MEMORIA











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炎魔の赤、灼熱の少女
第二十二話「思い出」

 タワーから一望する景色は今まで見た事のないほどの一級品だった。

 高層ビルよりもなお高く、俯瞰する立ち居地のタワーはまさしくこの街の象徴に相応しい。

「た、高いね……」

 少しばかり浮かれていたメイは声が上ずってしまう。シャクエンは、「うん、高い」と落ち着き払っていた。

「シャクエン、ちゃんはこういうの平気なほう?」

「仕事柄、高いところとか危ないところにはよく行くから」

 仕事、と言われてしまうと制服を纏った仕事とは何なのかと勘繰りたくなるがメイは黙っておいた。

「そうなんだ……。あたし、こんな高いところは始めてかも」

「イッシュにもなかった?」

 シャクエンの疑問にメイは、「そうだね」と応じる。

「イッシュではヒウンシティが一番の都会だったけれど、どれも同じ高さのビルばかりだから。こんな風に一個頭飛びぬけたみたいなのはなかったかな」

 シャクエンは、「そう」と素っ気ない。メイは質問を重ねる。

「シャクエンちゃんは、カントーのどの辺に住んでいたの」

「ヤマブキ」

「この街なんだ……。ねぇ、この街って変じゃない?」

 かねてより思っていた事をぶつける。シャクエンは全く動じずに、「変?」と聞き返す。

「そうだよ。だって危ない人達がその辺にいて、それでちょっと視点が変わればその危ない世界に入っちゃうなんて、異常だよ……」

 アーロンの前では決して言えなかった。言ってはならない気がしていたのだ。彼は、少なくとも自分を助けるためにプラズマ団に立ち向かった。たとえ命のやり取りは見過ごせなくとも彼の行為自体は勇気に溢れたものだ。だから糾弾は出来ない。しかし、メイにはその在り方さえも異常に思えた。誰が彼にそんな生き方を強いているのだろう。彼は自分と同じ姿の男だと言っていたが。

「異常、かな。私はよく分からない。ずっとヤマブキで住んでいたから」

「ご両親は?」

「死んだ。二年前に」

 聞いてはいけない事に踏み込んだ気がしてメイは謝ってしまう。

「ゴメン……。あたし、無遠慮だよね」

「そんな事はないと思う。知らなければ聞くしかないし」

 シャクエンは優しいのか、それともその部分さえも欠如しているのか分からなかった。ただ自分といる事で不愉快には感じていなさそうである。

「シャクエンちゃん。望遠鏡があるよ」 

 メイがその手を引いて望遠鏡まで駆け寄る。シャクエンは、「どこまで見えるの?」と尋ねた。

「うんと遠くまで見えるんじゃないかな。えっと、二百円か……」

 ごそごそと財布を取り出しているとシャクエンが先に硬貨を入れて望遠鏡を覗き始めた。メイは遅れながらに訊いていた。

「どう? 遠くまで見える?」

「ヤマブキの終わりまで見える。この街に、終わりなんてあったんだ」

 何を当たり前の事を言っているのだろう。メイはおどけてシャクエンの肩を突いた。

「もう、大げさだなー。どんな街だって終わりくらいあるよ」

「大げさ、なのかな。私、この街には終わりがないと思っていた」

 シャクエンの瞳に一瞬翳りが映る。それは両親を失ったものから来るものなのか、それ以外なのかは分からなかった。メイはぽつりぽつりと話し始める。

「あたしは、その、両親がいるから。だから、シャクエンちゃんの苦しみの半分も分からないんだと思う。平和ボケしているって多分思われるかもしれないけれど。でも、シャクエンちゃん。あたしは、そういう平和ボケってね、悪い意味ばかりじゃないと思うんだ。そりゃ、戦場の事は分からないし、そういう境遇の事も分からないけれど、あたしにだけ分かるのはあたしの事。他の誰にも分からないのはあたし自身の事だと思ってる。それってさ、譲れない、って事なのかな、って」

 メイの声音にいつの間にかシャクエンが目線を振り向けていた。メイの話を熱心に聞いてくれていたようである。

「なんてね」とメイは舌を出した。

「あたしなんかが分かった風な口利いちゃった。アーロンさんに怒られちゃうな」

 メイがシャクエンと変わって望遠鏡を覗く。ヤマブキシティの終点どころか地平線まで望めた。思わず声が出る。

「うぉっ! すごい! この望遠鏡すごいね!」

 メイの浮かれた声にシャクエンは、「そうだね」と静かな調子だった。シャクエンはこの景色を見てもこの街に果てがある以外に感じられなかったのだろうか。そんな当たり前の事を、こんな特別な場でようやく――。自分にはシャクエンの痛みの肩代わりは出来ないが分け合う事ならば出来る。メイはシャクエンの手を引いていた。

「行こ。今度は記念写真。せっかく昇ったんだしとことん楽しもうよ」

 シャクエンと共に記念写真を撮る。しかしシャクエンは一度として笑わなかった。もっと笑えばいいのに、とメイは感じる。もしかすると楽しくないのだろうか。

「あたしといても、楽しくない?」

「ううん。そんな事」

 シャクエンは淡々と答えるものだからそれが真意かどうかは分からない。

「お土産買って降りようか」

 メイの提案にシャクエンは袖を摘んだ。

「もう少しだけ、この街に終わりがある事を感じていたい」

 シャクエンはどうしてだかこの街の終わりにこだわっているようだった。メイは頷く。一時でもシャクエンが何かを忘れられるのならばそれでいい。

「よっし! 今度はあたしのおごりで望遠鏡を覗こう!」


オンドゥル大使 ( 2016/02/26(金) 21:22 )