第四十七話「最強の駒」
「お嬢。妙な情報が上がってきました」
軍曹が書類を手に執務室に入ってくる。ラブリは片手にしていた端末に声を吹き込んだ。
「ええ……分かっているわ。それじゃ」
通話を切って、「妙、とは」とホテルの支配人の声を出す。
「はい。青の死神がとある組織と癒着、いえ、正確には依頼を受けて遂行中との事です」
「わたくし達はお互いの業務にいちいち介入するほど暇だったかしら?」
ラブリの口調に軍曹は、「これが妙なのは」と言葉を継ぐ。
「青の死神は以前プラズマ団より保護した少女、この間お嬢と出会ったメイ、という娘を殺害しろという依頼を受けたそうなのです」
ぴくり、とラブリの書類を繰る手が止まる。軍曹へと目線を振り向けて、「続けて」と促した。
「はい。プラズマ団は新たにヴィーという男をリーダーに据え、再起を図っているようですが、この街での再起ではなく、その、メイという少女を擁立しての再起のために青の死神を使っているようなのです」
「まどろっこしいわね、軍曹。はっきり言いなさい。波導使いは何のために、自分が管理している娘をわざわざ殺そうとしているの?」
軍曹は咳払いしてから、「憶測ですが……」と述べた。
「この情報は意図的に操作されたものだと推測されます。つまり、元の情報はこれとは違い、青の死神は罠にはめられた、と」
「どのような罠だと言うの?」
「それは……」と軍曹が口ごもる。ラブリは先ほどの通話の内容を口にしてやった。
「汚職警官から告発があったわ。青の死神は現在、ハムエッグの監視下にあるメイ、炎魔シャクエン、瞬撃のアンズを殺害するためではなく、誤解を解くために行動していると」
「ご存知だったのですか?」
軍曹が目を見開く。ラブリは、「タッチの差よ」と電話を示した。
「あなたの報告が決して遅かったわけじゃないわ。にしても汚職警官は何がやりたくってわたくし達みたいなのを焚き付けたのか、軍曹、分かる?」
軍曹は急に尋ねられてしどろもどろに返す。
「それは……、恐らくこの情報自体が幾つかのブラフであり、これを基にしてどれだけの組織と人間が動くかをハムエッグがモニターするためと思われます」
「あら? 分かっているじゃない」
ラブリは執務椅子に深く腰かけて声にする。
「正確には、ハムエッグは問いたいのよ。青の死神の有用性を」
「有用性、ですか」
「そう。波導使いは随分とぬるくなってしまったのではないか、という危惧。それはあなたも最近思っての事でしょう?」
炎魔の保護、瞬撃を殺さずにその大元に辿り着く。以前までのアーロンならばそのようなまどろっこしい真似をせずに殺していた。
「何かが彼を変えたのかもしれない、とハムエッグは思っている。だから、今回、ぶつけるべきは最強の駒」
軍曹が息を呑んで声にする。
「まさか、スノウドロップ……」
「そのまさかでしょうね。スノウドロップの真価を知らない人間だってこの街には数多い。ここいらで一回示すのもありだと思ったんでしょう。この街の真の支配者は誰なのか」
つまりハムエッグの術中にプラズマ団が神輿を担いだ結果になる。いや、前後関係で言うのならばプラズマ団のお膳立てにハムエッグが乗った、というべきか。
「……スノウドロップ。その力はあまりに強大で、一度解き放たれれば、この街は半壊してしまうとも言われている」
「噂ね。軍曹。わたくしだってスノウドロップがどのようなポケモンの使い手で、なおかつその噂に尾ひれがついていないとも判断出来ていない。つまるところ、この街で正確にスノウドロップの脅威を説明出来る人間はいないのよ。ハムエッグと波導使い以外はね」
「波導使いアーロンは交戦経験が?」
ラブリは頭を振った。
「分からないわ。話していないもの。いちいち言う? 自分はこの暗殺者と戦い、破ってきました、って。それは暗殺なんてものをまだままごとの範囲でしか理解していない素人がやるプレゼンよ。いい? プレゼンなんてプロの暗殺者はやらない。何人殺してきただとか、どの暗殺者と鍔迫り合いを繰り広げただとか、そういうのは無意味。重要なのはその暗殺者の腕と生き残ってきた強運。それだけなのよ」
ラブリの理論に軍曹は書類を叩く。
「では、どう致します、お嬢。このまま静観しますか?」
「いいえ。ホテルもこの賭けのレートに乗りましょう。ハムエッグはこう言いたいのよ。波導使いとスノウドロップ、どっちが勝つか見てみたくはないか? と」
恐ろしい賭けであった。ともすればこのヤマブキが崩壊しかねない賭け事だ。だがスリルがある。スリルがあるというのは重要だ。この背徳と悪逆の街で、スリルだけが等しく物事において物差しとなって存在する。
「軍曹。展開準備。コンディ、オレンジのまま職員達を待機させなさい」
ラブリは立ち上がり、書類を積んで窓の外を眺める。軍曹が挙手敬礼し執務室を去っていった。
「さて、どこまで見せてくれるかしら。青の死神。あなたって本当に最低のクズだから、殺しちゃうかもね。大切なものでさえも」