

「お、恐ろしく高度な知的能力を持つ自律型OS、いいえ、この場合はAI、と呼んだほうが正しいかもしれません。それほどの高精度な自律支援システムを開発した、と書かれています」

「だからどこが開発した? デボンか?」

「で、デボンの一部開発部門によると偶発的な発明であった、とありますが……。あ、怪しいですね」

「だな。そんな世紀の大発明が偶発的? しかもそれをオープンソースにしないってんじゃ、これはくさいぜ」

「き、企業向けに売り出したみたいですけれど値段が法外です。こんなの、デボンほどの大企業じゃなきゃ買えない」

「逆に考えるんだよ、ニシカツ。企業を超えた、軍事あるいは国家レベルなら」

 その言葉にニシカツは目を戦慄かせた。

「ま、まさか、カントーが買い取ったとでも?」

「そう考えるのが自然だろうが。にしたって、そうすると何で密輸団なんかに輸送を任せたのかって話になるな。横合いから奪われる危険性もあっただろうに」

 どうしてごろつき共に任せた? その部分が分からない。

「か、考え得る最適な事として、政府直属部隊を使いたくなかった、というのがあるのではないでしょうか? 大き過ぎる動きは他国を刺激します。輸送が、それこそ大部隊になれば、各国の横槍を受け入れるようなものですし」

「あえて、何でもない密輸を装ったってか」

 オウミが煙草を吸おうとすると、「き、禁煙です」とニシカツが指でバツ印を作る。

 舌打ちをしてオウミは考えを巡らせた。

「国家機密レベルのものを、そこいらのヤクザものに運ばせるってのは納得いかんな。奪われたらどうするんだ」

「こ、今回、重要だったのはそのパッケージではありませんから、奪われる、というと意味合いが違ったのではないでしょうか?」

 ニシカツの言葉にオウミは目を見開く。

「どういうこった?」

「お、OSが目的だったのならば、筐体やそれこそ入れ物にはこだわりません。そのOSが組み込まれた端末こそがRUIになるのですから。つまり、どういう形であれRUIの無事な輸送を完遂するのに、大げさなパッケージでヤクザもの達にも、これは重要だ、と思わせればよかったのだと」

 つまり、馬鹿でも分かるように大げさなもので包んでおけば、真髄を誤魔化せる。その上、入れ物の姿形が重要ではないにせよ、それを見た人間が危険な代物だと認識出来ればよかった。

「つー事は、結局密輸業者がこれは割れ物です、って思わせるようなものなら何でもよかったと」

「あ、ある程度の筐体の大きさはいるでしょうね。理想のマシンスペックを実行するのに僕の端末では足りませんから」

 ニシカツの端末は改良に改良を加えた彼オリジナルのものだ。だから一般流通しているものよりも数段レベルが高い。それでもまだ足りないとは。

「その、自律型システムってのはどういう代物なんだ?」

「も、元は軍事目的であったと書かれています」

 軍事。カントー政府の欲しがる理由が分かったが、一体どの分野のものなのか。

「軍事って言ったって、ミサイルを敵地に飛ばすためのシステムなのか、戦略を組み上げるシステムなのかじゃえらく差があるぜ。どういう目的だったんだ?」

「ぐ、軍事利用するのならば、全て、と書かれています」

 オウミは視線を投射画面に向けた。軍事に関するチェックボックス全部にチェックが入っている。

「……嘘だろ」

「い、いえ、事実です。これは、軍事目的ならば全ての項目を一挙にこなせる、と書いてあるんです」

 そんな万能ツールなど存在するものか。オウミは思わず言い返していた。

「そこまで便利なものを作ったって言うんなら、なおさら分からねぇな。そのまま学会に出すだけでもそこいらの賞は取れるだろうに」

「え、ええ。軒並みの賞どころか、人類史に名を刻めるでしょうね。でもそういうのが目的じゃなかった。これは、裏の裏で展開される目的のために必要だった」

「軍事の裏の裏、か」

 つまり最重要機密に抵触する。密輸した連中が皆殺しにあったのもさもありなんであった。

「だが、生き残っている奴がいたってのは絶対に阻止したいだろうな。そいつから情報が漏れれば、カントーそのものが危ういぜ」

「か、カントー政府は海上警備隊に継続任務を充てています。つまり、その生き残りがいるとすれば、今追っているのは軍人連中ですね。どこまで追跡されているんですか?」

「オレもてんで分からん。ホテルからの情報だからな。連中、その事実を知ったら絶対にオレにも情報を封鎖しやがる。その前に、こっちはこっちで出来るだけ情報を絞り尽くしておけ。でなければ出し抜かれるのはこっちだ。体のいいスケープゴートにもされかねない」

 元々、情報を引き合いに出した辺り、身代わり人形の役目は背負わされていたのかもしれない。

「か、確認します!」

 そう言ってニシカツが潜ったのはホテルの情報網だ。本来、一番にあってはいけないような動きだがニシカツほどのA級ハッカーならば痕跡も残さずにホテルのサーバーに潜入出来る。今、ホテルがどこまで知り得ているのか。ここから先は一歩踏み誤った側の負けだ。

「ほ、ホテルの情報、サーバー内に備蓄されているデータベースには、まだ男の名前すら分かっていないようです。今、それを探っている最中だと」

「つけ入るなら今だな。ニシカツ、軍人連中がこの街に来るまで、どれくらいだ?」

「は、半日も待たずして先遣隊は来るでしょうね。クチバからの直通ですから」

「やべぇな……。もう来てるかもしれねぇのか」

 しかし、軍部の人間がヤマブキを突けばそれこそ薮蛇だ。この街には政府役人に指図されたくない連中がうろうろしている。

「どうやって連中を差し止め出来る? 有り体に言えば、どいつを殺せばこの事態は丸く収まる?」

「す、既にホテル内部での情報封鎖は完璧です。漏れるとしたら我々からでしょう。だから、今回、リストアップした海上警備隊の人間を事故に見せかけて殺せれば、もしかすると軍部は手を引くかもしれませんね」

 ホテルを突くよりも街に迷い込んできた子猫を殺すほうが速い、か。オウミは即座にこの街で対応可能な殺し屋を浮かべて、ニシカツに明示する。

「ニシカツ。この街で、厄介な大事にならなくってなおかつスマートに殺しを行える奴なら、一人だけいるぜ」

 その言葉の意味するところが分かったのだろう。ニシカツは青ざめた。

「……青の死神ですか? しかし、彼は前回スノウドロップとの戦闘で目立ち過ぎています。マークされている可能性も」

「マークされているんなら、一緒についている炎魔も気づくさ。そういう風に教育はしておいた。軍人レベルなら、逆に気づく。それほどの人間が追跡していれば分かるくらいには、炎魔は鼻が利く」

 シャクエンが共にいるのならば、軍人を見つけ出すのは容易いだろう。問題なのはアーロン本人にどう殺しの約束を取り付けるか、であった。

「警察から政府役人を殺してくれ、ってのはやっぱりまずいよな」

「け、警察が槍玉に挙げられれば、それこそヤマブキでの権威は失墜です」

「もう落ちるところまで落ちてるだろうがな。どっちにせよ、オレからの依頼ってのもそろそろまずい。代わりになるような人間にやらせるのが一番なんだが、どこから指示を飛ばせば波導使いさんは食いつく?」

「そ、それこそ分かりませんよ。波導使いアーロンは金を払えば殺しはします。ですが、自分に必要以上に危害が及ぶ事は絶対にしない。軍人なんて敵に回したと知られれば、それだけでこちらに牙を剥く可能性が大です」

 ニシカツはそう言いつつもヤマブキシティでそれなりの地位を持ちつつ、接触が自然な相手を探そうとしている。やはり優秀だ、とオウミは笑みを浮かべた。

「誰かいないもんかねぇ。青の死神を焚きつけられるだけの人間が」

「こ、木っ端役人の話なんて耳を貸さないでしょうね」

 リストアップしたのはヤマブキシティの市政を担っている人間達だ。オウミは手を振った。

「無理無理。あいつは役人だとかが一番嫌いだ」

「で、では誰がいいでしょうか?」

 ニシカツと一緒になって考える。ハムエッグとホテル以外の、絶対に秘密を口外しない人間で、なおかついざとなれば切れるような都合のいい人間……。

「んなちょうどいい奴ってのはやっぱりいないか」

「あっ、ひ、一人だけ。ちょっと気になる人物がいます」

 ニシカツ自身が推薦したのは一人の路地番だった。オウミはその経歴を目にして驚愕する。

「こいつ……元プラズマ団だったのか」

「し、しかも前回。スノウドロップと青の死神の全面対決を止めたのは、ある意味この人物の功労が大きいでしょう。ハムエッグが情報封鎖をしていますが、人の口に戸は立てられません。口コミで、こいつはくさいと評判ですね」

 オウミは笑みを刻む。これほどの適材はなかなかいなかった。

「オーケイ、ニシカツ。こいつに接触しろ。情報のある程度まで無償で渡せ。知りたくなれば、そうだな、ハムエッグとホテルに流さない事を条件に第二次情報を渡し、段階的に開示していく。そうすれば、切り時も判断しやすい」

「あ、ある程度、というのは逃げたOSがいる、という事とその最新OSを追っている連中がいる、という事ですね」

「分かってるじゃねぇか。そうだよ。ちょっとした珍事レベルに思わせろ。絶対にあっちゃいけないのは、カントーの軍事が動いている事を匂わせることだ。いいか? 青の死神も、この可哀想なお坊ちゃんも、知らない間にでけぇヤマに付き合ってもらうぜ」

 投射画面に映し出されたのは元プラズマ団であり、現在は路地番をやっている男の相貌であった。

 リオ、という名前を即座に導き出し、彼の端末へとニシカツが通話を繋いだ。


オンドゥル大使 ( 2016/06/04(土) 20:27 )