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毒使いの紫、瞬撃の一族
第三十二話「殺しの流儀」

「何だよ、むすっとした顔しやがって」

 カヤノの声に、「苛立ちもする」と応じてモンスターボールを看護婦に預けた。また違う看護婦だった。前よりも若い。

「前の看護婦はどうした?」

「ああ。ビデオに出るって件を斡旋されていてな。まぁ本人のやりたい方針でやらせればいいんじゃねぇかって事で、辞めた。今はその組織から斡旋されてきた若い子に頼んでいる」

「感心しないな。とっかえひっかえするのは」

「とっかえひっかえ出来るくらい、この街にはワケありの客が多いって事さ」

 カヤノは層の違う水を用意し、アーロンに検査する。アーロンは波導の眼を用いて言い当てた。

「上から、青、緑、黄色、赤だ」

「正解。波導の眼は衰えていないな。殺し屋続きでやばいってのは聞いていたが」

 カヤノの耳にも入っているらしい。アーロンは、「昨晩もそうだ」と口にしていた。

「殺しても殺しても湧いてくる」

「珍しいな。お前が愚痴かよ」

 愚痴りたくもなる。あまりにも多い。しかも腕に覚えがある、という妙な自負のせいで連中は中途半端な強さだ。正直なところ、強力な一人と戦ったほうがまだ疲れない。中途半端な強さが数人たかって来ればそっちのほうが面倒だった。

「ピカチュウのステータスもちょっと疲れが混じっているな。あんまし手持ちに無理させんな」

「俺とて最小限に抑えているつもりなんだがな」

「いっその事、協力すればどうだ? 炎魔、お前のところにいるんだろ?」

 目ざといカヤノにアーロンは言い返す。

「もう、炎魔にはそういう事をさせたくないんだと」

「お嬢ちゃんか」

 カヤノは喉の奥で笑う。アーロンは舌打ちした。

「笑い事ではない」

「いいや、面白いな、お嬢ちゃんは。この街で、一度人殺しに手を染めた奴に、もうさせないってのか。いずれお前も言われるんじゃないか? アーロンさんはもう人殺しをしないでいいんです、とか」

 カヤノは心底可笑しいのか腹を抱えて笑い始めた。アーロンは眉をひそめる。

「何であいつに指示されなければならない」

「お前としちゃ不本意だろうな。でも、言いそうだ」

 カヤノが笑っていると看護婦がモンスターボールを届けに来た。受け取って、「笑うだけならば馬鹿でも出来る」と立ち上がった。

「分かったって。すぐ怒るなよ。からかうのは悪かった」

 アーロンは再び椅子に座り、「時に、ヤシロ組に関しての事だが」と口火を切る。

「珍しいな。ヤクザもののことなんてどうでもいいと思っている性質だと考えていたが」

「ハムエッグから依頼だ。その子飼いの殺し屋を仕留めろ、と」

「毎日暗殺者と戦っているのによりにもよってヤクザの暗殺者を殺せって?」

 無茶だな、とカヤノは付け足す。その通り、無茶なのだ。

「ヤシロ組とは何度か取引相手になった事がある。俺個人としては、敵に回って欲しくない」

「そいつらが報復目的にまた殺し屋を買えば、結局いたちごっこだからな」

「今回、ホテルと組む事にした。俺はホテルに雇われた形にすれば、まだ緩衝材になる」

 その言葉にカヤノは目を見開く。ホテルの評判を知っていればまずしない提案だからだろう。

「お前、それは……。ハムエッグを敵に回すぞ?」

「ハムエッグはバランサーとして強力な殺し屋を消したいだけだ。ホテルと組むな、とは言っていない」

「ホテルに関しちゃ、ハムエッグだって不可侵だ。そんな屁理屈通用するか?」

「通用しようがしまいが、俺にはどっちにせよ道がない。ヤクザを敵に回してそっちの敵を作るか。あるいはハムエッグの機嫌を損ねるレベルで済ませるか。ハムエッグは面白くないだろうが、結局最終着地点は同じだ。何かで埋め合わせすればいい」

「そんな簡単なものかよ」

 カヤノは煙草を取り出して火を点けていた。煙い息を吐き出しながら、「場合によっちゃまずいぞ」と口にする。

「ホテルなんてハムエッグ以上に粘着だ。今回の見返りに炎魔の情報開示だとか言われたらどうするんだよ」

「開示してやればいい。もう廃業した殺し屋の情報に金を割くか、あるいはこれからの事に割くかくらいの頭は回るだろう」

「そりゃ、そうだろうが……」とカヤノも濁す。ホテルに関してはカヤノだって下手な事は言えない。

「ハムエッグを敵にするのは俺だけだ。あんたには迷惑をかけない」

「今この話を聞いているだけで充分に迷惑だよ、クソッタレ」

 悪態をついてカヤノは口にする。

「もし、だ。もし波導使いの秘密を知ろうとホテルが動けば?」

「その時は俺がホテルを壊滅させればいい」

「簡単に言ってくれるが、ホテルの兵力はヤマブキで二番目。ハムエッグの次だ。お前がハムエッグの子飼いだって思っているかもしれんぜ、連中は」

「誰にも与した覚えはない。そう思っているのならば誤解を解くチャンスだ」

 立ち上がるとカヤノが呼び止めた。

「おい、マジなのかよ。本当にホテルと組むって?」

「そうだが、何か」

「やめとけ。老婆心で言っている。ホテルに借りを作るな」

「だが俺一人でヤシロ組を敵に回せば、そっちだって危うい。組織立った行動と思わせてヤシロ組からは敵意を買わないようにする。ホテルには敵が多い。今さらだろう」

「そうだろうが……。ああ、クソッ。聞くんじゃなかったな」

 カヤノは顔を伏せて手を払う。

「今日の問診はもういい。ホテルがどう動くか全く分からんが、あんまり一組織に関わり過ぎんな。それこそ行き場を失くすぞ」

 忠告にアーロンは、「こちらの台詞だ」と返す。

「診療所もあまり人の出入りを増やすな。行き詰っても知らないからな」















「いらっしゃいませー!」

 メイの声が弾けてアーロンは渋い顔を作った。少なくとも今は見たくなかったお気楽な顔である。

「何ですか? あたしの顔に何かついていますか?」

「……いいや。空気を読む、という事を期待した俺が馬鹿だった」

「何ですか、それ!」とメイが非難する。アーロンはすぐさま二階に上がった。

 部屋に入るとテレビを見つめているシャクエンが視界に入った。アーロンは口を開く。

「今日は?」

「シフトが入っていないから」

「そうか」

 メイは勝手に喋ってくれるがシャクエンはそうではない。一度殺し合った間柄だ、どうしても無口になる。そうでなくとも殺し屋は無口だ。

「何か飯でも作るか」

 気分転換にしょうが焼きを作り始める。シャクエンはテレビの一点をずっと見つめて動かなかった。

「何か面白いのか?」

「別に」

 これで会話が中断されてしまう。アーロンは重苦しさを感じた。

「お前の手持ちはテレビが好きなのか?」

「〈蜃気楼〉もそうだけれど、私も、テレビは嫌いじゃない。勝手に喋ってくれるから」

 同じような理由だった。後から聞いた話だが、手持ちのバクフーンの名前は蜃気楼と言うらしい。炎魔は代々その名を受け継いだバクフーンを育てるのだという。

「馬鹿は、まだ下で仕事を?」

「もうすぐ終わるみたい。私は待ってる」

 メイとシャクエンの間に何か友情のようなものでも芽生えているのだろうか。アーロンには推し量るしかない。

「仕事は楽しいか」

 これではまるで久しぶりに娘と話す父親のようなぎこちなさだ。シャクエンは、「殺しよりかは楽しい」と応じる。どう返すべきか分からない。

「そう、か……。俺達の存在理由は所詮、人殺しに集約される。それよりも楽しいなら、いいんじゃないか」

 このような会話でもシャクエンからしてみれば随分と譲歩だろう。本来ならば口を利かなくてもおかしくはない。アーロンも話すのがあまり得意ではないせいで余計だった。

「……波導使いアーロン」

「何だ。炎魔」

 だから自然と相手とは戦闘状態のような声音になってしまう。このようなこう着状態を解いたのは入ってきたメイの無遠慮な声音だった。

「シャクエンちゃん! 待った?」

 シャクエンはテレビを消し、「別に」と応ずる。メイはシャクエンに抱きついた。アーロンからしてみればそれだけでも心臓が口から出そうなほどの驚愕だ。この娘は相手が殺し屋だと分かってやっているのか?

「寂しかったよー」

「……私も」

 シャクエンの返答にアーロンは再び驚愕する。一体この二人は何なのだ、と。

「あーっ、何でご飯作っているんですか。あたしだけのけ者にしようとして!」

「そんな意味はない。調理をすると気が紛れる」

 その言葉でアーロンとシャクエンの沈黙を悟ったのかメイは笑みを浮かべてアーロンの傍に駆け寄ってくる。

「やっぱり、話しづらかったですか?」

「分かっているのならば、こんな状態にするな」

「すいません。でも、何か弾むものもあるかな、って思って。あたしなりに」

「何が弾むというんだ。殺し屋同士で弾む会話なんてあるものか」

 メイは舌を出して再びシャクエンに擦り寄る。シャクエンは嫌そうな顔一つせずメイのされるがままだった。

「シャクエンちゃん、制服は普段着じゃないよ? 何か服でも買いに行こうよ」

 シャクエンが以前までと同じく制服姿である事にメイは疑問を発する。

「でも動きやすいし、慣れているから」

「オシャレしなきゃ! せっかく華の都にいるわけだし」

「やめておけ。炎魔シャクエンの噂は広まっている。派手な格好をされてこの場所が特定されたのでは元も子もない。そいつがこの部屋を爆発させたんだからな」

 攻め立てるようなアーロンの物言いにメイが聞き返す。

「アーロンさん、何か不機嫌ですね……。悪い事でもありましたか?」

「こちとら、お前らを引き取ってから悪い事しかない。寝る場所にも気を遣う」

 アーロンの恨み言にメイは、「でも、女の子ですし」と口にする。

「ならもっとつつましくいるんだな。あまりに無遠慮が過ぎるぞ」

 しょうが焼きを皿に盛り付ける。メイは早速箸を取っていた。その手を叩く。

「飯の準備をする間くらい待て」

「ううん……。アーロンさん、お母さんみたい」

 無視してアーロンは白米をよそって三人分の食事を用意した。メイが、「いっただきまーす」とがっつく。シャクエンは小さく、「いただきます」と言って食べ始めた。アーロンはメイをいさめる。

「上品に食え。下品だぞ」

「アーロンさん、本当にお母さんみたいですねー」

 メイの言葉を聞きながらアーロンは考えていた。この二人の存在がもし、ホテルに露見すればこちらとしては痛手になる。アーロンは釘を刺しておく事にした。

「これから取引先と会う。お前らは絶対に外に出るな」

「何でです?」

 頬張ってメイが尋ねる。そんな事も分からないのか。

「言ったな、今。取引先と会うから、だと。殺し屋にとって取引先と言えば、それは弱みを握られてはならない相手だ。お前らが出歩けばそれだけリスクも高まる」

「大丈夫ですって。あたし、トレーナーですし」

「根拠のない自信はよせ。プラズマ団を壊滅させたのは知らんが、お前程度では足枷になるからだと言っている」

 アーロンの言葉にメイはむくれた。

「酷い、アーロンさん。もしもの時は戦力になりますし」

「いいか? 余計な気を起こすなよ。絶対に外を出歩くな。俺が帰ってくるまで絶対だ。お前らの事が知れれば、面倒な事になる」

 メイは、「絶対ですか?」と聞き返す。

「絶対だ。ハムエッグのところにも行くなよ。ラピス・ラズリにも会うな。ウィンドウショッピングも今日はやめておけ」

 さすがにここまで言い含めて出るほど馬鹿ではあるまい。アーロンは早々に食事を済ませて外に出る事にした。ホテルのメインメンバーと会わなければならない。

「アーロンさんは外に出るのに?」

 反感の声にアーロンは視線を振り向ける。

「俺は仕事だ」

「あたしだって、部屋から出ないのは辛いですよ」

「炎魔と遊んでおけ」

 シャクエンは既に食べ終わっておりまたしてもテレビを観ていた。それほど物珍しいのだろうか。

「炎魔って言ってあげないでください。シャクエンちゃんって呼んであげてくださいよ」

「ちゃんはつけんが、努力はしよう」

 アーロンは下階に降りて店主にも言い含めた。

「馬鹿とシャクエンが外に出ないように気をつけてやってくれ」

「いいが、何でまた? 今日だけ駄目なのか?」

「今日だけだ。特に俺の後を追うな。絶対だぞ」

「……フリじゃないよな?」

「フリでも何でもなく、俺は大真面目に言っている。絶対に外を出歩かせないで欲しい。俺の後をつけようものなら酷い目に合うと念を押してくれ」

「何だかそこまで言われると逆に気になるな。どこへ行くんだ?」

「衛生局の重役と会う。その対談を目にされると困るんだ」

 嘘八百を並べて、店主を納得させる。企業の秘密ならば守る価値があると彼も分かったらしい。

「それはその通りだな。衛生局勤務も大変だねぇ」

「全くだ。暇がなくってな」

 これで店主の助けもあってメイとシャクエンが出歩く事はないだろう。

 アーロンは安心し切って外に出た。ホテルはヤマブキの東を仕切っているため、東側にある。

「もしもし、俺だ。ホテルと今回、作戦行動を共にするに当たって一度面通しを行っておきたい。ヤシロ組の殺し屋に関してだ」

 通話口の相手はホテルの受付番だ。

『よろしいですが、急を要するのですか?』

「今すぐにホテルミーシャの代表と会いたい。ヤシロ組の取引は今夜なんだ」

『なるほど。取り付けておきます。アーロン様ですね』

「助かる」

 アーロンはホロキャスターを切ってから一応、背後を振り返った。

 尾行はなさそうだった。


オンドゥル大使 ( 2016/03/23(水) 22:31 )