第三十一話「アサシンキラー」
「三人だ」
オウミの声にアーロンは耳を傾ける。
オウミは炎魔関連のごたごたから逃れ、結果的に現職の刑事の立場を守っていた。何を犠牲にしたのかはまだ分からない。あるいは自分による裁きだけで今回は情状酌量の余地があると思われたのかもしれない。お歴々がその程度で許すとも思えなかったが。
「聞いてるのかよ、波導使いさんよ」
「ああ。その三人がどうした」
「ホトケが上がった。三人だ」
それは奇妙だった。二人しか殺していない。
「三人も殺した覚えはない」
「その通り。二人は確実にお前のもんだが、もう一人を殺したのは誰なのか分からない。腹に大穴が開いていたらしいが」
「そんな攻撃を持っていない」
オウミは紫煙をくゆらせて、「だよな」と答える。片腕になっても喫煙はやめられないのか。
「何にせよ、オレが炎魔を引っ込めてから数日、暗殺者の出入りが多いのは分かっているよな? それも全部お前狙いだ。波導使いさんとしちゃ、毎日殺し合いは疲れるんじゃねぇか?」
疲労は溜まっている。だが向かってくる殺し屋は手を緩めてはくれない。
「相手が全力で来るのならば叩き潰すまでだ」
「お強いねぇ。ハムエッグに頼んで暗殺者の間引きくらいやってもらえばどうだ?」
「前回で出費がかさみ過ぎた。しばらくはハムエッグを頼れない」
暗にオウミのせいだ、と言っていたがオウミは気に留めた様子もない。
「そうか。まぁハムエッグに頼るのは最終手段だな」
暗殺者はどれも本気だ。全員が本気で自分を殺そうとしてくる。幸福なのは未だに根城が割れていない事くらいだ。家ならばまだ落ち着ける。
下階に炎魔がいるオマケ付きだが。
「家の修繕はきっちり出来たんだろ?」
家は前回と同じくトラックが突っ込んでいる広告塔でオーダーした。室内も同じくだ。
「あんなに目立つのに、誰も襲ってこないんだな」
「あんなところに居を構えているとは思わないんだろう」
「違いない」とオウミは笑う。
「どちらにせよ、三人目を殺した暗殺者に心当たりは?」
「ない。これだけ流入が激しいと誰がどんな殺し屋かも分からない」
アーロンの素直な感想にオウミは、「これだけ混沌としてりゃあ」と呟いた。
「素人集団がまた巻き返しても分からないな」
プラズマ団の事か。しかし今のところ目立って活動はない。
「プラズマ団が動き出せばまた情報が欲しい」
「そいつは金次第だ。こっちだって誰かさんに片腕を潰されたんでな。普段やっていた事が出来なくなっちまった」
恨み言を受けつつアーロンは考える。この状況下で殺し屋を殺す事で利益を得る何者か。オウミの炎魔によってほとんどの暗殺者は一旦退いた形となった。炎魔が退き、今度は腕に覚えのある暗殺者が入ってきたが炎魔ほどではない。しかし如何せん数が多かった。
「アサシンキラーなんて一番儲からないやり方だ。まぁまだ一人だし、確定じゃないがな」
殺し屋殺し。暗殺者の中ではそんなもの意味がないとして切り捨てる人間もいる。
「もしアサシンキラーだとして、俺にどうしろと?」
オウミは一拍挟んで、「どうもしねぇよ」と答えた。
「命令権はないし、オレはもうただの刑事。いやただの悪徳刑事か。こうしてお前にたまに気紛れで情報を流すだけだ。炎魔の、シャクエンも失っちまったからな」
オウミにはもう後ろ盾はない。いつ殺されてもおかしくはなかった。
「俺は自分で信じた道を行くだけだ」
アーロンが立ち上がる。オウミも看板を挟んで立ち上がったようだった。
「お前はいつもそうだからな」
「もう用がないのならば俺は行く」
「ああ。達者でな。波導使いさんよ」
封鎖していた路地を出てアーロンは路地番のリオに金を掴ませた。
「アーロンさん。お疲れのようですね」
リオが金を数えながらそう口にする。傍から見ても疲れているように映るのだろうか。
「そうか」
「そうか、じゃないですよ。おれに出来るのならば何か力に――」
「お前は路地番だ。それをまずしっかり仕事しろ。殺し屋の心配なんてするもんじゃない」
アーロンの声にリオは何度か言葉を引っ込めたがやはり口にする。
「メイ、彼女の事はアーロンさんに任せていいんですよね?」
任された覚えはないがどうせメイには行くところがない。それに彼女の持つポケモンと無意識下での行動にはまだ謎が多い。出歩かせるわけにはいかない。
「ある程度は、な。それ以上の行動を束縛する事は出来ない」
「……おれは、そのアーロンさんほどの強さならば、彼女を守れるんだって信じていますけれど」
「買い被るな。俺はただの殺し屋だ」
自分に勝手な装飾をつけるのはやめたほうがいいと忠告する。リオは、「でも強いですよ」と返した。
「負けなしでしょう?」
「勝ち負けじゃない。命のやり取りだ。負けは死を意味する」
アーロンの語調にリオは、「そういう世界なんですよね……」とこぼした。
「もうおれも、裏に来ていると思ったほうがいいんでしょうか」
「心がけはしておけ。そのほうが後悔しなくて済む」
リオは金を懐に入れて、「そういえば」と言葉にした。
「ヤシロ組の集金が今夜あるそうです」
ヤシロ組はヤマブキでも一二を争う裏組織である。主にヤマブキの東方を任されておりその自治範囲は広い。
「それが? 俺にはヤクザの集金なんて興味はない」
「それに使われている殺し屋ってのがいるらしいんですよ」
ヤシロ組ほどならば殺し屋を子飼いにしていても何ら不思議ではない。リオがわざわざ言葉にするという事はその殺し屋が何らかの曰く付き、という事なのだろう。
「……新参か?」
「雇われみたいですけれど、女の子だって噂です」
少女の暗殺者。悪い予感しかしなかった。
「炎魔を下した次もまた少女か」
「その殺し屋、結構な手だれとの事で。他の暗殺者が仕掛けようものなら一瞬で、らしいですよ」
リオが首を掻っ切る真似をする。アーロンは息をついた。
「興味はないな」
「ですけれど……。ああ、もう言っちゃいますね。ハムエッグさんからの伝言です」
ここまでまどろっこしい真似をさせたのはそのせいか。アーロンはため息をつく。
「最初からそう言えばいいものを」
「だってアーロンさん、絶対嫌がるじゃないですか」
好ましくはない、と応じてアーロンは話を聞こうとする。この路地ではまだ人通りがあった。
「歩きながら話そう」
リオが了承し、アーロンは歩き出す。
「ヤシロ組が最近仕入れた殺し屋です。あまりに強いために街のバランスを崩しかねないとしてハムエッグさんが執行命令を出しましたが、仕向けた殺し屋全員が返り討ち。こうなってしまえばもう、アーロンさんに頼むしかない。しかしハムエッグさんはどうしてだかおれみたいなのを介してこれを伝えたい、との事で」
「妥当だな。ハムエッグにでかい貸しが出来ている。その状態なのにバランサーなんかを頼んで俺にすぐに借りを返して欲しくないんだろう」
恩着せがましいポケモンだ、とアーロンは感じる。
「情報は、ですね。かなり強いらしいです」
「それは情報とは言わないな」
「えっと……、何のタイプの使い手かも分からないまま、今までの人達が殺されちゃっているんで、その外見的特徴も危うくって……」
リオの言い訳にアーロンは、「そんな不確定要素のまま」と口にする。
「俺にそいつを消せと?」
「集金時には必ずついて回っているはずなんです。だから集金の時しか狙えません」
ヤシロ組がどのような経緯とルートで成り立っているのか興味はないが、その集金の時以外では仕掛けられないのだろうか。
「わざわざささくれ立っている集金の時に仕掛けるメリットがない」
「でもそれ以外じゃ、どこにいるのかも分からない殺し屋です。仕掛けようがないんですよ」
「だったら仕掛けなければいい。それが平和的解決策だ」
「アーロンさん。ハムエッグさんの命令ですよ?」
「俺は奴の下についた覚えはないんでね」
リオは困惑する。自分ならば引き受けると思ったのだろう。生憎と何でも依頼を受けていれば身体が持たない。
「俺以外の殺し屋に頼め。ラピス・ラズリを使うといい」
「スノウドロップを使えば大事になるのは分かっているでしょう? 今狙われている波導使いならば、大きな事にはなりません」
「それは俺に、狙われる要因を増やせと言っているようなものだ。ヤシロ組の依頼で何度か動いた事もある。ここで意味もなく裏切るのは得策ではない」
ただでさえ首を狙って集団で来る殺し屋がいると言うのに。アーロンが依頼を受けないでいると、「受けないとホテルが買い取る、と言っているみたいです」とリオが付け足した。
アーロンは足を止める。
「ホテル? ホテルミーシャの事か?」
リオは言い辛そうに声にする。
「ええ、そうです。ホテルの管轄に入れば、もうどうしようもないでしょう? ハムエッグさんはそれを警戒して、アーロンさんに頼んでいるんですよ。ホテルは、ハムエッグさんとこの街を二分する組織ですからね」
リオとて又聞きに違いない情報だったがアーロンからしてみればホテルの動きに関しては思うところがあった。何よりもホテルならば、ここ最近の暗殺者の流入原因を突き止められるかもしれない。
「……分かった。依頼を受けよう」
リオが顔を明るくする。
「本当ですか?」
「ただし、今回ホテルとの合同任務とする」
その言葉にリオの顔からさあっと血の気が引いていく。
「いや、あのそれは……」
「お前やハムエッグに迷惑はかけない。俺個人で、ホテルとの合同作戦を取り付ける」
アーロンの言葉にリオは顔を伏せた。
「……すいません。何も出来ていないですよね、おれ」
「よくやっているさ。この街に来て、ルールを知ってまだ半月レベルにしては、な」
アーロンの言葉にリオは、「ではサインを」と書類を差し出した。アーロンはサインをしてからリオに返す。
「ハムエッグに頼らず、まずはホテルと約束を交わす。それでこっちの仁義は通る」
アーロンはそのまま立ち去った。リオは、というと今度は女の客引きに精を出していた。あの青年も大変だな、とアーロンは感じていた。