MEMORIA











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炎魔の赤、灼熱の少女
第二十四話「最強の暗殺者」

「ハムエッグに繋いでくれ。大至急だ」

 アーロンはホロキャスターに声を吹き込んでいた。ハムエッグの部下が電話を取っている。今はその一瞬すら惜しい。早く変われ、と再度通告する。

「ハムエッグに直接報告するぞ」

 そう脅すと部下はすぐにハムエッグへと通話を繋いだ。アーロンは手短に用件を話す。

「ハムエッグ。お前の渡したリストの中に、奴はいなかったぞ」

『主語が抜けているな、アーロン。何の事だ?』

「炎魔だ。奴の情報はどこにも載っていなかった。……握り潰したな?」

 確信を持って声にするとハムエッグは、『そちらよりも報酬が高いほうを優先させてもらった』と語る。

「報酬の高いほうだと?」

『青の死神狩りには他の暗殺者も躍起になっているとは伝えただろう? わたしが言わなかったのは、その殺し屋共が昨晩の一つの事実をきっかけにしてほとんど撤退した理由だけだよ。それ以外は言った』

 確かに殺し屋が撤退したとは聞いた。アーロンは自分の迂闊さを呪う。理由をきっちり聞いておくべきだった。

「理由は、炎魔だな。あいつが表面上出てくれば、それは殺し屋共にとって見ればイレギュラーだ」

『ご明察。ジュジュベも言っていたと思うが』

 ジュジュベも炎魔が動き出しているとは言っていたが事実だとは思わなかった。それに一両日中に狙われるなど。

「なんて事だ、ハムエッグ。家が全焼したぞ」

『そりゃ悪い事をしたな。もっと頑丈な根城を用意してやろう』

「その前に生きていたら、だがな。ハムエッグ、炎魔の情報を寄越せ」

 単刀直入な物言いにハムエッグは、『いいのか』と試す。

『高いぞ』

「いくらでも払ってやる。死ねば地獄に金は持っていけないからな」

 ハムエッグはこの状況も読んでいたに違いない。ハムエッグが炎魔の情報を読み上げる。

『今次の炎魔はまだ齢十四。歳若い炎魔だ。暗殺稼業を始めたのは二年前だな』

「誰が飼っている? そいつを叩く」

『生憎だが、その飼い主に高値で情報の阻害を頼まれているんでね。それ以上は言えないな』

「……三十」

『五十でも足りないところだよ。百』

「足元を見過ぎだ。八十」

『……まぁいい。君とわたしの仲だ。八十で手を打とう。飼い主は君もよく知る人物だ。だからこそ、口止め料を払ってもらっていたんだが』

「もったいぶるな。早く言え」

『炎魔の雇い主、いや飼い主はオウミだ』

 その結論にアーロンはオウミが今回の暗殺者の戦いに一枚噛むと言っていたの思い返す。しかしここまで早くだとは予想外だった。

「オウミが? だがお歴々の反発があったはずだ」

『だからこそさ。奴は昨晩、お歴々の雇った暗殺者を根こそぎ殺してみせた。要は炎魔という力の誇示と一番乗りは自分だという、デモンストレーションだな』

 オウミらしいと言えばそうだが、今回は命がかかっている。アーロンは波導を読んで周囲を警戒した。今のところ敵意の人影はない。

「オウミ自身を叩くのは、現実的じゃないな」

『オウミは言っても現職の刑事だ。その立場が奴を守っている。さて、波導使いアーロン。どうする? 最強の殺人鬼、炎魔とまともに渡り合うしか、方法は残されていないが』

 ハムエッグも内心では見たいのだろう。自分と炎魔の直接対決を。アーロンは声を吹き込む。

「方法は探る。情報が必要ならばまた呼ぶ」

『生きていれば、な』

 通話を切り、アーロンは自分の体内の波導を探った。攻撃は受けていない。とりあえず鼓動を鎮め、脈拍を安定化させる。今考えるべきは如何にして炎魔を倒すか。それだけだ。

「……嘘ですよね」

 力ない声が考えの邪魔をする。アーロンは顔を上げていた。メイはどこかすがりつくような声音でアーロンに問い質す。

「シャクエンちゃんが暗殺者だとか、嘘ですよね?」

「本当だ。あれはこの街でも最強を誇る暗殺一族の末裔、炎魔だ」

 その言葉にメイは肩をびくつかせる。

「炎魔一族は代々、ヤマブキを拠点に暗殺業を行ってきたが数年間音沙汰がなかった。そのうち炎魔は滅びたのだと、誰もが噂するようになったがその実態が不明だった以上、生きていたという事なのだろうな。それだけスノウドロップや俺のような暗殺者が幅を利かせられるようになったんだが、その末裔がお前を盾にして俺に向かってくるとは思わなかった」

「違う……。シャクエンちゃんはあたしを利用なんて……」

「利用されたんだ。認めろ。最初から奴は、お前諸共俺を殺す気だった」

 メイは顔を伏せる。アーロンはピカチュウのコンディションを探る。電撃はいつも通りに発動出来る。問題なのは電撃による攻撃よりも相手の炎のほうが勝っていた場合。床を捲れ上がらせて防いだが、あの炎には意思が宿っているようだった。つまり本体への直接攻撃が最も有効であると。

「ピカチュウ。接近は危険だが、長丁場になれば相手に有利だ。一気に決めるぞ」

 電気のネットで奇襲を仕掛け、本体である炎魔を抹殺する。それしかない。アーロンが立ち上がろうとするとメイがコートを掴んだ。振り払ってもメイは諦めずコートを掴む。

「いい加減にしろ! 死にたいのか!」

「シャクエンちゃんは人殺しなんてしません」

「いつまで駄々を捏ねる気だ。殺人鬼に感情なんてない」

「それでもっ! あの子は嫌だったんですよ! 嫌がっていたんです!」

 喚いた声にアーロンは言葉をなくす。メイは涙を目の端に浮かべていた。

「……何があったのかは知らないが、炎魔は名の知れた殺人鬼であるのは事実だ」

「でも……。アーロンさんとシャクエンちゃんが戦うなんて……」

 耐えられない、とでも言うような声音にアーロンはメイの肩に手を置く。

「なら、ここで息を殺していろ。奴の狙いは俺だ。真正面から俺が向かえば、お前まで殺そうという気はなくなるはずだ。それでも不安ならハムエッグを頼れ」

 メイの手に自分のホロキャスターを握らせる。発信履歴からハムエッグへの直通があるはずだった。

「ラピス・ラズリはこの街で唯一炎魔に有効な殺人鬼だ。ハムエッグに仕掛けるほどオウミも馬鹿じゃない。俺を殺せれば御の字、レベルに考えているはずだ」

 メイは首を横に振る。

「嫌です、嫌……。あたし、こんなの耐えられません!」

「なら、さっさと逃げろ。ハムエッグに逃走ルートでも聞いておけば、逃げ切れるはずだ」

「アーロンさん、シャクエンちゃんを殺す気ですか……」

 震える声にアーロンは断じる。

「そうだ。殺さなければ殺される。雇い主を殺せば大方収束するが、炎魔は特殊だ。一度依頼された仕事は完遂するまでやめない。今回は殺し合うしかないだろう」

「何でっ! 何で、そんな簡単に殺すなんて!」

 感情の堰を切ったようなメイの涙にアーロンは無情の声を返すほかない。

「それが俺達の存在理由だからだ」

 アーロンは駆け出した。メイが無茶をしない保障はなかったが今回ばかりはそれを祈るしかない。

「湿度は……生憎感電を狙えるほどではないか」

 波導を読んでアーロンはシャクエンを探そうとする。しかしどこにもいない。自分達を追ってくるのならば近くにいるはずである。波導感知能力を最大値まで上げてアーロンは周囲を精査する。その瞬間、重い殺気がのしかかかってきた。空を仰ぐ。真っ逆さまに降りてきたのは先ほどの炎ポケモンだ。炎の腕を振り上げた相手にアーロンは飛び退る。

 先ほどまでアーロンの頭部があった空間を引き裂いた。

 アーロンは返す刀でピカチュウの電撃を放つ。しかし相手のポケモンはすぐに空間の中に掻き消えた。まさしく透明になったとしか思えない。景色と一体化し、相手の姿が視界から失せる。

「バクフーンだな。ジョウトの初心者向けポケモンだ。熱を操り、陽炎を使って相手に不可視の攻撃を仕掛けるという」

 今回の能力もその一端だろう。バクフーンは見えない間に自分達へと肉迫するに違いなかった。アーロンは波導を読み、バクフーンの位置を探ろうとする。しかし、バクフーンの隠密能力は伊達ではない。波導を読み取る眼でも完全な位置は追えなかった。

「だが、大体の攻撃位置は分かるぞ」

 後退すると炎が巻き起こりアーロンを焼こうとする。アーロンはピカチュウに「エレキネット」を指示した。

「トレーナーは上か!」

 電気の網で金属を巻き上げ徐々に上へと上がっていく。屋上に辿り着いた時、シャクエンは待っていたとばかりに動きもしなかった。

「直接対決、と行くか」

 間合いに入ればこちらの勝利は揺るぎない。しかし、相手の間合いがまるで分からなかった。見えない炎のポケモン相手では接近は危うい。

 波導を読む。シャクエンの周囲は炎熱が包んでおり、波導感知が弱まった。

「……厄介な」

 だが今仕掛けない意味はない。アーロンはすぐさま駆け出した。シャクエンが手を繰る。

「来て、〈蜃気楼〉」

 呼ばれたバクフーンが突如として眼前に立ち現れる。先ほどまで地上にいたのにここまで素早いとは思っていなかった。アーロンはピカチュウに指示を出す。

「麻痺させるぞ! 電磁波」

 ピカチュウが巻き起こした電磁波の攻撃をバクフーンはするりと回避してアーロンへと接近する。ポケモンと人間ではリーチが違う。その炎の拳がアーロンの腹部へと叩き込まれようとした。

 咄嗟にアーロンは跳躍する。シャクエンの背後を取れば、と感じたが着地した箇所から炎が巻き起こった。すぐさまピカチュウに電流の壁を張らせてその上をもう一度跳ね上がる。どうやら時限式の炎の地雷を仕込んでいるらしい。シャクエンの周囲の空間の波導が安定していないのはそれも起因しているのだろう。

「時限爆弾の炎と、素早く動き、眼に見えない炎タイプか。それで本体に接近させない戦法。なるほど、最強の名は伊達じゃないな」

 シャクエンは無感情に振り返り手を掲げる。バクフーンの襟巻きから放った炎が二手に分かれ、挟み込むようにアーロンへと襲いかかる。アーロンは後退して次のビルへと飛び移った。だが、その瞬間に先ほどを同じ感触が足元から湧き上がる。

「まさか、既に!」

 ピカチュウが咄嗟に放った「エレキネット」の電気ワイヤーがバクフーンを絡め取る。バクフーンが振り解く前に別の場所へともう一つ放ち、アーロンは難を逃れた。ここいらのビル周辺は既に炎魔の領域だ。恐らくビルの屋上全てに時限式の炎が仕込まれているに違いない。このままでは消耗戦どころか、相手に近づく事さえも出来ない。

 アーロンは歯噛みする。やはり最強の暗殺者にとってしみてれば新参の自分など児戯にも等しい。

「スピードで圧倒しようにも相手の手数が多過ぎる。それに不可視のポケモンを相手取るのには俺のピカチュウでは射程が足りない。相手に気取られずに潜り込むとすれば……」

 アーロンは瞑目する。記憶の中の自分が告げた。


オンドゥル大使 ( 2016/03/05(土) 19:14 )