最終話「アオイヒカリ」
黒白の一閃はイベルタルを完全に静止させていた。
体内の波導回路が全て焼き切られ、イベルタルはその生命活動を停止していた。ゼロはおっとり刀でイベルタルに波導を与えようとする。
「我が波導が……途切れた、だと」
イベルタルだけではない。今の黒白の雷を目にした自分にも変化が生じていた。
波導を見る眼が正常に動いてくれない。青い闇が自分を覆い尽くそうとする。
「離れろっ! くそっ! どうしてだ、我の眼が……。アーロン、貴様ァ!」
喚くゼロとは対照的にアーロンは波導を棚引かせていた。
焔のような波導は消え失せ、白に染まった身体も今は解けている。
「まだ生きているのか。しぶといな、お前は」
「死んで、堪るか……!」
その双眸に無理やり波導が通される。フェイズ2状態に移行した波導の眼を駆使して、ゼロが歩み寄ろうとしてくる。
「残念だったな、アーロン。我を、殺し尽くせなかった。イベルタルはもう使えないかもしれないが、我は生きている! お前の波導を貰い受け、その波導で生き永らえる。さぁ、波導を……。波導を寄越せ」
その手が急速に枯れ果てたかと思うと紫色の結晶が纏わりついた。波導使いの終わりだ。
ゼロはそれを振るい落とそうともがく。しかし、身体の内側から発生する波導の終わりを誰も解く事は出来ない。
「波導使いになったのならば、誰もが覚悟する終焉だ。お前の波導は、もう尽きた」
「そんなはずはない! 我は、無限に波導を吸収出来る! そうだ、その足元にある、その花でもいい! 花の波導を寄越せ! 我の物だ!」
ゼロが地面に手をつけて花の波導を奪おうとする。アーロンはその波導吸収を、身を挺して遮った。
「誰のものでもない。命は、誰のものでもないんだ」
それが分かれ目となった。
結晶化するゼロが呻き、断末魔の叫びが迸る。
「嫌だ! 我はまだ! まだ生きていられる! 波導を! 波導をくれ! 一滴でもいい! 雨でも、風でも、何でも……! 少しでも波導があれば、我は……」
「波導は誰のものでもない。波導は御身に在らず」
その言葉がゼロに聞き止められた最後の言葉であった。結晶化したゼロが天に手を伸ばそうとする。
その指先の末端でさえも結晶と成り果てた瞬間、吹き抜けた風が結晶体を散らせる。
「波導使いは花よりも儚く、散り際は何よりも脆い。永遠とは、まるで真逆の存在なんだ」
アーロンはピカチュウの頭を撫でてやる。最後の仕事が、まだ残っていた。
「ピカチュウ。お前に、俺の波導を少しだけ預けておいた。まだ行けるな?」
鋭く鳴いた相棒は心得たように電気ワイヤーを作り出す。ビルに巻きつけて、アーロンはメイの待つ階層へと至った。
メイは石化されていたが、まだ波導は残っている。
ゆっくりと額に触れてやり、その波導を感じ取った。
複雑に入り組んだ波導回路の生きている部分に波導を流し込む。
「ピカチュウ、これが俺の、本当に最後の波導だ」
波導回路を見極めたアーロンの放ったのは針の穴のような小さな活路。
そこに全ての波導を注ぎ込む。
瞬時に右腕が肩に至るまで結晶化し、砕け散った。
人を殺め続けた右腕は跡形も残らなかった。
アーロンは仰向けに倒れ込む。
身体を動かす波導は残っていなかった。
目を閉じる。もう、青い闇が世界を覆う事はない。
どこまでも優しい白の世界で、アーロンは安息に包まれていた。
――波導使いの見る夢の果てが、訪れようとしていた。
左手を上げる。
師父が導いてくれるのだと思ったのだ。
しかし、その手を引いたのは師父の幻影ではなかった。
人の温もりのある手が、左手を包み込んでいた。
「俺は……」
「――こんなにも、疲れたんですね」
その声の主にアーロンは自嘲気味に返す。
「馬鹿を相手取ると疲れる。俺も、焼きが回ったな」
「放っておいてくださいよ」
「そうもいかない。どうやら、ここが帰る場所らしい」
ならば交わすべき言葉があるはずだ。今まで、保留にしてきた、その言葉を今度こそ自分から言わなくってはいけない。
「ただいま」
その言葉に久しく忘れていた慈愛が宿る。
「――おかえりなさい」
ピカチュウが鳴いて寄り添う。
――ああ、こんなにも、平穏な声。
ついぞ聞いた事のないほど、ピカチュウが安堵している。安らいだ声を出している。
訪れに、アーロンは安心して眠りにつく事が出来た。
夢も見ないほど、今までの何よりも、深い眠りであった。
ポケットモンスターHEXA6 MEMORIA 完