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炎魔の赤、灼熱の少女
第十八話「地獄への道連れ」

「か、会長……。炎魔、というのは」

 付き人の一人がようやく口を開く。会長と呼ばれた恰幅のいい男は、「ああ」と応えた。

「ヤマブキの都市伝説だ。カントー犯罪史上、最強の殺し屋。殺人鬼、炎魔。その殺しの手口、手際から名付けられた二つ名だよ。炎のポケモンを操っているのは分かっている。その人物像までも分かりかけた事があったがそこに至った人間は皆、焼け死んだ。殺人一族と言えばいいのか、代々女が襲名するという以外は一切不明の炎の暗殺者。その名を口にするだけで怖気が立つ。奴は解き放ったのだ。この街に、二つの死神を」

 男の手が微かに震えている。青の死神と炎魔。その二つがぶつかり合えば何が起こるのか想像もつかなかった。最強の暗殺者二人を殺し合わせるなど誰が思いつくだろう。それ以上に不気味なのはオウミという男でもあった。

「何者なんです? 警察関係者、という言葉が飛び出しましたが……」

「現職の警察官だ。ヤマブキシティでも有数のここのキれる刑事だ」

 男の声に付き人はより恐怖に頬を引きつらせる。

「そんな男が何故……」

「炎魔を、か。私にも推し量るほかないが、炎魔はその血族に秘密があると聞いた事がある。もしやオウミ、その血の何かを突き止めたのではないか。だからこそ、このような強攻策を取れた」

 だがオウミの仕出かした事は強攻策というにはあまりに無謀だ。

「現職の警察官が、やっていい範囲を超えていますよ」

「我々とて突かれれば痛い腹を晒したも同義。殺し屋、暗殺者、なんていうものは裏で使うからこそ意味がある。オウミが告発したところで揉み消せる自信はあるが、本当に恐れるべきなのはオウミの有する炎魔が、大衆に知れ渡る事だ」

 ヤマブキシティを地の底まで恐怖させる殺人鬼。その存在を一警察官が握っている。一般市民からしてみれば地獄とはその事だった。

「……オウミ、逃げ切るつもりでしょうか」

「もしもの時は高飛びくらいは考えていそうだが、それにしてはやり方がまどろっこしい。本当に青の死神とやり合うつもりなのか?」

 男の疑問に付き人は頭を振る。

「冗談でも青の死神とやり合うなんてこの街で生きていれば言えないっていうのに……」

「冗談ではないから、言えるのかもしれんな。オウミを殺すにしても少しばかり慎重にならざるを得なさそうだ。炎魔がどこまで損得勘定で動くかまでは予測がつかんが、主人を殺されれば普通、復讐の機会を練るか鞍替えするか、だ。その報復を恐れれば炎魔に手出しは出来ん。オウミめ、考えてはいる」

 忌々しげに放たれた声がこの状況の難しさを物語っている。しかし、オウミは何を根拠にここでデモンストレーション紛いの事を行ったのか。もっと目立たないやり方はある。

「オウミが覇権を狙っているのは」

「あの男の人格上、あり得ん話だが、今までと動き方が明らかに違う。オウミは中立を守ってきた悪徳警官だからこそ、この街で生存競争に足を突っ込まなかった。ここに来て危ない橋を渡る理由はこっちが知りたいくらいだ」

 少しずつではあるが帰っていく財界の人々を目にする。だが誰もが顔を伏せ、歯の根が合わないようであった。それほどまでに炎魔とは恐れられているのだろう。

「女である事と炎のポケモン使い。それ以外は一切不明の殺し屋。どうしてオウミについた」

 自分につけば、というような言い草に付き人は深く瞑目した。

















「オウミ! お前、何て事を」

 階段を降り切ったところで声をかけられた。知った顔にオウミは吹き出す。

「んだよ、お前かよ。何て事をとはご挨拶だな」

 構わず歩き出そうとするオウミに追いついて男は声にする。

「貴様、何をしたのか分かっているのか? ご老体だけならばともかく、この街の重役全員を敵に回したぞ。もし、今回、炎魔が敗れるような事があれば生きてはいけまい!」

「どっちにせよ、炎魔が死ねばオレもお役御免だ。どうせ短い命ならぱあっと咲かせようって気分が分からないかね」

「馬鹿者! そんな事に炎魔を使ったお前のやり方が危ない、と言っているんだ!」

 オウミの行く先を塞いだ男の前に立ち止まる。

「退けって。お前には迷惑かけねぇよ」

 歩み去ろうとすると手首を掴まれた。オウミはおどける。

「こいつぁ驚きだ。あの映像の後にオレの手を掴むなんて」

「……同期のよしみで言っている。オウミ、これ以上闇に染まってどうする?」

 男は警察に同期で入った人間だが出世コースで既に将来の確約された人間であった。対して自分は汚職警官。その差が浮き彫りになる。

「賭けてみたくなったんだよ。オレの人生って奴を」

「賭けのレートが酷過ぎる。今ならば退けるぞ」

 これ以上進めばもうその先はないという口ぶりにオウミはほくそ笑む。

「嬉しいねぇ。まだオレの行く末を心配している奴がいるってのは」

 拳が飛んできた。頬を捉えた拳にオウミはよろめく。

「オウミ、こっちは本気で言っているんだ!」

 肩を荒立たせた男の声にオウミは顎をしゃくる。

「……退けよ。ここでお前に殴られていたんじゃ、お歴々に吐いた言葉が嘘になっちまう」

 男はハッとしてオウミに道を譲った。オウミは振り返って手を払う。

「心配すんな。青の死神は勝てねぇよ。オレの炎魔にな」

「その炎魔だって、まだ確定ではない。お前のでまかせだと思っている奴だっている」

「そいつらにだってじきに分かる。この街に炎魔が居ついているって事が。どこから上がるのか分からない狼煙を怯えて過ごすといい」

「オウミ! 最後だ。本当に最後に言っておく。……無様に這い蹲って死にたくなければ、今だぞ」

 温情が滲んだ声にオウミはフッと笑みを浮かべる。

「もう戻れないのはお互い様だよ。同期って言ったって差がついちまったもんだ。お前の吸っている煙草は美味いか? こっちはいい味するぜ? 一箱五百円ぽっちだがな」

 オウミは懐から煙草を取り出して火を点ける。男にはそれ以上の言葉はなかった。オウミは歩き出す。

 もう地獄への道は始まっていた。


オンドゥル大使 ( 2016/02/20(土) 21:51 )