MEMORIA











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雪化粧の白、死に飾りの街
第五十二話「ラスト・ダンス」

「動きました! 波導使いアーロンは、どうやら勝負を捨てたようですね」

 粗い望遠映像を観ながらヴィーは確信する。アーロンとて勝てない事はある。殊にそれがこの街最強の殺し屋ともなれば手は出尽くしたはずだ。団員達へと声を投げる。

「この街はいずれ死に絶える。その前の前哨戦だ。最強の殺し屋とてメガシンカを使わなければ倒し切れない波導使い。それを観測したこの映像は貴重だな。だが、どうせ死ぬ奴のデータを取ったところで仕方がないか」

 本当ならばスノウドロップが勝ってもアーロンが勝ってもどちらの戦力も分析し、解析した後にそれに相応しい対抗策を練り出すつもりだったが思っていたよりも事態は好転している。このまま両者共倒れでもプラズマ団としては充分だ。

「共倒れしたとすればこの街は優秀な殺し屋を二人も失った事になる。地に堕ちたも同然。このプラズマ団が牛耳る、新時代が幕を開けるのだ」

 嚆矢としてまずはヤマブキの盟主、ハムエッグを殺してみるのも悪くはない。そう思っていた矢先だった。

 銃声が木霊する。一瞬、画面の中か、と思ったがバタバタと音がしたのは現実のほうだ。ヴィーは声を振り向ける。

「何だ……」

 その声が伝わる前に突如として現れた影が手前の団員を射殺する。まさか、と色めき立った団員達を、「動くな!」と制した声があった。

 一人の男が、戸口に立って銃口を突きつけている。団員の誰もが声も出せなかった。今しがたまで殺し合いの観戦に夢中になっていた神経はすぐに現実へと戻ってはくれない。その男が誰なのかも分からない。

「誰だ? 我々の邪魔立てなど……」

「覚えていないのか。見た目は確かにヴィオ様そっくりだが、記憶までは継続していないか」

 その言葉にヴィーの中で符合する人物があった。しかし、前回、プラズマ団員は一人として生き残っていないとの報を受けていた。それと矛盾する。

「何故、生きている。プラズマ団員、リオ……」

「おれはもう、プラズマ団の団員じゃない。あんた達を、殺しに来た」

 突きつけられた銃口にポケモンを出すのも忘れて団員達が固まっている。即席で作り上げた親衛隊はこのような非常時を想定していない。まさかここに直接乗り込んでくるイレギュラーがあるなど。

「だ、誰の命令だ? ハムエッグか? それともホテルの――」

 声を遮ったのは一発の弾丸だった。頬のすぐ傍を銃弾が掠める。

「うるさいって言っているんだ。おれは自分のスタンスを明確にした。殺しに来た、と。何度も言わせるな」

 ヴィーは恐れ戦いて後ずさる。リオの持っている殺気は尋常ではない。本気で、刺し違えてでも自分を殺すつもりなのだ。

「ま、待て。何かの間違いだ。ほら、そこのケースに金も入っている。何故、身内同士で殺し合わなければならない?」

「お互い様だろう。そこで、身内同士の殺し合いを観戦する、性の悪い真似をしているのならば」

 このリオという男を殺さなければ、とヴィーは感じたがまだこの身体に定着してから二日も経っていない。ポケモンを扱うには不安な要素のほうが大きい。

「やめるんだ、リオ。考え直せ。プラズマ団の支配する、このカントーの未来を」

「そんな支配で、この街を突っつくのならば、それこそやめたほうがいい。この街はあんたらみたいなのが御す事の出来ない場所だ」

「聖地だとでも言うのか?」

「いいや。悪の巣窟さ。それこそ、プラズマ団がまだかわいいと思えるほどに」

 その悪の巣窟から、わざわざ自分を殺すために訪れたのが切り捨てたはずの身内だというのは性質の悪い冗談に思えた。ここに他の暗殺者が来るのならばまだ理解出来る。対応も出来たかもしれない。だが何の力も持たないただの元プラズマ団員が拳銃を手に来るなど誰が予想出来ただろうか。

「やめるんだ。後悔するぞ」

「もうしている。あんたらに、二度とこの街の土は踏ませない」

「どうしてだ? 愛着でも持ったのか? 何を理由に裏切る?」

 リオが両手で拳銃を握り締めその問いに応じる。

「分からない。分からないが、あんたらに任せるほどに、この街は落ちぶれちゃいない。きっと、それだけの理由だ」

 ヴィーは歯噛みして団員に指示する。

「殺せ!」

 その声が弾けたのとリオが引き金を引いたのは同時だった。

 銃弾が吸い込まれるように額へと撃ち込まれる。ヴィーが最後に記録したのは肩を荒立たせて自分に銃弾を撃ち込んだリオの姿だった。その目からは涙が伝っていた。

「ち、チクショウ……」














 
 息絶えたヴィーを誰一人として悼まない。それどころか戸惑いがあるのをリオは見透かしていた。この場にいるのは即席のプラズマ団の残党。だから命令系統も無茶苦茶だ。殺された上官の仇を、という人間はいない。

「ヴィー様……」

「リオ、とか言ったな。どうして……」

「お前らだって、何でそんなのに付き従っている。自分で自分の居場所を探せよ」

 リオは他の団員まで殺すつもりにはなれなかった。実際、脅しに使っただけで殺したのはヴィーが初めてだった。恐らくハムエッグは自殺用にこの銃を渡したのだろう。結果的に、この事態を引き起こした元凶を屠る一撃となってしまった。

 リオは、「行けよ」と団員達を促す。一人の団員が見つめていた望遠動画を一瞥した。アーロンがメガシンカしたスノウドロップのポケモンと思しき姿へと吸い込まれてゆく。リオは目を慄かせた。

「アーロンさん……! まさか、メガシンカしたスノウドロップの手持ちと戦闘を? 無茶だ」

 しかも戦局は明らかにアーロンに不利に転がっている。電気ワイヤーがビルの縁から外れ、アーロンは吸い込まれて行く。凍結の波が押し寄せ、その青い姿を覆い尽そうとした。

「このままじゃ。ハムエッグに」

 ホロキャスターを開きかけたがリオにはハムエッグとてこの状況をどうしょうもないのがある程度推測がついていた。恐らくハムエッグもどちらが勝つのかははっきりと分かっていないのだろう。この街の祭りに振り回されているのは何も自分だけではない。

 盟主とて祭りの前には無力。ならば祭りの主催者にでも立ち会わなければ、と感じたがホテルの番号は知らないし、この祭りをけしかけた誰かの番号も入っていない。

 どうする。決断が迫られていた。ハムエッグにプラズマ団は退いた、もう無意味だ、と報告するか。しかしハムエッグがそれを聞き届けて祭りを止めるかどうかは賭けである。むしろハムエッグは祭りによってもたらされる経済効果を考えればそれを流布しないほうが利益になる。

 ハムエッグは合理的だ。だからこそ、この街を、悪の巣窟を動かし続けてきた。これからも動かし続ける事だろう。しかし合理的な判断は時に残酷である。その残酷さの前にアーロンやスノウドロップのような命が散るのを見たくはない。

「どうする? どうすればいい……」

 誰に報告すればこの祭りは止まる? 問いかけても答えが出ない。自分の知り合いで誰が一番に祭りの中止を呼びかけられる。

 リオは悩んだ末に転がっているヴィーの死体に目をやった。ヴィーはハムエッグに祭りをけしかけたその中心人物。となれば、もしやとリオはヴィーの懐を探る。

 出てきたのは最新型のホロキャスターだ。広域通信機能がついており、リオはこれだ、と感じた。プラズマ団の意思で祭りの終わりを告げられる唯一の手段。

「頼む、まだ繋がっていてくれよ」

 リオは広域通信のボタンを押してメッセージを打ち込んだ。

「祭りは終わりだ! 馬鹿騒ぎをやめろ!」と。

 メッセージが送信され、後は一か八かに賭けるしかなかった。このメッセージがハムエッグや他の資本家、ホテルに行き渡り、祭りの中止が宣言されるのが早いか、それともアーロンとスノウドロップの決着がつくのが早いか。

「最後の賭けだ。頼むぞ」

 リオはホロキャスターを握り締めた。汗が首筋を伝った。


オンドゥル大使 ( 2016/05/25(水) 21:24 )